《SS》猫嫌いな彼女が好き
猫嫌いな彼女は、いつもふくれっ面だ。僕が何もしていなくても、彼女は一日の中から世界中の不満と愚痴を持ってきてくれる。僕にはそれが嬉しい。だって、彼女の不満にはいつも、平和を望む声が隠れているからだ。
「子猫ちゃん、おいで。餌あげるよ」
彼女の家の前にいる、いつもの黒猫を僕は呼び寄せた。丁度、月が綺麗に丸を描いていた頃に。
子猫はにゃぁと、警戒心を少しだけ見せたと思うと、しなやかな体で優しく地面を歩きながら、僕の手から餌を啄んだ。
「お食べ、いい子だね」
僕はそっと猫の毛並みに沿って撫でた。猫は餌を夢中でおいしそうに食べている。
そこで、後ろから彼女の声が聞こえた。
「またやってる」
いつもの不満そうな声だった。
「あんまり猫に餌をやると、近所の人に迷惑がかかるよ」
彼女の声には平和が混ざっている。
一見分からないような、とても気難しい平和だ。僕の平和はもっともっと分かりやすい。
黒猫は彼女に擦り寄らない。彼女もまた黒猫に擦り寄らない。
けれど、黒猫と彼女は両方とも僕に擦り寄るんだ。
僕は黒猫に別れを告げ、彼女の方へ行く。
あっ、彼女に擦り寄っているのは僕の方かもしれない。猫に擦り寄っているのもひょっとして。
「猫は嫌い、だって汚いじゃん」
彼女はとても不愉快な顔をした。
それでも僕は猫も好きだし、彼女も好きだ。
「野良猫は病原菌がいっぱいだし、ネズミとかくわえてるんでしょう」
そんな事を言いながら、彼女は猫へと距離をとった。だけど、僕が思うに、本当に彼女は猫が嫌いなわけではないと思う。
彼女がそれを口にする時、とても寂しげな顔をするのが分かる。
だから本当は、彼女は子供の頃はきっと猫が大好きで、でもいつの間にか成長するにつれ、世間の目を気にするようになって、自分にも自信がもてなくなって、猫を嫌いと言うようになったんだ。
「何でそんな猫を嫌うの。あんなに可愛いのに」
僕は聞く。
すると彼女は答える。
「猫は媚びなきゃいけないから、あんまり好きじゃない」
彼女は唇を結んで言った。
僕は、そんな彼女の髪を、猫のように撫でる。
彼女の代わりに猫をたくさん可愛がってあげよう。彼女は怒るだろうけど、世間は怒るだろうけど。
やっぱり僕は猫嫌いな彼女が好き。