帰還
手が、顔が、服が、返り血で染まっている。
(汚い)
そこには、ぐちゃぐちゃになった肉の塊が落ちていた。
所々がキラキラと輝いている。瓶の破片だ。
父の腿に瓶を突き刺してからの記憶がない。
でも、あの塊が父だったということは理解できる。
そして、父を殺したのが自分だと理解するのにも、そう時間はかからなかった。
「あは、ははは……ははっ」
部屋に壊れたような笑い声が響き渡る。
殺した。殺してしまった。
耳に残る父の絶叫、許しを請う声、懇願。
心地よかった。気持ちよかった。心が満たされた感覚。
もっと、もっと、もっともっと!!!!!
血が騒ぐ。衝動を抑える術を、セレーネは知らない。味わったことのない胸の高ぶり。
足元に転がる瓶を拾い上げる。
するとそこに、自分の顔が映った。
「――っ」
笑っていた。恐ろしい顔で、醜い顔で笑っていた。
「…………どうかしているわ」
我に返る。
そこに、もう興奮はなかった。
「そろそろ10分経つわね」
部屋の壁に掛けてある時計を見ると、スキアと別れてから9分は経っていた。
セレーネは踵を返す。
「――あら、待っていたの」
もと来た道を進んできたセレーネは、船の前に二つの人影があるのに気が付いた。
同じくセレーネの帰還を確認した二人は先に船に乗り来む。
「さっ、帰りましょう」
少し遅れて船に乗ったセレーネを確認したジェラルは、船のエンジンをかける
二人とも、セレーネの姿―セレーネを赤く染めた血が、彼女自身のものじゃないと分かったうえで―について何も言わなかった。