第六話 誓い
姉さま方は帰ってこなかった。
でも、あたしはずっとずっと待ち続けた。
日課の修行が終わったあと、洞窟の前で立ち続けた。
日が暮れて、夜になって、お月さまが辺りを照らす。
きらきら光る天の河を見上げていると、なんだかこの世界で独りぼっちになったみたいに思えてしまう。
涼しい夜も、肌寒い夜も、蒸し暑くて寝苦しい夜も。
そうだわ。
いつ二人が帰ってきてもいいように、洞窟の中は清潔にしておかなくちゃ。
そうだった、そういうお言いつけだったもの。
三人で一緒に寝た寒玉床も、毎日丹念に磨いておかないとね。
ただ、あの日芙蓉姉さまが右拳をめり込ませた痕だけはどうしようもないけれど。
グーパンなんかたまんないわ。
芙蓉姉さまは寝汗が激しかったから、ちょっとシミができているの。
自分で磨けばいいのに、あたしにばっかりやらせるんだから。
芙蓉姉さま、これなら文句言わないでしょ。
それはピカピカで、顔が映ってしまうくらいなんだもの。
芳槿姉さま、これなら鏡の代わりに使ってくれたりするかしら。
お綺麗だった黒髪、もう一度結わせて欲しいなあ。
寒玉床、ほんとにピカピカなのよ。
毎日毎日、お二人が腰を抜かすくらいに磨いてるもの。
でもね、おかしいの。
そこに映っているあたしの顔は、いつもいつもぼやけて見えた。まるでにじんでいるようだった。
綺麗に綺麗に磨いているのに、おかしいったらないわ。
ほんとう、おかしいわ。おかしくて、おかしくて、あたし、心からおかしくて、てんで信じられないの。
二人が、いなくなってしまったことが。
姉さま方が使っていた剣を、あたしが身につけていることが。
あの日、師娘から聞かされたことが。
何もかも、まるで信じられないわ。
ううん、信じたくない。信じたくなんか、ない。
天を仰いで姉さま方の名前を叫んでも、返事は全く返ってこない。あたしの声がただ空しく、山中に響いていくばかり。獣たちは身を潜め、まるであたしのことを怖がっているみたいだった。
あの日、師娘はあたしの背中を撫でながら、こんな話をしてくれた。
「私たちは闇討に遭った。織女派に敵わないと思った牽牛派が、刺客を雇って私たちを襲撃したの。私は不意をつかれ、卑劣にも毒を塗った暗器を受けて、右腕を失う羽目になった。あの二人も卑怯な罠にかかり、男どもに辱められ、なぶり殺しにされた。不殺の約束を違えた牽牛派のやり口には反吐が出そうになる。ごめんなさい、隠娘。私だけがおめおめと生き延びてしまうなんて。でもね、これを見て。あの子たちが使っていた剣だけはなんとか回収してきたのよ。これを身につけてさらに武芸を磨き、そして二人の仇を討つの。二人の恥辱を雪ぐの。いいわね、隠娘。それがたった一人残された、あなたの果たすべき役割なのよ」
この話を聞いたとき、あたしはあまりのことに気を失った。目覚めてからも、お二人のことを思うたび、涙が溢れてどうしようもなかった。涙が枯れ果て、血を流すほどに、あたしは、泣いて、泣いてーー
※
あたし、ほんとうはわかってた。洞窟に師娘しかいなかったとき、気づいてた。でもそれを受け入れるのが怖くて、かくれんぼだなんて言ったの。そうでもしないと、どうにかなってしまいそうだった。
洞窟の掃除も同じだった。心の中で、二人は、姉さま方は、もうこの世にいないんだってわかってた。でも、それを受け入れてしまうと、心がガラガラと崩れてしまいそうだった。
嫌なの、二人のことを忘れてしまうのが。
記憶が薄まるのは絶対に嫌。
あたしの中で、姉さま方のことが色あせるなんて、絶対にあってはならないの。
そうよ、隠娘。絶対に忘れるものですか。
形見の剣にあたしは誓ったわ。
仇は必ずあたしが討つ。
二人の無念を晴らしてみせる。
姉さま方を土足で踏み躙った、下劣な牽牛派。
薄汚い金で牽牛派に与した、下衆な刺客たち。
恥を知れ。
この二振りの短剣で、お前たちの肺腑をえぐり尽くしてやるわ。
怨敵の血潮を、臓物を、姉さま方に供えるの。
それが、あたしの鎮魂。
お世話になった、大好きだった姉さま方への、遅すぎた恩返し。
ああ、でも。
でも、でもーー
同時に、後悔が容赦なく心を切り刻んだ。
あのとき、もしもあたしが――
あんなに、情けない醜態を晒さなければ。
姉さま方の心に波風を立てなければ。
きっと二人は――
芳槿姉さま、芙蓉姉さま。
ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
あたしは、毎晩、嗚咽を漏らしながら二人の影に頭を下げた。
だから、あたしは心に誓う。
「絶対に許さない。卑怯な手段で姉さま方を辱め、その魂を汚した無道の輩。首を洗って待っているがいい。このあたしが、その素っ首を切り落としに行くその日まで、怯えながら待っているがいい」
怨敵への復讐を、姉さま方の魂魄に、誓う。




