1・『ポルシェの戦車』
カントリーロード・1
『ポルシェの戦車』
時々発作のように田舎の道を歩いて見たくなる。
で、五回に一回はほんとうに実行してしまう。カントリーロ-ドフェチと言っていいかもしれない。
これは、そんなわたしが、そんなカントリーロードで実際に体験した物語。
「悪いな、ネエチャン。やっぱY市へは寄れねえわ」
K県のS市で乗っけてもらったトラックの運ちゃんが、無線機のマイクで交信して、済まなさそうに言った。
「いえ、いいんです。別の車に乗せてもらいますから」
「時間にうるさい荷主なんでな。あんまり変な車に乗らねえようにな」
「大丈夫、お守りあるし」
わたしは、以前熊本の神社で買ったお守りをみせた。
「じゃ、気をつけてな」
陽気に手を振った。運ちゃんはクラクションで応えてくれた。
「さーて……」
日野レンジャーのお尻を見送って、わたしは歩き出した。スマホのGPSで位置確認。
「あ、この先三叉路だ」
左に折れると、その三叉路が目の前にあった。ここなら後ろと斜め前の道から来る車に期待できる。念のため、道路情報を確認。
「あ……」
いま来た道が、五キロ後方の崖崩れで通行止めになっている。この道からの車には期待できない。そうなると斜め前の道から来る車に期待するしかない。
時間は午後二時半。周りは、林と、そのはるか向こうに山並み。Y市には二十キロはある。とても歩きでは間に合わない。
十分ほどすると、斜め前の道の向こうから、キャラキャラいう音が近づいてきた。この道は、四百メートルほど先で緩く湾曲していて、姿は見えない。
音からして、ブルドーザーかユンボのような重機かと思われた。この際、贅沢は言えない。少しでもY市に近づけるなら乗せてもらおう……でも、いま来た道の崖崩れを直しにいくのなら、逆方向。その可能性が高い。
わたしは、半分諦めてキャラキャラいう音が近づくのを待った。
「ゲ……!」
見え始めたその姿は、どう見ても……戦車だった!
わたしはヒッチハイク歴が長いので、いろんなものを見てきたが、戦車を見るのは初めてだった。
思わず、スマホを動画モードにしてシャメった。
画面の中でしだいに大きくなってくる車体は山のようだった。ブットイ二本のキャタピラ、イカツイ車体、緑地に、ベージュとブラウンの迷彩。ハッチは全て閉じられていて、人の姿は見えない。
やがて、戦車はスマホの画面に収まらないほど近くなってきた。目の前でY市に向かう道に曲がっていく。
砲塔と車体のマークを見て、ぶっ飛んだ。
ミリタリーファンでもないわたしでも分かる。そのマークは白線に縁取られた十字。記憶に間違いがなければ、大戦中のドイツの戦車だ……!
気がつけば、その戦車はY市へ向かう道を砂埃あげながら行ってしまった。
「しまった、乗っけてもらうんだった!」
なんで、旧ドイツ軍の戦車が走っているのか分からないが、とにかくY市に向かったことは確かだ。わたしは自分のバカさ加減と、白昼戦車に出くわしたショックに打ちのめされた。
すると、さっきのドイツ戦車とは違う、ゴーっという重低音が同じ道から聞こえてきた。
見えてきたのは、やはり迷彩の戦車だが、パターンが違う。なによりハッチから人が身を乗り出していて、遠くからだけど、その砲塔から身を乗り出している人と目が合った。
「すみませーん!!」
わたしは、道の真ん中に出て、手を振りながら、道に立ちふさがった。戦車は前につんのめるようにして止まった。
「どうしたんですか、こんなところで立ってちゃ、危ないですよ」
砲塔の人は、優しく声をかけてきた。
「ヒッチハイクの途中なんですけど、Y市方面に行かれるんでしたら、乗せてもらえませんか?」
「え……」
その人は、呆気にとられ、わたしを見た。前のハッチも開いて、ドライバーらしい人も顔を出した。
「展示演習でもなきゃ、乗せられないんですよ」
「あの、自衛隊の戦車ですよね?」
「ええ、規則でそうなっているんで、他の車を拾ってもらえませんか?」
「でも、この道の向こうで崖崩れがあって、向こうからは、車は来ないんです」
「困ったなあ、こっちは自衛隊の駐屯地しかないし……」
話している間も、エンジンはアイドリングのままで、周りの空気全体が震えている。
「あの……ちょっと前にも戦車が走ってきて、呆気にとられて、停め損なったんです」
「え、我々の前に……」
「車長、我々の前に、ここを走っているのはいませんよ」
「でも……見て下さい。道路にキャタピラの跡が……」
「……ほんとうだ、こりゃかなりのデカ物だなあ」
「松下、代わりに警戒しろ。自分が確認する」
砲塔のもう一つのハッチが開き、松下さんが顔を出し、周囲を警戒しはじめた。
「ここで真地旋回をくり返してる……この軌道痕も自衛隊のものじゃない」
「これを、スマホで撮ったんです」
わたしは、スマホの動画を車長さんに見せた。
「これは……杉野、おまえこういうのに詳しいだろ」
車長さんは、ドライバーの杉野さんに見せた。
「こ、こりゃ、ポルシェのキングタイガーですよ!」
「え、ポルシェの戦車?」
「うん、第二次大戦中にわずかだけ作られたタイプで、日本には、こんなのないよ……」
「車長、三時の方向に人影、九時方向にも……武装してます」
「どこかのミリタリーファンか……」
そのとき、三時と九時の両方から機関銃で銃撃され、戦車の車体に当たって火花が散った。
「実包です!」
「キミは……」
と言いながら、車長さんが猿みたく砲塔に飛び乗ったとき、わたしは無理矢理ドライバーのハッチに飛び込んだ。
「あ、キミ……!」
「ハッチ閉鎖、全速後進!」
さすが、訓練の行き届いた自衛隊。わたしがむりやり飛び込んだにもかかわらず、現場から五百メートルほど、迅速に後退した。車長さんが、むつかしい専門用語で、どこか、多分司令部なんかに無線連絡をとろうとしたが通じない。
「やむをえん。威嚇射撃しながら、林の中へ!」
ブーンと砲塔が百八十度旋回して、戦車は、林の中に突っこんだ。
「GPSが機能しません!」
杉野さんが叫んだ。
「アンノウンは、グスタフのようなものを携行しています!」
「なに!?」
「アンノウン、発砲!」
「衝撃に備え……」
車長さんが言い切る前に、近くに着弾の衝撃。
「機銃で応射!」
松下さんが、機銃で射撃すると、敵は沈黙した。わたしたちの戦車は、いつのまにか道路に出ていた。
「車長、二時の方向……アンノウン戦車!?」
わたしたちの右斜め前方に、ポルシェの戦車が現れた。砲身がゆっくり回って、こちらに向いてくる……。
「……この距離で、あいつの71口径88ミリを側面に受けたらヤバイっすよ!」
杉野さんが叫んだ。
「後進半速。急げ!」
その時、ガクンと衝撃がきた。
「後尾、何かにぶつかりました!」
「ち、岩だ!」
「車長、APF(装弾筒付翼安定徹甲弾)撃たせてください!」
「ダメだ。砲身だけ、やつに向けろ」
「林の中じゃ、砲塔が旋回できません」
「右旋回なら回せそうだ。急げ!」
ブーンと音がして、砲塔が旋回した。
「車長!」
「撃たれるまでは撃てん。やつはキングタイガーのナリはしているが本物かどうかは分からん」
「アンノウン、照準固定の様子!」
「総員、衝撃に備えろ!」
車長さんの絶叫の直後、戦車全体が、巨大なカナヅチでぶっとばされたような衝撃がきた。
「防楯に被弾!」
「くそ、APF装填。アンノウンロックオン!」
「ロックオン!」
「てっ!」
ズシンと衝撃、瞬間間が空いて着弾音。
「外れました!」
「くそ、さっきの衝撃でいかれたか……杉野、道路に出て、前面をやつの前に晒せ」
戦車は、道路に出て、キングタイガーと睨み合った。わたしは、思わずお守りを握りしめた
――お願い、あんなの消えて!――
「APF装填完了!」
「よーし……てっ!」
発射と、弾着の衝撃が同時にきた。
「また一発食らいました!」
「アンノウンは!?」
「ヒット……したはずですが」
ポルシェのキングタイガーの姿は、どこにも無かった。
結局、ポルシェのキングタイガーは見つからなかった。そして、わたしたちの戦車にも弾着の跡は無かった。松下さんの傷も消えていた。
まるで狐につままれたような放心状態になった。
わたしは、その後、駐屯地から来た、普通のシビックに乗せてもらって、Y市に向かった。運転している古参の隊員さんが言った。
「以前、駐屯地の横に、もう亡くなりましたが、おじいさんが住んでましてね。元陸軍の戦車兵で、ラジコン仲間を集めては、遊んでましたよ。そのおじいさんのイタズラか。それを見ていた狸が化かしたか。ま、他の人には言わんでください」
「言っても信じてもらえません。証拠は、打った頭の痛さだけですから」
最初に撮ったスマホの映像は、ただノドかなカントリーロードが写っていただけだから。それに、わたしは誰にも言わなかったけど、お守りのおかげだと思っている。
だって、あのお守りは、虎退治で有名な加藤清正の神社のだったから……。