農園の息子
俺は農家の生まれで、当時は黒髪にマゼンタ色の目だったなあ。
ああ、でも背丈や顔付きはそのままだったから、真顔で考え込んでたりすると時々小さい子に泣かれたっけ。
何だか、いつもの雰囲気と明らかに違って怖いみたいで。
なんてことを思い出しても、今はもうその子達に会えないし、会えてもとっくにお爺さんお婆さんになってるんだろうけどね。
俺自身、人里に出ると懐かしさと悲しさに襲われるから、あんまり空中都市から出たりしないし。
え、人肉? ああ、俺達キメラは別に保存された人肉でも全然平気なんだよ。
それは勿論新鮮な肉の方が良いけど、干し肉にしてても生きる為の食料として問題無いように、俺達だって問題は無い。
何より、生き物は袋に入らないけど、獣肉が入るのと同じで人肉も既に死んでるなら案外普通に入るものだしね。
ふふ、そんな事をしようって人は居ないから知られてないみたいだけど。
それにしても、諦観者さんってばそんな事も教えて無かったの?
うーん、まあ人気のあるところで生活するなら食糧としての人間にも困らないだろうし、知らなくても問題は無いのかなあ。
あ、俺の話だったっけ。ごめんごめん、つい。
シュタットさんとお話する事は多いけど、こういう記憶を共有してる相手っていうのもあるから、一から話すっていうのが久しぶり過ぎてはしゃいでるのかも。
だってほら、青いの君達ってそういうのに興味無いし、他のキメラ達と会う時はあるけど、他のキメラ達だって他人……っていうか他キメラの過去には特に興味ない人が多いから。
うん、それじゃあ今から昔話の始まりだね。
・
元々はね、パレット大陸でも比較的僻地な方の生まれなんだ。
そうは言っても最近……あ、コレは俺が生きてた頃の話だから既に五十年前の話になっちゃうけど、当時は多少開発が始まってたんだよ?
都会の方から人が来て、別荘を作ったりしててね。
村の人達も結構積極的な人が多いから、ゆっくりとだけど確実に進歩していってた。
本当の都会と比べると、まだまだ僻地らしい部分も多かったけど。
「おや、ピピ。おはよう」
「おはよう、お父さん」
「父さんは果樹園の方見て来るから、ピピは畑の方を見て来てくれるかい?」
「うん、わかった」
優しいお父さんはいつでも笑顔。
朝早くから農園に働きに出てて、他の誰よりも早くから活動して、他の誰よりも遅くに帰って来てた。
俺が幼い頃にお母さんは亡くなったけど、お父さんはその分だけ自分がしっかりしないとな、って言って頑張って農園を大きくしてたっけ。
「ピピ、貴方もそろそろ年頃ですから、お見合いなどをしても良い頃かもしれませんね」
「もう、姉さんってばいっつもその話なんだから。それに年頃だからお見合いって言うなら、俺よりも姉さんの方が先じゃないの?」
「何を言っているのですか、ピピ。こういうのは弟の方が先です」
「そうかなあ」
姉さんはいつでも笑顔だけど、笑顔なのに表情変化が少ない人だった。
声にも抑揚が無くて淡々と言うから慣れていない人はよく困っているのを見かけるけれど、よく見ると目はちゃんと優しい色を灯してる。
ちょっと独特の思考回路をしていて、やたらと俺の事を気に掛けてくれていたけれど、お母さんの代わりとしてよく俺の面倒を見てくれていたから、俺の事を弟というよりも自分の子供のように思っていたのかも。
「あ、ピピ君やっほー!」
「あれ、どこに行ってたの? 凄い葉っぱまみれになってるよ?」
「えっへへへ~、こっちって故郷と全然違うからあちこち見て回るのが楽しくって! お姉ちゃんに手紙書くって約束してるけど、私そういうの得意じゃないでしょ? でも見た物を報告したりするくらいなら出来るから!」
「あ、それじゃあこの葉っぱを押し花ならぬ押し葉にして栞を作るのはどうかな?」
「わあ! ソレすっごく良いよピピ君! お姉ちゃんきっと喜んじゃうね!」
そして我が家に住み込みのお姉さん。
お姉さんではあるけれど、俺と年齢もあまり変わらないし、子供らしさが強く残っている人だった。
何でもお姉さんの姉は研究者らしく、基本は一緒に旅をしているけれど人里から離れて調査をする際には近くの人里に預けられるんだとか。
お姉さんの姉には肥料系の助言を貰った恩があるからと無償で我が家の滞在許可が出たのだが、本人は動いてる方が好きだから、と色々手伝ってくれたっけ。
実際、色々と手を加えて収穫量を増やしたりもしてたから、収穫期に手伝ってくれるのはすっごく助かっちゃったなあ。
……そんな風に過ごしていたら、シュタットさんがやって来たんだ。
あの時は驚いた。
見慣れない人が村の近くに立っていて、果樹園をじっと見つめてたんだ。
綺麗な白髪だなあって思って見てたら振り向いて、オリーブ色の目と視線が合って。
……ああ、勿論その時のシュタットさんは人間に擬態してたけどね。
「あ、えーっと、お客さんですか?」
「…………いや、そういうわけでは無いんだが……すまない、不審だったな」
「いえいえ! うち、小さい村なんで、旅慣れしてる人程ここを不思議そうに見ていく事多いですし!」
申し訳なさそうなシュタットさんに、慌ててそう告げたのを思い出す。
実際比較的辺境な地にある小さな村にあんな農園があるというのは、中々の光景だろう。
小さな村と言いながらも別荘地として人気だったからかお屋敷は幾つもあったけれど、そういったお屋敷なんかは村と馴染んでいないからこそ、村と馴染みながらも明らかに大きい農園は不思議に映ったんじゃないかな。
「少し気になったんだが、この辺りはもう少し水はけを欲した方が良いんじゃないか?」
「そうなんですよね……でも土を混ぜるには結構大がかりになっちゃって」
「こっちの水場、この辺りの排水をどうにかすれば……いや、いっその事水路を通して池のようにしてしまうのも有りかもしれないな」
「池ですか!? わあ、良いですね! でも俺、流石に池の作り方は……それにあんまりお金が掛かり過ぎるのはちょっと出来ないなーって。うちの農園は結構大きくなってるし質が良い物を提供してるつもりですけど、昔ながらのお客さんに申し訳ないから値段を釣り上げたりもしたくないですし……」
「…………向こう、今度木を切り倒して新しく畑を広げるとか言っていたな?」
「はい! そのつもりです!」
「ならその木々を使用すれば良い。木材にするには時間と手間が掛かるが、やり方なら提供出来るぞ」
「本当ですか!? 凄い!」
その後もシュタットさんは、こまめに通ってくれたんだ。
最初は少し話しただけだったけど、俺と話すのは研究の息抜きに良いって言ってくれて。
俺はよくわからないけど、俺との会話でヒントを得られる事もあるからそのお礼だって言って、無償で色んな設計図もくれたっけ。
……うん、設計図は簡単に描かれてたからやろうと思えば作れる物ばっかりだったよ。だから時間を探しては設計図通りに作ってた。
シュタットさんは、そこで素直に応じる性格だから設計図を渡すんだ、って言ってくれたな。
ともかくそういう感じで農園を広げつつ、村を発展させつつ、シュタットさんと仲良くなっていった。
「そういえばお姉さんのお名前聞いた事無かったですね!?」
「……今更か? いや、私もあまり人と交流する方じゃないから忘れていたが。……チッタだ。そっちは?」
「俺はインコンザピヴォレッツァです! 長いから、皆からはピピって呼ばれてますけど」
「そうか」
自己紹介は、仲良くなってしばらくしてからしたんだよ。
最初に自己紹介をし忘れてたし、基本的に二人っきりで会う事が多かったから、名前を知らなくとも問題無く交流出来てたってのもあってすっかり忘れちゃっててね。
その時にシュタットさんが教えてくれたのは、人間名の方だったな。
結局、俺がキメラになる前は、自己紹介をしてからも俺の名前を呼んではくれなかったんだけど。
……うん、多分シュタットさんは当時から俺の事を気に入って目を掛けてくれてたんだろうけど、その辺りでの壁があったんだ。
当時の俺にはよくわからない、けれど彼女の方には事情があるんだろうなって感じで聞かないでいた壁。
それはきっと、キメラと人間の間にある種族差という壁だった。
まあ、シュタットさんは人間を襲うよりも保存している人肉を食べる派だからか、村の人が襲われる事は無かったんだけどね。
・
そう、シュタットさんが村人を襲う事は無かった。
それでもある日、村人が、いいや、俺の家族が危険に晒された事があった。
というのも、俺がここ最近になって随分発展に貢献しているのを知った貴族の令嬢にね、結婚を申し込まれたんだ。
相手は最近落ち目の貴族で、俺を取り込む事で立て直したいんだろうなって感じだった。
……実際に我が家へ来た時は酷い言いようと態度だったから、何をしに来たんだって感じだったけど。
「どうして俺に……」
「恐らくですが、ピピはこの村を別荘にしている他の貴族達からの相談に乗り、立て直しの案を考えて提供していたからではないでしょうか」
「姉さんはそう言うけど、俺はただ世間話くらいしかしてないよ?」
「世間話から彼らは閃きを得ていますから、実質ピピがきっかけを提供した事に変わりありません」
姉さんでなくとも、お父さんも、お姉さんも、近所の仲の良い人達も同じ意見のようだった。
そうは言っても俺はまだ、当時十七歳でね。結婚出来る年齢ではあったけど、そういう事を考えるのはまだ先で良いかなあって思ってたんだ。
……うん、個人的に、シュタットさんに当時から心惹かれてたから……っていうのは、否定しないかな。えへへ、改めて言うと照れ臭いね。
ただ、相手は取るに足らない村人を踏み台にするのは良くても、そんな村人に拒絶されるのは許せなかったみたいでさ。
父さんが暴漢に襲われかけたり、姉さんが家に一人の時強盗と鉢合わせたり、俺自身農園での作業中ずっと付け狙われ続けた。
お姉さんですら関係者って事で後をつけられたみたいだから、相当だよ。
けど、うん。それも早くに終わったんだ。
ちょっとした農具とかを置いてある小屋に入ったら、屈強な男達に囲まれてぶん殴られて、俺は死んだ。
俺としては殴られて気絶して、そして目が覚めたらこの姿になって泣いてるシュタットさんに抱きしめられてたって感じなんだけど。
……今思えば、一撃目で気絶してたか当たり所が悪くて死んだかしてたのかな。
ともかく、いつもの時間に俺が農園に居ないのを不思議に思ったシュタットさんは、臭いで異常を察したみたいで。
他の誰よりも早くに俺の死体を見つけて、思わずキメラ化させちゃったんだって言ってた。
「えーと、チッタさん? 大丈夫ですか? そんなに泣いてちゃおめめが溶けちゃいますよ」
「おま、お前……!」
ぼろぼろと大粒の涙を流しているシュタットさんに手を伸ばして涙を拭えば、涙が溜まって零れ落ちるスピードが上がっちゃって慌てたっけ。
「そんな事を気にしている場合じゃないだろ!? もっと気にするべき部分があるだろ!? あんな、あんな状態になる程に酷い事をされて、どうして自分の事よりも私の方を気にするんだ!」
「え、え、そう言われても何があったのかよく……って、あれ? チッタさん、何だか目が多くないですか? あ、腕も多い。荷物沢山持てそうで良いですね!」
「今そういう話をする時間帯じゃない事もわからないのか!? ああもう、擬態しても火傷痕までは治らないのにそこに関して一切何も言わない辺りで察していたが、お前、幾ら何でもどうかと思うぞ! 気にすべき部分をもっと気にしろ!」
「でも俺、本当によくわからないっていうか……あああそう泣かないでください、チッタさん。俺、貴方に泣かれたら悲しいです」
「他人を気遣い過ぎるのもいい加減にしろよ!?」
あの時程に感情を表に出してるシュタットさんは、あれ以来見てないかな。
そのくらいキレてたし、凄い泣いてた。
話を聞いたら、小屋の中で俺が倒れ込んでて、周囲には血が飛び散ってて、殴る蹴るどころか周囲に叩きつけられたんだろうっていう酷い怪我も多かったみたい。
そこでようやく周囲を見渡したら実際血溜まりが出来てたし、あちこちに血痕が残ってるし、木箱とかが壊れてるし、農具も一部が真っ赤に染まっててね。
死んでた時の俺は人間としての原型を保ってても人間らしい骨格は残ってないくらいに酷い事になってたんじゃないかな、多分。
……うーん、実際、俺はあんまり気にしてないんだけど。というのも死んだ実感も、痛めつけられた実感も無いから、寝ている間に家族が外出してたらしいってくらいのテンションになっちゃう。
あ、やっぱりそうなっちゃうよね?
実際に目撃したシュタットさんからすると泣き叫びながらキレるような惨状だったんだろうけど、俺はそこまでの実感がどうしても……今でも、その実感が湧かなくってさ。
どっちかというと髪や目の色が変わってる事とかに驚いたかな。あと背中のネジ。
その辺りで、泣き声に反応してか異常に気付いてか、人の気配が近付いて来てね。
直後、泣き止んだシュタットさんが懐から出した魔道具を使って瞬間移動で空中都市に移動してたよ。
瞬間移動なんて相当な仕掛けなんだけど、空中都市に出入りするのが相当に手間だから瞬間移動系のシステムを作った方が早いってなった辺り、本当にシュタットさんは凄いよね。
……そうして俺は、キメラになった。
シュタットさんとしては咄嗟に俺を助けようとしてキメラ化させちゃったみたいで、謝罪されたよ。
一応眷属では無いから自由に活動も出来るけどって説明されたけど、俺はここに居る事を選んだ。
まあキメラ状態に慣れていないっていうのもあるとはいえ……やっぱり、俺はシュタットさんと一緒に居たいって思ったからさ。




