洞 1
遅くなりました。短いです。すみません。
吹雪は、七日ほど吹き荒れた。
さすがに山に入ることはできず、誠治郎と実成は、近隣に住む者たちに聞き込みをしたり、大社に出かけて、儀式の用意をして時を過ごした。
ようやく、吹雪がやんだのは、朔。新月を過ぎていた。
はやる気持ちを押さえつつ、山に入るが、大雪に覆われた霧氷山の捜索は難航を極めるものだった。
善治の地図を頼りに、少しずつ、道を作っては戻るを繰り返しながら、徐々に山の奥へと足を進めた。
足場が悪い中、妖魔が襲い来ることや、雪の降り積もった状態では地形がわかりにくいこともあり、地図にのっていた池らしき場所に出たころには、すでに月は十五夜目。今宵は満月だ。
「なんとしても、夜までに見つけなければ」
誠治郎は昇り始めた太陽を見ながら、呟く。
もはや、満月まであとわずかな時間しかない。
大社の方には既に、皇帝が入っており、結界に異常があればいつでも封印の儀礼に入ることができるように準備ができている。
「しかし、どこにいるのか。ここまで妖気が満ちていると探しようがありませんな」
「一度、この周辺だけでも、祓うとするか」
誠治郎は、やや開けた足場の良い場所を選び、小さく結界を張る。
「さようですな」
実成は懐から、龍笛を取り出した。
「頼む」
誠治郎が頷くのを見て、実成が笛を奏で始めた。
登り始めた陽の赤にそまりつつある積雪から、しゅうしゅうと音を立て、闇が噴き出す。寒そうな木々もふるふると楽の音に合わせて、闇を吐きだしていく。
「でかいな」
誠治郎は抜刀し、水平に刀を構える。陽の残光で、刀身が光を帯びていく。
吹き出した闇が三つの鬼を型どり始めた。
それら鬼は誠治郎より、やや大きくなり、質感をましていく。
ぎらぎらと光る瞳。牙は敵意をむき出しにしている。
そいつらは、真っ赤な口を開き、威嚇の声をあげた。長く鋭い爪を振り上げる。
「日輪よ」
誠治郎の言葉に答え、刀身が、白銀に輝いた。鬼たちの動きが、一瞬止まる。
くわっと一匹の鬼が、誠治郎に踊りかかった。
構えていた剣を誠治郎は、宙を滑らし、鬼の胴へと刃を叩き込む。ギエエと、鬼が、悲鳴をあげた。ジュワッと音を立て、鬼が消えていく。
「実成!」
龍笛を奏でながら、実成はひらりと身を交わす。
誠治郎がすかさず間に入り、刀身をすべらせた。
鬼が怒りの声をあげて、誠治郎に爪をつき立てようとするのを、足で蹴った。
「日輪よ」
朝の日が眩く周囲を照らした。
肌を刺す寒さに、鏡子は目を覚ました。全身に痺れを感じ、思うように動かない。
辺りは、明るくもなく、暗くもない。
「参ったね。もう少し寝たかったのだが」
いつの間にか、隣に立っていた男が、口の端を歪めた。
「ここまで迎えに来いとは、言っていないのだが」
紫檀は、怪我をしていたはずの肩をぐるりとまわす。
もはや、そこに傷口は、見えない。
「もう一度聞く。我が妻になる気は無いか?」
「ないわ」
鏡子は紫檀をにらみつけた。
「ならば仕方ない」
紫檀の指が鏡子の額に伸び、冷たい痛みを押し付ける。
「我は、氷雪王。欲しいモノは、全て手に入れる。そして、そなたは、それを望んでいるはず」
「私は望んでなど」
鏡子は必死で抵抗する。頭の奥が痺れてくる。
「誠治郎さま……」
最後にその名を口にして。鏡子は意識を失った。