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剣仙聶隠娘 ー剣仙少女project01ー  作者: 吉野川泥舟
第二章 織女派
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第五話 ひとり

 目を覚ましたあたしの横に、もう二人の姿は見えなかった。ずっと朝早くに出かけたのに違いなかった。


 姉さま方に行ってらっしゃいを言えなかったことは悔やまれたけれど、お帰りなさいを言えればそれで心がすっきりするように思えた。


 そうよ、隠娘。それでいいじゃない。お帰りなさいとおめでとうございますで、昨夜感じた微妙な空気もきっと拭い去れる。


 二人がいなくなってしまって、とても寂しかったけれど、いつまでもぐずってなんかいられない。あたしはただ一人、毎日修行に明け暮れることにした。


 比武の日まで、時間は一ヶ月少しある。


 帰ってきた二人が腰を抜かすくらいに上達するんだ。


 そして姉さま方に続いて、あたしも剣仙にしてもらおう。


 比武はそうそうないと思うけれど、例えば剣仙になった姉さま方といい勝負ができたら。


 師娘にお願いをすれば、きっと可能性はあるはずだった。


 そのあとは、四人で正義を行いながら、ずっとずっと幸せに過ごしていくんだ。


 あたしたちが力を合わせれば、何だってできる。


 牽牛派ごとき、何するものぞ。


 地を駆け、宙を舞い、最強の剣術を操るあたしたちに敵う者なんて――


「絶対に、この世にいるわけないもの」


 ※


 あっという間に一ヶ月が経った。


 暦を確認してみると、七夕はとっくに過ぎている。


 何度確認しても、それは同じだった。


 それなのに、師娘たちはまるで帰ってくる気配がない。あたしは少しだけ不安になった。でも、あの姉さま方が後れをとることなんて絶対にあり得ない。


 どんなに手強い敵だって、あっという間に片付けてしまうわ。


 だってあたしの姉さま方なんだもの。


 心にかかる嫌な雲、塞ぐ気持ち。足下から這い上がる焦り。じわりとまとわりついてくるそれらを振り払うようにして、あたしは縦横無尽に密林を駆け抜けた。目に映る獣どもを当たるを幸い薙ぎ払ってやると、少しだけ胸のつかえが下りた気がした。


 そして、七夕を過ぎることおよそ半月のことだった。


 いつも通り洞窟に帰ってくると、微かに人の気配がした。あたしはとっさに剣を構えたものの、すぐにおかしくなって笑いがこみ上げてきた。だって、この洞窟に来る人なんて師娘たち以外に考えられないのだから。


 あたしは嬉しくなって、洞窟の中をのぞき込んだ。するとそこには思った通り、尼装束に身を包んだ師娘の姿があった。


 あたし、もしかしたら足音が大きかったのかもしれない。洞窟内に足を踏み入れた途端、師娘がぱっとあたしの方を振り向いた。


 でもその顔は、今まで見たことがないくらい、やつれているように見えた。


 中にいたのは師娘だけ。芙蓉姉さまも、芳槿姉さまも、そこにはいなかった。


 あたし、すぐにピンときたわ。


 きっと隠れていて、あたしを驚かすつもりなのね。芙蓉姉さまったらほんとうに素直じゃないんだから。せっかくあたしの方から謝ってあげて、仲直りのきっかけを差し上げようと思ってたのに。ほんと、これじゃあたしだけがバカみたいだわ。


「隠娘」


 師娘の唇は紫色だった。抜けるような白い肌が、今日はなんだか青ざめている。


「師娘、ご苦労さまです。さぞお疲れのことでしょう」


 あたしは恭しく跪いて、そう言った。


「姉さま方はどちらにお見えですか? 一言お祝いを述べたいのですが」


 すると、師娘は黙って目を伏せた。


 僅かな沈黙が流れる。


 あたしの指先からすうっと熱が引いていった。


「姉さま? どこに隠れているんです? もうかくれんぼはやめにしましょう」


 洞窟に響くのはあたしの声だけだった。


「もう、さすがに怒りますよ? 芙蓉姉さまは仕方がないとしても、芳槿姉さままで悪ノリするなんて」


 更に言葉を継ごうとした、そのとき。甘い香があたしを包み込んだ。


「師娘…?」


 師娘の体が、どこかおかしい。


 右の袖が、微かに揺れている。


 戸惑うあたしを抱きかかえる、その腕。


 左腕一本で、師娘はあたしを抱きしめていた。


 そっと力が込められた。そうして、まるで子どもをあやすかのように、背中をさすって下さった。


 頭が真っ白になった。涙が音もなく頬を伝った。


 ガタガタと身体が震え出した。立っていられないあたしを支えるようにして、師娘は耳元でこう言った。


「二人は、失敗したの」


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