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剣仙聶隠娘 ー剣仙少女project01ー  作者: 吉野川泥舟
第一章 断機島
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第九話 修行という「日常」

 それから、本格的な修行が始まった。


 日課として、朝起きたらまず霊薬を服用する。千年霊芝を溶かし込んだ水をたくさん飲んだ。これが体内を浄化してくれる。あたしは世俗で十年間育ったから、体の中に汚いものがたくさん溜まっているらしいの。それを洗い流すためにも、千年霊芝は必要不可欠だった。


 そのあと、午前中は断崖まで駆けて行って、軽功の修行。


 山道を疾駆して、断崖で宙を舞う。ツタの上で鬼ごっこもやった。


 午後になると洞窟に帰ってきて、師娘が用意してくれた霊薬を服用する。


 師娘が修行をつけてくれるのは、午後からの剣術が主だった。


 基本の動きを身につけるための套路。ゆっくりと、でも確実に、織女素心剣の技を一通りなぞり、体に覚え込ませていった。


 師娘の繰り出す織女素心剣を見様見真似で型取りしているそのすぐ側で、芙蓉姉さまと芳槿姉さまが実戦さながらの組み手をしている。


 正直、あたしは羨ましかった。早く上達して、あたしもあんな風に剣を舞わせるようになりたい。


 日が西に傾くと、また霊薬を服用して、今度は寒玉床の上で座禅を組んで内力を巡らせる修行をした。

 

 そうして一日の修行が終わると、師娘はあたしたち三人を洞窟に残したまま、一人でどこかへ姿を消す。そうして、次の日のお昼になると、また洞窟であたしたちを待っていて、霊薬を処方して与えてくれた。


 最初は怖かった軽功も、だんだん慣れてきて、体がうまく動くようになってからは格段に楽しくなった。もちろん、二人の姉さま方にはまるで敵わないけれど、それでも自分の成長が実感できて、もの凄く嬉しかった。


 でも、修行の恐ろしさを身をもって知ったこともあった。


 それは内力の修行をしていたときのこと。


 内力の修行で肝心なのは、とにかく雑念を取り払うこと。意識を丹田に持っていって、少しずつ気を体内に巡らせる。そうして体内にある無数の穴道を一つずつ開き、それを連結させて、気が流れるルートを増やしていく。


 とても地味な修行で退屈な割に、危険度はもの凄く高かった。雑念が入って意識がぶれたりすると、最悪内力が暴走してしまって、ひどい内傷を負ってしまう。


 内傷とは、内力によって内臓がダメージを負うこと。これが酷いと良くて廃人になってしまう。強靭な内力を練ることは武芸者にとって必須だけれど、使い方を誤れば身を滅ぼしてしまう諸刃の剣ーーこれが内力の正体だった。だから何よりも集中力が必要とされた。


 その日、内力の運行にもだいぶ慣れていたあたしは、順調に穴道を開き、どんどん連結させていった。繋げるほどに、力が内側からこんこんと湧いてくるようで、言いようのない充足感で全身が満ち溢れた。


 そして、それは起こった。


 隣で座る芙蓉姉さまが、急にごそごそし始めた。実は、芙蓉姉さまはこの修行が大の苦手で、剣術とか軽功とか、身体を直接動かすのは大得意だけれど、じっとしているとお尻がむずがゆくなるってーー。


 あたし、そんな芙蓉姉さまの顔を想像した途端、つい、ぷっと吹き出してしまったの。


 その瞬間だった。突然身体の中がかあっと熱くなって、胸のあたりが息苦しくなった。内力が暴走したんだわ、と思ったときにはもう遅かった。お腹の芯から激痛がやって来て、脂汗がだらだらと流れ出す。じっと座ってなんかいられない。やがて目の前が真っ暗になった。


 気がつくと、あたしは寒玉床に寝かされていた。小さな寝息に顔を横に向けると、微かに上下する芙蓉姉さまの胸が目に入った。


 姉さまも暴走させちゃったのね。


 ほう、と小さく安堵のため息をつくあたし目がけて、師娘の叱責が飛んできた。真剣味が足りないって。もし自分が様子を見に来ていなければ、今頃は命を失っていただろうって。


 あたし、泣きながら謝った。目を覚ました芙蓉姉さまも一緒になって謝ったわ。


 師娘は眉間に皺を寄せてあたしたちを睨んだあと、優しく抱き寄せてくれた。そして暖かな手で背中を撫でながら、無事でよかったって一緒に泣いてくれたの。


 楽しかったこと、苦しかったこと。いろんなことがあった。


 あたしたちの住む断機島は小さな島だったけれど、面白かったのは軽功を使っての島一周駆け比べだった。芳槿姉さまはものすごく速かった。島を一周するのにお湯が沸くぐらいの時間もかからなくて、まるでお空に煌めく流星みたいだった。


 芙蓉姉さまは、軽功はそこまで得意じゃなかった。でも剣術はとても強かった。あたし、何回も泣かされた。だって加減してくれないんだもの。あたしが初心者でもまるでお構いなし。すぐに点穴を決められて、剣を取り落としてしまう。痛いし、何より悔しかった。


 でもある日、芳槿姉さまがそっと教えてくれた。芙蓉姉さま、実はぶきっちょなんだって。ほんとは加減しようと思ってるんだけど、上手く調節できないって。あたし、少しだけ安心した。いつも威圧的で、憎まれ口ばかりで、目つきも悪いけれど、優しいところもあるんだなって。


 芳槿姉さまの指。あたし、とっても憧れていたわ。折れてしまいそうなくらい繊細なのに、剣を縦横に振るうだなんて、最初は全然信じられなかった。そして何より、芳槿姉さまは器用だった。あたしが怪我をしたり、芙蓉姉さまのいい加減な点穴を受けたときなんかは、すぐにぽんぽんって押してくれた。すると、決まってあっという間によくなったの。芳槿姉さまは点穴も一流なのよね。がさつな芙蓉姉さまには絶対に無理な芸当だわ。


 軽功と内力。この二つを磨き上げながら、同時に剣術の稽古も本格的になっていった。


 外功は基本やらないし、点穴と暗器はまだ教わっていなかったから、一日の半分は剣術に充てられていた。


 織女素心剣は繊細な剣術。優美に、華麗に、舞うようにして刺突や斬撃を繰り出すのが真骨頂。


 全部で十通りの技があって、そこから派生する技も相当な数にのぼる。でも、基本の十を身につければ、よほどの達人でもない限り剣術のみで圧倒できるらしい。


 ここに織女派のお家芸ともいえる軽功、そして内力・暗器・点穴が加われば、万に一つも負けることはないって師娘が言っていた。


 織女素心剣ーーその第一手目は「迢迢牽牛星《牛飼いの煌めきは限りなく》」、第二手目は「皎皎河漢女《織姫の輝きは果てまでも》」って言うんだけれど、このわずか二手の中に、無限の変化の可能性があるの。


 それこそ、天漢に輝く無数の星々のように。


 あたし、絶対に織女素心剣を極めるわ。


 この数奇な出会いには感謝しかない。


 師娘が前に仰ったことは真実だった。


 「一緒に切磋琢磨できる仲間がいる」って、本当に幸せなことだもの。


 あたしはそれを、体全体で実感している。


 もっともっと、あたしはできるようになりたい。姉さま方のように、強くなりたいの。


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