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みずイロ  作者: NES
3/7

みずイロ(3)

 高校二年生になって何が一番困ったかといえば、それはもう課題の数が激増したということに他ならない。一週間の間にいくつもいくつも、ご丁寧に締め切りまでもが似通っている。これはきっと、先生たちが結託してわざとやっているに違いない。ヒナとハルの青春を邪魔しようだなんて、実にけしからん。ただでさえ部活だ何だで一緒にいる時間が少なくて、フラストレーションが溜まりまくっているというのに。


 曙川ヒナ、十六歳。目下の悩みは、彼氏ともっとイチャイチャしたいってことです。


 その素敵な彼氏であるところの朝倉ハルは、ヒナの幼馴染。小さな頃から家族ぐるみで一緒に育ってきて、ヒナはずっとハルのことが好きだった。ハルの方もヒナをとても大事に想ってくれていて、同じ高校に入学して、告白されて、晴れて両想いの恋人同士になりました。イェーイ。

 恋愛小説なら、もうそこでハッピーエンドで終わって良いって感じ。良い話だった。だがちょっと待ってほしい。「好きです、付き合ってください」「はい、喜んで」っていう場面で終わっちゃったら、その後のお楽しみはどうなっちゃうのかってコトですよ。

 大事なのはその後じゃないですか、ねぇ。だって、ヒナはハルのことが好き。これについて語り出すと周囲が若干引く程度には好き。友人の一人で同じ水泳部に所属しているサユリに言わせると、若干どころかドン引きされてるみたいだけど、そのぐらい好きなんだからしょうがない。

 高校生活が、どっかのアメリカンなシュガーシロップべったべたのドーナツばりに甘だるいもので、何が悪いんだか。クラス替えの時は戦々恐々としていたのだけど、担任の美作みまさかカオリ先生のナイスアシストでばっちりとハルとは同じクラスになれました。やったー。ヒナは知っているよ、この後二年から三年になる時には、クラス替えはないんだって。これはもう、人生勝ち組も同然ってことなんじゃないですかね。勝ったな、がはは。


 一方のハルは、ヒナのことをとても大切にしてくれている。将来の二人の関係までを含めて、きちんとヒナと約束してくれたし。ヒナとの高校生活を良いものにするために、色々と我慢しているとも言ってくれた。えへへ。別にヒナは、いつでも良いのにな。まあ、そういう条件でカオリ先生にも大目に見てもらっている訳で、あんまり無茶はできないか。ちぇー。

 そんなヒナの彼氏様、ハルは今日もカッコいい。今やハンドボール部のエースですからね。ぽちゃぽちゃとプールに浮かんでいるだけのヒナとは格が違うのですよ。チビだった中学生時代とは比べ物にならないほど背が伸びて、最近はしゃがんでもらわないとキスもできない。筋肉もついて、体つきががっしりとしてきた。そんなハルにぎゅってされると、すごくドキドキする。

 しかも周りからは、「最近、朝倉くん落ち着いてきたよね」なんて評価もされちゃっていたりして。昔のハルを知っている人からすると、ハルってちょっと喧嘩っ早くて尖っている印象があったからね。高一の時も、ヒナとの関係をからかわれてカッとしてしまったことがあった。それが二年生になってからのハルは、ヒナもびっくりするくらい大人しくて、ややもすると貫禄みたいなものすら感じられる。

 一体全体、どうしちゃったんですか、ハルさん?


「いいだろ、別に」


 ハルに訊いてみたら、顔を真っ赤にしてそんなコメントをいただいてしまった。を、これはひょっとして、彼女の存在の影響ってヤツですか? んー?

 部活も順調、彼女とも順調で、人生順風満帆って感じなのですな?

 いいよー、どんとこいだよ。だったらヒナも頑張って、ハルの良い彼女になれるよう努力するね。「朝倉の彼女、大したことなくない?」とか、言われたくないもんね。お弁当も毎朝頑張って作っているし、ハルのお友達の根菜類にもそつなく対応しているし。こう、ベタベタし過ぎず、それでいてさり気なく一緒にいる。あ、小うるさい羽虫は追い払わせてもらいますからね。ニワカのくせにハルに付きまとってくるんじゃねぇぞ、クソ女共がぁ。こちとら人生かけて恋愛しとるんじゃあ、ボケがぁ!


「ヒナ、ちょっと良いかな?」


 やん。なぁに、ハル? ヒナ、ちょっと妄想の世界にトリップしちゃってた。ナシュトとかいう銀髪が、視界の隅で溜息ついてたみたいだけど気にしなぁーい。学校の中にあんな半裸の変態がいるはずがないから、きっと幻覚です。気にしなぁーい。


「化学の課題だけどさ、あれの資料って何だっけ?」


 ……ええっと、ハルさん? それってひょっとして、二週間くらい前に出された宿題のことをおっしゃってます? 化学のヒゲマンジュウ先生が、「これ一学期の成績にダイレクトに響くからな」って言ってたアレですよね?

 資料に使う本が図書室にしかなくて、しかも貸出禁止のクソでかい本で。ヒナも他のみんなとぎゃあぎゃあ騒ぎながらなんとか仕上げた、あの課題のことですよね?


 ハル、もしかしてまだやってないの!


「部活が忙しくてさ」


 ショック。ヒナの彼氏、勉強の方はイマイチでした!

 いや、知ってたけどね。ヒナも成績については似たり寄ったりだし。同じ高校に入ろうって、二人揃って猛勉強したのは良い思い出だよ。あの頃は、若かったなぁ。

 なんて、悠長に思い出にひたっている場合じゃない。マズいよ、滅茶苦茶マズいよ。ハル、今日は部活休んで図書室に行かなきゃ。


「誰かのを写させてもらえれば、それで良いんだけどさ」


 あのね、ハル。みんなもう、前回の化学の授業の時に提出しちゃったの。ハルはなんか、内職で忙しかったみたいだから気付かなかったみたいだけど。あのヤバさを感じ取れなかったのだとしたら、ハルの危機管理能力をちょっと疑っちゃうよ。はいはい、解りました。その辺りも、ヒナがどぉーんと面倒を見てあげます。取りあえずは、図書室へ直行。急ぎましょう。



 図書室は、ヒナにとっては第二の部室というべき場所だ。水泳部が休みの時は、大体ここにいる。あ、別にヒナはブンガク少女でもなんでもないからね。最後に読んだ本って、教科書以外だとなんだっけ? 傍若無人ぼうじゃくぶじんな冷蔵庫? とかいう文庫本。新婚という言葉には、特別な魅力を感じてしまうよね。


「やぁー、ヒナ。いらっしゃい」

「ごめんね、ハルのせいで」


 カウンターのところでニコニコ笑っている長い黒髪の女の子が、ヒナの友人でもう一人の『銀の鍵』――因幡フユだ。クラスの図書委員で、すっかりここのヌシと化している。他にもヒナはフユと、それから一年生の爆弾小娘との三人で、ちょっとしたサークル活動みたいなことをおこなっていたりもするのです。


「朝倉先輩、練習に影響するから宿題はちゃんとやっておいてくださいって言いましたよね?」

「悪い、山嵜やまさき。基礎練は自主的にやっておくから」


 なんだ、いたのか。


 フユの隣りにいた小バエの存在は、意図的に見落としていた。ヒナと視線がぶつかって、むむむっ、と睨み合う。ハルの前で喧嘩はご法度。なので、この場はこれで引いておく。ヒナはこれから、ハルと一緒に課題図書を探しにいくのです。そして、二人で楽しいお勉強タイム。ハナはそこで、指でもくわえて見学してなさい。


「曙川先輩は、水泳部じゃないんですか?」

「今日はお休みなんです」


 「へぇー」と応えたハナの右の瞳が、ヒナとフユにだけ判るように真紅に染まった。嘘じゃないですー。インターハイに出ない組は、邪魔だから休んでて良いって言われてるんですぅー。

 ハナの右目には、強力な魔術式が埋め込まれている。『真実の魔眼』、だとかなんとか。人の心を読む『銀の鍵』をも寄せ付けない、失われた禁断の秘法なのだそうだ。そんなものをなんで極一般的な女子高生であるところのハナが見に付けているのかについては、ナシュトに言わせればなんかこう……運命論的な? とにかくそういうアレなんだという。うん、ヒナには難しいことは良く判らない。


 ただ、ヒナにもよぉく理解できていることとしては、このハンドボール部マネージャーの山嵜ハナは――ヒナの恋敵だった。


 今年の春になって入学してきたぽっと出の新人のくせに、ハルのことが好きだなんて。生意気も良いところじゃないですかね? ハルはしっかりと断ってくれたんだけど、ハナの方は未練がましくまだぶんぶんとハルの近くを飛び回っている。わずらわしいったらありゃしない!


 それにあの、『真実の魔眼』だ。その力は人のいた嘘を、例えそれが何であったとしても見通してしまうらしい。ハナはそれのせいで過去につらい目にあったこともあるようだけど、今のヒナにとってはお邪魔虫という以外の何モノでもなかった。ことあるごとに「部活サボりましたね」とか「補習抜け出してきましたね」とか。しまいには「朝倉先輩の気を引くために、わざと判っていないふりをしましたね」とかツッコんでくるから始末に負えない。うるせー、そういう駆け引きはあばいちゃいけないんだっての。

 ハナがハルのことを好きなのは、極端に嘘が少ない人、という理由もあるのだそうだ。まあ、昔からそういうの下手だったからね、ハルは。真っ直ぐで、誤魔化しに頼らないで。ふん、ヒナはハルのそういうところ、そんな妙ちきりんな力に頼らなくたってちゃんと気付けてるんだから。負けないぞぉ。


「で、さあ、ヒナ。申し訳ないんだけど、課題の資料のことだよね?」

「うん。ハルがまだやってないって言うから」


 そうそう。ヒナは今日は、そのお手伝いをしなければならないのですよ。ふははは、二年生の課題だから、ハナには解るまい。ヒナはしっかりとサユリに教わってますからね。「ヒナはもうちょっと、危機感とかを持った方が良いよ?」とかいうありがたいコメント付きで。うん、自覚はある。イヤとにかく、一回は通して終わらせているんだから、ちゃんとハルのお手伝いくらいはできますよ?


「あの本さ、誰かが借りていっちゃったみたいなんだよね」

「ふへぇ?」


 ええ、えええー?


 何それ? 授業の課題で使うんだから、貸出禁止になっているはずだよね? ヒナも持って帰ろうとしてサユリとフユに全力で止められたから良く覚えているよ。ちょっとコンビニのコピー機まで運ばせてくれればそれで充分だったのに。仕方がないから携帯のカメラで撮ったら、見ただけで吐きそうなくらいつまらない画像が一枚増えた。あ、あれを消さないでおけば良かったのか。ハル、ごめん。ヒナはあんなお経みたいな文字の羅列を、ハルとの思い出でいっぱいのメモリーの中に残しておきたくなかったんだ。


「今更他にやってない人がいるとも思ってなかったんじゃないかな」

「まいったなぁ」

「一応返却予定日が明日になってるから、一日待ってみてよ」


 それ、提出期限ギリギリじゃないですか。ヒナとハルの叡智を結集させたとしても、果たして間に合うのかどうか。こいつは厳しい戦いになりそうだぜ。

 とか考えていたら、ハルはさっさと図書室から出ていこうとしている。あれ? ハルさん?


「ないものはしょうがないだろ。今日のところは部活にいってくる」


 ハル、思い切りが良すぎ! せっかくヒナと一緒の時間が作れるのに、ハルはそれで構わないの? 本がないなら、このままヒナと放課後デートするとか。最近あんまりそういうのしてないよ? ヒナ、欲求不満が溜まりまくって爆発しちゃいそう。


「山嵜、また後でな」


 ハナがもう、満面の笑みでうなずく。それからちらり、とヒナの方を一瞥(いちべつ)。くっはぁ、ムカつく。この小娘まじムカつく。ハルの気持ちとか、そういう問題じゃない。この勝ち誇った態度そのものが超ムカつく。


「ヒナ、ありがとう。今夜電話するから」


 ハルが、名残惜しそうに手を振ってくれた。うん、待ってる。えへへ、今日はちょっとだけ長電話する予定なんだ。やっぱり二人の語らいの時間って、大事だからね。ハルもヒナの声を聞いていたいんだって。メッセージとかだと、どうしても細かいニュアンスまでは伝えきれないから。もちろん、本当は会って話すのが一番。それがもっと気軽に出来るようになれば良いんだけど、でもその頃にはきっと、ハルとは同じ屋根の下にいたりなんかするんじゃないかな。


 なーんて。


「はいはい、じゃあさっくりと用事の方を済ませちゃいましょうよ」


 おやハナさん、どうしてそんな「クッソつまんねぇ」なんて顔をしてらっしゃるのですか。ああ、『真実の魔眼』が邪魔をして、ハナさんが今どんな心持ちでいらっしゃるのか、ヒナにはまるでうかがい知ることがかないません。いやぁ、残念だなぁ。ねえねえ、今どんな気持ち? どんな気持ち?


「二人共すごいなぁ」


 溜め息交じりに、フユがそうつぶやいた。別に、大したことじゃないですよ。こんな勝ち負けの決まりきった戦いを毎度挑んでくるハナちゃんが、なんと健気けなげなものかと感心しているだけです。ヒナ的には、適度な緊張感を得られて丁度良いかな、とかなんとか思ったりして。ふふふ、勝者の余裕ってヤツですかね。


「幼馴染なんて、すぐに飽きられちゃうんですから。今のうちにせいぜい喜んでおけば良いんです」


 言うね、この子は。そうならないためにも、ヒナだって努力してるんですよ。漫然とハルの隣にいるだけじゃないんですー。選ばれ続けることには理由がある。愛されて十何年だっけ? とにかく、たゆまぬ努力があってこその、ハルの彼女なんです。


「そうか。それは難しそうだな」


 フユは寂しげに笑った。何だかちょっと様子がおかしい。ヒナはハナと目を見合わせた。フユは元からややテンション低めではあるけど、今日のはまた微妙にそれとは違う。『銀の鍵』で心を……ってのはやめておこう。

 ヒナとフユは友達。そういうのはナシの方向で。貸出カウンターの中に入ると、ヒナたちの自主活動サークル『大いなる世界の善意』、通称『おせっかい』の本日の活動が開始された。


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