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6 高校入試前夜 本条里希の記憶

6 高校入試前夜 本条里希の記憶


「遅れるな! 走れ!」

「でも、でも」

「お前、逃げたくねえのかよ!」

 俺の手を振り払うかのようなしぐさをする千草。

「里希、でも」

「お前が走らねえんだからしょうがねえだろが!」

 俺だって息が切れている。青潟夜のネオン街はいつもならば慣れた顔してうろつける場所なのに、今の俺はそんな余裕がまったくない。ただ、せかそうとするだけだ。千草を早く改札口に押し込んで、さっさと出してしまいたい、そんなあせりだった。待つことができない。いや待ってはいけない。

「いいの、里希、ここでいい」

 千草は俺の手をもう一回振り払った。思わずよろけた拍子に握り締めていた指先が緩んだ。青潟駅の切符売り場には、まだ会社帰りのおっさんたちが、また高校生くらいの不良連中、あと里理あたりが目をつけそうな奴ら、ぱらぱらとふらついていた。

「早く、帰らないとだめだよ、里希、明日試験よね」

「楽勝だっての、どうせ公立だ」

「試験は生ものだってみんな先生たち言ってるよ!」

「あのな、千草」

 俺はもう一度、今度はあいつの身体ごと、俺の腕に引き寄せた。

 周りの視線が集まってきているのが痛い。俺の顔見て、明日公立高校試験を目前としている中学生だとは思わないだろうが、千草はまずい。どうみたって、中学生そのものだ。あいつの身体をよだれたらして見ているどこぞのやつらにはわからねえだろうが、確かにこいつは、十五歳の女子なんだ。


 千草とは小学校六年からの付き合いだった。

 もっと言うなら、大人同士と同じ、という感じだった。

 このあたりは偶然といじめの副産物と、その他いろいろあるが、一部の連中にしかそのあたりのことは話していない。そうだ、立村にも言ったことはない。俺が青大附中随一の女ったらしで百人切りを目指している、という噂を、果たしてどこまで真実と言い切ればいいのか俺にはわからない。実際、こなした数だけは「百人切り」だったろう。俺が近づくだけで妊娠するという噂まで流れている。俺にだって選ぶ権利があるとは正直な本音であるけれども。

 俺は、青大附中の女子には一度も手を出したことなんてない。

 千草と、もうひとりだけだ。

 

「けど、里希、これは私だけの問題だもの」

「じゃあとっとと金持って切符買えよ! 行く場所わかってるんだろ?」

 千草がなぜ戸惑っているのか、俺にはわからない。こいつが今まで置かれていた環境下は、俺だったら即逃げ出すか児童保護所に救いを求めるか、そのどちらかだろう。本当にほれてたであろう俺とか、他の奴と一対一ですることを、千草は不特定多数の奴らに見せるため、カメラの前でそういうことを「させられていた」。しかも、自分の親の命で、だ。


 俺はポケットから有り金全部引っ張り出した。まあいいさ、しばらくは里理にせびればいい。かっこよく札束ぽんと渡せればそれでいいんだろうが。早く金を稼ぎたい、高校になんぞ行かねえで。

「千草、かばんだせ」

 出そうとしないので、俺の方から無理やりポシェットらしきものをひっぱり、チャックを開けた。あいつが逃げるんでないかってことで、片腕でしっかり押さえたままやるから、なんかエッチっぽい。財布を出してその中に金を入れるのがいいんだろうが、できる余裕なんてない。俺の財布のじゃらじゃらを全部ポシェットに落とし込んだ。息が止まったような気配、千草が生きている両方の手でそれを押しとどめようとする。俺が自分の両腕に力をこめて身動きできないくらいに。だんだん視線がきつくなる。このままこんなことやってたら、補導されちまう。

 千草の耳元でささやくのが精一杯だろう、もうあと、もう少しで最終列車が出るはずだ。

「いいか、千草」

 腕を緩めた。頬と頬をくっつけあう一瞬。熱い。

「とにかく、そのおばさんとこに行け! 汽車に乗ったらたぶん一晩くらいはなんとかなるだろ。朝一番で到着したら、そのおばさんとこにダッシュするか、警察か、児童相談所を電話帳で探して、そこへ行け!」

「けどむりよ」

「無理じゃねえよ。千草、お前、もうおっさんたちにあんなことこんなとこ見せる必要なんてねえんだからな!」

「でも、里希には、してあげれない」

「ばか!」

 俺は正気を保たせるため両方の頬を、包み込むようにして軽く打った。

「俺のことなんか忘れろ、俺にはもうひとりいるってこと、知ってるだろ、お前知らん振りしてたろうがな。これから俺は高校でのーんびり、そいつとたっぷり楽しませてもらうんだ」

 口が半開きになった千草を、俺はもう一度肩を抱いた。もう、改札口に押し込むまでは、離さない。千草の鬼父がカメラとビデオを持って追いかけてきても、俺は絶対に、渡さない。

「さ、行くぞ」

 千草はうなづいたまま、顔を上げなかった。もう二度と、触れることのない身体を、改札口の向こうへ追いやり、俺の記憶からも抹消したかった。

「俺のことなんか、忘れちまえ」

 もう一度、つぶやいた。千草は顔を横向きにして、俺から目をそらすように、そのまま改札口へ進んでいった。        


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