JDW 後編
神楽一途の兄である神楽和則の死には数十年前に誕生した過激派組織『JDW』が関連しており、彼の親友・黒崎玲は彼の死のみならず『JDW』についての情報も残していた。
それを彼らの親友であり警察庁刑事局長である本名まゆずみ聡……旧姓・立花聡が協力者数名と共に見つけ出し、正義と真理もその場に立ち会い協力することになった。
まゆずみ聡は残されていた記事の不可解な未解決事件の詳細を。
正義と真理は中でも変死記事があったまゆずみ総裁夫妻と彼らが一代で築き上げたまゆずみグループの詳細とその後ろ盾となっている政財界の人脈について調べることになったのである。
正義は冬季集中講座を受けて授業が終わるとその足で白露真理の自宅である成城学園前駅から見える大きな邸宅へと出向いた。
真理は正義を自室に案内すると
「一応、藤堂に調べさせておいたんだけど」
と告げた。
正義は目を見開くと
「藤堂さん?」
と首を傾げて聞いた。
誰? その人? と言う感じである。
真理は「んー」と言うと
「正義は神楽だろ?」
あの神楽家の
と告げた。
正義は不思議そうに
「あの神楽家って?」
一途さんが神楽で
「俺は入り婿なんだ」
とあっさり答えた。
「ほら、試験軒並み落ちて家逃げ出したから一途さんの姓になったんだ」
……。
……。
真理は驚いて
「マジか」
と呟いた。
「もしかして……何も知らない……とか?」
正義はコクコク頷いて
「この前初めて一途さんのお父さんと弟さんに会った」
その時に立花さんとか綺羅ちゃんとかと会ったんだ
と告げた。
真理はう~んと考え
「なるほど」
と答え
「まあ、その辺りは正義の奥さんに聞いてくれ」
と言い
「藤堂っていうのは俺の付き人って言ったらいいかもな」
と告げた。
そして、書類を見せた。
「それでこれな」
正義は手に取り
「凄い」
と言い
「良く調べられたね」
と驚いた。
そこにはまゆずみグループの後ろ盾になっている政財界の人間の個人情報のみならずその家族構成からその家族一人一人の情報が書かれていたのである。
専業主夫の探偵推理
正義はその一枚一枚をじっくり見て
「まゆずみグループに入ってから拡大したところ多いね」
と呟いた。
真理も見ながら
「ああ、誘致や土地買収とか……揉めそうなところが全部上手く行っているな」
敵対企業の人的経済的スクープとか事件とかな
と言い
「そういうので結果的に資産が増えているところが多い」
と呟いた。
土地開発などは反対派賛成派と揉めることが多い。
だが、そう言うのも全て成功しているようである。
正義はう~んと唸り
「いま立花さんとか綺羅ちゃんたちが調べているあの時に束になっていた事件が……もしこの拡大する何かに関わっていたら」
と呟いた。
真理は目を細めて
「未解決事件じゃないかってやつ?」
だったらすっげぇことになるだろ?
と呟いた。
「こう言っちゃなんだが」
まゆずみグループの不利益を齎す人々の口封じを未解決にしているってことじゃねぇ?
正義はゾっとしながら
「……だよね」
と呟いた。
だが。
もし。
その絡繰りに一途の兄である神楽和則が気付いたとして、それを行っていた人物に辿り着いたとしたら……それこそ口封じで殺されてもおかしくはない。
しかし、事件を未解決にさせる力を持っている人物は少ない。
正義は束に留められていて一番関連の深い人物のことを思い出し
「まさか、警察庁刑事局長が……」
と呟いた。
まゆずみグループの会長の息子である勲と孫である聡。
ただ、聡が本人や親ならば
「自分や家族が窮地に陥るようなことを調べたりはしないよね」
ということである。
翌週の土曜日。
11月18日に二人はそれらの書類を手に国立図書館の新館別棟へと出向いた。
一途はこの日は心の面倒を見ながら家事をしている。
話をすると
「ありがとう、正義くん」
と言い
「無茶はしないでね」
でもどんな真実でも良いから教えて
「最後に会った兄の姿がずっと胸の中に残っているから」
と言って、家事をして家で待ってくれているのだ。
既に来ていたまゆずみ聡と皐月綺羅と全員を見回し、正義は真理と共にまゆずみグループとそれの後ろ盾となっている政財界の人間たちの詳細資料を机の上に置いた。
最初に唇を開いたのはまゆずみ聡であった。
彼は皐月綺羅が抱いていた縫いぐるみを見て
「その縫いぐるみは」
と問いかけたのである。
彼女はそれに
「これが神楽一途が言っていた森の熊さんだ」
と答えた。
「叔父である黒崎玲から預かった恐らく最期の謎への橋渡しだと俺は思っている」
彼女は更に
「叔父はこれをくれるときに『森で出会うくまさんだ……こいつがお嬢さんに渡す落としもので始まるんだ。君がいつか全ての謎を解いたら、そこにある全てをあげよう』と言った」
と告げたのである。
正義は「森で出会う熊さんか」と呟いた。
彼女は苦く笑って
「俺は当時三歳だ」
三歳の子供にする謎かけじゃないだろ
「だから解けないことが前提の謎かけだとずっと思っていた」
と告げた。
正義は彼女の言葉を聞き
「多分、彼女の叔父……この書類を作った黒崎玲は彼女のことを良く理解していたんだろうな」
と心で呟いた。
だからこそ、何時か自分の暗号を解いてくれるだろうと手渡したのだと正義は感じたのである。
彼女の天賦の才をきっと見抜いていたのだ。
皐月綺羅は更に
「恐らく、この一連の事件を解決する先にこの謎が解明するモノがあると思っている」
と告げた。
小学5年生の少女だ。
叔父から託されたモノ……恐らくその叔父も殺されているだろうと彼女は理解しているのだ。
その謎を懸命に解き明かそうとしているのだろう。
涙も見せずに。
懸命に。
正義はその姿が一途に重なって見えた。
兄の死をずっと心の中に秘めて生きてきたのだ。
懸命に。
隣で立っていた真理はうるっとしながら
「なんか……俺、感動してる」
こういうのよえぇんだよな
と呟いた。
正義は苦笑しつつ
「ん、でも」
綺羅ちゃんはどこか一途さんに似ている気がするな
と呟いた。
一生懸命背伸びして。
一生懸命哀しみを飲み込んで。
自分の足で立とうとする。
少し悲しくて。
でも。
少し胸が温かくなる。
その手を握って一緒に立ってあげたくなる。
今もこの真相が解き明かされるのを彼女は信じて待ってくれているのだ。
真理は優しい表情で正義が彼の妻である神楽一途を思い出していることに気付き
「……おい、独り身には辛いから作業に心を入れ替えてくれ」
と告げた。
正義はハッとすると
「ごめん」
と笑った。
それにそこにいた全員が苦笑を零した。
皐月綺羅は一枚のリストを出すと
「これは以前に他の事件で殺された川瀬ひかりが送ってきたリストだ」
と言い
「記事とリストをチェックしたらほぼほぼ一致した」
と告げて全員の中央に置いた。
神楽和則の部屋は広く大きかった。
本棚が両側にあり奥に机がある。
だが、7人でそこを共有することは出来ないということで中央にある広い空間に今は作業用のテーブルが置かれている。
弟の神楽各務が用意してくれたようである。
その上にそれぞれ調べた書類を置いている。
皐月綺羅はまゆずみ聡の部下の厚村日向を見ると
「それで記事の事件について先に教えてくれ」
と告げた。
「それから、そっちのまゆずみグループの」
正義はそれに
「関連の政財界の名簿だよね」
事件との関連を見る? だろ
と告げた。
彼女は笑みを浮かべると
「そう言うことだ」
と答えた。
事件は全てコールドケースになっており、事故は初動捜査のみで終わっている。
調書を読んでおかしいと思えるものでもそうなっていたのである。
つまり、圧力だ。
まゆずみグループの総裁と夫人の死は別としても、他に付けられていた東海新聞社の杉浦周子の車の転落の記事は桑名市の湾岸開発の不正を調べようとしていての事故であった。
それは、まゆずみグループに出資している桑名市の代議士である徳村和人がその用地に工場を建てた金田鉄筋製鋼と深く関わり息子を重役につけていた。
その記者が事故で死ななければ不正が発覚したかもしれない。
だが、事故は事故として処理されたのだ。
杉浦周子から大量の睡眠薬の成分が検出されているという不可解な検死結果があったとしても……である。
これは白露真理のお付きである藤堂と言う人物が調べたものである。
真理は正義に
「ま、餅は餅屋」
と答えた。
「一応、俺の家は全国の政財界に精通しているからな」
そうやって警察関係者の厚村日向と鮎原静音がそれぞれの担当の記事の詳細を報告し、まゆずみグループの後ろ盾の政財界の人間が関係していないかを正義と真理が調べたリストから探した。
事件や事故はかなりの数であったが、恐ろしいことに『神楽和則』を始めとして『まゆずみ夫妻』など当人に関連する事故や火災を除いた全ての事件と事故でまゆずみグループと関連のある政財界の人々に不利となる関係の人間が死んでいたのである。
蒼褪めながら白露真理がテーブルの上の書類を見た。
「まさかさぁ」
まゆずみグループ=JDW?
正義の脳内では既にその答えがYesだと出ていた。
それ以外に答えを探せなかったのである。
それに厚村日向がリストを出し
「これはかなり古い資料だが局長の助言で資料室から探し出したものだ」
黒崎零里が自首してきた時に旧JDWに関連したという人脈リストだ
と告げた。
皐月綺羅は冷静に
「これとそのリストを照合すれば」
と告げた。
分かることなのだ。
正義は固唾を飲み込むと
「言ってくれるかな?」
俺と真理でチェックしていくから
とリストを広げた。
真理もペンを手にチェックの準備に入った。
これがもしも。
これがもしも。
一致したら……大事になる。
それこそ警察がかつての襲撃事件を起こして解体したJDWの後ろ盾になって事件をもみ消してきたということになるのだ。
そして、そんなことをできる人間は一人である。
かつての警察庁のトップ警察庁刑事局長・まゆずみグループの御曹司でもある『まゆずみ勲』しかいないのだ。
現警察庁刑事局長・まゆずみ聡の父だ。
まゆずみ聡と皐月綺羅以外の誰もが固唾を飲み込んだ。
そう正義と一緒で二人も恐らく確信を持っていることが分かった。
結果は想定通りだったのだ。
皐月綺羅が腕を組み
「やはりな」
100%とはいかないがまゆずみグループの全てが旧JDWから流れている
と告げた。
「まゆずみ群司か妻の節子」
どちらかがJDWのリストを持っていたんだろ
まゆずみ聡も目を細めて
「そうだな」
と言い
「そしてそれを今の父が受け継いだということか」
と告げた。
「いや、もしかしたら両親を殺して」
鮎原静音は彼を見て
「局長は……どうされるおつもりですか?」
と真剣な表情で聞いた。
正義もそっと彼を見た。
彼の父親であるまゆずみ勲を告発するかどうかだ。
まゆずみ聡は息を吐き出すと
「勿論、法に触れる以上は一般も警察庁刑事局長も関係ないが……問題は証拠だ」
と告げた。
「これでは状況証拠だけでこれらの事故や事件に関連している者達を起訴することも今の父が揉み消したということも立証できない」
正義は冷静に
「そうだよね」
と答えた。
「証拠が必要だよね」
無ければ公判を維持できない
聡は彼らを見回し
「危険だが……やはり父の手にあるあの天球儀を手に入れるしかないか」
と呟いた。
皐月綺羅は「天球儀……というと川瀬ひかりの暗号に書かれていたアレか」と呟いた。
彼は肯定の意味を頷くことで示し
「恐らく玲が作った暗号で解除するボックスだ」
見たことはあるんだが手に入れることはできなかった
「俺がその存在を知っていると知られたら間違いなく殺されただろう」
と言い
「父はそれを開けるために暗号を解くことのできる人間を探していた」
その政財界の人脈を頼ってな
と告げた。
「今はまだ解除できていないようだが」
正義はその天球儀というものについて詳しくは知らないが、恐らくこの書類を残した黒崎玲が手にした証拠品の在処を示したモノなのではないかと想定した。
まゆずみ聡が皐月綺羅に勧められて書いた絵は少し変わった暗号解除型のボックスであった。
正義はそれを見て
「これは……6桁暗号解除型のボックスだよね」
普通のとは違うけど
と告げた。
「この両側の半球部分……一方は地球だけど」
もう一方はないね
皐月綺羅は熊の縫いぐるみから球体を取り出すと
「恐らくこれが入る」
と告げた。
「叔父は俺にこれを託したんだ」
全員がそれを見た。
まゆずみ聡は息を吸い込み吐き出すと
「やはり玲のモノか」
玲は東都大学を出たあと2年くらいは玩具製造会社に勤めていたんだ
「その間にそういうものを作る技術を手にしてな」
その後に和則が殺され
「俺は玲と直にその真相を探ることを頼んだ」
俺は立場上公に動くことはできなかったから二人に助力を求めたんだ
と告げた。
「二人の出した答えはJDWの復活だった」
ただ誰が復活させたのかが分からなかった
「いや、玲と直は分かったんだろう」
皐月綺羅は彼を見て
「お前の父を改心させようとして……反対に殺されたということか」
恐らく神楽和則も同じだったんだな
と告げた。
まゆずみ聡は頷いて
「俺のことなど気にせずに告発してくれれば……俺は大切な親友を二人も失わずに済んだ」
だがもう今しかない
と告げた。
……父の天球儀を手に入れる……
「恐らくその天球儀の中に証拠となる何かがある」
玲はそれを父に言いこれ以上の犯罪を止めようとして殺されたんだろう
正義は視線を落として
「同じように一途さんのお兄さんも」
全てを知って親友である貴方の為にまゆずみ勲を止めようと動いたんですね
と告げた。
過激派組織JDWの復活とそれによって引き起こされていた悲劇。
それを止めようと動いていたのだ。
その中心核となる人物が親友の父親だったというのが更に悲劇を広げたのだろう。
まゆずみ聡は頷き
「そうだ」
と答えた。
「あいつはそう云う奴だった」
一番大人で頼りがいがあって
「俺にとっても直にとっても玲にとっても大切な奴だった」
正義は息を飲み込むと
「俺も行きます」
と告げた。
が、まゆずみ聡はそれに
「君は一途ちゃんの側にいてあげてもらいたい」
そして
「この事を伝えてもらいたい」
和則を殺した人物と理由をちゃんと伝えてもらいたい
「彼女の兄がどれほどいい奴だったかを」
と告げた。
「そして彼女を守って欲しい」
君と一途ちゃんの子供……心ちゃんも
真理は正義の肩を叩くと
「そうだ」
ここは任せた方が良い
「人には役割分担がある」
その役割に軽重はないもんさ
と告げた。
正義は真理を見て笑み、聡に
「わかりました」
と言うと
「その代わり結果を教えてください」
皆さんの口から必ず
と告げた。
必ず生きて知らせに来て欲しいと伝えたのだ。
それに対してまゆずみ聡を含め同行する面々は頷いた。
まゆずみ聡は自宅であるまゆずみ邸へと向かい、皐月綺羅は彼女の兄の悠とその親友である功一と共に部屋で待つことになった。
正義と真理は全ての報告をそれぞれの自宅で待機して待つことになったのだ。
正義は家に帰り待っていた一途から出迎えを受けた。
「お帰りなさい、正義君」
言われ正義は
「ただいま」
と答え
「一途さんのお兄さんは情に熱くて友を大切にする人だったんだね」
と微笑んだ。
一途は心を抱っこしながら目を見開いた。
正義は心の頬にキスをして
「心ちゃんのお母さんのお兄さんはとても素敵な人だったんだよ」
と言い、一途にキスをすると
「伝えるよ、一途さんに」
と告げた。
一途は頷いて正義を見つめた。
「聞かせて……正義さんが見つけてきた兄の真実を」
正義は二人を包むように抱きしめた。
そして、リビングの椅子に座り彼女と向かい合い唇を開いた。
まゆずみ聡に伝えてもらいたいと言われた神楽和則のことを。
彼がどれほど友情に厚かったかを。
彼が悲劇を食い止めようと動いたことを。
一途は正義の話を聞くと一筋の涙を落とすと微笑んだ。
「ありがとう、正義君」
そう言い
「立花さんがちゃんと果たしてくれるのね」
と告げた。
正義は頷いた。
「必ず、兄さんを殺した犯人を捕まえてくれるよ」
数日後、前警察庁刑事局長まゆずみ勲が逮捕され過激派組織『JDW』に関連し未解決になっていた事件の犯人や教唆した政財界の多くが一斉逮捕された。
それを指揮したのが現警察庁刑事局のまゆずみ聡であった。
大捕り物が終わり、JDWが壊滅するとまゆずみ聡は本来の姓である立花に戻り警察庁を退任した。
全てを終えての……まさに勇退であった。
彼は最後に国立図書館の新館別棟に立花聡として神楽進と一途と……そして、正義に報告に訪れ
「和則はJDWの復活を国史書師の仕事を通じて気付いたのだと思います」
そしてその復活をさせようとしていたのが俺の義父であることも
「俺の為に、そしてJDWの凶行で殺されるかもしれない人々の為に義父を止めようと動いてくれたんです」
と言葉に哀しみを滲ませて頭を下げた。
「本当に……申し訳ありませんでした」
ただ彼を責める人間はその場に誰もいなかった。
父親の進は彼に
「君は約束を果たしてくれた」
和則の選んだ親友に間違いはなかった
「真実をありがとう」
立花君
と答えたのである。
立花聡は静かに全員を見つめ
「俺はこれから雫石の町に帰って生きて行こうと思っています」
本当の父や黒崎玲の父や祖母たちと共に暮らした故郷で
と言い
「俺と共に生きる道を選んでくれた最後の親友神在月直と共に和則や玲の分も懸命に」
と告げて去って行った。
正義と一途はそれを見送り、彼の新しい人生が幸せであるようにと祈るのであった。
一つの大きな事件が終わりを告げ、この時、空から注ぐ陽光も未来を知らせるように明るく街を浮かび上がらせていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。
 




