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2:『ZANGSHING』

カントリーロード・2『ZANGSHING』    



 列車で旅をしていると、わけもなく降りてみたくなることがある。


 ほんの出来心で、目的地が変わることもあれば、そのまま次の列車に乗っておしまいということもある。


 これは、結果的には後者になるんだけど、心情的にはどちらでもない。


 あるローカル線のトンネルを抜けたところに、その駅があった。


 S駅というアナウンスに惹かれたこともあるけど、トンネルを抜けると、両側にワッサカと木々の緑が覆い被さるように茂っていた。

 なにより出口のところでトンネルは湾曲しているので、印象としては駅が突然現れた。

 駅舎は、今時珍しい木造平屋建て、ホームは煉瓦で出来ていて、窓から運転手さんがタブレットを構えていたこともゆかしく思えた……。


 で、気づいたらホームに立っていた。


 列車に乗っていた時には、ロケーションに気を取られ気づかなかったが、ホームの端っこに、ボストンバッグをぶら下げた、セーラー服の少女が立っていた。

 少女は、しばらく去っていった列車のテールを見つめていたが、視線をもどしたときに目が合ったので、互いに目礼した。

 少女は、列車から降りてきた様子ではない。二両編成の列車の中にセーラー服を着た少女は居なかった。かといって、今の列車には乗らなかった。ただ、なにか名残惜しげとも、逡巡ともつかない様子で佇んでいる。

 思えば、向こうだって変な奴だと思っているのに違いない。へんぴな田舎の駅に降り立ち、それからどこへ行くともなくホームに佇んでいるジーンズにギンガムチェックという流行なんだか、時代遅れなんだか分からない格好で、時代物のバックパック。


「こんにちは」


 五分ほどして、ほぼ同時に同じ挨拶が口から出た。歳が近いようで、お互い体を揺するようにして笑い出した。

「この駅で待ち合わせですか?」

 少女の方から聞いてきた。

「ううん。なんとなく雰囲気がいいんで降りちゃったの。多分つぎの列車に乗って行くわ」

「ハハ、こんな田舎の駅のどこがいいのかしら」

「いいわよ、トンネルを抜けたら、いきなりこの駅が現れて。なんだか物語の始まりみたいで」

「ロマンチストなのね」

「あなたは?」

「わたしは……どっちなんだろう?」

「は……」

「わたし、宝塚の試験受けたいんです」

「宝塚って……宝塚歌劇団?」

「正確には、宝塚音楽学校」

「ああ、そうね。ごめんなさい」

 改めて少女を見ると、姿勢といいプロポ-ションといい、いかにもそれらしい。

「でも、最後の踏ん切りがつかなくって……」

「このホームまで来て?」

「ええ、列車が来るたびに、あの人が降りてくるんじゃないかって……」

「ひょっとして……」


 わたしは親指を立てて見せた。


「ハハ、ずいぶん直裁的な表現ね」

「ごめん、がさつなタチなもんで」

「あの人は、いつも言ってた。これからの女性は、斬新でなきゃいけないって」

「ザンシン?」

「あ……一歩前に、新しいものを自分の感性で求めて……って感じかな」

 そう言うと、少女はきれいにターンしてアラベスクを決めた。

「上手いわ!」

 拍手をすると、優雅にレヴェランス(ダンスのお辞儀)で返してきた。

「やっぱり、わたし宝塚受けていいかしら」

「いいわよ、それだけの実力があるんなら」

「嬉しい……でも、あの人が、いつ帰ってくるかもしれないし」

「そんなの、別に日にちとか時間を決めたわけじゃないんでしょ」

「そりゃそうだけど……宝塚は、また来年もあるし」

「女は斬新でしょ!」

「う、うん……」

 少女は、うっすらと額に汗を浮かべながら、あいまいに頷いた。

「冷たいものでも買ってくるわ」

 わたしは、駅前の万屋さんに行くと駅長さんに、手で知らせて改札を出た。


 ペットボトルを二つ持ってホームに戻ると、少女の姿が無かった。


「お嬢ちゃん、かおるちゃんに会っちゃったんじゃないか?」

「かおるちゃん?」

「セーラー服のボストンバッグ」

「え、ええ……」

 そう答えながら、わたしは少女を捜した。

「そりゃあ、残心を見てしまったのよう……」

 万屋さんのお婆ちゃんが、ホームまでやってきて言った。

「斬新……?」

「うんにゃ、心が残ると書いて残心」


 戦争が終わった直後、かおるという女の子が、復員してくる彼を、このホームで待っていたそうだ。でも、かおるちゃんには、宝塚を受けたい夢があった。宝塚は、昭和十九年・二十年の二年間は生徒の募集を行っていなかった。ようやく募集の始まった二十一年の春から、かおるちゃんは、時にボストンバッグを持って、宝塚を受けようと、このホームに立つようになった。

 でも、トンネルから列車の気配を感じては彼を捜して、けして自分が乗ることは無かった。


 そして、三年が過ぎて、かおるちゃんは結核で亡くなってしまった。


「あたしゃ、幽霊なんかは信じないよ。でもね……このホームがそれを覚えていてさ。そのかおるちゃんの残った心をさ……」

「二三年に一回ぐらいの割で、あんたみたいに感覚の鋭い人には見えてしまうみたいなんだ」

「お嬢ちゃんみたいに話までしたってのは、珍しいけどね」


 ホームの花壇には、野生とも植えたともつかない一群ひとむらのスミレが咲いていた。


 次の列車に乗って、振り返ると、トンネル込みで、何かを、誰かを待ちたくなるような駅だと感じた。

「この秋には、この駅も改築。オレも定年、婆ちゃんの店もしまいだ……」

 タブレットを渡しながら駅長さんが言った言葉が頭に残った。


 後日知ったことだけど、鉄道のタブレット使用は、その四年前に廃止されていた……。

 



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