投げられた宝石
一話だけエブリスタに書いてました
指先を唇に当ててもチュパチュパしない。
オシメも濡れていない。
なのに……泣き止まない。
神楽正義は引き付けを起こしながら泣き続ける0歳の娘に
「何で泣いてるかわからないだろ」
心ちゃんの考えてることが分からないよ
とふにゅうと声を零して
「俺も……泣いてやるぅ」
と涙をポロポロと零して泣き始めた。
1LDKの二階建てアパート。
午前10時の出来事であった。
専業主夫の探偵推理
去年の3月。
大学入試の結果が出るまでは希望に満ちていた。
だが4月には受けた大学が軒並み落ちていて絶望に満ちることになった。
両親は温かい眼差しで
「もう一年予備校に行って来年挑戦すればいい」
と言ってくれた。
だが。
だが。
正義には「来年は受かるんだろうか?」という不安しかなかった。
それでも予備校に通って偶々合コンで出会った女性と酔った勢いでセックスして子供が出来た。
彼女はあっさり
「結婚する?」
私働くの好きだから正義君が専業主夫してくれるなら養うわ
と告げた。
サバサバ系の彼女はどっちが働くとかを気にしない人物のようだった。
現状から逃げたくて逃げたくて……両親の反対を押し切って家を飛び出し、神楽一途と結婚し現在に至っている。
両親にはそれ以来一度も連絡を入れていない。
正義は二人の子供である心を抱っこしながら一緒にギャン泣きし続けた。
が、住まいはアパートである。
激しいノックが響き
「ちょっと、神楽さん!」
と声が響いた。
正義は泣きながら玄関に向かい扉を開いた。
「あ、すみません」
腕の中では赤ん坊がギャン泣きし、正義も鼻水を垂らして泣いている。
……。
……。
応答に出てきたら怒りをぶつけようとしていた60代後半の女性は目をパチクリと開いて
「……その、虐待している訳じゃないわよね」
と怪訝そうに赤ん坊の顔を覗いたり服を少し開いたりした。
勿論、何処にも傷はない。
というか、こういう場面には彼女は幾度かであったことがあった。
ふぅと息を吐き出すと
「オシメとミルクは?」
と聞いた。
正義は泣きながら
「オシメ濡れていないです」
指をあてても何時ものように吸い付いてこないんです
と訴えた。
彼女は赤ん坊を抱き上げると背中を軽く叩きながら
「まあ、赤ん坊は泣くのが仕事だからねぇ」
貴方も叩くよりも一緒に泣く方を選んだのは偉かったわね
と笑い
「上がっても良い?」
と聞いた。
正義は頷き
「はい」
と中へと誘った。
彼女は笑みを深めると
「余りお兄ちゃんを困らせちゃだめですよ」
と赤ん坊に呼びかけ、寝かせると軽く耳たぶを擦った。
心はそれに最初は泣いていたものの、やがて、欠伸をするとクッタリと眠った。
目から鱗。
奇跡である。
正義は驚き、小声で
「あ、ありがとうございます」
と頭を下げた。
彼女は首を振ると
「良いわよ」
こうやって耳を優しくさすってあげると寝ることもあるから次からは試しなさいね
と微笑み
「私は上の階に住んでる渡井というものだから」
困ったことがあったら来なさいね
と告げた。
正義はティッシュで鼻をかみながら
「はい」
ありがとうございます
と笑みを浮かべた。
これが、この近所のお節介おばさんで名が通っている渡井静子との出会いであった。
■■■
正義の結婚相手で心の母である神楽一途が帰宅するのは何時も夜の10時ごろであった。
心が眠った後に帰って来る。
正義は彼女が帰って来ると
「お帰り、お風呂は心ちゃんと先に入った」
沸かし直す?
と聞いた。
彼女は頷くと
「うん、それは私がするから」
夕飯食べれるようにしといてくれる?
と靴を脱ぎながら告げた。
正義は「わかった」と答えると
「今日は心ちゃんがギャン泣きしてさぁ」
俺も一緒に泣いてた
と笑った。
一途は短く
「そう」
と応えると浴室へと向かった。
正義は彼女の後姿を見送り
「一途さんは心ちゃんの顔を見に行かないんだな」
と呟いた。
彼女は帰ってきても娘の心を見に行ったことが無い。
休みの日でも正義が抱っこしてリビングに入ると背中を向けて娘の顔を見ようとしない。
正義に正に任せっぱなしであった。
正義は少し考えたものの
「とりあえず、今日の夕飯の餃子と焼き豚丼を温めとこう」
とぼやくとキッチンに向かった。
一途は風呂から上がるとバスタオルを被ったままリビングの椅子に座ると前に置かれた餃子と焼き豚丼を見てくすくす笑うと
「美味しそう」
正義くんは料理上手いね
と言ってパクパクと食べ始めた。
彼女が外食をしてくることは殆どなく帰宅すると風呂とご飯であった。
正義は笑顔で
「ありがとう、良かった」
と答えお茶を入れて彼女の前に置いた。
アパートは1LDK。
唯一の部屋は心の部屋となっている。
今は揺りかごの中でくぅくぅと眠っている。
正義は一途が食事を終えるとテーブルと椅子を端に寄せて布団を敷いて部屋の襖を開けた。
心の様子が分かるようにである。
が、一途は窓側に向いて
「お休み」
と声を掛けて目を閉じた。
正義は心の方に向くと
「お休み、心ちゃん」
と言い、一途の方に向くとそっと抱き締めた。
あの日から一途を抱き締めて寝るがセックスをしたことはない。
彼女が望んでいるように感じなかったからである。
一途は振り向いてキスをすると
「正義くん、私にお休みはないの?」
と笑みを浮かべた。
正義はびっくりしながらキスを返して
「お休み、一途さん」
と強く抱きしめた。
結婚したものの彼女のことは何も知らない。
このアパートも結婚と同時に彼女が借りて暮らし出したのだ。
前に住んでいた場所も。
彼女の家族のことも。
彼女の仕事すら正義は知らなかったのである。
正義は彼女を抱き締めながら
「それでも、ちゃんと俺と心ちゃんを養ってくれているから」
いつか話してくれるのを待っておいた方が良いよな
と心で呟くと目を閉じた。
夜は深々と降り町は闇の帳の中で静寂を広げていた。
■■■
翌日、正義は朝の7時に一途を送り出すと機嫌よくベッドメリーへ手を伸ばしてキャッキャッ遊んでいる心に笑みを浮かべながら洗濯機を回した。
その間に掃除をする。
と言っても、一途が買って帰ってきたAIルーム掃除機トンボが綺麗にしてくれるのでモップを掛けるだけで良い。
正義は手早く洗濯と掃除を終えるとベビーベッドの横に立ち心の顔を覗き込んだ。
「心ちゃんは一途さん似のような気がするな」
可愛いよ
そっとにぎにぎする手に指を伸ばした。
ぎゅっと握った瞬間にノックが響いた。
正義は慌てて玄関に行くと扉を開いた。
そこに渡井静子が立っていたのである。
彼女は泣いていない正義を見ると
「おはよう、今日は落ち着いているようね」
と笑みを浮かべた。
正義は笑顔で頷くと
「はい、ありがとうございます」
と答えた。
静子は何かを警戒するように周囲を見回すと
「玄関口で良いんだけど」
少し中で話していいかしら?
と囁いた。
正義は戸を開けて彼女を中に入れると
「はい、何か?」
と聞いた。
静子はポケットから3枚の紙と小さな宝石を見せ
「実はねぇ」
と言うと、正義のその紙と宝石を手渡した。
これが最初の事件の発端であった。
■■■
その紙には
『はやせこういち』
とたどたどしい文字で名前が書かれていた。
宝石を見て正義は目を細め
「これ、本物ですか?」
この紙とどういう関係が?
と聞いた。
静子はふぅと息を吐き出し
「この先に公団があるでしょ?」
そこの道路で転がっているのを知り合いの子が見つけて
「相談に来たのよ」
この一番汚れている紙ね
と言い
「それで他の公団の知り合いの人に聞いたら他の人も拾っててどうしていいか分からないから箪笥の上で放置していたみたいなの」
と告げた。
「まあ、ぷつぷつ空気も入っているしガラス玉だと思うから捨てようと思ってたらしいけど、紙に書かれた名前がね」
事件だったらって
正義はフムッと宝石を見て
「これは薄いピンク色のダイヤって感じだよな」
と宝石を口元に持って行きハァと息を吐きかけた。
サァと曇りが一瞬で取れた。
正義は目を細めて
「これ本物のピンクダイヤです」
インクリージョンも入っているし
「カラットで言うと0.5カラットくらいだから」
800万くらい? だと思います
と告げた。
静子は目を見開くと驚いた。
正義は他の宝石も握ったり軽く投げたり窓の日差しに向けたりして
「これも本物の翡翠です」
これもルビー
と告げた。
静子は震えながら
「その、調べてもらえるかしら?」
と告げた。
正義は頷くと
「渡井さんには助けてもらってるので」
と笑顔を見せると
「心ちゃん連れて行くので待っててください」
と奥の部屋へ行くと心を抱っこ紐で抱っこし
「オシメはもっていっとこ」
とオシメを入れたリュックを背負って姿を見せた。
静子は安堵の息を吐き出しながら
「神楽君がいてくれて良かったわぁ」
と言い
「拾った場所に連れて行くわ」
と歩き出した。
心は機嫌が良く大人しい。
正義は今の内だと鍵を閉めると静子の後に付いて問題の公団へと向かった。
■■■
公団は極々普通の公団でA1からA6、B1からB3、C1からC6まであり、A棟は3棟ずつ二列になっており、その横でB棟が背中を見せる形で三つ並んでいた。C棟はB棟の横に正面を向くように6棟並んでいた。
つまり、A棟とC棟は同じ方向を向き、B棟だけが横を向いている形であった。
全て7階建てである。
そのA棟とB棟の間の道路で紙は見つかったのである。
その話を静子から呼び出された知り合いという麻生多磨子から聞き正義はB棟とA棟を見た。
「恐らく、B棟の一番端の何処かからだと思います」
正義はそう告げた。
多磨子は驚きながら
「でもA棟の可能性もあるんじゃ」
と告げた。
正義は彼女を見ると
「この字から恐らく子供だと思います」
それに
「普通、ベランダまで出て横に向けて投げるなんて手間を掛けるよりはあの小さな窓から正面にポイッと投げると思います」
と告げた。
「ただ気になるのは」
静子は不思議そうに
「何だい?」
と聞いた。
正義は悩みながら
「危険な気もしますけど、でも警察を呼ぶのはちょっと」
と告げた。
静子は笑みを浮かべると
「だったら、いいのがいるわ」
と携帯を掛けた。
「今日、非番だったでしょ」
ちょっと小岩公団まで来なさい
強制呼び出しのようだ。
静子は「直ぐ助っ人来るから安心しなさい」と言い
「腕っぷしは良いから」
と告げた。
正義は頷き
「後、この公団の管理人は」
と聞いた。
それには多磨子が
「こっちに管理棟があるのでいつもそこに常駐してます」
と歩き出した。
■■■
三人で管理棟に行くと小さな交番のような建物の中に中年男性が座っていた。
多磨子は中に入り
「あの、少し聞きたいことが」
と告げた。
中年男性は登藤時雄と言い
「ん? 何か?」
と返した。
正義は時雄に
「あの、B1棟の一番右端で『はやせ』という苗字の家はありますか?」
と聞いた。
時雄は「はやせ?」と首を傾げ
「個人情報があるのでねぇ」
と呟いた。
静子は「登藤さん!」と強い口調で言いムゥツと睨んだ。
正義は紙を見せると
「実は、この紙が恐らくB棟から投げられているんです」
もしかしたら
「監禁されているのかも」
と告げた。
時雄は驚いて慌てて住民台帳を見た。
「いやぁ、ないですね」
正義は少し考えて
「そうですか」
と呟いた。
その時、一人の男性が目を擦りながら姿を見せた。
「もう、伯母さん」
俺、午前様だったんだせ
「先週の宝石強盗で犯人の一人が事故で入院して他の仲間を探すのに……ふあぁ」
渡井静子の甥っ子である渡井武であった。
正義は武を見ると
「その宝石強盗の宝石見つかってないですよね」
と告げた。
武は「ん?」と正義を見た。
正義は持っていた宝石を三つ渡した。
「これ多分、盗まれた宝石の一部だと思います」
これだけで時価1500万以上行くと思います
武は驚いて
「ま、さか……お前が」
と言いかけて、後ろから静子にぱこーんと叩かれた。
「私が相談したんだよ」
この公団内でこの宝石が何処からか投げられていてね
「そこを正義君が見つけてくれようとしているんだよ」
武は慌てて
「じゃあ、署に」
と携帯を持った。
が、正義はそれを止めて
「待ってください、今は……このはやせこういち君のために」
と告げた。
それに全員が正義を見た。
正義は少し考えて
「あの、登藤さん」
例えば……最近入居した人は?
と聞いた。
時雄は首を振り
「いや、いないですね」
空き部屋はあるんですけど
とハハッと笑った。
正義はそれに
「その空き部屋……言っていた端の部屋ですか?」
と聞いた。
時雄は頷いた。
正義は慌てて
「そこ、案内してください!」
と告げた。
時雄は「でも鍵掛かってますしねぇ」と言いつつ鍵を持って向かった。
■■■
B1棟の4階にその部屋があり、正義は静子に心とリュックを託し、武は静子に伝言を告げると、三人でエレベーターに乗って4階へと向かった。
401号室。
時雄はドアノブを回して引くと驚いた。
「か、鍵が開いてる」
武は中に入ろうとした正義を手で制止すると
「素人は危ないから」
と告げた。
正義は武に
「中に子供がいると思います」
その子を助けてあげてください
と告げた。
武は笑むと
「当り前だ」
とそっと中へと入った。
丁度その時、階段から影が姿を見せたのである。
■■■
「中の宝石は俺達のだ」
ハイエナが
男がナイフを構えて姿を見せた。
時雄はヒィと腰を抜かしかけた。
正義は前に立つと
「何を頓珍漢なこと言っているんですか?」
宝石は宝石店ので貴方のものじゃないですよ!!
「ハイエナは貴方の方だ!」
と業と怒鳴り
「そんなナイフで脅したって警察呼んでいるので観念してください!!」
と更に大きな声で告げた。
中にいる武に状況を知らせるためである。
武は声に中にいた男の子に隠れているように言うと携帯を取り出して電話を掛けた。
そして、戸を開けると男と対峙する正義を見て手で制止すると
「ここは警察官の俺の仕事だ」
と前に出て
「宝石強盗の仲間だな」
午前様になるくらいまで探したぜ
と言いナイフを持って向かってきた男の振り下ろしてきた刃を避けると手刀で手首を折り、蹲ったところを後ろ手にして通路へと押し倒した。
そこへ静子の連絡を受けて駆けつけていた警察官がやってくると強盗を逮捕した。
■■■
警察官は「宝石強盗に子供を誘拐か」と呟いた。
それに強盗犯は
「はぁ!? 誘拐? なんだそりゃ? 知るかぁ!」
と怒鳴った。
武は呆れたように
「言い逃れはできねぇよ」
と告げた。
が、正義は
「本当です」
と告げた。
そして、武によって連れてこられた『はやせこういち』を見ると
「君をここへ連れてきたの……お母さんかお父さんだよね?」
と話しかけた。
子供は口をへの字にして黙っていた。
正義は微笑むと
「大丈夫、この人は今日は警察官じゃないんだ」
と告げた。
「だから、正直に話した方がいいよ」
でないと反対に疑われるから
「はやせこういち君」
早瀬功一は泣きながら
「お母さんは悪くないんだ」
僕が悪いんだ
「僕が……良い子じゃないから」
でもお家に帰りたくて
と蹲った。
正義は頭を優しく撫でると
「だから、『助けて』がなかったんだよな」
と告げた。
助けて、と書くと母親が犯罪者になると思ったのだろう。
でも帰りたい。
自分がここにいることを誰かに知ってもらいたい。
だから、名前だけだったのだ。
公団から出ると正義は心を抱っこし
「子供って本能でお母さんが好きなんだよな」
心ちゃんも一途さん大好きなんだよな
と優しく抱きしめた。
……でも大丈夫、一途さんも心ちゃんを大好きになるからね……
■■■
宝石強盗は二人とも掴まり、その部屋から盗まれた宝石も発見された。
早瀬功一の母親は1年前に離婚をし、再婚相手がいるのだが息子の功一の存在を言えずに前に住んでいた公団でまだ空き家だった部屋に彼を置いてお弁当などを運んでいたということであった。
別れた夫は功一を引き取りたいと言っているようでどうなるかは家族間の話になるそうである。
静子はアパートに戻りながら正義に
「正義君はご両親に愛されて育ったようね」
心ちゃんをそうやって抵抗なく愛することができているからね
と微笑んだ。
正義は驚きながら少し視線を伏せると
「でも、俺……受験に失敗して両親から逃げてきたんです」
きっと怒ってるし呆れられてる
と呟いた。
静子はそれに
「じゃあ、連絡しなさい」
と言い
「怒られて呆れられても良いじゃない」
今、正義君はちゃんと心ちゃんを育てているんだから
と微笑んだ。
「真っ直ぐで優しく、その年まで健康にちゃんと育ててもらったんだからね」
元気にしてますくらいは知らせないと
正義は心を見て小さく頷いた。
■■■
その夜。
神楽一途が帰宅すると正義は何時ものように
「お帰り、お風呂にする?」
夕飯はビーフシチュー作った
と告げた。
「心ちゃんは今日は外へ出かけたから寝てる」
一途は「そう」と短く返して
「お風呂にするわ」
と靴を脱いで中へと入った。
正義は彼女に
「今日、両親に連絡したんだ」
と告げた。
一途は目を見開くと正義を見つめた。
正義は微笑むと
「すっごく怒られた」
でも無事でよかったって
「今度、心ちゃん連れて行こうと思っているんだけど、一途さんはくる?」
と聞いた。
一途は視線を逸らせると
「ごめん、私……家族って嫌いなの」
と言うと
「私、酷い女よね」
高校出たての正義君を誑かして子供作って……未来を奪ったんだもの
「子供の面倒見させて家事させてね」
と自虐的な笑みを浮かべた。
正義はそれに
「どうして?」
それは俺が選んだことだから一途さんのせいじゃないだろ?
と言い
「俺が後悔していることがあるとしたら逃げた自分だけで」
一途さんと出会って心ちゃんを育てられるのが凄く嬉しいし楽しい
「泣くこともあるけどね」
と笑った。
「だから、家族嫌いでも良いから俺と心ちゃんは心の隅に置いてて欲しいな」
一途は正義を抱き締めると
「ごめんね」
と言い、すっと離れると
「私は行かないわ」
でも二人で行って……その……もしもの時は
「良いわよ」
と横を通り抜けて浴室へと向かった。
本当は『別れても良い』と言おうと思ったのだが、一途にそれを言うことはできなかった。
こういう話が出た時は直ぐに言うつもりだったのだ。
だが、いま言葉にできなかったのである。
正義は少し寂し気に微笑み
「心ちゃん、一途さんに似て可愛いし一途さんのことも大好きなんだけどなぁ」
と呟き
「でも、何時かわかってもらおう」
それまでは俺が二人分愛したらいいか
とビーフシチューを温めにキッチンへと向かったのである。
夜は深々と降り、町も静かな眠りの世界へと落ちていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。