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10:『せんみつ・2』

カントリーロード・10

『せんみつ・2』           



 すると、ちょっと下の藪でクスクス笑う声がした……。


「きみ、このへんの子?」

「見つかっちゃうから、ここに来て」

 わたしは、誘われるままに藪の中に入った。まるで『となりのトトロ』の世界だった。

「なにしてんの、こんなとこで?」

 いっしょに体育座りしながら聞いた。

「鬼ごっこの真っ最中」

「え……」


 藪の中から覗くと、丘の下に小学校のグラウンドが見えた。グラウンドの向こうに平屋建ての木造校舎が見え、その隣には学校の内と外の結界を示す二本の門柱が立っているだけ。まさに、トトロのさつきの学校だ。


「おねえちゃん、空は落ちてくるんだよ」

 少年は真顔で言った。

「え……」

 そうは思っていたが、口にした記憶が無い。

「言ってたよ。でも落ちてきたりしないからね」

「そりゃそうでしょ」

「おいらがね、落ちないおまじないしてるから」

「なに、それ?」

 少年の、あまりに真面目な無邪気さに、つい釣り込まれて真剣に聞いてしまった。

「これだよ……」

 少年は土の上に、木の枝で「ファ」と書いた。

「なに……ふぁ?」

「他の奴には秘密だよ。これ書いとくと、空は絶対落ちてこない」

「なんで?」

「だって、ド・レ・ミ・ファ・ソラだろ」

「え、ああ、うん……」

「ソラの下はファ。ね、だからソラは落ちてこないの」


 あまりの真顔に、一瞬分からなかったけど、高尚なギャグだと分かって、二人で大笑いした。


「君って、こんなことばかり言って喜んでるの?」

「ちがわい。おいら、言うだけじゃないぞ!」


 少年はえらそーに言った。そして右手で水っ洟を拭うと、いろいろと話してくれた。

 学校の電話の受話器のポッチをセロテープで固定しておくと、受話器をとっても電話は鳴り続けで、先生がオロオロして面白いとか、色チョークをストーブで焼くと、表面の色素が焼けて一見白いチョークになり、先生が書いているうちに、色が出てくるのでビックリする話。

 一番面白かったのは、運動会。

 放っておくと前の晩から場所取りにくる人もいて、学校では場所取りをしていい時間を決め、時間になると、係の先生が、グラウンドの真ん中で競技用のピストルを鳴らす。すると、この裏山で待っていた村の人たちが、我勝ちに山を駆け下りて場所取りをやる。その壮観なありさま。

 確かに、ここから学校を見ていると、声を上げて駆け下りたくなるような気になる。


「こら、せんみつ!」


 いきなり後ろから怒鳴られたので、びっくりした。

「あ、やべ!」

 せんみつと言われた少年は、文字通り転げ落ちるようにして校舎に向かって走って行った。

「どうも、脅かしてすみません」

 いかにも先生という、わたしと同年配が頭を下げた。

「遊びになると、鐘が鳴ったのもわからんやつでしてね。あなた、あいつから嘘八百聞かされたんじゃないんですか?」

「え、ウソ!?」

「あいつは、夢想家というんですかねえ、喋っているうちにウソと現実の境目がなくなるんですよ。まあ、ほんとのことは千に三つ。だからせんみつって言われてます」

「ん……」

「なんですか?」

「ちょっとかわいそうな呼び方じゃないですか?」

「いや、本名が千三せんぞうっていいましてね、自分でも重箱読みして、そう言って喜んでます。で、せんみつ、どんな話をしましたか?」

 あたしは、たった今聞いたばかりの話を先生にした。

「珍しいこともあるもんだ、それは、ほんとの話です。空が落ちてくる以外は」

「ハハ、じゃ、これから本格的に騙されるところだったんですね」

「まあ、機会があったら聞いてやってください。不思議と後で楽しくなるウソがおおいですから。じゃ、つぎ授業なんで」

 先生も、軽やかな足取りで、山を下りて行った。


 わたしは、空を見上げて、地面に「ファ」と書いて宿に帰った……。


 つづく 



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