1-1 千敵万来
タッ、タタンと矢が次々に刺さる音が馬車の中に響く。
「引くな、守り抜け!」
馬車の外では、警護の騎士達の怒声が聞こえてくる。
そう僕達の乗っている馬車は、ただ今絶賛襲撃を受けている真っ最中!
自分で言っといてなんだけど、絶賛襲撃を受けているなんて変な表現だね。
だけど仕方ないんだよ、ホリエモンも想定外の異常事態だから。
そもそも貴族の紋章入りの馬車を襲撃する、しかもその貴族の領内で!
そんな、どう考えても尋常ではない出来事が起きている真っ最中!
再び、タッ、タタンと矢が刺さる音が馬車の中に響くと、
「きゃっ」と小さな可愛い声が聞こえ、隣に座っていた小さく柔らかい身体が僕に抱きついてくる。
抱きついてきたのは、艶のある銀髪に大きな薄いグレー瞳、すっと伸びた高い鼻、整った顔立ちの美幼女ハンネローレ。
僕の自慢の妹さ。
ハンネローレを優しく受け止め動揺を隠して抱き締めると、少しミルクぽっい甘い香りがするのは、未だ7才だから仕方のないことか。
二度目の人生で初めてできた妹を、僕は溺愛している。
だって『お兄ちゃんスキ』とか『お兄ちゃんのお嫁さんになる』とか言われたいじゃないか!
ここまでの話しておいてなんだけど、改めまして皆さんこんにちは。
現在の僕は、ジークフリート・フォン・ウォルフガングと申しまして、ウォルフガング子爵家の御曹司をやっています。
ピチピチの10才で、何やら神童と呼ばれています。
ジークフリートって言っても、21才の誕生日に城の庭でダンスパティーをするつもりは無いし、俗だからという理由ではないが、名を呼ぶ時はジークと呼ばれることが多い。もっとも殆どの人は、御曹司と呼ぶ。
勿論、前世今世ともに源氏の嫡流であったなんてことはない。
ああ、言い忘れていたが、戦いの時にジーク・ジオンなんて叫ばしたことは無い。
戦いの時は、もっと壮大かつマヌケな言葉を叫んでいる。
その内に、きっと披露することがあると思うので、聞いたときにガッカリしないで欲しい。マジで…。
それと最も重要な事なんだけど、僕の語り口調は無駄話が多くて結構ウザイので勘弁してね。
生前は、日本の総合商社角紅で社畜……、いやいやサラリーマンをしていて、50代妻子あり、神奈川に持ち家とローンがあるおっちゃんだった。
それが、お仕事中に『あれ何だか、眩暈がするなぁ』って思ってたらブラックアウトした。そしたら、何故か異世界転生をしてました!
これって多分過労死ってやつだよねぇ。やっぱ、残業時間が毎月xxx時間(自主規制)超えって不味かったらしら。
自らが望んだ遣り甲斐のある仕事だったから、ついつい熱中しちゃって会社から有給消化しろって言われてたのを聞き流していたからなぁ……。会社に迷惑かけちゃったかなぁ……。
それにしても仕事柄、小説やマンガ・アニメなどメディアミックスで異世界モノが金になり、多種多様な展開をしているのは知っていたが、あくまでもフィクションで現実のものだとは思ってもいなかったし、ましてや自分が剣と魔法の世界に来るなんてびっくり仰天モノですよ~。
ああ、また大切なことを伝え忘れていた。
この物語はフィクションなので、個人名もしくは企業名・団体名が同一であったり似通っていても、ただの偶然です。例えば、角紅とか。○紅じゃないよ角紅だよ。
それに否定的な記述に対して異論があっても、別の方々ですので抗議を受け付けておりません。よし、これで何を暴露してもオッケーだ。
話を戻すが、せっかくの二度目の人生なのだから、面白おかしく生きていこうと思っていたのだが、これがなかなかそうもいかなかった。
先ず、転生チートなんてものは無かった。ステータスもアイテムボックスも鑑定も異世界言語も無く、神様に会うことも無い、ただの赤ん坊として生を受けただけだった。
生後直ぐに自意識に目覚めたようだが、目はぼんやりとしか見えない、言葉は分からない、首が据わっておらず身体は動かない、ただのオッパイ飲んで寝ている赤ん坊。
ここだけの話ですが、僕は赤ちゃんプレーを満喫できるタイプの男でした。
期せずして、新しい喜びを見付けちゃったよ!
そんな条件で迎えた二度目の人生も、根性論と精神論にちょっぴりの理論的行動で、齢10才にして存在そのものがチートな野郎にまでなってやりましたよ。はっ、はっはっ。
やっぱ、社畜オヤジの無駄を排除する思考と吸収力の良い幼い身体は、他人と比べてアドンテージがあるね。
それに剣と魔法の世界といっても、実戦的な魔法を使えるのは全人口の1割もおらず、ほとんどが日常生活に役立つ程度のもの。
だから、ガンガンいこうぜとばかりに魔法を使いまくるチート小僧の僕は、神童扱いされています。その為二十歳を過ぎてから、ただの人呼ばわりされないように鋭意努力中なのです。
ところで、姓がウォルフガングなんて変だろと突っ込みを入れている、そこの貴方! 僕もそう思います。普通ウォルフガングって名だし、前世の世界でも有名な人物いたしね。
天才音楽家、ウォルフガング・アマデウス・モーツアルトとか、銀河帝国宇宙艦隊司令長官、ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥とか。
まぁ、日本にも名のような姓の有名人もいたよね。阪神タイガース真弓明信とか衆議院議員に義家とかいう人もいたし、学生の時の友人に義弘って姓のヤツがいた。
義家とか義弘とかの姓を聞いたときに、武将の子孫かよ! と心の中で叫んでいたのが懐かしい。他にもそんな人もいるだろうし、例外もあるってことだよね。
うちの家名ウォルフガングについては、一つ物語があるのでまた今度にでも。
僕の転生した国は、オストラント帝国と言って三百年を超える歴史がある。
そのオストラント帝国の北方、大河ワルサーを越えた辺境クレーフェルト地方の一子爵家でしかないウォルフガング家ではあるが、『帝国の大狼』と呼ばれるほどの超武闘派で脳筋が揃いも揃った家だ。
文官ですら、他家と揉め事が起きた時に最終決着は、武力でするものだと思っているし。事前交渉は、あくまでも他家を煽り戦いに持ち込む為の手続きだと思っている節がある。
『宜しい、では戦争だ』というセリフを実際に耳にする機会があるとは思わなかった。そんなだから、ただの狼でなくて大狼なんて呼ばれてるんだよ。
殺伐とした、嫌な世界だ。
『ああ地球が、何もかも、みな懐かしい。』と宇宙戦艦の艦長のようなセリフを吐くが、現実は何も変わらないので適応するしかないと諦めている。
まぁ、もっとも『帝国の大狼』ことウォルフガング家に喧嘩を売るようなチャレンジャーは、頭がぶっとんだヤツぐらいしかいないのだが。
だからこそ、この襲撃には色々と思うところがある。
と色々と考えていたら、
「お兄様、怖い」
腕の中のハンネローレが震えている。
僕は、お兄ちゃんと呼んでくれないかなと思いながら、優しく抱きしめ頭を撫でて、クンカクンカと甘い匂いを嗅いで暫し悦に浸っていていた。
すると、
「御曹司、もうそろそろ十分でないですか」
向かいの席から、とってもクールで低いトーンの声が。
クール過ぎて凍えそうな発言は、黒のメイド服に白のエプロンを着た、ハンネローレ付きメイドのイルマ19才行き遅れからだった。
イルマは、フォルフガング旗下のメッサーシュミット騎士家の出身で、13才で館にメイドとして奉公に上り既に6年経ち、十分にベテランといえる存在だ。
何故たった6年でベテラン扱いかというと、12~13才ぐらいでメイドとして働き出すと、大抵は16~17才ぐらいで結婚して辞めていくからである。その点イルマは、まごうことなき行き遅れであった。
もともとイルマは、美人といって差し支えない容姿をしている。
金髪に青い瞳、透き通るような白い肌と、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいるナイスバディー。
特に目算90オーバーのバストは、常にツンと上を向いて生意気なことこの上なし。印象的な大きな目は、少々鋭過ぎるが、イルマの美貌を陰らすものではなかった。
では、何故に嫁の貰い手がないのか、それはイルマの冷静沈着過ぎる性格のせいであると僕は思う。
いや本当に、雇い主なんだから、デレろとは言わないが少しぐらい優しい言葉をかけてよね。
今だって襲撃されているのに、何でそんなに冷静に僕とハンネローネとのスキンシップを邪魔するの! あっ、そんな怖い目でジトーと見ないで。そんな目をするから、行き遅れるんだよ!
「御曹司、何か失礼なことを考えていませんか? 具体的にいうと私の結婚ついて」
はい、考えていました。っていうか、何故分かるの! テレパシー使えるの、エスパーなの!
相手の思考が分かる魔法や自白させる魔法があるけど、アレかけると廃人になちゃうんだよ。
そんなの僕に使ってないよね。っていうか、イルマ魔法を使えないよね!
「御曹司、顔に書いてあります」
マジか。そんなことまで、表情に出てたのか! と思いながらも、手を顔に当てなかった自分を褒めてやりたい。
「何のことだか分らんな。しかし、確かにもうそろそろ埒を開けねばな」
精一杯に冷静を装い、声が上擦らないようにして幼い声で言葉を口にする。
キャラが違うのは、御曹司をやっていると威張ってなきゃいけないからなのよ。
本当に、細々と色々に大変なのよ御曹司って。
ああ、そうそう、またまた言い忘れていたが、僕付きメイドのクリスタ20才バツイチは、家族に不幸があったために喪中なのでこの場にいない。
クリスタも天然な性格なうえにお色気たっぷりと、なかなかに濃いキャラなので要期待!
堅く閉じられていた馬車の木窓を、横にスライドさせ少しだけ開けると、怒声が更に大きく聞こえ血の匂いが漂ってくる。
僕に抱きつくハンネローレの腕の力が増す。
「ハンネ、大丈夫だよ。直ぐに終わるから」
と頭から背中までゆっくりと撫でてやる。う~ん、美幼女最高。イエス、ロリータ、ソフトタッチ!
「お兄様が、やっつけてくれるの。それにハンネじゃなくて、ハンネローネよ」
皆がハンネと呼ぶので、僕にはハンネローネと呼んで欲しいらしく、今まで何度もこの会話をしていた。
いつもの会話で、少しはハンネローネの気も紛れたかな。
いや無理だよね。だって襲撃されてるんだもの。じーく。
「テオドールいるか」
僅かに開けた窓隙間から、護衛隊の指揮を執る騎士のテオドール・フォン・シュライバーを偉そうに呼びつけると馬車の近くに居たのか、直ぐに返事をして赤い甲冑を着た騎士が近寄ってくる。
言っておくけど、隊長機だから赤い訳じゃないよ。騎士達は、全員赤い甲冑を着ているのよ。
「私が出る。範囲魔法を放つ! 吶喊をかけ、敵を蹂躙せよ」
どっかの宇宙で空識覚を持つ人達のような口ぶりだが、騎士や兵達には評判が良いので使い続けている。
「我々だけで勝てます。もう少しお待ちください」
テオドールの口調に焦りは無い。
先程、馬車に刺さった矢も騎士達の動揺を誘うためのもので、さほど効果は無かったしな。
確かにこのままでも、時間を掛ければ勝てるだろう。たとえ襲撃者の数が3倍だったとしても。それぐらいに、ウォルフガングの騎士達は強い、はっきり言って人外レベルである。
フォルフガングの騎士や兵達は、領内の北側にある広大かつ深淵な『魔物があつまるの森』、略して『あつ森』で軍事教練と称し魔物狩りをしている。
『ステータス!』と叫んでも目の前に何も出でこないが、魔物を倒すと魔素を効率良く吸収して、人が強化されるのは経験上確認されているし、魔石や魔物の素材が財政を支えている一面もあるので、新兵達が泣こうが喚こうがガンガン狩りをさせている。
とんだプラック貴族様だ。そんなウォルフガングの強化人間騎士達だから確実に敵に勝てるが……。
「で、勝つのは当然として、私の騎士が何人死ぬのだ?」
僕の半分は優しさで出来ている言葉に、テオドールが息を飲むのが分かる。戦いであるからにはテオドールも死人が出る覚悟をしているのだろうが、はっきり言葉にされると思うものがあるのだろうか額を抑える。
あっ、頭痛いのかい。半分優しさで出来ている薬持ってるよ。要るかい?
「敵は、こちらの護衛の人数を事前に把握して、きっちりと3倍の数を揃えている。剣や矢じりに毒が塗ってあるのだろう、騎士達の動きが悪い」
そうなのだ。いくら奇襲を受けたからとはいえ、騎士達が生彩に欠く。馬車の中から、ずっと生命探知の魔法で探っていたが、急速に弱っている騎士が何人かいることから毒の使用が考えられる。
「それに、前衛の剣二人に後衛の弓一人。三位一体の攻撃を仕掛ける暗殺者集団と言えば、殺しの一族と悪名高いヴェルツル一族かそれに近い者達ではないのか」
テオドールが一瞬はっとした表情を見せる。思い当たる節があるのだろう。そして覚悟を決めた武人の顔になる。
うん、いい表情だ。それでここそ、ウォルフガングの騎士だ。
「御曹司、お願い致します」
言葉短く返答すると、テオドールは馬車から離れ号令を出す。
「馬車を中心に円陣を組め」
テオドールの短い指示だけでも、騎士達は僕が何かをすると理解したのであろう。
直ぐに6名の騎士が、円陣を組み防御を固めていく。
殺しの一族ことヴェルツル一族については、三話目ぐらいで説明予定。しかし、予定は未定。