9:『せんみつ・1』
カントリーロード・9
『せんみつ・1』
そこは、落ちてきそうなほど空が広くて近い丘の上だった。
その景色が気に入って、わたしはもう二日も、この村にいる。
村自体、山間ののどかなところにあり、最初は、それが気に入ってバスを降りた。こういう景色のいい村は過疎化が進んで老人ばかりかと思ったら、意外に畑には若い人が働いていたり、思いがけないところから子供が飛び出して来たり、意外と現在進行形の村なんだと察せられた。
村を抜けた反対側に駐在所があったので、ダメもとで駐在さんに聞いてみた。
「この村に宿屋さんとかないですか?」
「宿屋は無いけど、民宿ならあるよ」
親切に駐在さんは、民宿まで案内してくれた。
「いやあ、ここも過疎で廃村の手前までいったんだけどね。村おこしに成功して、都会から移住してくる人も増えてきてね。ここ五年ほどは人口が増えてるんですよ。ああ、ここここ」
駐在さんが案内してくれたのは、長屋門のある立派なお家で、中村という表札の横に『民宿NAKAMURA』と意外に若々しい看板が過不足のない大きさで下がっていた。
「いやあ、移住の下見に来られたのかと思いましたよ」
民宿の若い奥さんがお茶を持ってきてくれて言った。
「いえ、ただ、なんとなくいい村なんで、バス停で降りちゃって……」
わたしは、ありのままに話した。奥さんも都会からの移住組だった。それも、ごく初期の移住者だったので、名主さんの家柄という、この家の離れを借りて農業をやっていた。そして二年目に持ち主のお婆さんがなくなり、その遺言で奥さん夫婦はこの屋敷の住人になった。
で、あまりの広さをもてあまし、移住希望や見学にやってくる人たちのために民宿を開いたのである。
「まあ、月に二三度のお客さんですけど」
都会っ気の抜けた、ほぐれた笑顔で奥さんは答えた。
で、奥さんの勧めで、この空が落ちてきそうなほど広くて近い丘の上にきた。
「うわー、気持ちいい!」
誰もいないと思って、思い切り肺の中の空気を全部声にして叫んでみた。
すると、ちょっと下の藪でクスクス笑う声がした……。