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みずイロ  作者: NES
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みずイロ(6)

 午前の授業終了のチャイムは、いつものことながら一際美しい音色に聞こえた。無茶な勉強を午前中いっぱい押し付けられて、身体が栄養分を欲しているよ。ナシュトに言わせれば、こんな知識の詰め込みなんて『銀の鍵』の力をもってすれば造作もないこと、なのだそうだ。

 やれやれ、あのダメ神は本当に判っていない。神様ってのは、どうしてこう頭でっかちな考えに至ってしまうものなのかね。稲荷神社にいる土地神様の方が、断然話が通じる。いやいや、あの神様はどちらかと言えば女の子か。そういえば最近顔を出していないし、今度お菓子でも持って遊びに……じゃないや、お参りにでもいってみようかな。ヒナはまだ、人間の旦那さんとやらの顔を拝んだことがないし。何よりも、ひょっとしたら魔法使いさんにも会えるかもしれない。


「待ってたぜー、メシメシー!」


 食堂に向かうクラスメイトの流れに逆らって、我が物顔でヨソの教室に突入してくるのが根菜軍団だ。サトイモは相変わらず欠席。チサトいわく、今度二人で楽器屋にいくのだとかなんとか。名目上は部活の買い出しとなっているけど、当人たちの意識はすっかりデートになっている。マジか、いよいよだな。

 サトイモもチサトに対しては男子ィな一面を控えて、紳士的な態度を貫いてくれているとのことだった。あっはぁ、じゃあヒナにも感謝してほしいものだね。そもそも二人の縁を取り持ったのは、このヒナちゃんだと言えないこともなかろうもん。人の作ってきたオカズをムシャムシャと食い散らかしておいて。で、好きな女ができたら挨拶もなくバイバイとか。こいつはとんでもない根菜だよ。


「サキは今日も部活の方なのかな」


 学園祭実行委員のユマが、キョロキョロと教室内を見回した。サキは陸上部のエースで、最近はそっちが忙しくてあまり教室の中では見かけない。

 ……と、思わせておいてですね。あー、実はそっちも男のところだよ。王子様サキは、現在お姫様にクラスチェンジしようとしている真っ最中なんだ。あそこはちょっと、わだかまりが大きいから。じっくりと時間をかけて、お互いの気持ちに折り合いを付けていくんだろうね。幼馴染も色々だ。ヒナとハルは、ちゃんと二人だけでいられて良かったね。


「えー、曙川センセイ、本日のお昼の方は……?」

「ああん?」


 テメェこのジャガイモ1号、どの面下げてそんな戯言ざれごとをのたまってんだ? 人がハルの友達のよしみというだけで折角作ってきてやったオカズにケチをつけておいて、今更何を期待してんだよ? ヤングコーンが食えないだと? 高校生にもなって、くっだらねぇ食わず嫌いをぶちかましてるんじゃないよ。


「今日はシイタケ。シイタケのバターソテー。徹底的にシイタケ」


 げぇ、とジャガイモ1号が露骨に嫌そうな顔をした。はっはぁ、知っているよジャガイモ1号。お前がこの上なくシイタケを嫌っているということはな。丁度お母さんの実家から大量のシイタケが送られてきて、ぶっちゃけ曙川家では始末に困っていたところだったんだ。サービスで今回は無料にしておいてやる。さあ存分に味わうが良い!


「いいな、ちょっともらって良い?」

「うん。あんまり食べ過ぎないでね」


 そしてこれは、ハルの好物でもあるのです。それも見越してハルのお弁当の方の献立やカロリーも調整済みのヒナは、もう完璧なデキるお嫁さん間違いなし。ほぉーら、ハルが超ご機嫌でシイタケを頬張っているぞぉ。ジャガイモ1号は女子の前で食べ物の好き嫌いを露呈して、カッコ悪い姿をさらしてしまうが良いさ。ぬわっはっはっはっ!


「和田君はシイタケとか平気なの?」

「え、あ、まあ」


 ジャガイモ2号がシイタケ平気なのも、フユから情報入手済みなのだぁ。たった一人置いてけぼりになって、お子様として寂しいお昼休みを過ごすが良い。ざまあミソ漬け。


「曙川、お前、きったねぇ!」

「女子に向かって失礼だなあ。いつも綺麗にしてます。ハルの前で変なこと言わないで」


 ふん、だ。悔しかったらハルみたいにいい男になってみなさい。このところハルは他の女子に結構モテ始めてきていて、ヒナは不安でいっぱいなんだよ。胃袋掴んで繋ぎとめておくのだって、苦労してるんだからね。そこにケチなんか付けられちゃ、たまったもんじゃないんです。


 ぐぎぎ、とシイタケとにらめっこしている根菜に関しては、この際どうでも良い。問題は、もう一人の根菜と、フユだ。フユはいつもみたいに小さなおにぎりを取り出して、もそもそと無言で口に運んでいる。ジャガイモ2号も、黙々とシイタケに箸を伸ばしていた。あー、えーと。なんかちょっと空気が重いな。

 ユマもこの微妙な雰囲気を察したらしく、ヒナの顔色をうかがってきた。うん、まあ、ちょっとね。青春ってさ、色々あるよね。大したことのない、ボタンの掛け違えみたいなものなんだけど。当人たちにとっては、容易にそれを直すことができないっていうか。


「あー、せめてアサリにしてくれよ。アサリバターなら、俺好物なんだよ!」


 うるっせぇ、この腐れソラニン! 黙ってシイタケ食いやがれ。他の二人を見習いなさい。ハルなんて食欲旺盛で……って、ハルもうその辺でストップ。これ有塩バター使ってるから。美味しいのは判るけど、これ以上は塩分が心配。ジャガイモ2号も、どこも見ていない眼で機械的に食べ続けるのやめて。なんか怖いから。


「ごちそうさま」


 ヒナがバタバタしている間に、フユはさっさと食べ終えて席を立ってしまった。ジャガイモ2号が顔を上げても、お構いなしに足早に教室の外に出ていってしまう。うわぁ、ジャガイモ2号、そんな切なそうな視線を送らないでよ。フユだって別に、ジャガイモ2号のこと、嫌いって訳じゃないんだから。

 ハルが他のみんなに悟られないようにして、ヒナの腕にそっと触れてきた。うん、大丈夫。ジャガイモ2号の気持ちも、フユの気持ちも、ヒナは両方とも判っている。



 昨日の夜、ヒナはカマンタからのSOSを受けて慌ててフユのところに駆けつけた。フユは今までに見たことがないくらいに取り乱して、わんわんと声を上げて泣いていた。和田君を傷付けてしまった。自分はヒナのようにはなれない。そう言ってヒナにしがみついて、図書室であったことを話してくれた。

 そんなことはない。ヒナはフユを優しく抱き締めた。確かにヒナとフユは違う人間だ。ヒナみたいになりたいと願っても、それはとてもではないが難しいことだと思う。

 でも、フユは今回とても良くやっていると思う。和田君の気持ちを知ってからは、あまりそれを読まないように努力している。それをどう受け止めるべきかを、真剣に考えている。『銀の鍵』を使っちゃえば、それこそなかったことになんて簡単にできてしまうだろうに。フユは普通の女の子であろうとして、必死になってもがいている。ヒナは、そんなフユが可愛いと思う。


 和田君の方は、ハルが電話で教えてくれた。フユに対する感情を自覚して、とても気にしていたということだ。ハルは和田君に、好きな人のことをどうしたら大事にできるのかと相談された。ヒナ的には、ハルがその問いかけに対してどう答えたのかは気になるところだ。とはいえ、目下の問題はフユと和田君について。残念。これは後でたっぷりと聞かせてもらうことにしよう。


 いずれにせよ、二人はお互いに少々憶病になってしまっている感じかな。フユも和田君も、なかなかに繊細だ。どちらも傷付きやすい内面を持っているからこそ、それを相手に与えてしまうことを恐れている。うん、実はお似合いな気もしてきたね。フユだって今まで図書委員として仲良くしていたのだし、相性は悪くないと思う。


 ただ、妙なこじれ方をしたまま放置しておくと面倒なことになりかねないので、ここはヒナの手助けが必要なんじゃないですかね。お任せください。親友と、愛するハルのお友達のために一肌脱ごうじゃありませんか。あ、ついでにハナも協力してくれるってさ。あの子、フユのためなら力になりたんだってさ。へぇ、ハナの奴、いつの間にそんなにフユに懐いたんだか。


「うぐぁああ、やっぱりシイタケはシイタケだぁ」


 うるせぇ。シイタケ食ったって死にはしないよ。むしろ今この場にいる男子たちに限れば、「シイタケを食べれる男はモテる」というジンクスすらできつつあるよ。ジャガイモ1号は、どこまでいってもジャガイモ1号だ。女はあきらめて、種芋を土に埋めて増えるんだな。




 朝倉に相談して、少しは心が軽くなった――と思う。曙川を通してそれとなく確認してくれて、因幡はそこまで気にしていない、という話だった。

 しかし昼休みには因幡の態度はぎこちないままで、シュンヤが何か声をかけようとしてい間にすぐにいなくなってしまった。あの場で追いかけるのも妙な感じなので、背中を見送ることしかできなかった。

 曙川や朝倉には、なんだか申し訳がない。協力してもらっても、シュンヤがこんな体たらくでは仲直りどころではないだろう。ああ、宮下は別にあれで良い。特にそういうのは期待していないから。そういえばシイタケのバターソテーは美味かった。こういう時、朝倉のことがちょっとだけうらやましくなる。曙川はいい奥さんになりそうだ。


 で、その朝倉から本を取り置いてくれと頼まれてしまった。本来は貸出禁止のものなので、それ自体はやぶさかではない。どこかの規則に緩い図書委員が独断でやったことだ。シュンヤか因幡がいれば、間違いなく許可しなかっただろう。


 そうだ――図書室には因幡がいるかもしれない。


 そう考えると、シュンヤは気が重くなってきた。因幡は、明らかにシュンヤを避けていた。シュンヤのせいで、因幡には気持ち悪い思いをさせてしまったのだろうか。悪いことをした。曙川には「何でもない」と言いつつも、因幡がシュンヤのことを意識していることは確かなのだ。シュンヤにはそれが苦しくてたまらなかった。


 やはりシュンヤのこの感情は、持っていてはいけないものなのかもしれない。シュンヤが誰かを好きになるなんて、間違っている。相手を傷付けて、自分自身も傷付いて。誰一人として、得をすることがないじゃないか。

 因幡のことを大事に想うのなら、シュンヤは黙って消えていくべきなのかもしれなかった。昨日の夜、朝倉から聞いた言葉が耳の奥でリフレインしていた。


「俺なら、まず謝る。話を聞いてもらう。きちんと誤解を解いていけば、きっと判ってもらえるさ」


 それは、朝倉だから言えることだ。シュンヤの言葉なんて、誰が耳を傾けてくれるだろうか。既に、因幡のことは傷付けてしまった。シュンヤがどんなに言い逃れを並べ立てようが、許されるはずなんてない。口を開けば開くほど、気持ちが悪いとさげすまれる。

 今までが、ずっとそうだった。それならば、これからだってそうだろう。シュンヤは言葉をつむぐことをやめた。シュンヤが何を言ったところで、心なんて伝わるはずがない。シュンヤがシュンヤである以上、それは回避不可能な事象なのだ。


 誰かと解り合える。そんなのは、妄想だ。他の誰かになら可能かもしれないが、少なくともシュンヤには縁がない。いや仮にそれが正確に伝わったとしたところで、結果に変わりはないと言い切れる。


 シュンヤなんて、そこにいること自体が忌避されるような存在でしかない。


 誰かがいる横に、おまけのようにくっつている。朝倉がいて、宮下がいて。そこについでに、シュンヤがいる。シュンヤ単体なら、いても良いという理由がない。小説なら、登場人物一覧にだって載っていない。モブ、とでも呼べば良いのか。シュンヤだけがいたところで、世界という物語には何ら意味を持たせられるものではない。

 何故なら、誰もシュンヤという存在を必要としないからだ。シュンヤにいてほしい。シュンヤであってほしい。そんなことを、一体全体どこの誰が願うというのか。シュンヤ本人だって、いてもいなくても同じとしか思わないのに。朝倉にだって、宮下にだって強い理由がある。


 でもシュンヤには――


 白くて細い指が、シュンヤの心を撫でた。どうしてだろう。この感覚が、とても心地好かった。因幡といると、不思議とシュンヤの心は安定した。


 触られることで、形を得る。自分が何者であるのかを、知ることができる。そんな考えが、ぼんやりと浮かんだ。


 因幡は、ひょっとしたらシュンヤの心を読めるのかもしれなかった。馬鹿げてはいるが、そう思えるような出来事が何度かあった。ひょっとしたら、波長が似ているのかもしれない。どこかの財団に保護されて、たった一人で暮らしている虚弱な女子高生。因幡という女子にかつて何があったのか、シュンヤは知りもしなかった。

 曙川辺りなら、恐らくは話したことがあるかもしれない。それを聞きたいかと問われれば、シュンヤは別にそうは思わなかった。因幡フユは、因幡フユだ。今この時、シュンヤと同じ時間、同じ場所を共有している彼女以外に……シュンヤが求めるものは何もなかった。


 因幡の左手に触れた時、シュンヤは身体中を何かが巡るのを感じた。今までに感じたことのない、ざわめきのような振動。頭の奥がしびれて、一瞬全ての思考がぶっ飛んだ。未来へと続く道がえた気がした。それこそ気が狂ったのかもしれない。因幡フユと手を繋いで、歩いていくシュンヤの姿が浮かんだ。空港のロビー。これから向かう先は、見知らぬ国の、見知らぬ土地。そこで二人は、新しい仕事を始める。世界を股にかけた、壮大なおせっかい――



「和田君」



 因幡の声がした。顔を上げると、図書カウンターの向こうに因幡がいた。知っている。因幡の目には、涙が浮かんでいた。

 それをしたのは、シュンヤだ。ぐっと奥歯を噛み締めて、シュンヤは前に踏み出した。もし、因幡フユがシュンヤの心を読むのだとしても……


 今だけは、それをしないでほしい。シュンヤは自分の言葉で、因幡に全てを伝えたい。例えそれで、こんなに大好きな因幡フユに嫌われてしまうのだとしても。


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