Lv1、召喚士の日常 1日目
人付き合いが苦手な僕は、森で動物たちと戯れる日常を送っていた。
そんなある日、ひょんなことから見知らぬウサギに案内され、洞窟に辿りつく。
助けを求める声を頼りに奥へ進むと、動物の耳の生えた女の子が泣いていた。
女の子は、どうやら足を怪我しているようだった。
「大丈夫?」
「足を捻っちゃったみたいで、動けないの。」
足を覗き込む僕を見て、女の子はしゅんとして言った。女の子は小柄で、僕よりも小さかった。全身もふもふで、動物のような耳はピンと立っていた。洋服はフリフリで、女の子なんだなあと僕は思った。
「作り物の耳?かわいい格好だね。」
泣いている女の子の頭を撫でる。作り物にしては、ちゃんとぴこぴこしていて可愛いなあ。
「ひゃうっ!?」
「ご、ごめん!」
耳を触った途端、女の子はびくりと体を震わせた。僕は瞬間、距離を取った。
「驚かせるつもりはなかったんだ。ただ、動物の耳が生えてるから、作り物かと思って。」
「こ、これはナノのなの!作り物じゃないの!」
「ご、ごめん。僕、耳の生えてる人見るの初めてで。」
頭を下げながら僕がいうと、女の子は耳を整えながら足を摩った。
「足、痛い?」
「痛くて動けないの。ここに石を取りにきたんだけど、高いところのを取ってたら落ちちゃって。その拍子に足を捻ったの。」
てへ、と笑う女の子。でも、ここの石は綺麗だから、高いところのものも取りたい気持ちはなんとなくわかる。女の子の傍らには、とても大きいカバンがあって、その中から綺麗な石が見えていた。
「こんなに取ったの!これでねーねのところに持って行ったら、私も『まじゅー』になれるの!」
「そうなんだ、でもこんなに大荷物じゃあ、歩いて帰れないんじゃない?」
「これは、重さを軽減する『ばふ』が付いてるの!だから重くないの!」
僕が心配すると、女の子はカバンを差し出して言った。僕は言われるがままにカバンを持ってみる。
「ほんとだ、思ったより軽いね。全然持てる。」
「そうなの!でもね、足が痛いから持って帰れないの。困ったの〜。」
うーんと唸る女の子、僕もうーんと唸りながら、二人でどうすればいいか考えていた。
「お母さん、疲れたからおんぶして!」
「もう、しょうがないわね。はい、どうぞ。」
「わーい!」
僕は、お母さんに一昨日おんぶしてもらったことを思い出した。そうだ、おんぶだ!
「えーと、君、歩けないよね。おんぶしてあげるよ。」
「ほんと?それならねーねのところに帰れるの!」
「カバンも軽いし、君くらいなら、僕でもおんぶできると思うから。」
僕は女の子に背中を差し出し、カバンを肩にかけた。女の子はヨイショと背中に乗ってきたが、ふわふわの綿を抱えているみたいに軽かった。
最初洞窟に入った時より、出る時の方が早い気がした。お話ししながら歩いたからかな?
女の子をおんぶしながら、洞窟を出ると、辺りは夕暮れになっていた。
「ここから帰り道はわかる?送っていくよ。」
「ありがとうなの!ちょっと待つの。」
女の子は、スカートのポケットから光る時計を出した。時計…ううん、これは時計じゃなくて、方位磁石だ。とてもキラキラしたそれを空に掲げると、すごく光り出した。
「な、なに!?」
「ちょっとだけ眩しいの、我慢するか目を瞑るの!」
「う、うん。」
言われるがままに目を瞑る。森の音が、消える。周りが真っ暗になり、僕は驚いて目を強く瞑った。
「ありがとう、もう目を開けていいの。」
女の子に肩をトントンされ、僕は目を開けた。
「ここ…どこ?」
中央に噴水がある。その周りにはベンチがあり、一人の羽根の生えた…そう、まるで、天使のような人が座っていた。
「あら、どなたかしら。」
その人は、座ったままこちらに視線を移す。近くには、鳥や動物…いや、鳥や動物の人がいた。みんな、その人を慕っているようで擦り付いたり寄り添ったりしている。
「後ろにいるのは、ナノね。お帰りなさい。遅かったわね、心配したのよ。」
「足を怪我しちゃって、動けなくなってたところを、この子に助けてもらったの!」
「あらあら、うちのナノがごめんなさいね。ささ、こちらに来て。」
ベンチに案内され、僕は歩き出した。その人の周りにいた子たちは、そそくさと雲の中に消えていった。怖がらせちゃったかな。
僕は、ベンチに女の子を降ろし、カバンを差し出した。
「はいこれ。」
「ありがとうなのー!」
カバンを大事そうに抱きしめ、嬉しそうにする女の子。僕は、何だかいつもより体が軽く感じた。女の子やカバンは重くなかったけど、背負う前より軽くなった気がする。
「…あら、貴方。…そうね、お礼をしたいから、お名前を伺ってもいいかしら。」
視線をこちらに向けて、うーんと唸りながらその人は言った。そういえば、女の子にも名前教えてなかったっけ。
「お礼なんて、僕はただおんぶしただけなので!」
お礼と聞いて、僕はびっくりして手を前に出して、大きく振って答えた。
「お、男だから、女の子を守るのは…その、当然というか…なんというか…。」
後ろを向いて、モジモジしていた僕に、その人は、続けて言った。
「私は、名をアイテルと言います。汝、名前を。」
凛とした声が空間に響く。僕は、その声が脳に直接届いたのではないかと錯覚するくらい、はっきりと聞こえた。息を呑む。次いで。
「ナノは下級魔族ですが、人の子に助けてもらえなければ、ここに辿り着くことは叶わなかったでしょう。貴方は、心優しい少年です。是非お礼をさせてください。さ、名前を。」
「木野瀬 友也と言います。」
僕は、ハッとした。気がついたら、名前を言っていた。吸い込まれるような声に、本当に吸い込まれてしまったようだ。
「友也さんですね、ありがとう。貴方は生まれつき、野生の動物に好かれる性質があるようですね。」
「はい、森ではいつも動物たちと過ごしていました。」
「貴方は、今の暮らしに満足していますか?」
急に、どういう意味だろう?僕は目を白黒させてしまう。言葉に詰まっていると、アイテルさんは続けて言った。
「貴方は、もっと過ごしやすい環境にいる必要があるかもしれません。貴方の環境は、何か苦しくありませんか?」
確かに、僕は孤独だ。他の人のいる環境では、落ち着かないし、話に入ることもできない。もしかしたら、それを変えることができる環境なら、僕は—————。
「どこか、知らないところで人じゃない——動物たちと仲良く暮らしたい。僕は、人が苦手なんです。」
「人は愚かな生き物です、互いを尊重し合うことが難しい、非常に矮小な生き物だと、私は思いますよ。」
「家でも、学校でも、居場所がないんです。だから、森でいつも動物たちと過ごしていました。だから、そんな暮らしがしたいです。」
僕は、ぽつぽつと言った。思い出したら涙が出てきた。僕は学校では空気のような存在で、友達はいなかった。勉強も好きじゃなかった。勉強の時間は、いつもノートに動物や空想の動物を描いては「早く終われ、早く終われ」と思っていた。
僕は、涙が止まらなかった。嗚咽混じりに泣きじゃくっていると、アイテルさんは僕に手を差し伸べると、涙を拭いてくれた。
「よほど人間の世界が辛かったんですね。」
「ふ…え…、ぁい…」
「では、貴方に選択肢を与えましょう。」
アイテルさんが手を合わせ、僕に祈るようにすると、僕の体が突然光り出した。
「えっ!?な、何!?」
「大丈夫です、そのまま、そのままで。」
慌てる僕を言葉で制し、祈り続けるアイテルさん。次第に光が僕のお腹の中に収まっていく。とても、暖かい。
「そのまま目を閉じて、暖かさを感じて。」
言われるがままに目を閉じる。お腹の中が暖かく、体が軽くなるのを感じる。
「貴方は選択できます。このまま家に帰るか。」
頭の中に、アイテルさんの声が響く。心臓が、早くなる。
「それとも、私たちの世界で暮らすかを。」
僕は、心の中で祈るように思った。
アイテルさんたちの世界に、行きたいと。