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剣仙聶隠娘 ー剣仙少女project01ー  作者: 吉野川泥舟
第一章 断機島
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第四話 霊薬

 影は女の子だった。


 目を凝らすと、どちらもあたしと同い年くらいで、ものすごく綺麗な顔をしていた。二人は恭しくお辞儀をすると、そのまま姿を消した。しばらくすると帰ってきたのだけれど、二人とも両手にお盆を捧げていた。


 二人は神妙な面持ちで尼さんの前に進み出ると、音も立てずに跪いた。


 尼さんはお盆に載っていた丸薬を一粒摘むと、


「これは仙人の秘宝の一つ、金丹よ。服用すればたちどころに超常の力を身につけることができるわ」


 やっぱり仙人さまなんだ。あたし、きっと運が良かったんだわ。


 尼さんはそう言うと、あたしの手のひらに金丹を乗せてくれた。ひんやりと硬い感触がするそれは、薄く金色に輝いていて、なんだか金属の塊のようにも思えた。


 もう一人の女の子が捧げているお盆には、瓶と杯が載せられていた。


「この液体は千年霊芝を溶かし込んだもの。体内を浄化し、金丹の効果を増幅させてくれるのよ。さ、芳槿」


 女の子が杯に液体を注いだ。カタカタ、と微かな音が響く。緊張しているのかしら、その子の手は僅かに震えているようだった。


「さあ、この液で金丹を飲み下してしまいなさい」


 そう促されて、あたしは杯を手に取った。


 小さな杯はひやりとしていて、のぞき込むと、透明の液体にあたしの顔が映っている。うっすらと細波の立つ水面を眺めていると、急に不安になってしまった。


 もちろん剣仙はかっこいいし、そんな活躍ができる女傑になれるなんて夢のようだけれど、いざ目の前に薬を置かれてしまうとちょっと怖くなってしまう。


「どうしたの?」


 柔らかな声。あたしが黙りこくっていると、


「気持ちはわかるわ。心配になったのね。けれど、薬を服用しないと武芸は身につけられない。いいかしら、隠娘。誰よりも強くなったあなたを見たら、ご両親もきっと大喜びになるわ。だから迷う必要なんてないのよ」


 その言葉があたしの背中を押す。


「それに、あなた一人じゃないわ。そこにいる二人も修行仲間になるのよ。一緒に切磋琢磨する仲間ができるなんて、素敵なことだと思わない?」


 確かにそうだ。四書五経なんかがつまらないのは、いつも一人だからだった。誰かと一緒だったら、孔子とか孟子のお話も、もっともっと楽しく感じるはずだもの。でも村には学問をする子なんて他にはいない。小宝なんて言わずもがなだわ。ガキ大将なんか気取っちゃって。


 同い年くらいの女の子と一緒なら、きっと楽しいに決まってる。お話だって合うだろうし、一生のお友だちになれるかもしれない。


 尼さんの言うことはいちいちもっともだった。あたしは小さくうなずくと、金丹を口に含み、一気に杯を傾けた。霊薬はまるで溶けるようにして体の中に入っていく。


 何の匂いも、味もしなかった。


 杯をお盆に返そうとしたそのとき、突然、体の中が燃えるように熱くなった。全身から汗がじわりと湧いてくるのがわかる。


 まるでお腹の中で炎が渦巻いているみたい。汗がどんどん流れ出して、やがて炎はあたしの体全部を包むくらいになった。叫びたいのに、声さえ出ない。


 下から涼しい音が聞こえた。長く尾を引いて、洞窟全体に広がって、消えていく。その微かな音がやけにくっきりと耳に残った。


 地面には杯が転がっている。


 喉が熱い。お腹が熱い。ううん、違う。痛い。ものすごく痛い。


 何本もの針でジクジクと突き刺されるよう。


「大丈夫よ」


 途端、尼さんの右手が素早く動いて、あたしの胸とみぞおち、お腹をポンポンと突いた。


 すると、信じられないようなことが起こった。


 さっきまでの熱さが、燃え盛る炎が、すうっと引いていった。体の中から焼かれるような苦しさが、まるでそんなことなど初めからなかったかのように。夢か幻覚でも見ていたかのように。


 大げさかもしれないけれど、ほんとうだった。後には、体の中を涼しい風が駆け抜けるような感覚だけが残った。


「落ち着いたかしら? ごめんなさいね。やはりあなたにはものすごい才能が眠っているようだわ。だから安心して」


 ふうふうと肩で息をするあたしを、尼さんの優しい声が包み込んだ。


 息を整えて尼さんの顔を見る。黒く輝く瞳があたしの視線を受け止めた。


「では、修行は明日から始めましょう。芙蓉、芳槿、ここでの生活については、あなたたちでしっかり教えてあげるように。新しい仲間が来たのだから、先輩としての自覚を持って、より一層修行に励むこと」


 二人の女の子は黙って頭を下げた。


「では、隠娘。また明日ここで会いましょう。楽しみにしているわ」


 尼さんはそれだけ言い残すと、そのまま洞窟を出て行った。


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