第一話 来訪者
玄関から声が聞こえる。
今夜は大吹雪なのに、来客があるなんて珍しいわ。
戸口が開いているのかしら、冷たい風に乗って雪が入り込んできた。思わず手を伸ばして取ろうとしたけれど、あっという間に溶けてなくなっちゃった。
衝立から少しだけ顔を出して、声のした玄関口の方をのぞくと、父さまの大きな背中が見えた。
いつもは優しい父さまだけれど、今夜は何だか怖い感じ。声を荒げて、お客さんを罵っているみたいだった。
老三を押しのけて相手しているのね。
普段は召使いの老三が接客をするのだけれど、もう随分歳だから要領を得ないことがよくあるの。
あとで老三を責めないように、父さまにお願いしなくっちゃ。
そっと聞き耳を立てていると、父さまの大きな怒鳴り声が響いた。
「バカなことを言うな!」
思わず肩をすくめてしまう。
「物乞いならばなんでもくれてやる。さっさと出て行かないか!」
父さまをこんなに怒らせるなんて、いったいどんな人なのかしら。あたしは少し興味を惹かれて、衝立から首を伸ばしてみた。
吹き込む風が少し強まったみたいで、明かりに照らされた雪の欠片がヒラヒラと床に舞い落ちている。
父さまの大きな肩越しにチラリと見えたのは、真っ白い頭巾で頭を包んだ尼さんだった。
その尼さんが父さまに腰を折って、何かを一生懸命にお願いしているみたい。
あたし、その様子を見た途端、尼さんがものすごく可哀想に思えたの。
そうだ、父さまに口添えしよう。こんな吹雪の日なんだもの、尼さんだって心細いに違いない。
うちで泊めてあげられたら。それが無理なら何か施しでも。
仏門に入った人に施しをすると、功徳を積むことになるの。功徳をたくさん積めば、来世で幸せになれる。家庭教師の先生がそう言っていたもの。
そう思って、衝立から足を踏み出した。
「先ほどから申し上げております。こちらのお嬢さまには武芸の素養がございます。私が育て上げれば、間違いなく当代随一の使い手になるでしょう。どうかこの私にお預け下さいませ」
尼さんのその言葉に、あたしは耳を疑った。武芸? 使い手?
あまりに予想外だった。まさか、あたしに用があるだなんて。
そのとき、尼さんと目があった。
あたし、はしたくも大きく口を開けてしまったわ。
尼さんはものすごい美人だった。村一番と評判の梅花姉さまも色あせてしまうくらい。雪のように真っ白な肌、薄桃色の唇。睫毛は長くて、瞳は漆黒の宝石だった。
あたしはその瞳に見入ってしまった。吸い込まれるような、誘い込まれるような、そんな気持ちがした。
「隠娘! 何をしている!」
急な怒鳴り声で、我に帰った。慌てて頭を下げる。
「部屋に戻っていなさい!」
いけない。あたしは父さまの怒声に追い立てられるように、慌てて踵を返すと、母さまのいる寝室へと駆け込んだ。




