第五話 烏衣鏢局
「ようこそ、可愛らしい侠客どの」
微かな声が流れるように響く。堂内にひしめく男たちが一斉に背を伸ばし、直立不動の姿勢をとった。空気が振動する。
もう一度状況を素早く確認する。
あたしの正面には豪奢な椅子に足を絡めて座る男が一人。華奢な印象だが、目元が切れ上がり、見るからに怜悧な印象を与える。その男を中心にして、左右に並ぶのは数々の武器で身を固めた男たち。鎧兜や盾を装備した者たちも大勢いるようだ。
男までの距離、およそ二十歩。
椅子の男と目が合った。線が細く、端正な顔立ちで、髭も綺麗に整えている。例えるなら科挙に挑む金持ちの御曹司、または最近流行りの芝居に出る役者か。
男は目元に薄い笑みを浮かべると、おもむろに卓上の茶杯を手に取った。カチリ、と茶器の擦れる音が微かに響く。
「ふふ、そんなに身構えなくともよいではありませんか」
「どういうことなの?」
わずかな空気の揺れも見逃さない。あたしは全神経を集中して、椅子の男に問いかけた。
「侠客どの」
「なに」
「今年の龍井は絶品ですよ。雨量がちょうどよかったのでしょうな」
人を食ったようなその態度。落ち着いた声音。崩さない笑み。今までに出会った−−殺してきた男たちの中に、こうした雰囲気を醸す者はただの一人もいなかった。
部屋の間取りは広い。長机や椅子など、障害物になりそうな家具があちこちに置かれている。軽功で撹乱することは困難にみえた。地の利はどうやら相手方にあるようだ。しかも男どもの数が思っていた以上に多い。これだけの数を同時に相手取るのは、あたしにとっては初めてのこと。木端に手を焼いて本命を逃しては元も子もない。
「侠客どの」
柔らかな声。不快感が頭をもたげた。心がざらつく。
「そのように無視などせずとも。こちらへ来て、一杯お試しにいかがです?」
堂内がざわめきで満ち溢れた。
「頭領!」
「何を言ってるんですかい?!」
「事は単純ですぜ! 数に物を言わせちまえば」
口々に上がる不平不満の声。やはりこの男が頭領か。濃紺の長袍を身に纏った痩身の男は、なりからしておよそ荒くれ者たちを束ねる頭領には見えないが。
しかし、その申し出は願ったりではある。何を企んでいるのかは皆目見当つかないが、あたしにとっては好機になる。
一歩を踏み出した途端、左右から盛大に金属の打ち鳴らされる音が湧き立った。
「客人に失礼ですよ。今回のご来臨は、言うなればこちら側が招待したようなもの」
男はそう言うと、手にした茶杯を卓に戻した。
左右を確認する。あたしに向けられていた無数の切っ先は、たちまち元のように天井へと向け直された。
これで、十五歩。
炎が焼け焦げて爆ぜる音。溶けた蝋が間隔を置いて滴る音。
「申し遅れました。私はここ烏衣鏢局を取り仕切っております、宇文瑞蘭と申します」
黙ったまま、あたしは歩を進める。
十歩。十歩の間合いに入りさえすれば、この優男に逃れる術はない。瑞蘭とかいうそいつは相変わらず笑みを浮かべたまま、茶杯に新しく茶を注いだ。
仄かに流れてくる茶の匂い。
ようやく十歩。一息に間合いを詰めて、こいつの首を切り落とす。左右の雑魚を蹴散らすのはその後だ。師娘の指示通り確実に殲滅する。少々骨は折れるだろうが、逃げ道は正面入り口の一箇所しかない。恐慌をきたせばあっという間に烏合の衆となるだろう。暗器を適当に擲つだけで刈り取れるはずだ。
何よりも優先されるのは、こいつの首のみ。頭さえ潰せば、そのあとの騒乱などは想像するまでもない。
あたしは肩にかかる髪を掬い上げる素振りしながら、密かにうなじの匕首を抜いた。そっと手のひらに忍ばせる。
もう一度間合いを測る。大丈夫、これなら万に一つも仕損じる事はない。同時に、邪魔者が飛び出してきそうな気配を探る。瑞蘭の命に忠実なのだろう、歯噛みをする者がほとんどだが、あたしの前進を阻もうとする命知らずはいなさそうだった。




