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煉獄の森~EZAM~  作者: 結城朔夜
30/31

vision:ⅩⅩⅨ 吐露された本音~優しさの裏に隠れた嘲笑~

本当の優しさには裏表なんて無い

ただ

慈悲の思いからの優しさが本物なのだと

知ったときにはもう遅くて


可哀想と心配するようなフリして

裏で後ろ指立てて笑われていた


そのことに気づいたとき

私の中で何かが崩れていく感覚がした…


翌日、目が覚めてから朝食を出され少しだけ口にしたが、食欲が全くなくほとんど残してしまった。

その後精密検査を受け、医師からの問診と簡単なテストをしてもらった。

結果は急性ストレス障害の面が多少出ていると言われて、暫くは引き続きカウンセリングを受けるようにとも云われ、精神安定剤も処方された。


家を焼失し、同時に家族全員を失った私。

たった1日で全てを失い、さらには母親の無理心中行為も目撃して。

当たり前にあったはずの生活を一瞬で失い、一人だけ取り残されてしまった。


「………」


私は特に何をするでもなく、只ぼんやりと病室の窓からの景色をベッドの上から眺めてばかりいて。

安定剤の効果か、気づくといつの間にか眠っていることがほとんどだった。

見舞いに来ていた伯父も、私が家族を失ってしまった事へのショックを受けて、心此処に在らずと言ったところかと思っただろう、敢えて声を掛けることなくそのまま帰っていた。

そしてその日の夕食もまた、半分程残してしまった。


やがて夜になると、あの日の夢を見ていた。


***


「………どうして?」

「………どうして、こんな事をしたの?」

「応えてよ………ねぇ、お姉ちゃん!」

『ごめんなさい………本当に、これしか方法がなかったの………』

「何で?だってこんなの、完全に不正行為じゃない!」

『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい………』

「ゆるさない………。絶対に、赦さないから!!」


***


次の瞬間私は目を覚まし、汗だくになりながら荒い息をしていてベッドに横になっていた。


姉の不正行為を赦せなかった自身の想いが、悪夢となって記憶に刻まれたのだろう。

怒りにまかせ、そのまま姉を責めることもしたかもしれない。

もしかしたら姉を殺していたのは、母ではなく自分だったかもしれない。

そんな想いが渦を巻くように押し寄せては、そうじゃないと振り払うように頭を振って。


結局その夜は何度眠っても、暗闇が不安をかき立てるかのようにまた夢に魘されて目を覚ましてしまい、その繰り返しでほとんど眠れることが出来なかった。


それから暫くして、病室の窓のカーテンから薄らと日の光が差し込み、小鳥のさえずりも聞こえ朝を迎えた。

柔らかく暖かい日に光が、暗闇を怖がる自身の心を照らしてくれるように、そっと息を吐くと僅かに安堵を覚えた。


朝食前の検温にやって来た看護師に、「今日は食べられそう?」と朝食の量を少なめにしてもらえるよう配慮してもらったものの、昨夜の夢の影響か口に入れた瞬間、戻してしまった。

医師からは心因的なストレスから来る一時的な拒食症状で、気持ちが落ち着けば食欲も出るだろうから、今は無理に食べなくて良いとも言われて、暫くは栄養剤入りの点滴を受けることになった。


その日は特に検査も無く、ほぼ一日をベッドの上で過ごしていた。

眠ったところでまた悪夢に魘されるのが嫌で寝付けずにいると、ちょうど見舞いに来た伯父が顔を出した、


「あまり寝付けてないって看護師さんから聞いたけど、大丈夫かい?」

「少し、火事になった経緯の夢を見て魘されるのが嫌で………。すみません、心配掛けて………」

「仕方のないことさ、あまり気に病まないようになさい。今はまず体調をしっかり直すことが優先だ。今後のことはその後で良い。焦ることはない、ゆっくり考えていこう」

「………分かりました」


そして、伯父は一つの紙袋を渡して、中を確認してほしいと言った。

何だろうと中を確認すると、其処には私のスマホと、母が管理していたのだろう小さな金庫が入っていた。


「今日、消防と警察から貴重品類を回収してほしいと言われてね。とりあえず探しておいたんだが………。もし他にも必要な物があれば、私の方で取りに行くから。遠慮せずに言ってくれよ」

「ありがとうございます………。とりあえずは、これだけで大丈夫だと思います」

「ならいいんだが、もしまたあとで気づいたことがあれば、いつでも連絡しなさい」


それから伯父は「また来るよ」と言って、病室を後にした。


私はスマホの画面表示させてみると、友人からのラインが何件か入っていた。

ニュースで家が火事になったことを知り、連絡をくれたのだった。

一度窓際によって、電波を確認してから返事を送ると「無事で良かった」「体調はどう?」とすぐにまた返信があって。

暫く友人とLINEで会話をして、画面を消し病室に設置されてある棚へと置いた。

その夜は、少しだけ食事も食べられて眠ることも出来た。


それから暫く入院生活を送り、少しずつ体調も回復していった。


学校帰りの友人が見舞いに来てくれ、担任の教師からも「困ったことがあれば何でも相談してね」と言ってもらえて。

皆に心配変えていることにいたたまれなくて「ごめん、ありがとう………」と何度も口にしていた。


そしてまた私は夢を見ていた。

それは事件の日の夢ではなく、別の夢だった。


***


幼い頃、家族でキャンプに行った日の夢。

一人森の中で迷子になり、其処に見知らぬ少女と出会い、家族の元へと導いてくれた。

その後、その少女は私が迷ったときや悩んでいると夢の中に現れて話を聞いてくれて、様々な答えを導いてくれた。

そして少女はまた今度も夢の中に現れてくれた。


『………』


けれど少女は何も語らず、無言のまま私をただただ見つめているだけだった。


どうしたのだろうかと、こちらから声を掛けようとした。

けれど少女は目を伏せて先に言葉を紡いだ。


『………まだ、本当のことは見えていない』

「え………、どういう、こと?」

『惑わされないで。全ての優しさに、善意があるわけでは無いことを………』


そう言って少女は再び真っ直ぐに私を見つめていた。


***


その言葉の意味が分からずにいると、そのまま少女は姿を消して目が覚めたのだった。

私はゆっくりと身体を起こして、考え込んでいた。


―――全ての優しさに、善意があるわけでは無い―――


その言葉に、どんな意味があるのか。

彼女は何を、伝えたかったのか?

その答えが分からぬまま、気づけば夜が明けていた。


「そろそろ、今後のことについて話し合いをしたほうがいいかな?」


見舞いに来ていた伯父が、そう言って話題を切り出した。

家は半焼とは言え住むには難しいとのことなので、退院後の生活をどうするかを相談した。


伯父には、私の従姉妹にあたる娘が3人いる。

そのため私を引き取るには家計が厳しく、難しいと言われたのだった。

そのことを踏まえて伯父から他に親戚は居るかと尋ねられて、私の母の従兄弟にあたる従叔父に連絡してみると言った。


しかし、従叔父からの返事は良くなかった。

従叔父の弟さんが精神的な疾患で色々と問題を抱えているため、引き取るには難しいと言われたのだった。


「面倒を見れなくて申し訳ない。でも相談には乗るから………」


そう言われて、私は「大丈夫です。ありがとうございます」と返事をした。


他に連絡の取れる親戚はなくどうしようかと悩んでいると、伯父は少しだけ言いづらそうに話した。


「最悪、引き取り手がいない場合は児童福祉相談所に連絡するしかないかな………」

「児童福祉相談所、ですか?」

「千紗都ちゃんのように、さまざまな理由で両親と離れて、引き取り手がいない子たちを保護してくれる福祉施設だよ。テレビとかで聞いたことはあるだろう?」

「………聞いたことはあります。でもまさか、自分がそこに関わる日が来るとは思いもしなかったですけど………」

「普通に暮らしていれば、関係ない場所でもあるからね。でも、状況的に今はそこしか千紗都ちゃんが生活できる場所はないかもしれない………」

「そう、ですか………」


そう言ってお互い無言になり、気まずい雰囲気になったところで、看護師の人が巡回に来た。


「今日はここまでにしようか。無事に退院の日取りが決まったときに、改めてまた相談しよう」

「分かりました。色々と有り難うございました」


「じゃあ、また後日」と伯父は病室を後にして、代わりに看護師が経過観察に来て「体調はどう?」と尋ねられ「今のところ大丈夫です」と応えた。

その後看護師も病室から出ていくと、私はベッドから起きて窓辺から外の景色を眺めていた。


ちょうど中庭の様子が伺え、リハビリも兼ねて散歩をする患者や、見舞いに来た人たちが休んでいる姿が見えた。

その中に友人たちの姿を見つけて、私はすぐに中庭へと移動した。

友人たちはベンチに座りながら何かは成しているようで。

何を話しているのか、後ろから近づいて声が聞こえる距離まで来ると、友人たちの会話に耳を澄ませた。


「今日の授業もまたアイツが妨害していたよね、いい加減にしてくれないかな?」

「そんなこと言っても、アイツを止められるの誰もいないから仕方ないじゃん」

「見た目はかっこいいのに、中身は転でガキってね。何かつまんな~い」


そんな会話が聞こえてきた。

会話に出てきた”アイツ”とはクラスメイトの男子生徒で、少し素行の悪い問題児のことだ。

千紗都も良くその生徒から授業妨害を経験していて、なんだか少しだけ懐かしく感じた。

数日も学校に行ってないけど、なんとなく日常を感じることが出来て。

声を掛けようとして手を伸ばしかけた瞬間、信じられない会話を耳にしてしまった。


「千紗都ももうすぐ退院だよね?でもさ、正直まだ信じられないって言うか………受け入れられないよね?」

「言えてる。火事の原因って、お姉さんの不正行為があったからって話だし。第一、不正行為自体ももみ消そうとしたらしいじゃん?あり得ないよね………」

「表面的には平然としてるけど、やってることはエグいよね。私だったらその時点で訴えるよ」

「千紗都も結構抜けてるところあるし、ぶっちゃけ言っちゃ可哀想だから黙ってたけど、案外バカなとこあるよね?」

「っていうか火事になったのも、お姉さんの不正行為も、意外と千紗都に抜けてるとこあったからだと思うんだよね。全部自業自得って言えなく無い?」

「なんか実際、悲劇のヒロインやってます~って思い込んでたりして………」

「わかる~。っていうかさ、お姉さんが母親に刺し殺されて、火事になって家族全員死んだのに自分だけ生き残ったっていうのも、何かちょっと妖しくなってこない?」

「え?どういう意味?」

「だからさ、実はお姉さんを刺し殺したのは母親ではなく千紗都自身で、それを隠すために家に火を付けて隠蔽したとか、あり得ない話じゃないよね?」

「え~嘘!だったらマジ最悪なんだけど………」

「実際はわかんないよ。たとえばの話だから………。でもさ、母親が殺人犯ってこともヤバくない?犯罪者の娘ってことになるわけじゃん」

「火事の被害者であり、殺人犯の加害者か………。何か笑える~」

「え~、私は嫌だよ。そんなこと友達だなんて………。でもさ、千紗都にはこのこと内緒ね?」

「わかっているよ。今は被害者面して入院中だけどさ、ぶっちゃけそのまま退院しないでほしいとか、思わなくない?」

「流石にそれは可哀想でしょ?でも帰る家がないらしいじゃん。親戚が引き取るんだろうけど、そのまま転校したりして、いなくなってほしいかな」

「それもちょっと可哀想かもだけど、さすがに犯罪者の子供と一緒に居るのはね………」

「ね~。こっちまで変な目で見られなくも無いじゃん。これ以上一緒に居たくはないけど、急に一人ぼっちじゃ可哀想だし、暫くは”お友達”続けてあげない?なんちゃってw」

「うわ、偽善者~!」


あははと声を出して笑う友人たち。

私は彼女たちの会話をこれ以上聞きたくなくて、気づかれないようにそっとその場を離れた。

急いで病室に戻って、ベッドに覆い被さるように踞っていると。


「どうかしたの?」


偶然通りかかった看護師が見つけて声をかけても、返事も出来ずに私はただ声を殺して、悔し涙を流していた。


まさか、友人たちがあんな風に思っていたとは知らず、裏の本音を聞いてしまった。

『可哀想』と言いながら、後ろ指を指して笑っている。

そんな現実を突きつけられて、私は耐えきれずにそのまま泣き崩れた。


「織笠さん、大丈夫?」


看護師に声を掛けられても、私は涙が止まらずに泣き崩れて。

何かあったのかと心配する看護師に対して、その気遣いもまた偽善だろうかとさえ思えて。

全てが嘘で塗り潰されたように、何もかもが信じられなくて。


その日、私は『孤独と絶望』を思い知らされたのだった。


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