採寸タイム
ある程度お互いの意見をすり合わせ終わったらしく、私は仕立て屋に呼ばれてアトリエらしき部屋へと移動した。
先程まで居たリビングだろう空間にもミシンや裁縫道具、それに作業途中だろう糸だの布だのがあちこちにあったのであそこで作業しているものと思っていたが、別でちゃんとした作業空間があったらしい。
案内されたアトリエは所狭しと布だの何だのが置いてあり、機織り機があり、何ならマネキンやトルソーも複数あった。
机の上にはデザイン図や型紙が机の表面を窺えない程に占領していて、作業場という空気が漂ってくる。
「諦観者の方も、どうせサイズは変わらないけど一応後で測るからね。でもその前にお初の客である変態のサイズを測ります! スリーサイズどころか首も肩も腕周りもぜーんぶ測るよ!」
「望むところだ! 脱いだ方が良い?」
「そうしてくれた方が助かるかな」
「ヨッシャ任せろ!」
着ていた服をペペペッと脱ぎ捨てて準備はオッケイ。
部屋に入る前、主様から戻ってくる時には適当に着替えるよう言われるかと思ったが、特に無かったので後で着直せば良いだろう。
すぐ今の服に飽きる主様ならこういう着替えチャンスは見逃さない気がするが、珍しい事だ。
……実際、誰かの屋敷とかに到着して部屋に案内されたらさっさと着替えてたしなあ。
まあ今日はそういう気分なのだろう。多分。
「とりあえず全裸になったけど、髪もほどく?」
「んー、そっちは別にいいや。っていうか本当にコルセットがしっかりしてるんだね」
穏やかながらも興味津々といった表情で仕立て屋は私の腹や足周りへと視線を向ける。
「擬態しててもそこと足だけ無理なのかあ」
「頑張れば出来ない事も無いけど、主様という存在自体が尊くて視界に入る度にその素晴らしさに目が眩んでヨダレが垂れる程だから……」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
途端真顔になって切れ味良くそう告げてから、仕立て屋はしゅるりと糸を出してメジャーのように手で構える。
どこからともなく出していたが、キメラ相手にそんな事柄は気にするまい。
「じゃあサイズ測るね。あ、擬態解除すると体型変わるとかってある?」
「無いけど?」
擬態を解除したところで、変化があるのはツノや耳、翼に尻尾くらいであり、衣服にはあまり関わらないはず。
そう告げれば、そっか、と仕立て屋は頷いた。
「じゃあそのままで。飾りが多いと測りにくいから困るんだけど、人によっては擬態を解除した時を想定したデザインにした方が良い時もあるからね」
「成る程」
確かに幸運辺りは袖が無い服の方が便利そうだったのでわからんでもない。
「ところでさ、質問とかってして良い?」
「んー? うん、別に黙ってないと測れないわけじゃないから良いよ」
目盛りも何も無い糸を使ってサイズを測りつつ、仕立て屋は黙々とメモに測ったサイズを書いてゆく。
肩幅や厚みまで調べているようだが、まあピッタリした服を作る際や見栄えの良いデザインにする際には必要な情報なのだろう。
いや、服飾系サッパリだし生前はシンプルでお安いトコのを適当に買って数年着続けるタイプだったからこういうのはまったくもって知らないけど。
……胸もささやかだから測りに行ったりしなかったしなあ。
店員さんに測ってもらうのはそういうプレイと思えば楽しそうだが、自分の胸の無さを思うとわびしさしかない。
客に巨乳が来たらテンション上がるし、何ならサイズの大きいブラを見て妄想の糧にしてテンション上げたりはするものの、流石に一般のお店でソレはちょっと……となる常識ある私が居るのも確かなのだ。
一般のお店で興奮するよりはきちんとしたお店でそういうイメプレを依頼した方がずっと良い。
変な目で見て来る女性客が居座ってるとか噂になって他の方のご迷惑になっちゃあいけないのだ。性癖重視の変態であろうと、マナーは大事。本当大事。
お金を払って正式にプレイするのが真に礼節ある大人のすべき行動だろう。
まあお金を払ってプレイするにしたって違法なトコはアウトだけどな。ぼったくりもしない良店に出会えれば超最高。
「護衛は時計くんとかいう可愛い名前で思ったよりマジな能力の魔物が混ざってたけど、仕立て屋は何の魔物が混ざってるわけ?」
「俺の場合は二種類混ざってるよ」
「へえ」
私も主様も二種類タイプだが、仕立て屋もそっちタイプだったらしい。
キメラは結構色々居るので、こうやって聞くのは楽しくて良い。
……一種類の場合もあれば二種類の場合もあり、何なら魔物と適当な何かが混ざってたりするもんな。
茨が混ざってたりするから凄い話だ。
それを手足のように操れてた辺り、医者の感覚的にはこれといった問題も無さそうだったけれど。
「まずは、まあ、この背中や糸を見て貰えばわかるように蜘蛛系の魔物。糸出し蜘蛛って言ってね、家畜魔物なんだ」
「蜘蛛の家畜居るんだ……」
「そりゃあ、人間に都合の良い生態で飼いやすければ家畜にするのは当然じゃないの? 人間の暮らしを良くするならそっちの方が大量に生産できるしさ」
股下などを測りつつ、仕立て屋はそう言う。
「好きなだけ糸を出せる魔物で、性格温厚。移動するよーとかの簡単な意思疎通も可能。頑丈な布を作れる糸であり、良い環境で育てばそれだけ質の良い糸が取れるっていうね。だから質の悪い糸出し蜘蛛の糸を売るようなところは冒険者が視察しに行ったりもあるらしいよ」
「思った以上に牧場だ……」
まあお蚕さんといった虫家畜も存在するし、馴染みがゼロかと言われるとそうでもない。
蜘蛛の糸は相当に頑丈だからどうのこうのと昔にニュースでやってた気もするので、都合の良い蜘蛛が居るなら家畜化するのは妥当だろう。
「もう片方の魔物は機織り姫」
「えっ、噂じゃなくてマジで織姫なの!?」
「ズマンが妨害というか過保護っていうか、俺が村の人と話すのを良く思わないから噂については詳しくないけど……うん、一応織姫って事になるのかな?」
「どんな魔物? 人型? 巨乳?」
わくわくして問い掛けると、メモにペンを走らせていた仕立て屋がこちらに対して半目を向ける。
「変態さあ、その方面で一貫性があるのはどうかと思う」
「それが私だからな!」
えっへんと胸を張ったところ溜め息を吐かれ、どうせだから胸張った時の状態も測るからその体勢キープ、と告げられた。
「一応伸縮性とかは気にしてるけど、その胸のサイズだと下手な縫製じゃやられそうだし」
「男の夢と希望とロマン、そして女の羨望が詰まりに詰まった胸だからな……そこらの布じゃあ押さえつけられないのが! そう! 爆乳!」
「胸の大きさねえ」
俺にはよくわかんないけど、と呟いて仕立て屋は再びメモにペンを走らせる。
「それで? その機織り姫ってのは巨乳?」
「いや、俺も詳しく無かったから継ぎ接ぎ図書館行った時に調べたけど、伝承とかには特にそういった記述は無かったかな。山奥で機織りをしている魔物で、一目見ればその美しさに心を奪われてしまう程の美女、って書かれてた」
「マジかよめっちゃ見たい!」
「三分の一とはいえその機織り姫の要素が入ってる俺を目の前にしてよく言えたなお前」
仕立て屋はこちらを睨みつけながらむすっとした不機嫌顔になって唇を突き出すが、そんな顔も可愛らしい。
巨乳と筋肉が大好きな私でも好意を抱きそうな可愛らしさだ。
……でも、この感覚、処刑人の時にも感じてるんだよなあ。
ただ顔が可愛らしいというよりも、概念として可愛らしいと認識してしまうような、そんな感覚。
美醜感覚など関係無しに可愛らしいと思わせるこの感じに、今の話を重ねると、
「さてはその顔面力、機織り姫効果か?」
「俺本人にはあんまり自覚無いけど、多分そうだと思う」
あっさり頷き、良し、と仕立て屋はペンを仕舞った。
「測り終えたからもう服着て良いよ。そういえば着たい服の希望とかってある?」
「主様が満足してくれるならそれで」
「……そういうんじゃなくてさあ」
脱ぎ捨てた服を拾いつつ答えれば、呆れた顔で溜め息を吐かれる。
「個人の好みとか、裾はヒラヒラしてる方が好みとか、動きやすい方が良いとか……そういうのはないの?」
「主様を悩殺出来たら最高」
「無理」
即答だった。
「そもそも諦観者って悩殺どころか人に惚れる事があるのかどうかも怪しいじゃないか。幾ら何でも無理難題だよ」
「だろうね! まあ、だから任せるよ。主様が不機嫌にならないようなのでよろしく」
「……じゃあ自由にし過ぎるのは駄目か……」
チッ、と小さいながらも鋭い舌打ちが聞こえて来た。
どうやら良い感じの言質が取れたら趣味に走ったデザインを混入する気だったらしい。危ないなコイツ。
「にしても織姫の噂が思ったより真実だったとは」
「確かに、機織り姫って名称だけど間違っちゃいないしね」
「美しい魔物ってその美貌で男を捕まえて食うイメージあるけど機織り姫もそっち系?」
「今、酷い偏見を聞いた気がする」
早々に作業机の前にある椅子に腰かけてデザイン画を描き始めていた仕立て屋だったが、私の問いにジト目で振り向いた。
よくあるイメージだと思ったが偏見なんだろうか、コレ。
「そうも偏見?」
「偏見だよ! 美貌関係無いからな、この魔物! 放っておけば無害なんだから!」
「放っておかなかった場合は?」
「…………」
ぐるぅりとゆっくり首が横へと回り、見事なまでにそっぽを向かれた。
「……まあ、うん、機織りをしてるだけの魔物なんだけど、その美しさに見惚れてちょっかいを出すと、惨劇が」
「惨劇」
「機織りの邪魔をされるとキレるタイプの魔物らしくて、爪伸ばしたり糸操ったりして相手を殺しに掛かるとか、何とか」
ふむ、と仕立て屋の後頭部を見ながら思案する。
ただその魔物の生態ですよってだけなら他人事として語れるだろうに、気まずそうにそっぽを向いている辺り、他人事では無いという事だろう。
「つまり、仕立て屋も邪魔されるとキレる性質だと」
「そうだよ」
誤魔化し切れなかった仕立て屋はガックリと肩を落として机に突っ伏した。
ふっふっふ、これでも結構察しの良い私なのでわかっちゃうんだよなあ。
「見た目の良さもあるから、男が惑わされるんだろうな。機織り姫自体は透けた薄い布の服を身に纏ってて、ちらちらと見えるその下の肌を見ては我慢出来ず男が襲い、その後機織り姫は出来上がった赤い布を木に掛けて新しい布を織り始めましたとさ……みたいな逸話があるくらいだし」
「何だよスッケスケ衣装とか最高だな! 巨乳だったら尚の事最高なのに! クッソ目の前の肌も大事だけど胸の大きさも言及しろよ記録係!」
「逸話としてその話を残したどこかの誰かもそんな理不尽なキレ方されるとは夢にも思わないだろうなあ……」
ドン引きした目で見られてるけれど知った事か。
クッ、そのお姫様が巨乳だったかどうかで興奮度がめちゃくちゃ変わるというのに何もわかっちゃいないなその記録係は! 巨乳か貧乳かで興奮する層が相当変わるんだぞ! 胸の大きさはマジで洒落にならないんだからな!
「つまり機織り姫自体の特性としては機織りがメインだから美しさは副産物だけど、その美しさに寄っていくと殺される事があるわけか」
「そ。ズマンが居ない時は俺も時々客に襲われかけたけど、殺して食べればはいオッケーって感じだからあんまり困ってなかったんだよな。そもそも生前は引きこもりだったから人付き合いの正しい距離感もよくわかってなくて、実害無いなら別に良いかって感じだったし」
「え、お前引きこもりだったの?」
「家と相性悪くてさ……」
ふぅ、と溜め息を吐く仕立て屋は僅かに目を伏せ、その真っ赤な瞳に憂いを滲ませていた。
長い睫毛が影を作っていて、正に美術品といった風体。
これは男が気を狂わせて襲うのもわかるなと思いつつ、個人的殿堂入りの主様という至高の存在を知っているので思ったよりは動揺を覚えなかった。
……やっぱり主様が最高なんだよなあ、私としては。
最推しにしっかり狂っていれば他の狂わせるヤツと出会っても狂わないので良い事だ。流石は主様、存在が精神安定剤。
狂ってるのに精神安定してるのかとかのツッコミは知らん。狂う事でホルモンバランスが整うんだよ。狂う程の愛を捧げられる対象が居ない時のメンタルバランスのガッタガタっぷりヤバいからな。最推しこそが最高の良薬。
「家に居る事に耐えられなくて家出したら、寒がりに出会って。道に迷ってるみたいだったからとりあえず方向だけ教えてあげたんだけど、そしたら、辛そうだからって話を聞いてくれてね。今の自分より良い状態になれるかわからないけど、自分の命を捨ててしまいたいと思う程に自暴自棄なら、新しい自分になってみるか、って言われたんだ」
「それで、キメラに?」
「うん。いざキメラになって説明聞いたらどっひゃあって感じだったけど、それでも実家との繋がりが無くなったって感じもあって、嬉しかった。ただ、成功しない事や成功してるけど成功とは言い切れない状態の時もあるって言われた時は肝が冷えたよ」
当時を懐かしむように語りつつ、仕立て屋は大量にデザイン案を描き散らす。
ポップだったりワイルドだったりセクシーだったり、実に色々なデザインがよくまあここまで出て来るものだ。
「あ、そうだ。色の組み合わせとか相性とかも確認したいからちょっと布当てたりしても良い? タイトなデザインもゆったりしたデザインも似合うだろうけど、一応色々確認しておきたいし」
「別に良いけど。あ、でも折角ならその間に仕立て屋の過去バナとか聞きたい」
「ええ……」
仕立て屋はボソリとした声で、嫌だな、と小さく呟いた。
その表情は本当に嫌そうだが、うーん、と首を傾げてから一度頷く。
「まあ、うん、良いよ。あんまり話したくないし思い出したくも無いけど、抱えるよりは誰かに話しちゃった方がより一層過去として認識出来るかもしれないし」
眉を下げ、へにゃ、と仕立て屋はどこか困ったように可愛く笑う。
「そうすれば、その分だけ気楽だもんね」
「ヨッシャ」
ガッツポーズをすれば呆れたように肩を竦められたが、そういう話は聞けそうなら聞きたいと思うものなので仕方あるまい。乙女心というやつだ。




