デスゲーム参加者が全員チンピラだったばっかりに、話が進まないので頭を悩ますゲームマスターの話
相馬ジグはある団体の構成員である。この団体は「人類の選別」をスローガンに掲げ、来たる終末に選別された人類で終末を阻止する、というよくわからないことを計画している。そして組織の幹部は地域ごとに選別することを思いついた。方法はその地域住民を誘拐し、デスゲームで勝者を決める、というものであった。相馬はこの方法は非効率だな、と思いつつ幹部の命令でC地区のデスゲームの主催者となった。
相馬はまず会場を用意した。爆発する首輪を調達し、モニターやカメラを設置した。また、のこぎりや落ちる壁、塩酸なども用意した。あとは、部下に数名の参加者を誘拐してもらうだけである。
当日、相馬は憂鬱であった。確かにC地区は不良や半グレの多い町である。治安は最悪と言われ、不良漫画のような喧嘩は日常茶飯事であった。しかしながら、しかしながらである。なぜ、参加者が全員チンピラなんだ、と相馬は嘆いた。モニター越しには5名のチンピラが見える。自称エリートの相馬から見れば全員がゴミのようにみえた。
まず、1人目が起き上がる。金髪に改造を重ねた学ラン、西高の鉄砲魚の異名をとる宇尾勝雄である。彼はとにかく喧嘩っ早いことで知られており、10人の相手に単身で殴り掛かったことがある。そんな宇尾は周囲を見回すととりあえず騒ぎ始めた。壁を蹴り、モニターを叩き、喚き、走り回った。
次に目覚めたのは、髪をオールバックに固めた、大柄の男である。彼の名は蟹江セルゲイ誠。荒川の化けガニの異名をとり、ロシアンマフィアの親戚との噂もある。彼は目が合う者すべての喉をカニの如く押さえつけることに定評がある。そんな化けガニは、叫び、壁を殴り、鉄砲魚と喧嘩を始めた。
3人目は坊主の筋肉質な男である。彼の名は根本翔。根性焼きの根本として知られており、彼の視界に入った者全てに根性焼きをすることを信条にしている。その対象は鏡に反射した彼自身も例外ではない。今回はゲームの都合上、ライターやマッチは没収しているが、どこまで彼が戦えるかは見ものである。勿論、彼も目覚めてすぐ喧嘩に参加した。
4人目は柄物のシャツと無精ひげが特徴の小柄な男だった。通称ヤス、本名安田康彦。暴力団員の下っ端で、血の気が早いことで知られる。彼は年長者かつ、完全に裏社会の人間なのでほかの3人とは一線を画す、かと思いきや普通に喧嘩に参加しだした。
最後に目を覚ましたのは髪も髭も長い、目が血走った男だった。彼は半グレの松永久獏。ナイフによる強盗や、薬物使用での逮捕歴がある、シンプルな悪党である。
5人目が覚めたところで、相馬はため息をした。デスゲームを始める前だというのにあたりが血まみれである。彼は部下を恨めしく思った。いくらC地区が治安が悪い町だったとしても、参加者全員を単細胞の先鋒タイプで固めなくてもよかったのではないか。リーダーや四天王の一角、インテリヤクザ、詐欺師とかもいただろうに、同じ系統の悪で固めたのはなぜなのか。これならデスゲームをさせずにデスマッチをさせておいた方がよかった。しかしながら、デスゲーム主催者の仕事をしなければならない、と決意を固め、相馬はマイクを握った。
「愚かなる、愚民どもよ。今から死のデスゲームをしてもらう。」
稚拙な台本を棒読みした音声が部屋に響き、悪魔っぽい恰好をした相馬がモニターに映る。しかし、モニターは既に故障しており、音も割れている。不良どもは音声などお構いなしに喧嘩を続ける。相馬は首輪の首を絞める機能を全員に使った。全員がもがく。荒川の化けガニはなぜかガッツポーズをしている。首絞めは彼の専売特許だと思っているらしい。相馬はもう一度いう。
「愚かなる愚民どもよ。終わりの終末に、生き残るサバイバーを選別するために選ぶ、死のデスゲームを始める。」
タバコに火をつけるものがないからか、根性焼きの根本は劣勢である。
「今から扉を開扉する。傾斜する床は斜めになり、転落死して死ぬ可能性がある。」
相馬はただ原稿を読んだ。不良どもは根本を集中攻撃し始めた。しかし、斜めになった床のせいでヤスが落ちてしまった。何を思ったのか化けガニが半グレに攻撃の矛先を変えた。半グレが、落ちる、と叫んだ。化けガニが、なんか部屋斜めってね、と言い出した。今、気が付いたのか。鉄砲魚が、関係ねえ、使えるものは使うだけだ、と半グレを突き落とした。デスゲームなど眼中にもないらしい。相馬の気持ちは呆れや困惑から怒りへと変わった。こちとら頑張って準備したんじゃ、と叫びたくなった。
相馬がスイッチを押すと今度は大量の蛇が落ちてきた。この蛇は相馬が個人的に買っていたペットも含まれ、餌代なども含めれば総額200万もくだらない。特にニシキヘビは3メートルを超え、活躍が期待される。この日のためにわざわざ餌も抜いてきている。
しかし、化けガニこと蟹江セルゲイ誠はそんなニシキヘビに締め技を食らわせて倒してしまった。根本と宇尾も掴んではポイを繰り返している。しかし、3人は毒蛇の存在に気が付いていなかった。
インランドタイパン、オーストラリアの内陸部に棲む、世界一猛毒を持つ毒蛇である。マムシの800倍もの毒を持つこの毒蛇ではあるが、現在では血清が常備されており、死ぬ確率はあまりない。血清さえあれば……
「おらっ!!」
蟹江がニシキヘビを倒したとき、その足首にはインランドタイパンが確かに噛みついていた。蟹江の動きが明らかに変わる。インランドタイパンの毒は神経毒だ。蟹江は奈落へ落ちていった……
相馬が次に押したスイッチは「強風」であった。シンプルではあるが、こういうのが一番効く。初期にかなり攻撃を食らい、消耗していた根本の足がふらつく。相馬も部下たちも宇尾の勝利を確信したときだった。
宇尾が根本の手をつかんだ。宇尾は根本を助けたのだ。
相馬は感動した。宇尾も根本も、落ちていった他の参加者も、皆んな今までは不良の喧嘩としていがみ合ってきた。主催者の話も聞かず、どうやったら解放されるかも知らず、何ならデスゲームをやっているという自覚もなく殴り合ってきた。環境のせいかもしれない。彼らは誘拐されて監禁されるという理不尽を、ゲームに対してではなく、他の参加者に向けて投げていた。しかし、無意識のうちかもしれない。今、2人の参加者が助け合っている。1人しか助からないこの状態で、参加者同士が友情をはぐくんでいる。これこそデスゲームの醍醐味である。
相馬は出力を上げて2人とも落とした。
「いや、勝手に全員をアウトにしないでもらえるかな」
少しばかり機嫌が悪いのは、組織の幹部の十文字である。
「いや~、メンバー全員が不良だと喧嘩を止める人もいないし、お互いが戦ったらだめ、みたいなルールも説明できなかったし、なんならゲーム開始前から流血沙汰でしたし。見たことあります?ゲーム開始前の流血。鼻血だけじゃないんですよ。」
「まあ、たしかにC地区では少し難しかったかな。でもG地区の神崎はもっと大変だったんだぞ。何せ参加者は全員、冒頭でアウトになるような中年男性ばっかりだったんだから……」