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55 中学二年学校祭座談会後・総田幸信のささやかな休息

学校祭座談会後・総田幸信のささやかな休息



 三角定規型の陽射し、落ちた真ん中に立っていたのは、うちの会計だった。生徒会室の引き戸を閉めたとたんいきなり笑い出した。俺はしばらくにらみつけるしかなかった。

「教授、らしくないことしてるんじゃないの。笑っちゃうよね」

「うるせえ」

 俺が水鳥中学で「教授」の異名をもらうようになったのも、この女の発言、

「やっぱし、総田教授って感じじゃないの」

 全校生徒のまん前でため口叩きやがったからだろう。場所が場所でなかったらぶんなぐってやるところだったが、俺は水鳥中学生徒会副会長だ。暴力沙汰は避けたいとこだ。

 ──ったく、神経逆なでする女だぜ。

 水鳥中学生徒会会計、川上寿々(かわかみ・すず)としゃべっているとどうも、俺の「男」を反対から横やりいれられるそんな感じがする。たまたま一年時、生徒会副会長に出馬するよう説得……いや、命令だなあれは……された時、なぜかこの女も一緒にいた。まだここまでバトルになるとは思わなかった関崎もいたし、その他の連中も揃っていたが、まさか、こういうことになると思ってなかったのは、やはりこの女だろう。

「どうする? みんなと一緒に展示物観にいく? みんなにきゃあきゃあ騒がれるよ。座談会後だし、もてもてになりたいなら、そうだね」

 ねめっちい瞳で俺を射すくめる。

 嫌だ、本当にこの顔が。

「じゃかあしい」

 吐き捨てた。

「それとも」

 意に介さず、と言った風に川上は、自分の唇をかるく人差し指で撫でた。

「いつもの、とこ?」

 ──勝手に、しろ。

 ほとんど使われていない図書準備室は三階にある。この時間帯、大地震が起こらなければいい。俺が願っているのはそれだった。 





 会計として、表立った行動をこの女はしていない。俺がさせてない、と言ったほうが正しいだろう。本来、俺の立場としては水鳥中学生徒会副会長として、同じ副をやっている関崎と組むのが筋だ。しかしながら、ご存知、ウマが合わないとはこのことで、俺は結局他の参謀を探さなくてはならなくなる。

 こういう時、関崎がうらやましいと思うのは、生徒会外とはいえ佐川を押さえていることだろう。見た目はガキだが、ありゃあ天才だ。たった三日で、がちがちの規則マシーンだった関崎を、単なる純情野郎みえみえにさせてしまったりする。今回の学校祭三日目に関しては非常に助かった。もっとも、俺がよりによってぶっこわしてしまったのはご愛嬌すぎるが。


 ということで、現在俺の参謀は、ひとりしかいない。

「ほら、ドーナツあるよ。教授、食べさせてあげようか」

「ふざけるのもいいかげんにしろ」

「はあい」

 半分に割ったかけらを、俺に差し出していた川上だが、あっさり自分の口に持っていきやがった。手付かずのものを俺は袋から取り出し、本のうずたかく積もった椅子と机の間にあぐらをかいた。図書準備室はいわゆる、置ききれない蔵書を一時的に保管しておくところだそうなので、本棚、机、椅子、すべてに本が平積みされている。読まれない本だから、俺には理解できない哲学書だとか、歴史書だとか、そんなものばっかりだ。

 この部屋を発見してから、一年が経つ。

 合鍵はすでに自腹でこしらえ済み。

 わたぼこりが握りこぶしぐらい飛び交っているところと、匂いが臭いのを覗けば秘密基地としては最適の場所なのだ。もしだれかが覗き込んだとしても、俺は生徒会副会長だとばかり、

「今、調べ物してたんだけどさあ」

 と答えればオッケーだ。もちろん今まで見つけられたことなんてない。俺もその点は抜け目ないつもりだ。


 なのになんでだろう。川上のような女が当然のごとくジュースを飲んでいるっていうのは下せない。

「したいなら、無理しないでいいけどね、教授は表を必死に繕っているとこ、よーくわかるわ」

「もう一度言ってみろ、追い出すぞ」

「いいの? ここの秘密言っちゃうわよ」

 川上は本気にしてない様子で、俺の顔真っ正面にしゃがみこんだ。片手にはジュースの缶。

「この前、鼻血出したことも、言っちゃうよ。ねえ」

 ──俺としたことが、全く、ああ。


 総田幸信、最大の汚点だと、つくづく思う。

 川上のしてやったりなまなざしに逆らえない理由がそこにある。

 ──俺だって、学校祭やら関崎とのばたばたで神経切れそうだったんだ。ああなったってしゃあねえだろう? 

 物言いたいのをがまんしている俺に、川上はもう一度、悠然と笑みを浮かべた。

「さて、どうするの? フォークダンスの準備も整ったってことだし、まだ悩んでるってるってわけなの? なわけないよねえ。だって、教授は私の認めた、唯一の男だもんね」

 ──てめえに認められたかねえよ。

 隣りにぺたんと体育すわりをしたまま、ゆっくりつぶやく川上の声。ちくしょう、と自分の口からは出てくるけれども、身体が違う反応をしてるのに気づく。ワイシャツに血なんてつけたらしゃれになんない。俺は天井を見上げた。幸い、鼻血が出そうな気配はない。





 ──自己嫌悪。

 いやおうなしに思い出させるこの言葉。

 俺には全く無縁のはずだったんだが。

 どこかのだれかがボケをやらかしたんだったら、一人で怒鳴り散らすか対策を考えりゃあいい。自慢じゃないが、俺はその辺の頭の回転がかなり速いつもりだ。

 だが、昨日のことといい、今日の座談会の時といい。

 俺は完全に、水をあけられた。


「副会長がひとりで突っ走って、でも無事に座談会は終わったってことだし、まあ、盛り上がったってことで私はいいと思うけどね」

 ──だから女って奴は。

 別に男尊女卑主義者じゃない。でも言ってしまいたくなる。川上に対しては「女」と言ってしまいたい。脚を崩してセーラーのリボンを軽く振っている。生徒会役員だからといって、決して優等生風の結び方をしないのが川上流だ。最低十センチ、残さなくてはならないはずなのだが、先っぽくらいを残して、あとは背中に風呂敷を広げている。

「フォークダンスは、完璧だ」

 つぶやくことができるのはこれだけだった。

「あたりまえじゃないの。教授、あんたが、まさかあのチェリー君に負けるなんてだあれが思っているって言うのよ。そりゃあね、今日の座談会で叫び出したのは驚いたよ。でも、あれって後で絶対後悔すると思うなあ。む、し、ろ」

 ──寄るな、近づくな。

「教授が副会長を止めようと駆け上がったでしょ、あれが完璧に、決まってたわよ」

 ──あぶなかった……。 

 おとといの二の舞になるとこだった。

 鼻の中はぬるくない。


 佐川にも思い切り勘違いされるようなことを言われていたけれども、俺はこの女と付き合っているわけではない。関崎が俺をさんざん「女ったらしの軟派野郎」と思いこんでいるのを訂正する気はない。ただ、みなが思っているほど非道な奴ではないと俺は訴えたい。

 それ以前に、川上は何が目的で生徒会に入ったんだろう。要は受験の時に箔がつくから、という理由らしい。よく周りも騙されているもんだ。いつか俺の前で本当の目的を白状させてやるべく、こうやって機会を狙っている。だが今のところは俺の方がすかされている状況だ。

「あ、そうだ。わかった」

 川上がいきなり、俺の隣りに寄り添ってきた。うっとおしい、けりを入れようかと思う。感情ではそうなんだが。

「負けたと思ってるんでしょう」

「何を!」

「副会長に、成績も、学校祭も」

「黙れ!」

「ほらほら、静かに。見つかっちゃうかもよ」

 逆らえない脅し。俺はドーナツを食い終わると、三十年前の「六法全書」をひっぱりだし、枕にして横たわった。埃だらけだが、いねむりするには丁度いい厚みだ。だいたい親指と人差し指を思いっきりひらいたくらいの厚みがある。

「精をつけてあげようか」

「殺すぞ、黙れ」

「ほら、動かないで」


天井を見上げ、俺は川上の足がひょいと腹のところをまたぐのを眺めていた。意識的にやってることだから全然、色っぽくもなんともない。当然鼻血なんて出やしない。第一今日は制服だ。この前みたく……。

「そうかあ、着替えなくちゃ、だめか」

「てめえ!」

 俺が立ち上がろうとするのを、ちょこんと膝の上に座り込み押しとどめる川上。膝のところに、あやしい感覚が走る。

「なあに、このくらい慣れてるでしょ」

 意味ありげにスカートの下を膝で押して、

「だって、教授は副会長と違って」

 一呼吸置いた後。

「チェリーじゃないでしょ?」

 

 ──自己嫌悪。

 一度は、昨日、関崎の片思いしている子についてどたばたあった時、この女がよけいなことを言った時。

 二度は、今日、座談会あいさつの時。言うまでもない。

 そして三度目が。

 ──自分で自分の首をしめるって本当だよな。

 俺は、歯噛みしながら足の指に力をこめて、もう一度横になった。




 まだわいのわいのやっている廊下の連中。ガキだ。実にガキっぽい声している。引き戸をあければここは別世界だってことが見え見えだっていうのに、俺はまだ中学二年生という名札を押し付けられている。

 ──ったく、チェリーかよ。

 川上が膝から下りてから、俺は六法全書の上に手を組んでゆっくりと眺めた。決してべっぴんじゃあないし、やたら細いカマキリ女。ただ髪の毛が微妙にパーマかかっているのはなぜなんだ。俺と同じか、とにらんでいるのだが、あえて追求しない。たぶん「天パに決まってるわよ」と、かわされるに決まっている。

「おい」

「はいな」

「お前、関崎に一言でも『チェリー』だなんて言ったことあるのかよ」

 ふふり、と唇を震わせて、目は笑わずに答える女がひとり。

「言ったってわかんないわよ。彼、正真正銘の童貞君だから。だってさ、生活委員の水野さん見てあそこまで動揺しちゃうんだもんねえ。隠せないんだもんねえ。他の子からみたらどうかわかんないけど、私は面倒見切れないわ。やっぱし」

 ──じゃあお前はどうなんだよ。

 たぶん川上と俺が付き合っていたらためらうことなく聞いただろう。もしくは向こうが断然不利な状況であって……たとえば俺が両手で押し倒しているとしたら。そんな汚い事をするほど俺は腐った奴じゃない。言いたいことを飲み込むのはなれている。

「むしろ、私だったら佐川くんの方が女たらしになる可能性大だと思うな。要領いいもん。ちゃんとこまめに走り回ってくれて、頭の回転も速いっていうの」

「ほお、川上、お前は佐川みたいなガキンチョが好きか」

 天才・佐川雅弘。頭脳はほしい。しかし。

「かけてもいいよ。教授。あの親友同士、どちらが先に初体験するか。絶対、佐川くんの方だと私は思う。教授は?」

 ──知るかよ。

 答えず、聞こえないふりをした。

「ねえ、教授。あ、そっか。言ったらやばいって思ってるんだ。大丈夫だってば。私は口がかたい……」

「わけねえだろ!」 

 昨日この女が、俺と関崎の前で、「ほら、あそこに水野さんがいるわよ」なんてたわけたことを言わなければすべては丸く収まったんだ。佐川の策略に見事にのっかって、「水野さんに思われているかもしれない」と信じ込んだ関崎は、俺たち敵に対しても実にいい奴になってしまった。仕事を肩代わりしてくれるわ、手伝いを申し入れるわ、先生との折衷までやってくれるわ。今までのバトルはいったいなんなんだと思ったくらいだ。これから巧くやっていけるかもしれないと、一瞬まじで思ったくらいだ。

 そうだ、川上よ。

 てめえがいなければ。

 目つきに出たらしく、にじりよってきた。

「ごめんなさい、あれは私が悪かった。でもね、私だって言い分あるのよ」

「座談会をぶっ壊せたからか」

「まさか、いくら私がチェリー君にうんざりしてるからってそんなこと言わないわよ」

 「平家物語 二」とかかれている白い表紙の本をひろい、俺の枕……当然六法全書……と並べた。俺の隣りに横たわった。

「教授、あんたがかっこよくなかったからよ。子どもとレベル同じ顔して、にこやかにやってるとこって、らしくないもんね。だってあいてはまだチェリー君よ」

 チェリーチェリーとうるさすぎる。

 ──じゃあなにか。お前はどうなんだ。

 川上は俺の耳もとに息を吹きかけるまねをした。


 中学二年でまだ童貞だってことは、別に俺もコンプレックス感じてやいない。もちろんキスくらいは経験ずみだ。もちろん相手は川上じゃない。関崎のように、顔を見ただけでしどろもどろになるようなことはまずない。まあもちろんチャンスがあれば、経験したいと思わないわけじゃあない。無理にあせることもないし、今んところは写真で十分だ。情けない話だが、俺はこの歳にしてまだ、アダルトビデオと言われるものを見たことがない。仲間にもこればかりは口にしてない、秘密だ。

 だが、だ。

 川上の前に出ると、「チェリー」であることが実はものすごく惨めなことなんでないかと、いつもふらふらさせられる。

 「チェリーじゃない」から、この女は俺にまとわり付いて来るんだ。そう思えてならない。

 まったく、ほれてるわけでもないのにだ。

 自分で自分がわからん。




 黙っていれば、これほど楽なひと時もない。川上は隣りで何を考えているのか、寝息を立て始めたし俺は俺で、次のことを考え始めている。頭蓋骨ががんがんして、眠れやしない。「六法全書」より「平家物語 二」の方が枕には最適だってことらしい。

 ──もし俺が惚れてる相手とこうしてるんだったら、絶対、ただでは終わらねえな。

 この辺は自信ある。ふあふあっと耳もとにちゅっくらいやりかねない。俺も女子へは「可愛い」と思う気持ちがないわけじゃない。実際いないこともない。

 だがだ。

 川上に対しては、そういう誘惑めいたところではなく、もっと別のところでいかされてしまうところがある。どういうとこかといわれても困るのだが、今のところは鼻血を出さないですむ。といえばいいんだろうかなあ。

 ──じゃあなんであの時。

 後悔したってしかたない。おととい、たまたまつかの間の休息を取るべく、逃げ出してきたわけだが気づいた川上もしっかとくっついてきた。関崎が生活委員の水野さんと話しこんでいてすっかり俺たちのことを忘れているので、ちょっとばかり推理を整理したかった。ああ、確かにあの時は参謀たる川上と意見を交換したかったさ。ああ、悪いか。

 ──あのふたり、絶対、そうだな。

 ──水野さんはどうかわかんないけど、悪女っぽい感じよね。女としては、かなり用心したいタイプ。

 悪いが俺のタイプではない。

 やっぱりその時も、俺は「世界こども大辞典」なる、旧仮名遣いばりばりの辞書を枕に寝ていたわけだ。今と違って、かなり眠かったからうとうとしてしまったはずだ。夢なんて見てやしない。話すだけ話し、「関崎副会長をたぶらかすくの一水野さん、裏で糸を引く悪代官佐川雅弘」の図をこしらえたところでだった。

 俺は強く聞きたい。

 目覚めた瞬間、自分の腹のあたりをまたいでいる女の足二本を見上げてみたところを想像してほしい。しかも相手は体育用のショートパンツをはいている。体育が終わった後ということでまだ着替えてなかったそうだと言っていたがそんなの俺の知ったことじゃない。

 たまたま偶然か、そんなのもしらん。 

 斜め下から見上げたら何が見える?

 男だったらどう反応する?

 どうだ、俺を責められるか!


 といいたいところだが、向こうに反応を思いっきり気づかれてしまったのは大誤算だった。いや、抱きついたとか押し倒したとかそんなことしていたら別の騒ぎになっていただろうし、そこまで俺も恥知らずではない。

 そうだ、たかが鼻血だしただけじゃないか。

 それも噴水みたいに湧き出したわけじゃない。ほんのわずか。ただ唇に垂れただけだ。

 

 ──教授、鼻血出した?

 いぶかしげに尋ねてきた川上に、俺もどうしてあんな返事をしてしまったのかわからない。

 ──俺はチェリーじゃねえからな、んなもの見慣れてるぜ。なあにが。

 さらりと流したはずだが、どうもそこらへんを川上は非常にお気に召したらしい。

 ──ほんとうに?

 念を押すような声。覚えている。

 ──あったりめえだろう。たかが女子のまたぐらのぞいたくらいで襲うようなほど、俺は女飢えちゃいねえよ。

 

 学校祭終わったら、どっかのルート辿って、チラシのビデオ屋に電話いれて見ようか。まじで考えた。たかが、またがれたくらいで鼻血ふいて悶絶してるなんて関崎、もとい他の連中にばれたら何言われるかわからない。やっぱり俺も単なるチェリーボーイだったのね、と思われるのだけは死んだってやだね。


 その場しのぎで言った言葉を、しつこく繰り返すのは、やはり川上も疑ってるのだろうか。本気で突っ込んでいるのだろうか。それとも、お互いお相手をととか。

 俺の見た限り、川上と付き合っている野郎はいないようだ。この学校に限っては、だが。図書館準備室から出ればこいつも素直に中学二年の顔して机に座っている。こいつがやらしい言葉やらチェリーやら言いまくるのは、ここだけだ。

 

 ──ちくしょう。せめて、本番ビデオとか観たことあればなあ。




人間には二面性があるもんだと思う。

 俺もそうだし、たぶん川上も、関崎も、佐川もそうに違いない。人前では水鳥中学生徒会副会長として自信満々の態度を取っているし、生徒達からの圧倒的な支持率を誇っている。関崎がぶっちぎれて俺に食って掛かるのも、たぶんガキのやっかみに過ぎないと笑ってすませていた。成績いい奴がかならずしも大人じゃねえってことだ。 

 だが、一皮向けば俺もこうやってもぞもぞと、チェリーがどうだかこいつは本気かと考えているわけで、全く俺の本意ではない。

 そういうもんを人には絶対に見せたくないだろうし、まあ俺だってそういうのを隠すくらいの技術は持っている。大人の顔って、奴か。

 

 佐川から関崎の本心「生徒会を離脱する」を聞き出し、思いっきり慌ててしまった。佐川には見抜かれても仕方ないだろう。奴も顔だけは小学生並みマスコット人形だがとんでもない悪党だ。同類には心を許したいとこだ。表面上は俺がトップで通せればベストだとみな思っているだろう。でも本当のところは二番手レベルでしか活動できない、裏の人間だってこともよくわかっている。よわっちい顔した影の俺がよく理解している。

 だからなんとしても、関崎を残して生徒会長を押し付けるつもりだった。俺が完璧な表の顔を作り上げて活動するには、「最強の副会長」であるがためには、それしか思いつかなかった。

 天才佐川雅弘の才知により、俺は九十九パーセント関崎温存計画を進めていたのだ。言っちゃなんだが、実は関崎も結構使える奴だと確認できたし、その点は成功だった。死ぬほど純情でもちろん童貞野郎であることは間違いないけれども、かなりの器を持っているとも思えた。

 だが。

 なぜだ。

 川上よ、なぜその計画をぶっつぶすようなことを言ったんだ。

 単に俺が「かっこよくなかった」からと、わざとらしい言い訳をしてのけるのはなぜなんだ。むかつく部分もあるが、この女のやり方もなかなか冴えたものがある。関崎がさんざん俺にくってかかっているときに、

「副会長、これ以上言ってると、ガキだっていわれるわよ」

 と、一言で肩をつけたこともある。

「あったまいいんだからそのくらい考えてよ」

と、学年トップのプライドをくすぐるやり方もわきまえている。

 なにげなく俺に向かい風が吹くように声かけしているのはよおくわかる。しかし。

 なぜ、あんな失言をしてのけたんだ?

 俺にはそのあたりが分かるようにわからない。決定打がない。たぶん、俺に気があるからだろうと推理してはいる。しかし、さんざんおげれつな言葉を投げつけるくせに、触れようとするとさらりと逃げる。ちょっとくらい、冗談でもごほうびやろか、と差し伸べた手をぴしゃんと叩く。今だって俺が隣りで肩を抱いて何かしようとしたら、たぶんけりを入れられるか、わざとらしく悲鳴をあげられるだろう。


 ──読めねえよ。この女。

 ──ちくしょう、一度でも、やってればなあ。


 俺は背中を向けて、戸口の方を眺めながら目を閉じた。まだ時間はある。三十分くらいは寝ていられるわけだ。ちゃんと内側から鍵をかけておいたので、まずよっぽどの物好きでもない限りこないだろう。火事か地震でもない限り、ばれることはないだろう。

 ──しっかし、くさいよなあ。

 女子と近づいて漂ってくる匂い。うっとりする石鹸の匂い、もあるけれど、基本として臭い。しょんべん臭いとか汗臭いとむかむかするものではない。が、臭い。今も汗の匂いと一緒に、あの時かいだ微妙な薫りが漂ってくる。





「ねえ、教授起きてる?」

「寝てるわけねえだろ」

 声がひっかかる。のどぼとけに響く。川上がどうやら俺にちょっかいかけにきたらしい。来るなら来い、いくらでも受けて立つ。

「今、何考えてたの」

「明日のこと」

 俺はあっさりと答えた。たぶんフォークダンスは俺の計算がぴたりと合えばなんとかなるだろう。関崎もその辺は男だ。きちんとやってくれるだろう。他の生徒会関係者についても心配はしていない。川上も、たぶん。むしろその後だ。

「学校祭の後始末?」

「いや、もっと先だ」

 学校祭が片付いたら次にやることは、次期生徒会役員改選の準備だ。川上もたぶん、流れにしたがって再選の道を選ぶだろうし、俺も生徒会副会長の方に出るだろう。佐川が今後どのような手を使うかにもよるが。

「ははあわかった。教授、まだ迷ってるんでしょう。副会長が果たして、会長に出てくれるかどうかってこと。教授は出るつもりないからって」

「てめえ!」

 どこまでこの女は俺の神経を逆なですればすむんだ。本音を俺は佐川にしか伝えていないはずだ。びびりまくった。全然背後では動く気配なしだ。俺が寝返りを打つと、思わぬところに顔をくっつけてしまう恐れありだ。動かないままで吐き捨てた。

「言っとくけど、私、あのチェリーボーイが会長になるようだったら、やめるから。選ぶ権利私にだってあるでしょ」

「お前が、次期改選を蹴るだけの度胸があればな。たぶんクラス担任あたりに説得されて、脅されて終りさ」

「ふうん、でもね。教授もどうせ出るつもりないんでしょ。会長なんていう、先生のリモコンっぽいところにはね」

 ──よくわかってるじゃねえか。こいつも。

 自分をリモコンカーにして、こっそり裏をかくという高度な技も使えなくはないが、二番手に比べるとやはり面倒だ。

「でも教授は分かってるんでしょ。副会長も同じこと考えてるってね。だから、手の打ちようがないって思ってるんでしょ」

 一気に弾みをつけて俺は寝返りを打った。もし後ろにいたら激突するように。確かに背中がぶつかった。頭の位置は黒く硬い骨にぶつかった。方向感覚がずれたようだ。よくよくみると、ぺたんと座っている川上のひざこぞうだった。

「ひざまくら、する?」

「けっ」

 誰が。俺は上半身を起こして、のびをした。

「じゃあ、教授に私のお言葉をあげちゃおうかしら」

 背中の硬い「六法全書」を膝の上に載せ、さらに上には「平家物語 二」を重ねた。

「あげちゃうって気持ち悪言い方するな」

「いいじゃないの。バージンあげるなんて言ってないんだから。あげるのは、教授が他の子に会長職をってこと。私ががまんできる範囲内の相手で、できればこっちがリモコンで操縦できるような相手。そうね、あの子なんてどうかしら。まだ桜が咲ききってないって感じの、ほらチェリーくんの、後輩くん。めがねでぼけーっとした感じの一年生、いたじゃない」

 ──あ、いた。

 俺の中に鉄骨ががびんと通った、そんな気がした。

「関崎の陸上部時代の後輩だな」

「めちゃくちゃ足遅いくせに、なぜか陸上部なんだって。副会長がしゃべってたわよ。機嫌いい時に。あの一年だったら、教授も副会長より扱い楽なんじゃないかしら」

 川上は「六法全書」を重ね直し、指先をふるわせるように撫でまわした。俺の視線を捕らえながら卑猥なやり方をしているのは、何を言いたいのか。もういちど、

「けっ」

 つぶやきつつ、川上の提案を頭の中で整理した。


 一年生生徒会長を立てる。要は水鳥中学生徒会における「象徴」として関崎の後輩を置くことにする。これから生徒会室に戻ってみた時にもし関崎が考えを撤回していなかったら、それを持ち出してみるのも手だ。奴が抵抗しているのは、俺のリモコン内閣という形での「生徒会長職」だ。もし、自分がリモコンの持ち手だとするならば、支配欲は人並みにある奴だ。喜んで乗ってくるに違いない。もっというならあいつの可愛がっている後輩……懐いてくる奴にはとことん面倒見がいいのも関崎の性格だ……とすれば、まず反対はすまい。

 問題はその後輩がどういう反応をしめすかだが、関崎のことを慕っている様子だしあいつの説得が成功すればまず大丈夫だろう。

 同じ生徒会の部屋にぶちこめば、後は二番手キープの副会長である俺が……まさか俺が副会長に落選するってことはないだろう……近づいていくのも簡単だ。関崎ではカバーしきれない裏技あの手この手もしくは男と女のテクニックなどをたっぷり伝授してやろう。なによりも、俺はあの一年坊主が嫌いじゃない。佐川よりはまだまだガキだが、川上よりは第二の参謀としていけるんでないだろうか。これからの教育にもよるが。

 

 俺はゆっくりと川上の視線を下から捕らえた。わざと笑みを浮かべるようにして、

「そうだな。それは一理あるな」

 ──墓穴を掘ったな、川上よ。

 俺が今何考えてるかなんて、想像もしてないんだろう。満足げに悠然と。




 そろそろ約束の休息時間も終りだ。空はまだまだ天気よく機嫌よく、てかてかと光っていた。果たして生徒会室はどうなっているだろうか。うまく佐川は関崎をなだめてくれただろうか。そして、俺の計画は。

 ──いいかげん、白状しろよ。

 残りのドーナツを奪い取り、ほおりこむ。腹がくちくなったところで、飲み物を飲む。

 隣りで川上は色のついていないリップクリームを塗って、手鏡を覗いていた。見るともなしに眺めていたが、よくよく観察するとこいつは口紅を落としているらしい。塗り直しているのではなく、色のつかないものに変えているだけらしい。ってことは、今の今までこいつは、この時のためにだけ、口紅を使っていたということか。まあ教室から出て、化粧しているところを見られたらすぐに呼び出し食らうだろうが。俺の知る限り、この女が口紅を塗っていなかった時は数少ない。

「なあに、見てるの。ぬってもらいたい? 薄荷の匂いがして気持ちいいよ。教授、ほら唇差し出して」

「冗談言うのもたいがいにしろ」

「別にキスするわけじゃないんだからいいじゃないの」

 それ以上のつっこみはしなかった。

「ま、川上、お前はさすが見事な参謀だぜ。さっきの提案はいただきだ」

「ほんと? やっぱり私は使えるでしょ」

「今はな」

 意味を筆にたっぷり含ませて、舌先でしゃぶってみる。

「現段階において、川上、お前は俺の最強の片腕だってことだ。だがな」

 この鈍感な女に伝わるかどうかはわからない。

「改選後、どうなるかは未知数だがな」

 川上は唇で指先を加えて上目遣いで見た。

「そうね。これから、何が起こるかわからないものね。教授も私もね」

 ──わかってねえな、こいつも。


 仮に、一年生生徒会長が無事成り立って、俺と関崎が副会長として居座った場合。俺は川上よりも……関崎はまず論外だ……一年坊主会長をひっぱりまわすことだろう。生徒会ってもんはいっちゃあなんだが、基本として同じことの繰り返しだから俺が多少味をつけてやればそれなりの結論も出るだろう。更に言うなら俺は佐川という天才的参謀も味方につけている。

 はっきり言おう。川上、お前の出番はここまでだ。

 俺が「参謀」として必要な要素を持つ男が、二人もいるとなったら、女としての出番はない。

 

 なぜ川上が俺にやたらと接近してくるようになったのか?

 八十パーセントの可能性で、単に俺に興味があったからだろう。そんな女子はたくさんいるし、俺にもそれなりに経験がないわけではない。みな額に札が貼り付けられている。「総田教授命」とかかれている。

 だが、川上だけは違っていた。ひたいの札が見えない。たぶん、だろう、と思わせながらも本音を見せようとしないのはなぜなんだ。

 付き合いたいなら付き合いたいと口に出せばいいんだ。俺もそうすれば考えてやらなくもない。

 お互い経験してみたいならばそんな膝にのっかったりしないで、手続きすればいい。

 川上はいわゆる「手続き」を一切行わないで、いきなり裏口から忍び込んでくるようなまねばかりする。

 食べたことのない果物をたっぷり抱えては部屋の中のテーブルに置いて、さっさと帰るようなことをする。俺が食っている間に、奴は知らん顔して帰る。前置きなのか本番なのか、俺には区別がつかないうちにだ。理由を聞かないうちにいつも姿を消す。

 

 ──最高の参謀か。

 ──川上よ、もし俺がお前を「最高の参謀」という地位から外したら、どう出るつもりだ?


「まあ、これからだ。少しは川上にも楽させてやるさ。無理にこんなとこで真面目に相談しあわなくてもな、いいように」

 ゆっくり匂わせてやりたかった。

「それで、教授が満足できればね」

 ──満足できるのか? それは俺の言い分だ。

 川上は顔色変えず、俺の膝を軽く叩いた。さっき、感覚でびりっときた部分だ。

「いいわよ。教授ががまんできるところまで待ってあげるから。私も馬鹿な男と遊ぶひまないしね」

 ──要は俺に惚れてるってことじゃねえか。

「けど、佐川くん、あの子は結構、切れるわよね」

 ──なんでそんなこと言う?

 口笛をちっとだけ吹き俺は立ち上がった。跡形もないように、本を片付けた。「六法全書」も「平家物語 二」も、一緒に重ねて床に投げておいた。

  

 まずは、決定打を探そう。

 この秋、改選後、俺は川上の口から、それを言わせてみせる。

 奴から「最高の参謀」という名目を取り上げて、果たして何をあいつが求めているのかを白状させてみせる。そして、ものによっては。

 ──俺も、考えてやらないわけじゃない。


──終──

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