表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

月巫女

 鏡子の手が前に突き出されると、大きな氷柱が誠治郎たちに向けて飛び出した。

「鏡子殿!」

 その攻撃を避けつつ、誠治郎は叫ぶ。

「誠治郎さま! 下がってください!」

 実成が松明を構えたまま、ゆっくりと後ずさる。

「東雲の男よ。わざわざ、出迎えとは律儀だな」

 鏡子の腰をひきよせ、紫檀はふっと笑みを浮かべた。

「照魔鏡は持っていないようだが、約束が違うのではないか?」

 紫檀が笏を振る。

 洞の中が、一瞬にして凍り付いていく。

 誠治郎は、刀を抜いた。

 暗闇の中で、わずかに光を放つ紫檀と鏡子は、なんの苦も感じていないようだが、松明の灯があるとはいえ、足元が悪い。

 踏みしめた足は、氷で滑り、体勢を保つのがやっとだ。

「まあいい。我が弟は、昔から生真面目すぎるやつであった。大方、自分のことより、我を封じることを優先しろと、命じたのであろう」

 くっくっと、紫檀は笑った。

「命を惜しまぬ、阿呆なヤツめ」

 言うなり。

 猛烈な吹雪が、巻き起こった。

 誠治郎も、実成も立っていることが出来ずに、思わず、地べたに這いつくばるように姿勢を低くし、懸命にこらえる。

 風はごうごうとなり、目を開けていられないほどの雪が吹き付けるように舞う。

「行くぞ」

 紫檀は鏡子を抱きよせたまま、吹雪の中を歩く。鏡子は、表情を変えることなく紫檀に寄り添う。その虚ろな目を除けば、すべてを紫檀にゆだね、任せきっているように見える。

 唇は、淫らに赤く艶やかだ。吹雪の中を歩くには、寒そうなほどに、大きくあいた襟もとに、青白く発光する肌がのぞく。

 誠治郎は抜き身の刀を握り締め、二人の進路をふさいだ。

 シャリン

 鏡子の神楽鈴が赤色に輝き、禍々しき気弾を放つ。

 気弾は、渦を巻き、誠治郎の右肩に当たった。

「ぐっ」

「鏡子!」

 実成の声に応えるかのように、さらに、鏡子は鈴を振り、実成の腹に気弾を命中させた。

「どうだね。素晴らしい月巫女だろう? 我が妻に、ふさわしい」

 紫檀は楽しそうに笑い、誠治郎と実成を無視をするかのように、二人の横を通り過ぎていく。

「鏡子殿!」

 痛みをこらえ、誠治郎は刀を振り上げた。

「日輪よ」

「させぬよ」

 振り返りざま、紫檀は、吹雪を今度は、逆向きに放つ。誠治郎の作った光が、吹雪を受け止めて、二つの力が消滅する。しかし、天井が、大きな力のぶつかり合いに堪え切れずに、バラバラと音を立てて崩れ始めた。

 誠治郎の目の前に、大岩が崩れた。

「誠治郎さま!」

 実成が叫ぶ。

 誠治郎は、二人を追うことを、あきらめ、洞の奥へと実成と避難した。

 吹き荒れる嵐がおさまり、天井の崩れがおさまった時には、紫檀と鏡子の姿は消えていた。



 崩れ落ちたがれきのせいで、洞の入り口への道は、人が這いつくばらなければならないほどになっていた。

「妖気は、消えましたな」

 実成が呟いた。幸い、松明の灯はなんとか維持できている。

「行こう」

 誠治郎と実成は、這うように、慎重に外へと向かった。

 這うといっても、単純に平らな場所を這うのとは勝手が違う。

 それにしても。

 鏡子が放ったのは、禍々しき気弾。月の巫女の力を使っているようでありながら、あきらかに妖気を帯びていた。

 鏡子の目は、虚ろで、何も映してはいなかったけれど、あれはいったいどういう意味なのだろうか。

──鏡子殿。

 もはや、誠治郎のよく知る鏡子を取り戻すことはかなわないのだろうか。

 今まで、当たり前のように感じていたものが、特別であったことに誠治郎はようやくに気が付いた。

 とはいえ。

 なんとしても、氷雪王の復活は避けねばならない。

 紫檀が、鏡子を生かしていたというのであれば、茂綱が語ったように、『照魔鏡』を新たに作ろうとしている可能性がある。

 紫檀にとって、魂結びをほどくことこそ、力を得る最短の道なのだ。

 もっとも、星山神社には、既に緋鋭が一日早く儀式の準備を整えて待っている。

 理想を言えばきりがないが、魂結びをほどかれるようなことになれば、有無を言わさず儀式に入ることは打ち合わせ済みだ。

 とはいえ。紫檀は、既に『空間』を渡ってくるほどの力を見せた。人としてのつながりを捨てたら、どれほどの力になるのか。通常の儀式で封印できるものなのかは、誰にもわからない。

 ふたりが、ようやく落盤箇所を抜け、慌てて洞の外に出たころには、太陽は地平のかなたに沈み、夜の帳が降り始めていた。



 星がまたたき始めている。

 風の音が止まらない。刺すような、敵意に満ちた風だ。

 洞を出て、辺りを見回すと、暗闇の向こうに、ぼんやりと何かが光っている。

 誠治郎と実成は、吸い寄せられるかのように、その灯の方へと向かった。

 枯れ木の向こうに、ぽっかりと空いた空間。そこだけ雪がなくなっていて、てらてらと光っている。

 おそらく池のあったあたりだ。

 硬く氷が張っているのだろうか。それとも、水面がきらめいているのだろうか。

 不思議なほど、なめらかに、池は鈍い光を放つ。

 シャリン

 神楽鈴の音が鳴り響いた。

 てらてらと光る池の中ほどで、女が舞を舞っている。

 楽の音はない。どうやら、ひゅるひゅるとなる風にあわせているようだ。

 鏡子だった。

 もっとも、夜神楽の時の舞とは違う。

 どこか淫猥で、淫らな香りがする舞だ。男を、そして、魔を誘うように流れる艶やかな髪。

 その鏡子を上から見下ろすかのように、宙に浮いている紫檀の姿。

 辺りには、妖気が漂い、どんどん濃度を増していく。

 満月だというのに、随分と空が暗い。

 誠治郎は、嫌な予感を抱きながら、走った。

「誠治郎さま! 月が」

ゆっくりと十五日目の月が顔を出す。

 それは、常ならぬ赤い光を放つ月であった。





 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ