第四話 霊薬
影は女の子だった。
目を凝らすと、どちらもあたしと同い年くらいで、ものすごく綺麗な顔をしていた。二人は恭しくお辞儀をすると、そのまま姿を消した。しばらくすると帰ってきたのだけれど、二人とも両手にお盆を捧げていた。
二人は神妙な面持ちで尼さんの前に進み出ると、音も立てずに跪いた。
尼さんはお盆に載っていた丸薬を一粒摘むと、
「これは仙人の秘宝の一つ、金丹よ。服用すればたちどころに超常の力を身につけることができるわ」
やっぱり仙人さまなんだ。あたし、きっと運が良かったんだわ。
尼さんはそう言うと、あたしの手のひらに金丹を乗せてくれた。ひんやりと硬い感触がするそれは、薄く金色に輝いていて、なんだか金属の塊のようにも思えた。
もう一人の女の子が捧げているお盆には、瓶と杯が載せられていた。
「この液体は千年霊芝を溶かし込んだもの。体内を浄化し、金丹の効果を増幅させてくれるのよ。さ、芳槿」
女の子が杯に液体を注いだ。カタカタ、と微かな音が響く。緊張しているのかしら、その子の手は僅かに震えているようだった。
「さあ、この液で金丹を飲み下してしまいなさい」
そう促されて、あたしは杯を手に取った。
小さな杯はひやりとしていて、のぞき込むと、透明の液体にあたしの顔が映っている。うっすらと細波の立つ水面を眺めていると、急に不安になってしまった。
もちろん剣仙はかっこいいし、そんな活躍ができる女傑になれるなんて夢のようだけれど、いざ目の前に薬を置かれてしまうとちょっと怖くなってしまう。
「どうしたの?」
柔らかな声。あたしが黙りこくっていると、
「気持ちはわかるわ。心配になったのね。けれど、薬を服用しないと武芸は身につけられない。いいかしら、隠娘。誰よりも強くなったあなたを見たら、ご両親もきっと大喜びになるわ。だから迷う必要なんてないのよ」
その言葉があたしの背中を押す。
「それに、あなた一人じゃないわ。そこにいる二人も修行仲間になるのよ。一緒に切磋琢磨する仲間ができるなんて、素敵なことだと思わない?」
確かにそうだ。四書五経なんかがつまらないのは、いつも一人だからだった。誰かと一緒だったら、孔子とか孟子のお話も、もっともっと楽しく感じるはずだもの。でも村には学問をする子なんて他にはいない。小宝なんて言わずもがなだわ。ガキ大将なんか気取っちゃって。
同い年くらいの女の子と一緒なら、きっと楽しいに決まってる。お話だって合うだろうし、一生のお友だちになれるかもしれない。
尼さんの言うことはいちいちもっともだった。あたしは小さくうなずくと、金丹を口に含み、一気に杯を傾けた。霊薬はまるで溶けるようにして体の中に入っていく。
何の匂いも、味もしなかった。
杯をお盆に返そうとしたそのとき、突然、体の中が燃えるように熱くなった。全身から汗がじわりと湧いてくるのがわかる。
まるでお腹の中で炎が渦巻いているみたい。汗がどんどん流れ出して、やがて炎はあたしの体全部を包むくらいになった。叫びたいのに、声さえ出ない。
下から涼しい音が聞こえた。長く尾を引いて、洞窟全体に広がって、消えていく。その微かな音がやけにくっきりと耳に残った。
地面には杯が転がっている。
喉が熱い。お腹が熱い。ううん、違う。痛い。ものすごく痛い。
何本もの針でジクジクと突き刺されるよう。
「大丈夫よ」
途端、尼さんの右手が素早く動いて、あたしの胸とみぞおち、お腹をポンポンと突いた。
すると、信じられないようなことが起こった。
さっきまでの熱さが、燃え盛る炎が、すうっと引いていった。体の中から焼かれるような苦しさが、まるでそんなことなど初めからなかったかのように。夢か幻覚でも見ていたかのように。
大げさかもしれないけれど、ほんとうだった。後には、体の中を涼しい風が駆け抜けるような感覚だけが残った。
「落ち着いたかしら? ごめんなさいね。やはりあなたにはものすごい才能が眠っているようだわ。だから安心して」
ふうふうと肩で息をするあたしを、尼さんの優しい声が包み込んだ。
息を整えて尼さんの顔を見る。黒く輝く瞳があたしの視線を受け止めた。
「では、修行は明日から始めましょう。芙蓉、芳槿、ここでの生活については、あなたたちでしっかり教えてあげるように。新しい仲間が来たのだから、先輩としての自覚を持って、より一層修行に励むこと」
二人の女の子は黙って頭を下げた。
「では、隠娘。また明日ここで会いましょう。楽しみにしているわ」
尼さんはそれだけ言い残すと、そのまま洞窟を出て行った。




