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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

普通になれない私たち

こんなわたしでもあいしてくれるのですか?

作者: 九JACK

 亜人。それはこの世界における差別用語です。

 亜人とは人間の形しながら、人間らしからぬ異形の部位を持つ者です。人間にはその異形を不気味だとか気持ち悪いとか差別され、異形を持って生まれたものは蔑視されます。

 亜人が差別される所以は、何の前触れもなく、人間から産まれることです。後天的に亜人になる者の例は極めて少ないとされています。

 生まれつき、耳が魚の鰭のようであったり、体に鱗があったり、羽根が生えていたり、顔が一つでなかったり、角が生えていたり。亜人は普通の人間から様々な異形を抱えて生まれてきます。それは人間の間では醜いものとされてきました。

 私はそんな亜人の一人として生を受けました。双子の姉がいましたが、姉は普通の人間の形で生まれ、両親に祝福されました。

 私はといえば、両の手の甲にぎょろぎょろと動く不気味な黒い目玉を携えて、緑に煌々と光る目を持ちました。

 双子は凶兆とされる文化は古くからあります。私は間違って生まれてきた人ならざるものだと、殺されこそされませんでしたが、幽閉されて暮らしました。父母にとって、娘は姉一人であるかのように扱われました。

 ただ死なれて、呪いのような目に祟られても困る、と食糧は与えられました。ネズミや蛇、カエルといった、動物の死骸ばかりでしたが、食べられるだけでもありがたいと、私はどこにいるかもわからない神に感謝しながら、その肉を咀嚼していました。

 私は生来より、口の聞けない子どもでした。産声一つ上げない私を両親は不気味と思っていたようです。お医者さまからは声帯という声を出す器官が機能していないのだと言われました。声帯が不完全、というよりひどく傷ついているのだ、と。だから声を発することは今後生きていて、奇跡が起こっても不可能だと、お医者さまから告げられました。

 不思議とそのことに絶望を感じなかったのを覚えています。私は声の欠陥、手の甲の目の異形という異常性ゆえに、他者から疎まれ続けてきました。両親はもちろんのこと、両親から一身に愛情を受けることとなった姉も高飛車になり、私の顔に泥水をかけては罵詈雑言を振り撒きます。

 何も言い返せない無力より、私は人を傷つける言葉を生涯に一つも発しなくて済むという安堵の方が大きかったです。手の甲も目も見た目は気味が悪いのでしょうが、ただそれだけで、人に害を成す様子はありませんでしたから。

 傷つけられることの痛みを知った私は、私が加害側にならなくて済むことが唯一の私のよすがだと、そう感じています。

 幽閉されていたのは、暗い牢獄でした。掃除は自分で行っていました。牢獄に光が射すのは食事を与えられるときだけなので、私は暗い場所で生活することが当たり前でした。そのため、私の虹彩は機能しづらくなったようです。

 姉がやってきて、何故だか外に連れ出されたとき、私が見た外の世界はとても眩しいものでした。姉は目を細める私を覗き込み、私の腹を蹴りました。

「ほんっと、顔だけはよくて腹が立つわ。牢獄で動物の死骸しか食っていなかったくせに、肌艶がよくて、髪の色艶もよくて、魅入ってしまうような綺麗な目をして。……けれど、お父様、お母様、思った通り、これは上物よ」

 私が理解できないでいると、久しぶりに見た父と母は姉の言葉にたいそう喜びました。

 ああ、私の存在が家族を喜ばせるなんて。夢にも思っていなかったので、感動でどうにかなりそうでした。

「売り飛ばせばかなりの値が期待できるわ」

 当時は姉のその言葉が理解できなかったですから、幸せだったのです。


 齢は五でしょうか。その頃に、そういう嗜好の貴族に売られました。私の未熟な体をそういう嗜好だからこそ至宝と思う殿方がいらしたのです。

 いくらかそこで生活するうちに、言語を学ぶ機会を得、知識を身につけました。口が聞けないため、人とコミュニケーションを取るのに、識字能力がなくてはならなかったのです。

 裕福なご主人様は、こんな私と伽をすることを望みました。物好きなお方ではありますが、私はそういうところに売られたのだと知りましたから、特に絶望はありませんでした。

 ですが、私がその方と褥を共にすることはありませんでした。服を脱がされ、牢獄の床しか知らなかった私は柔らかい布団に抱き留められ、というところまではいったのです。

 けれど、私の手の甲の目が、ご主人様を睨んできた、とご主人様は取り乱され……程なくして、私は奴隷商に売られました。

 売られた奴隷商というのが、「闇の奴隷商」ということで界隈の方々には有名な奴隷商だったようです。私はその呼び名からして、何かよくないことが起こるのでは、と思いました。

 けれど、闇の奴隷商での扱いは予想よりは遥かに良いものでした。一日一回でもごはんは食べられますし、水浴びもできます。奴隷同士での諍いはほとんどありません。

 そこは異形のものたちが集う奴隷商だったのです。世の中には先のご主人様のように通常の人からは理解されないようなものに心を傾ける人がたくさんいるようです。特に富裕層の影にはそういったご趣味の方が多くおり、多くの異形を集めた闇の奴隷商はそういった方から人気なのだと店主様から聞きました。

 口の聞けない私はこの奴隷商の中でも最下級の商品として扱われていましたが、読み書きができることで、店主様からは重宝されておりました。帳簿の作成、特別なお客様への招待状などを書くとき、私は店主様に使われます。その仕事をすると、水浴びではなく湯浴みを許可されたり、いつもより少しだけ高価なものを食べさせてもらえたりしました。口の聞けない私には字を書くことくらいしか取り柄がありませんでしたから、取り柄を重宝される生活は充実しておりました。故に、買い手がつかなくともいいと考えていたくらいです。

 そんなある日、店主様が一人のお客様を私の元へ連れてきました。とうとう私に買い手がついたのです。私は好かれるようなことはしていないのに、と思いましたが、店主様によると、私が書いた招待状の筆跡をいたく気に入り、このような場所まで足を運んでくださったとのことで、変わった方ではありますが、良いお方に引き取られることを嬉しく思いました。

 その方は私をたいそう気に入ってくださいました。あの奴隷商の招待を受けるだけあって、異形のものに精通しており、私に様々な本を読ませてくださいました。不死の人魚と踊子草の八百比丘尼の物語もそのお屋敷にありました。

 私の奴隷としてのお仕事はその書物たちを写生することでした。私は女で、成長も止まっているため、力仕事が望めません。その上口も聞けないので、できることがそれくらいしかないというのもありますが、何より、ご主人様が私の字を気に入ってくださったから、私はそのお仕事を割り振られることになりました。

「ああ、お前の字は美しい。今まで見てきたどんな文字よりもいとおしい……」

 ご主人様はそう仰って、私の書いた書類で部屋に一日引きこもり、快楽に耽る方でした。

 お屋敷の方々からは理解が得られず、つらい思いをなさっているようでしたが、そのお心を私の書いた字が救えるのならば、とてつもない誉でございます。

 風向きが変わり始めたのは買われて、三ヶ月ほど経った頃でしょうか。ご主人様は文字だけでは飽き足らず、私自身に興味を持たれるようになりました。

 ああ、以前のご主人様のように、そのうち伽の相手をさせられるようになるのでしょうか、と思っていたのですが、良い思い出ではありません。特にご主人様は私の手を気に入っているようで、気が気ではありませんでした。

 手の甲に目玉がある。私はそれを不気味に思ったことはありません。私にとってそれは当たり前だったからです。けれど、奴隷商にいたときも、虐げられこそされないものの、不気味だと言われてきました。他の奴隷たちからもそう言われるくらいなので、私の手の甲の目は不気味なものなのでしょう。

 ご主人様はそのうち、私の手を愛でるようになりました。指先に口づけ、美味しくもないでしょうに、指の形をなぞるように舌を滑らせ……

 そこで手の甲の目を舐められて、私の背をぞぞぞ、としたものが這いずりました。けれど、目玉を舐めた感触で、ご主人様は嘔吐なさいました。

 それからご主人様は狂ってしまい、私は返金は結構だから返却する、と奴隷商に返されてしまいました。

 店主様は怒りませんでしたが、呆れていたようです。何をどうやったら三ヶ月も奉公したところから送り返されるんだ、と言われてしまえば、私も返す言葉はございません。

 その次のご主人様のお屋敷では、奥様に気味悪がられ、ご主人様に内緒で売り飛ばされてしまいました。字が綺麗という私の取り柄は様々なところで重宝されましたが、最後には手の甲についた目で、皆一様に私を嫌うのです。

 そうして、私は使うだけ使われて、何度も何度も奴隷商に返ってくることとなりました。店主様も呆れ果て、私には最安値をつけるようになりました。変な客が寄りつかないように、私に書類仕事をさせるのもやめました。

 私はこの手の甲の目玉が憎くて、何度か潰そうとしたことがあります。けれど、できませんでした。私が潰そうとすると、目玉から涙が流れるのです。それは私の目にちがいありませんでした。

 誰からも必要とされず、いなければよかった、とされるのは、悲しく、情けなく、声が出たなら叫び出したくなるほど苦しいことなのです。

 目玉も私の目玉であることにちがいありませんから、潰したらきっと痛いのは私。そうしたら、私はこの目玉を呪うことも、潰すこともできませんでした。

 財布の金で買えるほどの破格の商品である私は誰の目から見ても訳あり物件で、近づく人はもういません。このまま、何もできないまま、私はこの店で飼われ続けるのだ、と諦めていました。

 そこにあなたが現れて、虹の幻獣種も不死の人魚と踊子草の八百比丘尼も押し退けて、私をお買い上げになりました。

 期待しても良いのでしょうか。

 こんな私でも、愛してくれるのですか?

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