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一章6 『九尾の花嫁』

 麻燐の宣言に一瞬静寂にめられた場が、ざわめきに埋め尽くされていく。

「おいおい、お嬢様は何言ってんだ?」

「自分も戦うって、捕まってるくせに?」

「ははっ、気でも狂ったか」


 勝手な物言いが飛び交う中、それらを耳にした麻燐の額にピキピキと青筋が浮かんでいく。

「ちょっと、何がおかしいのよ!」

「決まってるじゃないですか」


 柚衣は中国刀をもてあそびながら麻燐へ歩み寄り、鼻が触れそうなぐらい顔を近づけ目を覗き込み、あざけるように言った。

「足を怪我して動けぬ無様な状態でとらわれの身になって、なおかつ破邪麻雀も知らぬただのド素人しろうとに助けに来てもらっているような間抜けなお嬢が、一丁前に大口を叩いているんですよ? わらわれて当然だと思いませんか?」


 麻燐はさっと顔を青ざめさせたと思ったらみるみる赤面し、体を小刻みに震わせ。

「……っ、いっ、言わせておけば……ッ!!」


「何かお言葉でも?」

「その余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の顔、今に後悔の涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしてあげるわ」

 麻燐が言うなり、捕らえている男の後ろでカッと何やら白く発光し、式神が出現した。

 ソイツはさっき見たものよりサイズがあり、男よりもデカい。


 式神は男が振り向く前に腕を振り上げ、ヤツの頭上へ勢いよく拳を叩きつけた。

「グギャッ……」

 男は潰れた蛙の悲鳴みたいな声を漏らし、どさりと倒れ込む。

 死んでいるのか気絶しているのか……、ここからではわからない。


「……まだ抵抗しますか。しかしお嬢、この軍勢を前に式神一柱いっちゅうで刃向かえるとお思いで?」


 周囲の柚衣の部下が一斉に武器を構える。

 しかし麻燐は臆した様子もなく、腰に巻いていたひもに括りつけられた袋から何やら取り出した。


 兵達の間に、どよめきが走る。

「そっ、それは……」

「マズイ、お嬢様を止めるぞッ!」


 男達は血相を変えて飛びかかる。

 しかしそれよりも、麻燐の方が速かった。

 彼女は手早く両耳に、取り出したものをつける。


 ……あれは、鈴か?

 小さくて形状はよくわからないが、サイズの割に音は明瞭にここまで伝わってくる。


「だっ、団長!」

「どうか早く、お嬢様を止めてくださいッ!」


 部下が柚衣に呼びかけるが、どういうわけか彼女は顎に手をやったまま動かない。

「団長ッ、団長ォオオッ!!!!!!」


「クク……」


 まただ、柚衣の口から笑い声が漏れる。

 ……アイツ等、仲間じゃなかったのか?


 浮かび上がった疑念は、次の瞬間に起きた現象によって吹き飛んでいた。


「うっ、あぁっ……、くぉおおああああああっ、……アアアアアアアアアアアッッッ!」


 麻燐が突如としておかしな声を上げたかと思ったら、彼女が次々と変異を遂げていった。


 まず頭と尻から、毛のようなものが生えてきた。

 白……いや、銀白か?

 新雪から紡いできたかのような、美しい毛。滑らかで光沢さえ放っている。長い黒髪も同色に染まっていく。

 続けて目の周りがほんのり赤らみ、黒目がより濃ゆい紅色が混じりだす。

 指の爪が伸び、尖っていき、血が滲んだような色になる。


 さらに服が黒い霧状のものに包まれた。

 美しい漢服がぼうっと怪しく輝き、形を変えていく。

 上着と袴が混ざり合い一体となり、やがてそれは西洋と中華の入り混じったようなドレスとなった。露出が多く特に胸を曝け出さんとしているが、いかんせん小さいせいで衣装本来の魅力を活かせていないように見受けられる。


 だが滑稽さはその一片だけで、漂う禍々しい空気、感情の欠けた面持ち、異形のものと混ざり合った様相は、見る者に地獄に落ちたかのような絶望を与えるには十分すぎた。


「なっ、なんでごわすか、これは……!?」

「ククク、自らが欲するものの正体を知らぬとは愚かです」

 いつの間に近くにいた柚衣が、中国刀で二十メートルあまり離れた麻燐を示して言った。

「あれこそがお嬢のいずれ真の姿となる、九尾の花嫁です」


 麻燐の変異は完全に成ったのだろう。

 彼女は暗い紅の瞳を周囲に投げかけている。その様はさながら獲物を探す肉食獣。近くの兵士達は背中を見せぬようにじりじりと後退していく。


「……きゅっ、九尾の花嫁って、なんだよ?」

「お嬢は将来、この国の主である九尾様と結婚なされるのです」

許嫁いいなずけ……ってことか?」

「そのような半端なものではありません」


 柚衣は手に持つ刃のように、鋭い調子で言う。

「言うなれば、そう――運命に定められた、絶対の婚約者」

「……絶対の、婚約者?」

「ええ。もしも婚約が破綻した時、この国は崩壊します。最悪、他国にも甚大な被害を及ぼすことになるでしょう」


 後退していた兵の一人が、石につまずいて尻もちをついた。

 間を置かずして麻燐は地を蹴った。

 そして風に乗った矢のごとく、ソイツに向かってすさまじい速さで飛びかかった。

「うっ、うわぁあああああああああああッ!?」

 死を覚悟したかのように、男は腕で顔を庇いながらも、絶望があらわになった悲鳴を上げた。


 無慈悲にも麻燐は腕を目で追いかねる速さで一閃。がら空きになった男の心臓を鋭い爪の一撃を叩きこもうとする。


 その刹那。

 ガッキィイイイイインッ! 鋭い金属音のような響きが空気を震わせた。

 柚衣だ。彼女は中国刀で麻燐の一撃を受け止めていた。

 彼女は犬歯を見せて笑い、麻燐に向けて言った。

「牌をわさず、直接命を狙うとは――雀士の風上にも置けませんね」

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