アマリリスに恋した少年
いつもの通り道に、ひときわ背の高い1本の茎を見つけた。
茎のてっぺんには、おおきな蕾のようなものが
今にも開きそうになって、ふるふるとふるえてそこにあった。
僕にはどうしても、その花が愛おしくなって
蕾にキスをした。初めてのキスだったので、
ふるえていたことが彼女にも伝わってしまっただろうか。
それから、少しずつ花を咲かせようとする彼女を
毎日毎日見つめ続け、帰る前に必ずキスをした。
今までの暗くて、鬱陶しくて、息苦しい毎日には
少しひかりが差し込むようになった。
キラキラとまぶしいひかりではなく、
ほおう、と小さく、それでいて熱くひかっていた。
そうしてあたたかいひかりに包まれながら過ごしていると
ある日の昼間、満開になっていた彼女がいた。
彼女の名は、アマリリスだった。
あまりの美しさと雄大さに、思わず息を飲んでいた。
河川敷の端の方、背の高い雑草に囲まれた中に咲く
真っ赤なアマリリスは、僕の方を向いて微笑む。
「待っていてくれてありがとう。
こんなところに生まれた私は、もう誰にも見つけてもらえずに
寂しく咲いて、寂しく散っていくものだと思っていたわ」
僕は首を振った。そんなことあるわけない。
僕じゃなくてもきっと誰かがキミを見つけていただろう。
「私は、あなたのために誇りを持って咲いていられる。
アマリリスの言葉は『誇り』よ」
それから、彼女は明るくて艶やかな声で僕に話しかけ続けた。
知っているよ、アマリリスのもう一つの花言葉は『おしゃべり』。
それからは彼女の今日見た景色を話す声に耳を傾け続けた。
帰る前にはそっと彼女を撫でて、キスをした。
「また、明日」
彼女は心なしか寂しそうに、別れを告げるのだった。
それから少しの日をそうして過ごした。
こころがふるえるということは、こんなにも
痛くて、そして優しく包み込まれるものなのかと涙した。
痛くて泣いているのか、優しさに幸せを感じて泣いているのか、
もうどちらでもよかった。
ある日の夜、彼女にいつも通り別れを告げた夜。
赤く流れる流れ星を見た。
深い赤がほおう、と燃えていて彼女を思い出して泣いた。
明日は彼女に会えないのだと、なぜかその時こころの深いところで悟っていた。
朝になって彼女のもとに向かうと、そこに彼女の姿はなかった。
やっぱり、僕ではない誰かがキミを見つけてしまったんだ。
一枚だけ落ちていた彼女の花びらは、まだほおう、と暖かくて
僕はそれを優しく食んで飲み込んだ。
言えなかった愛の言葉と涙とともに。
―アマリリスに恋した少年 fin