第一話 追いかける背中
それから、三年が経った。
あたしは十三歳になって、織女派の武功のおおよそを身につけていた。
昔のように、泣き喚くこともなかった。あたしは姉さま方に追いつこうと、ひたすら修行に明け暮れていた。
「いいかしら、隠娘。不正を正そうと思えば、多少の犠牲には目をつぶらねばならないの。これは古来より不変の真実なのよ。大丈夫、あなたが手にかけた獣たちの命は、あなたの武功そのものとなって身に宿っているわ。それを存分に振るうことこそが、獣たちの弔いになる。理解できたわね」
師娘は繰り返しそう諭してくれた。そうして励ましてくれた。
あたしは師娘の言葉に縋りついた。そして繰り返し殺していくうちに、だんだん何にも感じなくなっていった。そんなあたしの成長ぶりを、師娘はいつも愛おしそうに眺め、必ず褒めてくれた。あたしには、師娘の慈しみこそが全てだった。そして二人の姉さま方に認められていくのも快感だった。
※
「それでは、三人で模擬戦闘を行いなさい。一対一でも、二対一でも構いません。戦局を見、流れを掴むのよ」
少し前から導入された、自由な形式の模擬戦だ。持てる技量の全てを駆使し、残り二人を打倒する。しかし、今のあたしにそれは到底無理なことだった。とにかく最後まで立っていられるようにしなければいけない。
しかし、それさえも非常に困難なことだった。
芙蓉姉さまは内力に任せた苛烈な攻撃を間断なく繰り出してくるし、芳槿姉さまは卓越した軽功とともに連綿と速攻を仕掛けてくる。
全くと言っていいほど、つけ入る隙などありはしなかった。
当然のように、ここまで、あたしは十二戦全敗。芳槿姉さまが十勝二敗で、芙蓉姉さまが二勝十敗。
芳槿姉さまの剣は更に短く研ぎ澄まされている。およそ二十センチくらい。芙蓉姉さまのはだいたい三十センチ。あたしの剣に比べれば、それでも十分に短い。
あたしの剣は芙蓉姉さまの倍はあるのだから。
対峙する二人を目だけで確認する。芙蓉姉さまはうっすら笑みを浮かべ、あたしの方に視線を向けている。方や芳槿姉さまの表情は窺い知ることができない。やや俯き加減で、前髪が目元まで落ちかかっている。
十二回戦って、芙蓉姉さまの作戦はすでにお見通しだった。いつも、絶対最初にあたしを倒しにくる。あたしと共闘しようなんて端っから考えてない。さっさとあたしをやっつけてから、心置きなく芳槿姉さまに向かうのが、パターンだった。
でも。今日こそは、そんなに上手くやらせない。
あたしは剣をやや引き気味に構え、左の剣訣をそっと前に伸ばした。
左に芙蓉姉さま。右に芳槿姉さま。
「始め!」
師娘の号令が飛ぶ。その瞬間、あたしは思いっきり地面を蹴った。
狙うは左、芙蓉姉さまだ。
「こいつ!」
芙蓉姉さまは芳槿姉さまほど軽功が得意じゃない。だからといって正面から仕掛けたって敵わないのはわかってる。なら、一瞬驚かせて、その隙をつけば、あるいは。
「こっちから行く手間が省けたわ!」
あたしは左の剣訣をさらに伸ばす。そしてただ真っ直ぐに芙蓉姉さま目掛けて突っ込んだ。
「伸び切った左手で何をしようってのよ!」
芙蓉姉さまがわずかに体を右にかわした。引き溜めているあたしの剣を警戒した動きだ。
今だ。あたしは左の剣訣をほどき、手のひらを思い切り広げて見せた。そう、芙蓉姉さまの顔を覆うようにして。
「捨て身とは下策ね! その腕、切り落として欲しいの?!」
怒号とともに、芙蓉姉さまの剣が跳ねた。あたしは素早く左手を引き込み、その余勢をかって右手で横薙ぎの一閃をお見舞いした。
「やああっ!」
わずかに、芙蓉姉さまが守勢を見せた。勝機と見たあたしは、そのまま体を旋転させ、側面に回り込む。流れるように、織女素心剣第四手「札札弄機杼」を繰り出した。細かい取り回しで相手を幻惑する、奇襲専用の一手だ。
「お見通しよ、そんなもの! 姉弟子、なめんなっ」
瞬間、芙蓉姉さまの姿が消えた。まずい、そう思ったとき、姉さまの姿はあたしの後背にあった。
しまった。今の歩法はーー
負けを覚悟したそのとき、視界の端で白い衣が揺れた。
「芳槿っ!」
「あら、除け者は良くないわよ」
あたしは慌てて地を蹴る。生きた、何とか。そうして、背後に迫っていた姉さま方と距離をとった。
さっき芙蓉姉さまが見せたのは「鵲歩」だった。天漢を渡る鵲を模した歩法で、移動距離は決して長くないものの、瞬間的に距離を詰めることができる。
それを芙蓉姉さまは、緊急回避として用いたのだ。
二人は軽功を巧みに駆使しながら、目にも止まらぬ連撃の応酬を繰り返している。とてもじゃないけれど、あの中には割って入れそうにない。
「面白い発想だったけれど、あなたの剣身で第四手はちょっと難しかったわね。ふふ、それにしても……芙蓉のセンスも大したものだわ」
蚊帳の外になってしまったあたしに、師娘がそうアドバイスをくれた。
結局、芳槿姉さまの点穴が芙蓉姉さまの経絡を見事にとらえ、見事十一勝目を飾ることになったのだった。




