記録
「魂結び?」
緋鋭の問いに、山根は頷いた。
「それは、母が、兄だけでなく私も、殺そうとしたということか?」
山根は首を振る。
「結ぶ、といっても、そこまでの力はありません。緋鋭さまが心から望んで結ばれたのであれば、別ですが」
魂結びは、本来、当人同士が納得してはじめて成立するものだ。
お互いが同意もしていないのに、術が効力を発しているというのは、二人がもともと結びつきの強い『双子』だからと考えられる。
「それに、おそらくは、瑞花さまはあくまでも『妖魔を封じたかった』だけではないかと。妖魔と、紫檀さまとの結びつきを切り、人として生かすために、陛下と結びつけられた」
「ならば、照魔鏡は、その結びつきをほどくのに必要、ということだな」
源蔵が頷く。
「しかし、陛下と紫檀様が結びついて、不都合なのは、むしろ我々では?」
誠治郎は疑念を述べる。
ほどきたいというなら、ほどけばいい、とも思う。
「これは、想像ですが、陛下と結びついている限り、妖魔との結びつきが弱いのではないかと」
「では、簡単にほどいてしまうと、兄は今より大きな力を得ると?」
「おそらくは」
山根は頷いた。
「今の仮説が正しいならば、瑞花さまがどのように術を使われたのか探る必要があります。そして、たぶん……鏡子殿を連れ去ったのも、何か意図あってのこと」
「つまりは……十年前の大祭について、一から調べなおす必要がありますな」
源蔵の言葉に、一同が頷く。
遠回りだが、すべてはそこからはじまる──誠治郎は焦る心を、必死で押さえつけた。
その夜、誠治郎は宮中で休んだ。
心ばかり急いても良いことはない、とわかってはいても、しっかりと眠ることはできなかった。
脳裏には、天女のように舞う、鏡子が張り付いて離れない。
これまでずっとともに戦ってきた鏡子は、常に男装だったというのに、ただの一度だけ見た巫女姿しか思い出せぬというのも、おかしな話ではある。
朝になり、簡単に食事をとると、誠治郎は実成と共に書庫へ向かった。
前回の大祭についての記録を調べるためだ。
儀礼の流れと、前回の異常な出来事については、誠治郎も大まかに把握してはいるが、細部にわたって調べてみたことはない。
当時、調査に当たった源蔵や山根も、全体を見通していたわけではなく、先帝の死によって、謎の解明そのものが打ち切られてしまった経緯がある。
書庫は薄暗く、所狭しと棚が置かれていた。
「俺は、瑞花さまと紫檀さまの調書を調べるから、実成殿は大祭について頼む」
「承知いたしました」
誠治郎は、分厚い帳面を何冊か手に取り、小さな机の置かれた明かり取りのある窓の下に移動した。
二人が、消えたのは、大祭の日であったが、捜索が開始されたのは、翌日の昼を過ぎてから、となっている。
誠治郎も記憶しているが、大祭の儀礼は、当初の夜半に終わらず、日の出までかかった。
その間、誠治郎は、闇の中、神社周辺をくまなく捜索したが、みつけたのは檜扇、ただ一本。
翌朝、儀礼の終わった拝殿の扉が開くと、まず、緋鋭が高熱を出して倒れたと、医者が呼ばれた。
二人が見つからないと報告に行くと、疲れ知らずであるはずの父、源蔵の憔悴しきった顔があった。
そのあと、誠治郎は瑞花たちの捜索から外れ、父と共に大社の儀礼で不手際がなかったかどうかの確認と、清めの作業をひと月ほどかけて行った。
大祭直後の霧氷山は、汚れなく澄んではいたものの、例年以上に厳しい寒さであった。
調書によれば、瑞花の遺体は山根が言った通りの状態だったようだ。
着衣や装飾品から、瑞花の遺体とわかった、というくらい、酷い有様だったと記されている。
残されていたのは、バラバラになった提灯がひとつ。不思議なものといえば、瑞花の手に、へその緒の入った箱がしっかりと握られていたことか。
獣が去った後で、雪がちらついたらしく、現場に足跡等はなかった。
紫檀のほうは、何一つ遺留品がない状態で、ともに落ちたという証拠は、どこにもない。
──しかし、山を探すのは無理だっただろうな。
誠治郎の記憶でも、捜索が打ち切られたころは、大社の辺りまで積雪があった。探そうにも山道はすべて雪に埋もれてしまっていただろうから、何より探す側に危険が伴ったのは間違いない。
「誠治郎さま」
実成が帳面を開きながら口を開く。
「これによれば、先に拝殿を抜け出したのは、瑞花さま、ということになっております」
「そうか」
誠治郎は、実成の手元を覗き込む。
「記録が、確かであれば、ですが」
実成の言葉に、誠治郎はうむ、と頷いた。
「瑞花さまが抜けられ、その後、気が付くと紫檀さまが抜けられた。半刻程しても戻られず、源蔵さまが、外に声をお掛けになられた」
「ああ。俺が捜しに出かけた」
日没からずっと、誠治郎は境内にいたが、二人の声などは聞いていない。
「それからまもなくして、氷雪王の影が現れ、大地が揺れた、とあります」
「たぶん、檜扇を見つけたくらいだった。裂けめの手前で、大地が揺れ、赤い星が降った。そして、山が光り、谷から妖気が噴き出した」
どちらが先かは、はっきりとはわからないが、因果関係はまちがいないなくある。
氷雪王の影が現れたからこそ、霧氷山は妖しく光ったのであろう。
「いくら月が明るいとはいえ、辺りは暗かったのではないでしょうか?」
ぽつり、と実成は呟く。星山大社周辺は足場が悪い。月明かりだけで歩くのは難儀である。
「一応、瑞花さまのご遺体のそばに、バラバラになった提灯が落ちていたそうだ」
「提灯は、おひとつで?」
「ああ」
誠治郎は帳面の記載を繰りながら、頷く。
「では、お二人のうち、どちらかは、灯りを持たずにお歩きになったということですね」
「抜け出た時間は違っても、二人で連れ立って、歩いた可能性もあるが」
それにしても。
大切な大祭のさなか、抜け出た理由は何なのだろう。
誠治郎は、さらに瑞花について調べるために、皇妃関係の収支報告書を紐解いた。
瑞花は、紅仁の従妹で、実に仲睦まじい夫婦だったとされていて、紅仁には、側室はいなかった。
紫檀と緋鋭は、病気がちの子供で、幼いころは何度も病に臥せった。
そのこともあり、子を産んでからは、自分でも薬草園などを管理するようになったらしい。方々から珍しい薬草を購入した記録が残っている。
亡くなる三年ほど前になると、子供は丈夫になってきたようだが、瑞花自身が体調を崩して、臥せりがちになった。そしてそのころから、呪い関係の本を集めたりするようになったらしく、書物を異国からも取り寄せたようだ。
「瑞花さまのお集めになられた書物などは、どうなったのであろう?」
「緋鋭さまは混乱の中、皇位をおつぎになられたので、先帝の個人的な遺品などは、とりあえず倉に納めたはずです。おそらく、瑞花さまの遺品も同じようにされたのでは? えっと。どこかに品目を纏めたものがあったはずです」
実成は立ち上がり、書庫の棚を捜した。
「これですね」
実成は帳面を持ってきた。
「ああ、ありますね。瑞花さまの蔵書も何冊か衣類と一緒に蔵に収めたとあります」
「皇室用の蔵か」
誠治郎は手にしていた帳面を丁寧に閉じた。
「これによれば、紫檀さまの私物も何点かおさめられているようです。何か謎が解けるかもしれません」
「ああ」
誠治郎は、頷いた。
正直に言えば、一刻も早く、鏡子を捜しに行きたい。
しかし、手掛かりは、今のところ過去にしかないのだ。
「行こう」
誠治郎は、腰を上げた。




