第二話 替天行道
「替天行道」――あたしが、天に替わって道を行う。
師娘の言う地ならし。我が物顔で無辜の民衆をいたぶる、外道どもを滅ぼしていく。
たくさん殺したわ。
両の手ではとても数え切れないくらいに。
建康の裏通りで、下卑た笑みを浮かべて絡んでくる男ども。
借金のかたに、無理矢理娘を連れ去ろうとする人買いども。
大挙して村に襲いかかり、女子供を攫おうとする山賊ども。
いっぱい殺したわ。
途中から数えるのが面倒くさくなるくらいに。
殺しても殺しても、ヤツらはどんどん湧いてくる。
刈り取っても刈り取っても、ヤツらは次々に生えてくる。
まるで虫か雑草だった。
そんな薄汚れた連中に限って、か弱い女の子たちに目をつける。
可憐でいたいけな存在をいたぶろうとする。
汚い手で、下卑た笑みを浮かべて。さも、そうするのが当然とでも言わんばかりに。
反吐が出そうだった。
だから、絶対に容赦はしない。あたしにとっては島のケダモノ以下の存在。
血に濡れる匕首が、義侠の誉に歓喜の輝きを放っている。
滅ぼすほどに、殺していくうちに、あたしの心がすうっと軽くなっていく。
白くなっていく。
これが素心。
真っ白な、織女星の、こころ。
ああ――
心が、体が、軽い。
雪が、静かに、降り積もっていく。
あたしの心を、真っ白に、覆い尽くしていく。
※
今夜もあたしは窓枠を蹴って、月明かりの下を疾駆する。
しばらく走ると、村を出てすぐの山の中腹に、赤々とした炎の影が揺らめいているのを発見した。
山賊で間違いない。
即断即決こそ、替天行道を成す上で最も大切なことだ。
あたしは軽功を発揮して山道を駆け上がった。木の幹を蹴って枝から枝へと飛び移り、炎を目指して宙を舞う。
それは大きな焚き火だった。
樹上から下を窺うと、武装した集団がひしめき合っているのが目に入った。
数は三十もいなかった。焚き火を囲んで宴会をしている。刀や槍が炎に煌めいて、火の粉が夜空へ吸い込まれていった。
注意深く観察すると、虎か何かの毛皮の上にあぐらをかいた一人の大男が目に入った。
見たところ、四十半ばくらいだろうか。大きく反り返った虎髭で、左右には綺麗な女の人を座らせている。代わる代わるお酌をさせて、とても機嫌がいいように見えた。
偉そうにふんぞり返って、下品な笑い声を上げている。
男は女の人にふざけかかっていた。肩に手を回したり、裾をめくり上げたり。たちまち反吐が出そうになる。嫌悪感で虫唾が走る。
まるで毛虫か何かのように思えた。
今すぐに踏み潰したくて仕方がない。
そう思った次の瞬間、あたしは枝から降りていた。
ちょうど虎髭の真っ正面。そいつは赤く染まった顔をぶら下げて、呆然とあたしを見上げている。
まるで何が起こったのかわからないみたいに。
あたしはうなじの匕首を素早く抜き取って、右へ払った。ころりと虎髭の首が転がる。
一瞬の間を置いて辺りは絶叫に包まれた。
女の人たちは気を失ったのか、そのままパタリと倒れ伏した。
すると、さっきまでお酒を飲んでいた連中が、よくわからない叫び声を上げながら、無数の刀剣をあたしに向けてきた。
包囲するにしても、あまりに動作が遅すぎる。
あたしはすぐに髪の毛を十数本抜くと、内力を流して補強した。体を旋転させて全方位へとなげうつ。あっという間もなく、短い悲鳴が夜気を引き裂いた。
やがて辺りは静寂に包まれた。焚き火の爆ぜる乾いた音がひっそりと響くだけ。遠くの方からは虫の鳴き声が微かに流れてきた。
リーンリーンって。
簡単な作業だった。何の感興も湧いてこない。
あたしは転がった虎髭の首をつかむと、地を蹴って跳躍した。風を踏みながら拠点へと急ぐ。
今夜は月がとても綺麗。
銀色に輝く月の光を浴びていると、心の中がすっきりする。
夜の冷気が頬に心地いい。
※
その夜、あたしは父さま方の寝室へと赴いた。
師娘から、親孝行の一環として義侠の行いを見てもらいなさい、と勧められていたからだ。
あたしは身繕いを整えると、寝室のドアに向かって来意を告げた。しかし返事はない。しばらく廊下で待ったものの、中はひっそりと静まりかえっていて、何の返答もない。早くしないと首が傷む。仕方なく、あたしはゆっくりとドアを開けた。
「ひいっ!」
それは父さまの小さな悲鳴だった。
「い、隠娘……」
「父さま、替天行道を果たして参りました」
ゴロリと床に虎髭の首を転がす。
「お、お、お、お前、い、一体何を……」
首は白目を剥いて、だらしなく血を流している。燭台の炎が小さく揺れると、首から伸びた影もそれにつれてゆらゆらする。
「近くの山に巣くっていました。この村を狙っていたのに違いありません」
父さまは床に座り込んだまま、ガチガチと震えている。母さまは両手で口を覆ったなり、目を大きく見開いている。
部屋には沈黙しかなかった。お二人の影が小刻みに揺れている。
「わかりました。この汚らしい首が不愉快なのですね。では今すぐ溶かしてしまいましょう」
あたしは師娘にわけてもらった、あの便利な粉薬を振りかけた。すると首は一本の煙を上げながら、みるみるうちに溶けてなくなった。
そのとき、ドサリと何かが倒れる音がした。見ると、母さまがベッドに倒れ伏している。
「た、た、助けてくれえっ」
父さまは頭を抑えたまま、床にうずくまってしまった。まるで土下座をしながら許しを請うみたいに。
それを見ているうちに、あたしの心の中にあった「何か」が、まるで氷が水に溶けるかのようにして、すうっと綺麗に消え去った。
そうして、それ以降――あたしは父さまたちと顔を合わせることもなければ、言葉を交わすこともなくなった。
もちろん、あたしにとってそれは些細なことだった。ここで暮らすのには何の関係もない。
でも、あたしには一つだけ、ここでの生活に不満があった。
それはフカフカのベッド。
寒玉床の方がずっと寝心地がよかったから、それだけが残念で仕方がなかった。




