7:『テイクミーホーム』
カントリーロード・7
『テイクミーホーム』
走り出すバス追いかけて、僕は君に伝えたかった。心のモヤモヤが消えて、大切なものが見えたんだ♪
思わず『大声ダイヤモンド』の一節が頭をよぎった。今のが最終バスだった……。
こんなことは、めったにやらかさない。五分前集合が、子どものころからのモットーだ。
お父さんが自衛隊だったので、自然に身に付いた生活習慣。
でも、この村は素晴らしかった。安曇野に似て水がきれいで、野原も、自然のままとは思えないほど生き生きとした草花に満ちていた。
村の人たちも親切で、つい道を聞いた家で足止めを食うほど、地元の面白い話をしてくれた。
かくして、わたしの体内時計は狂ってしまい。最終バスに間に合わなくなった次第である。
「三本松行きのバスなら、まだあるよ」
思いがけない声が後ろでした。
「三本松……?」
そう聞きながら、こんな子、ここにいたっけ……と思ってしまった。向こうの林の陰からバス停見ながら駆けてきたけど、この子には気づかなかった。もっとも、わたしの注意は、走り始めたバスに向けられていたから気づかなくても、当たり前かもしれない。
「ほら、ここ」
その子は、背中にしょった妹らしき子を、背中に揺すり上げて、あごをしゃくった。
なるほど、二十分後に三本松行きがあると案内板に書いてある。
「そこから、峠一つ超えたら隣の駅だから」
「三本松から、だいぶあるの?」
「オネエサンの足なら、二十分ぐらいかな」
「……ま、いいか」
「オネエサン、何時間ぐらい、この村にいたの?」
「うん……道聞いたお家で、お昼までご馳走になっちゃって。五時間ぐらいかな。でも、いいところだね。花もきれいだったし、小川も、林も、そこのお地蔵様も、なんだか、みんな昔話に出てきそうな感じでさ」
「そこの紫陽花もきれいでしょ」
「わ、ほんと。今まで気が付かなかった」
ほんとうに気づかなかった、他にも、後ろのヨサゲなお稲荷さんや、立派な楠。名前も分からないような雑草まで、形も居場所もぴったりだった。
「紫陽花の花言葉って知ってる?」
「辛抱強い愛、元気な女性!」
「アハハ、オネーサンそのものだね」
「そうかもね。元気だけが財産だからね」
「移り気……」
「え……?」
「そういう花言葉もあるの」
「ああ、コロコロ色変わっちゃうもんね……」
我が身に引き比べて、当てはまるので、ちょっと言葉が出てこなかった。で、なんだかシーンとしてしまった。で……気が付いた。背中の妹が息をしていないのを。
「うふ、気が付いた?」
「お人形……?」
「……うん。お気に入りなの」
「あは、子どもみたい」
その時、人形がパッと目を開け、わたしのことを睨んだ。
「わっ!」
叫び声に驚いたのか、人形は、走って村の方に逃げてしまった。
「アハハハハ、驚いた!?」
「うん、さっきの十倍ぐらい。妹さん、人形のマネうまいね」
「え、人形が妹のマネしてんのよ」
「え……あ……そういうこともあるか」
いま思えば、このあたりから、わたしはおかしくなり始めていた。
「あ、雨……」
と、言う間に本降りになってきた。女の子は手にしたコウモリ傘を広げた。気づくとバスの案内板にも、もう一本ぶら下げてある。
「この傘、借りていいかな」
「ダメ!」
キッパリと言われた。その真剣さに、わたしはたじろいだ。
「どうして、お父さんの傘……?」
グエエエ……。大きなカエルがが鳴いた。
「こっち、貸したげる」
その子は、自分が差している傘を持ってきた。
「あ、ありがとう……」
女の子は、一人雨に濡れている。
「どうしたの、そっちのささないの?」
「いいの……」
「よくないわよ。こんなの感じ悪いじゃない」
「だって、そっちの傘は開かないんだもん」
「ちょっと、触っていい?」
その子は、だまって、こっくりした。わたしは、閉じた傘を持って開こうとした……が、開かなかった。
「ああ、だめだ、開かないね。でも、なんで、こんな傘を……どうして泣いてんの?」
「その傘は、お父さんなの」
「え……」
「お父さん、病気なの。それで心を開かなくなって……今朝起きたら、閉じたままの傘になってしまって」
「……そうなんだ」
「これから、三本松のお医者さんに診てもらうの」
「そうか……こんな素敵な村にも、困ってる人はいるんだね」
そのとき、一台のタクシーがやってきて、目の前で止まった。
「こら、またやってんのか!」
タクシーの運ちゃんが、窓を開けて怒鳴った。女の子は、とても怖い顔になるといちもくさんに逃げていった。
「おぼえてろ~!」
林の向こうで、女の子とも思えない声がした。
「危ないとこだったね、さあ、乗りなさい」
「でも、もうバスが……」
「三本松だろ、ようく見てご覧よ」
三本松にかかれていた時刻は溶け出していた。
「こないだは、一足遅くて……いや、なんでもない」
運ちゃんは、ドアを閉めるなり、なにか言いかけて、アクセルをいっぱいに踏み込んだ、後ろのほうで、なんだか有象無象が騒いでいるのが気になった。
「あいつらも、かわいそうなやつらなんですよ。ま、あまりよそでは言わないでくださいな。で、帰るところは覚えてる?」
そう言われて、ドキッとした。わたしは、かえるべき自分の家を忘れてしまっていた。
「少し、あてられたね。ま、時間がたてば思い出すさ」
で、とりあえず、タクシーは駅を目指した……。