vision:ⅩⅩⅧ 千紗都の過去~呼び覚まされた記憶の爪痕~
投影された過去の記憶
其処に映し出されるのは
封印したはずの
思い出したくなかった出来事
あれから、3年も経っているのに
未だに癒えることのないその爪痕に
影がそっと、闇へと手招いていた………
―――それは、今から3年前に起きた出来事だった。
当時、私は中学3年生。
両親と3つ違いの姉、そして私のごく一般的で平凡な4人家族。
しかし、この頃の両親は常に口喧嘩が絶えず、姉も私もその言い争う声を聴きたくなくて、それぞれの部屋に篭もるようになっていた。
両親が不仲になった原因は、姉にあった。
昔から両親が不仲だったと言うわけではない。
私が未だ小さい頃は、皆の笑顔が絶えない温かな家庭だった。
そう、私もあの頃は未だ無邪気に、笑えていたんだ。
私は幼い頃から、自分の想いをカタチにすることが好きだった。
幼稚園の時、美術コンクールの5歳児の部で賞を取ったり、お遊戯会で役を演じたり、舞の舞台で踊りを披露したりと、いろんな表現を楽しんでいた。
小学生でも、卒業生を送る会での舞台でまた役をもらい、中学に上がる頃には再び絵画を始め、美術部に所属していた。
いろんな面で、その才能を開花させる私。
そして3つ離れた姉・澪珂もまた、同じように表現の世界に興味を持っていて、2人揃って将来が楽しみだと、両親は笑って話していた。
しかし時が経つに連れ、澪珂と私の間で、ある“差”が出始めた。
それは、生まれ持った才能という差。
互いに、昔からいろんな表現の場を経験し、才能を開花させてきた。
でも、いつからか、私は手書きの絵画デザイン、澪珂はゲームなどで使用する立体的なグラフィックデザインに興味を持ち始め、それぞれ別の系統に進もうとしていた。
そして互いに受験生になった時、特に母は今まで以上に神経を尖らせていた。
そして夏休みに入ると、澪珂が進学するのに「東京の専門学校へ行きたい」と言い出したのだ。
その言葉に、父・郷史は「夢を追いかけさせてあげたい」と賛成するも、「生活できるか不安だ」と反対する母・和恵。
それもこれも澪珂は、今まで一切家事というものをしたことがなかったのだ。
いくら成績が良くても、生活をする際に必要な経費の管理や家事を全部自分でしなければならなくなる。
それでも、澪珂は「寮生として入るから、設備は整ってる」「自炊は何度かやってるから、慣れれば平気」と自分の意思を貫いた。
このことがきっかけとなり、両親は日々口喧嘩が絶えなくなり、特に母がヒステリックになり、物を投げたりすることもあった。
と、此処までで在れば、単なるお験での家庭内不和と言うことだったが、問題はその後だった。
それは、澪珂が専門学校への受験の課題で、いくつか作品を提出する事になっていたが、その際にある不正を働いたのだった。
課題のテーマは、宇宙と自然。
しかし、姉は良い構図が思い浮かばず、悩んでいた。
その時、私もコンクールに出展させるために、風景画を何枚か描いていた。
ほとんどは完成していたので、後は出展させるだけだったのだが………。
展示会の時に、私の作品がすり替えられていた事に気がついた。
「え………?なんで………?」
そしてすぐにその原因が判明する。
そう、出展させる直前に、澪珂が自分の作品と私の作品を入れ替えていたのだった。
結果、私は賞をもらえないことになり、代わりに澪珂は私の作品を提出し、色使いや表現の細かさなどを評価されて合格となったのだった。
「お姉ちゃん………どうして………?」
「ごめん………どうしても行きたかったの。だけど、私の作品じゃ確実に合格できないと思ったから、つい………」
「ついって………そんなの、おかしいよ!人の作品を勝手に出すなんて!盗作じゃない!」
「本当にごめん………。でも、こうするしかなくて………。本当に、ごめん………!」
ひたすら謝る姉に、納得がいかず不満を爆発させ、「その専門学校に盗作作品だって告発する」と告げ、両親にも真実を告げた。
しかし、両親からの返答は意外にも「何もするな」だった。
「どうして?!だって完全にこれ不正行為じゃない!」
「たとえ作品が千紗都ものだったとしても、学校側は澪珂の作品として認識されている。今さら『妹の作品の盗作でした』なんて言って撤回しても、澪珂個人だけの問題じゃなくなる。そうなれば千紗都、お前も………そして親である私たちも批難される立場になるんだぞ?だからこのことは絶対に、誰にも話してはダメだ。いいな!」
「………そんなの、納得いかないよ!私は絶対に赦さない………こんな事、絶対に認めないから!!」
両親からの言葉に私は納得がいかず、怒りも収まらぬままに自身の部屋へと閉じ篭ると、手当たり次第近くにあったものを投げつけた。
ガタン!バタン!っと音を立ててものを投げつけ荒れる私。
その隣の部屋で申し訳なさそうにして座り込む澪珂の姿があった。
しかし、状況はすぐに一転することになった。
澪珂の受験した学校の教職員の中に、過去のコンクールで私の作品を観たことのある者がいて、そのことに気づいたのだった。
そしてその教職員が学校側に連絡し、作品が盗作である可能性が高いというころから、事実確認で学校から連絡を受けた。
両親は全ての真実を話して、結果澪珂の合格は取り下げられたのだった。
「今回の件は妹さんへの配慮も含め、公表はしません。しかし、澪珂さんがされたことは立派な不正行為ですので、教育委員会には報告させていただきます。二度とこのようなことはなさらないよう、ご両親からも指導をお願いします」
「分かりました。下の娘に対しての配慮もありがとうございます。今後もこのようなことがないよう、気をつけます」
そう互いに和解し合って、今回の件は見送られた………筈だった。
でも、世間はそう甘くはないことを、知っていたのも事実で。
夏の終わり、事情を聞いた教育委員会の一部の人が、報道関係の人に情報提供をして週刊誌に載せられてしまったのだ。
さらに、ネットやSNSでもこの件を持ち上げられて、興味本位で面白半分に騒ぎ立てられた。
それがきっかけとなり、姉の名前は伏せられたものの、世間では我が家の失態・両親の監督不届きだ、との非難の声が殺到して。
近所の人からも、姉が外出するたびに冷たい視線や後ろ指を指されるようになり、ヒステリーになっていた母は更に感情的になる事が増え、父との口喧嘩が絶えなくなっていた。
「あなたがあの子を甘やかせるようなことを言うから、こんなことになったのよ。責任はとってもらえるんでしょうね?!」
「子供には子供の人生がある。それを親が無理に決めるのは良くないとは思わないか?子供は私たちの道具じゃないんだぞ!」
「そんな事を言っているから、こんな事になったんじゃない!もっと厳しく目の届くところに置いておかなきゃ、次に何するか分かったものじゃないわ!!」
「そうやって、何でも自分の思い通りにするところ、直した方が良いのはお前の方だろ?自己中心的な考え方もいい加減にしろよ!」
両親の絶え間ない口喧嘩が煩わしくて、私はその喧騒から逃れる為に、ヘッドフォンをつけ大音量で音楽をかけ流してかき消すようにしていた。
澪珂も自身の行動で家族が迷惑していることを感じて、少しずつ引きこもるようになった。
そして、何日かした或る日のこと。
父が仕事から帰ってくるや否や、言い争う声が響き、私は再び部屋で音楽を聴いていた。
だがその日はいつもとは違って、すぐに口喧嘩は止み、異常な静けさを纏っていた。
ヒステリックな母の機嫌は日に日に変わり、波があることも知っていて、今日は静かな方だなと思っていた。
だが、それはまだ嵐の前の静けさであることに、誰も気付けなかった。
喉が渇いて、キッチンに水を取りに行こうとしたときだった。
夕食の準備をしていたのか、フライパンに油を入れて揚げ物の準備をしている母の姿があった。
私は何も言わないまま、冷蔵庫の中に入れていたペットボトルの飲料を取り、部屋へ戻ろうとした。
ちょうどその時に、澪珂もまた水を飲みにキッチンへとやって来て。
その時に母はぶつぶつと何やら独り言を言っていたが、私は敢えて気にしないように立ち去ろうとした。
しかし澪珂はそんな母に対し、控えめに「今日は揚げ物?」と声を掛けた。
母は気づいていないのか、独り言を言い続けていて。
澪珂は母に再び声を掛けるも、ぶつぶつと独り言は止まらない。
今度は母の肩に手を添えて再び呼びかけてみる。
「お母さん、聞こえてる?ねぇ………返事してよ」
「………」
そんな光景を見て流石に私も不審に思い、立ち止まって様子を窺っていると、母が急に無言になった。
ぐつぐつと油が煮えたぎる音だけが聞こえて。
そしてその時に気づいた。
水切りカゴに包丁が置かれていたことに………。
母は無言のままその包丁を手にして、そしてゆっくりと澪珂の方へと身体を向ける。
そして次の瞬間―――。
「………っ!!」
母の持った包丁が澪珂の身体に突き刺さり、澪珂はそのまま倒れ込んだ。
傷口を抑え、どくどくと流れる血に塗れる澪珂の姿を見て、母はまた何やらぶつぶつと独り言を言っている。
その時になってようやく異変に気づいた父が駆け付け、状況を把握すると、母に向かって叫んだ。
「何やってるんだ、バカが!!」
そして父が母を制止し、手にした包丁を放させようとして、もみ合いになった。
その際、コンロにかけたままのフライパンの取っ手にぶつかり、中の油が弾かれて。
その瞬間、弾かれた油に火が引火し、一瞬にして火柱が立った。
「っ!!」
周囲の壁にも火が燃え移り、たちまち家は火の海とかしていく。
そんな状況にもかかわらず、父と母はまだ押問答をしたままだった。
澪珂は出血から自力で動けそうになく、その場に座り込んだまま。
「………」
私は、目の前に起きていることが現実と認識できずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。
やがて近所の人が火事に気づいて消防車を呼んでくれたのか、サイレンの音が聞こえた気がして。
そこで私の意識は一旦途切れてしまった。
目を覚ました時には、病院のベッドに横たわっていて。
意識が戻ったことに気づいた看護師が声を掛けてくれたが、その時はまだ頭の中がぼんやりとしていて、何を言われたかまでははっきりとは覚えていない。
その後、医師の診察を受け、軽い一酸化炭素中毒と診断された。
暫くしてから警察の人と話してして、家が全焼したこと。
消防が駆け付けたときに、姉が既に出血多量で死んでいたこと。
そして両親も病院へ搬送されたが、大量に煙を吸ってしまった影響から、心不全で亡くなったことを告げられた。
つまり、私だけが唯一生き残ったと言うことだった。
それから私は暫く療養も兼ねて入院することになるが、家族も住む家も失ったためとりあえず連絡の取れる親戚が居ないかと尋ねられ、父の兄である伯父か、母の従弟にあたる従叔父の二人を思い浮かべた。
そして伯父の方へ連絡が付き直ぐに来てもらい、そのまま入院の手続きもしてもらった。
それから暫くしてからまた警察の人に、火事になった原因を詳しく聞かれ、覚えている限りのことを全て話した。
母が姉を刺したこと。
父が母を抑えようとして、もみ合いになり、コンロにかけていたフライパンの油が弾かれて引火したこと。
そして、そうなってしまった原因も、全てを話した。
姉が不正行為を働いたが周りは隠密に処理しようとした、しかし運悪く報道機関に情報が漏れてしまったことで、母が無理心中を図ろうとして火事となったこと。
これが警察の見解だった。
「お姉さんに対して、あなた自身は憤りを感じなかったのですか?」
「強く恨みました。それに………両親に対しても、強く不信感を抱きました。でも、専門学校からの連絡を聞いて少しだけ軽くなりました。見てくれている人には、ちゃんと分かってくれるって、そう思いましたから………」
「そうですか………分かりました。では、聴取は以上になります。ご協力有り難うございます。どうぞお大事に」
「有り難うございます」
隣で話を聞いていた伯父は、警察の方が居なくなってから、ゆっくりと話し始めた。
「色々と大変だっただろうけど、今はゆっくり療養しなさい。体調が良くなったら、今後のことまた話そう」
「はい。すみません、お手数をおかけして………」
「君が気を遣うことは無いさ。さぁ、今日は疲れただろう?もう休みなさい」
「有り難うございます………」
そう伯父に促され私はベッドに横になり、巡回に廻ってきた看護師から念のためと栄養剤の点滴をしてもらい、気づけばそのまま眠りについたのだった。




