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54 中学二年宿泊研修二日目夜・羽飛貴史の場合

宿泊研修二日目夜・羽飛貴史の場合


1

  

 さっき覗いた時に立村が戻ってきているのは確認していた。

 いつものことだ。あいつは集団でわあわあしゃべるのがきらいな奴だから、今のところは無理に引っ張り出さなくてもいいだろうと思っていた。どうせ今夜は徹底してオールナイトするつもりだろうし。昨日はひどい熱を出してぶったおれ、何を考えたんだか美里のところに夜這いしようとしたりと、意味不明なことばかりやらかしていたっけ。どうせなら、詳しい事情を今夜聞きだそうと思っていたところだった。

 なのにだ。

 ──しっかり寝ついているじゃねえか。

 俺は寝ている奴に気を遣って、そっと入るなんて女子みたいなことはしない。堂々と、

「立村起きてるか? おい、起きろよ」

 と一声かけて入るのが礼儀だと思っている。部屋も開ける前から明るい光りでいっぱいなんだから、そりゃあ起きていると思うだろう。

「おい、立村……寝てんの? まじで」

 返事なしだ。窓のカーテンを締め切ったまま、クーラーだけはしっかり湿気取りモードにして、夏とは思えない格好で伸びている。タオルケットを肩まで覆うようにして寝るっていうのは、八月末の気候じゃあふつうしないだろう。俺なら大の字でひっくり返りたい。

 背中がぴくりともしない。もともと寝付きのいい奴ではある。何度か立村と同じ部屋に止まったことがあるけれども、一切寝返りを打たず、布団も乱さないできれいに寝ている。いびきもかかなけりゃ、寝言も言わない。目を閉じてしまえば空気と一緒だ。

 ──こいつ、起きねえな、絶対。

 拍子抜け。いろいろこいつには聞きたいことがあったのだ。話さなくちゃなんないこともてんこもり。だから途中で隣りの部屋から抜け出してきた。今の時間は菱本先生が熱く、過去の恋愛について語っている時間帯だ。非常に気になるのだけれども、俺は立村の方を取ったのだ。なのに、こいつときたら、あっという間に空気と化してやがる。

 ──裏切り者、って奴だよなあ。

 さすがにシーツをひっぺがえしてたたき起こすことはしなかった。後が怖い。外見は昼行灯のお坊ちゃん風で、極めておとなしい奴だが、一度怒らせたら何をしでかすかわからない。奴が小学校時代何をしでかしてきたか、一年時になにをやらかしたか俺は知っている。向こうに言ったことはない。ばらしたら俺は明日の太陽拝めないだろう。

 隣りの部屋に戻るのも面倒で、コーラを一缶ぐいっと飲んだ。炭酸の気持ちいい熱気が残っていた。菱本先生が男子軍団を前に、人生における恋愛とは、友情とは、について語りつづけているらしい。

 ──友情とは、か。

 ちりちりと舌が熱い。


2 

 

 立村の枕もとに置いてあるのは小さな包みだった。

 宿泊研修二日目のこと、立村はひどい熱を出してホテルで午後ずっと寝ていた。当然置きっぱなしだった。俺が残ろうかと手を上げたけれど、菱本先生によってあっさり却下。結局腹痛で残りたいと言い出した南雲を相手役に残して出発したというわけだ。

 いろいろばたばたしたけれども、楽しかったことには違いない。楽しみそこねた立村を哀れんで土産を買って来てやった奴がふたりいたというわけだ。ひとりが俺で、空のコップの下に敷かれている星空コースターなる代物。星座盤がプリントされている優れものだ。

 もうひとつが、美里の持ってきたものだった。

 ご丁寧に袋に包んだままらしい。タータンチェックのキーホルダーだった。土産屋できゃあきゃあわめきながら何か選んでいるのを聞いてはいた。おそろいを狙っているとは思わなかった。女子の考えることはまじでわからない。

 こういう時、美里と立村は、「彼氏」と「彼女」なんだと思う。

 俺にとってはどっちも「親友」だと思っている。

 その親友同士が付き合っているということだ。

 これってかなり、俺にとってはお得パックだ。

たとえば、「親友」として話したい出来事がなにかあったとする。たまたま職員室経由の情報で、試験問題の内容を耳にしたりする。そう言う時、まず俺だったらどうするか。立村か美里、先に顔を合わせた奴を捕まえて、「なあなあ、このねたガセだと思うか?」と意見をもらう。この二人でないと、もしとんでもない食わせもの情報だった場合、人間関係そのものが崩壊してしまうだろうし、俺の立場もずたぼろだ。

 立村だったら

「羽飛もしょうがないなあ」

と笑って終りになるだろうし、美里だったら

「あとでなんか食べ物おごってよ」

の一言で懐が痛むにすぎない。

 まあ、なあんもないってことだ。

 巷ではありとあらゆる噂が飛び交っているが、この場で俺が宣言してしまおう。残念ながら、「幼なじみの恋」なんてもんは幻想だ。第一、惚れる惚れないやっている同士で一緒に、保健体育の教科書について語ったりできるか? 少なくとも俺は、鈴蘭優ちゃんの前ではできないと思う。ポスターの前だけはきちんと整理整頓しているもんだ。


 ただ、いわゆる恋愛っぽい視線が回りから飛ぶようになると面倒なことが多くなる。

 俺のうちと美里のうちとが合同家族旅行しただけなのに、「縁談?」というあほねたを振ってくる奴とかがいる。なんもやましいことないから堂々としていればいい。幸いなことに、俺には立村という親友がいて、親友の彼女としての美里がいる。勘違いして「三角関係?」と言い出す奴がいるが、この辺は立村がうまくフォローすればいい。今までは俺と美里ふたりで噂の対処に追われていたけれども、六月半ばからは幸い立村も一緒に加わってくれた。二分の一と三分の一だったら、断然三分の一がらくだろう。そんなもんだ。


3 


 みやげ物。

 買うのを忘れていた。

 うちの親父さまと母上さまのおふたり、および姉ちゃん、および……。

 すなわち、買っていかなきゃなんない連中がたくさんいるってことだ。

 別にうちの親たちには、「黄葉山饅頭」でもいいし、姉ちゃんだって食い物だったら文句は言わないだろう。でも、もうひとりはどうすればいいんだろうか。もし相手が美里だったら、ためらうことなく受けそうなハンカチ一枚投げてやるのがお約束だけど、他の女子だとわかんない。

 残念ながらこういう時に立村がいても、役には立たないだろう。こいつは美里が「初めての女」のはずだし、昼間の騒ぎ方を見ても全く何がなんだかわからなかったはずだ。キーホルダーなんてもらったくらいで真っ赤になるなよお前、と突っ込みたくなる。ポーカーフェイスのくせに妙なところで、純情な奴だ。

 美里にならって、キーホルダーにでもしようか。それともテレカにでもしようか。迷うところだ。俺がなんで女子へのプレゼントに悩まねばならないんだかわからない。

 ──一年の女子って、なんでああも変な奴ばかりなんだ?

 きっかけは六月、たまたま教室でバカ話していたら、いきなり知らない女子がやってきて、

「羽飛先輩、付き合ってください。好きです」

 もろに、告白ってやつをかまされてしまった。いや、男たるもの全く経験がないとは言わない。一年の頃からやたらと付きまとう女子、いろいろいた。ぴんとこなかったというより、恋愛なんて面倒なことしたかねえよって感じでやめてしまった。立村ともその辺は共通するところで

「付き合うっていったいなんだ? 友だちでいいじゃねえか」

的観念だ。立村については美里とのからみもあったので、あまり賛成しない振りをしていたけれども。最後にはうまくくっついてくれたんだから、まあいいじゃねえかと俺は思う。

 しかしだ。この俺がだ。

 いつものように

「俺はあまりそういう恋愛ってこと得意じゃねえよ」

とお断りしようとしたところ、

「付き合ってみないと分からないと思います。先輩、一度私とふたりで会ってください」

ときた。

 可愛い子だとは思う。

 鈴蘭優ちゃん以上ではないにしても、元気で明るい、いわゆるいい子だとは思う。立村がやたらとひいきしている、某一年B組の胸のでかい女子とは違って、いつもニコニコしているところはかなりお奨めだ。



 妙に静かな隣りの部屋。菱本先生、怪談でもやってるんだろうか。ここで立村の寝顔を見ていてもおもしろくないし、俺も仲間に入りたい。そんな気がした。コーラを片手に部屋の扉を開けてみた。もちろん電気はつけっぱなしだ。どうせこいつもある程度時間たったら起きだしてくるだろう。影法師が天井にでかくうつった。扉を引いた。

 とたん、人間の気配だ。もちろん。ドアの陰になんかがはさまったみたいだ。一度締め直してもう一度開けてみた。見えるところに人はいないけれど、やっぱり裏側に隠れている。こほんと咳をする声。聞き覚えある。

「だあれだ?」

 返事はない。

「ほらほら、隠れてねえで、出て来いよ」

 俺は締めた後にその相手の手首を掴んだ。細かった。やっぱりそうだ。オレンジの派手な服を着たままの美里が、そこにいた。


 美里は観念したように、肩をすくめて手を振り払った。別に「触らないでよ!」って感じではない。ただじゃまだから離してよ。そんな感じだった。髪の毛は昼間と同じ、くま耳つけたようなもんだった。何を考えてるんだか、鈴蘭優ちゃんばりの髪型だ。俺はあまり女子の髪型に関心があるほうではないけれども、鈴蘭優ちゃんに似ているかどうかというのだけはチェックしている。その点からいけば、美里の格好は、まあ、許せるってところだ。

「小さい声でしゃべってよ」

「は? どうしたんだ? 美里なんか用か?」

 美里は答えずに扉をつんつんつついた。

「いるの?」

 ははあ、こいつのダーリンに会いにやってきたってことか。もしや、ずっと部屋の前で張っていたなんてことはないだろう。いくら俺と美里が幼なじみで、恋愛なんか超えてる親友だってことを、みんな知っていても、やはりまずいだろう。さすがに俺だってそのくらいのモラルは持っている。

「今、寝てる。死んでるみたいだ」

「もう寝てるの?」

 あきれ果てたように美里は目を大げさに見開いて見せた。

「文句言いたいならあいつに言えよ。それともたたき起こすか?」

「そうしたいとこだけど、でも」

 しばらく黙って、髪の毛の先をもてあそび始めた。こういう時の美里は、なにかを頼みたくてならなくて、でもいえなくて俺に頼ろうとする、そういうパターンがほとんどだ。

「ははん、あいつとふたりっきりを狙ってたんだろ」

「そういうんじゃないってば! ただ」

「そうだよなあ。美里、さっきあいつと痴話げんか、してたもんなあ」

 言い終わる前に口を叩かれた。まじで痛い。美里は基本的に手加減しない。他の男子たちは美里のこういった暴力的行為を知らないだろうから、まあ、「二年D組の清坂は可愛い」と、寝言みたいなことを言うのだろうが。俺からしたらちゃんちゃらおかしい。

「それなら、部屋に来るか? もしかしたら起きるかもしれねえよ」

 髪でこしらえた団子耳。くるんでいるのはやはり、タータンチェックの髪飾りだ。ドアの取ってを包む布みたいな使い方をしている。

「いいの?」

「ふたりっきりでいるよりはまずくねえだろ。どうせ俺と美里と立村はいつものパターンだってわかってるだろ。な美里」

 しばらう美里は黙っていたが、俺の後ろ手を振り払うようにして、自分でさっさと扉を押した。鍵はついていない。あっさり開いた。

 ──なんだよ、あいつ、立村といちゃつきたいんだったらはっきり言えばよかったのになあ。

 親友の親友で恋人だ。こりゃあ、俺だって一肌脱いでやらないわけにはいくまいって。



小さく丸くなって眠っている立村を見て、まず美里は立ち止まり、

「やっぱり」

つぶやいた。

「なんか、宿泊研修に来てから全然しゃべってないって感じ」

「さっき叫んでたくせに」

 もう一発。今度は足にけりを入れられたが、手加減されている。立村を起こすのが怖かったらしい。うまくすかして俺は、自分のベットに乗っかった。美里はさっさと机から四角い椅子をひっぱりだし、座った。スカートを広げ直しているのは奴を意識しているんだろう。

「なんか、飲むもの、なあい?」

「俺の飲みかけだけど、飲むか」

「ちょうだい」

 コーラをそのまま一気に飲み干した。まあ、俺も全部飲むのはきつかったしかまわない。そばで「やーい間接キスだあ!」と騒ぐ奴もいない。

「あーあ、すっきり」

 美里から缶を受け取り、立村の足下に近いところへ俺は移動した。缶をつぶし、へろへろにした。やわらかい。

「ほんっと、立村くんって寝てることしかないよね。バスの中でもそうだし、昨日今日と」

「あいつからだ弱いからなあ」

「弱すぎるよちょっと」

「じゃあ持久力つけてやれよ」

 ちょっと下ねたっぽいことを飛ばしてやる。でも気づかなかったらしい。美里はうつむいたまま、くま耳に手を当てた。タータンチェックの布だった。立村の枕もとにあることを教えてやった方がよかったろうか。

「お前、奴が気づいてないと思ったか?」

「なにがよ」

「キーホルダーと、ほら、それと」

 ぎろっと美里は俺をにらみつけた。

「な、なによ!」

「あいつさ、さっき美里のタータンチェックと、自分のキーホルダー、同じだってこと気付いて首まで真っ赤になってやがったぜ。ほら、ミーティングの時だよ」

「そんなの、どうしてわかるのよ」

 本当は俺が立村に教えてやったことだ。自分の彼女だっていうのに立村はそういうとこ、妙に無頓着だ。まあ気づいた暁には言葉もなかったようで深く反省していたようだが。

 本当のことを言うべきじゃないだろう。

「じゃあ、立村くん、怒ってない、かなあ」

「さっき電話で叫んでるの聞いたもんな、俺が悪かったって必死に古川にわめいてたぜ」

 ほおっと、吐息が聞こえる。今度赤くなるのは美里の方だった。あまりつっこみしないでおこう。



「ねえ貴史、この前さあ、詩子ちゃんがどこに転校したのか、木村に聞いてくれた?」

 小学校時代の同級生だった藤野詩子のことだ。どうも俺はあの子に敵外視されているようであまり付き合いはないのだが、熱を上げまくっていた木村とはたまにゲーセンでつるんだりする。

 美里も藤野とは学校が変わってから連絡を取っていなかったようだ。

 まあ、理由はわからんでもない。

 青大附中に落ちたらなあ、しゃあないか。

 「なんとかちゃんと一緒に行きたいから」という理由で受験して、受かるほど、甘いもんじゃなかったってことだろう。それっきり美里からは藤野の話を聞いていない。

 木村ルートから最近、藤野が転校したらしいという話を聞きつけた。ずっと手を変え品を変えアタックしつづけていた木村の言うことには、最後の最後までつれないままだったんだそうだ。

 ──日本舞踊に藤野を取られたようなもんだぜ。ちっ。

 中学に入ってから日本舞踊なんていう金のかかりそうな習い事を始めたとかで、ほとんど放課後の交流はなしだったそうだ。

 どこまで美里が知っているかどうかはわからない。

「さあな、木村の方が知りたがってるぜ。その辺は」

「そうだよね。いまさらね」

 美里としてはきっと、青大附中に俺と自分以外が落ちたことに、ひっかかるものを感じてるんだろう。藤野が合格発表の後で一切口を利いてくれなくなったことがそれほどショックでもなかったらしい。そんな自分が意外で、ちょっと罪悪感ばりばりだったようだ。俺と一緒に合格発表名前が載っていたときには、涙流して喜んだくせにだ。女子同士、俺には計り知れないものがある。


 ──まあな、こいつには今古川がいるもんな。それに立村も。もう、過去なんて振り返ってらんねえぜってな。

「いやね、ちょっと噂に聞いたんだけどね」

 声を潜めて美里が俺の前にかがんだ。首だけちょいとあげて。

「こずえの家で取っている新聞に、日本舞踊教室のチラシが入ってきたんだって。その中に詩子ちゃんの写真が映っていたんだって。先生にポーズかなにかつけてもらっているとこ」

「なんで古川が藤野のこと知ってるんだよ」

「立村くんのお母さんが日本伝統芸能関係の仕事しているって聞いたでしょ。それでたまたまこずえが『朝の漫才』やってたのよ。こずえったらね前もってチラシ用意してたのよ。『お染久松』って演目があるらしいんだけど……」

「んなのどうでもいい、でどうしてだ?」

「とにかくいつものねたで盛り上がっていたら、こずえが日舞教室案内のチラシ見せて、『こういうのやってるの? 十三、十四でエッチなこと』とか……」

 だいたい分かった。古川は立村をからかうべく、日本舞踊教室のチラシを用意してたと。それでたまたま見せたところ、美里が藤野の写真を見つけて騒いだと、なんだそれだけだ。

「美里まどろっこしいぜ。とにかくはっきりしてるのは、藤野も相変わらず元気だってことだな。機会があれば立村のかあちゃんつながりで会えるかもしれないと、いいことじゃねえか」

「そんなのわかんない、けど」

 やっぱり、懐かしんでるんだろう。



「貴史、窓開けたらまずいかなあ」

「まずくねえけど、クーラーきかねえぞ」

「うーんどうしよう。窓開けてから考えようよ」

 促されて俺は、美里に窓を指差した。言い出しっぺに開けさせるのが当然。てっきり俺がやってくれるもんだと思っていたんだろう。ほっぺた膨らませて、しかたなく立ち上がっている。甘いぞ。俺が美里を「淑女」として扱うにはまだ十年早い。ひざまづいてほしいなら、今から十年計画で立村を教育しろ。

 立村が横向きで寝ているベットのそばを通りカーテンを細く開けた。すぐに閉めた。

「いいや、このままで」

「なんだよ」

「だって、隣りの声丸聞こえだもん」

 やはり美里も、俺と立村と自分とちんまりこもっているのを知られるのには抵抗あるらしい。首をかしげて立村の枕もとに目をやる。キーホルダーに気づいたのかと思った。

「貴史、ほら」

 しゃがみこみ、一瞬だけ体をかがませてすぐに立ち上がった。片手には黒い本のようなものを持っている。

「落ちてたのかよ」

「立村くんの、手帳だと思う。ほら、金色の名前入れてあるもの。確か去年のをお父さんからもらったって言ってたよ。『週刊アントワネット』の」

 ためらうことなく俺のところに持ってくるのが美里の性格だ。立村の手帳なんて俺も見たことがない。

「じゃあ枕もとに置いとけよ。あいつなくしたと思ってパニくるぞ」

「中なんて見てないよ、失礼な」

 いや、どうも、うそくさい。俺はもう一度じっと目を見て、美里を追求してやった。

「さっきちょっとしゃがんだだろ、その時、なんかなあ、気になったんだけどなあ」

「私が盗み見したっていうの?」

「いや、なにかの拍子であいつの秘密を見つけたとか、なんかなかったのかなあ」

「ないわよそんなの。だって見たって、意味不明だよ、立村くんの手帳って」

 美里はぱらぱらっと一気にページを扇状に走らせた。閉じた。

「ぜーんぶ、どっかの国の言葉だもん」

「は?」

 どっかの国の言葉?

 俺には意味不明だ。美里をせっつく。

「どっかってどこだよ」

「英語じゃないんだもん。立村くん書いている文章って。今だって、ふつう『The』とか『a』とか『I』とか『He』とかあるじゃない? ないんだもん全然!」

 ──語るに落ちたな、美里。

「おい、お前どうしてそんなこと知ってるんだよ。やっぱり見ただろ、中」

「ちがうってば! 偶然一ページ見えただけだってば!!」

 力いっぱい俺の膝に手帳を叩きつける。

「ちらっと見えただけだってば! どっかの知らない言葉がいっぱい並んでるから、盗み見したくたってできないよ!」

 気になるが、見ちゃあいけない。

 俺は立村の横顔、鼻先に手帳を置いておいた。全然気づいていないようすだ。たぶん、落ちていたことも、美里に見られたことも気づかないだろう。こいつの睡眠力は天才的だ。

「きっとスケベなことばかり、書いてたんだぜきっと。美里とチューしたいとか、なんとかかんとか」

「貴史、あんた変態。どうせあんたは鈴蘭優ちゃんのポスターに」

 言いかけたところをあっさり遮ってやった。

「ああ、毎日な」

 ほんとのことだ。もっと言ってやる。

「ったく、あんたに告白した女子って、みんなあんたの変態チックなところ知らないんだ。ねえ、この前のさ」

 ぴんときた。

 美里の目が光った。

「いいか、それ以上言ったら殺す。俺とお前の友情を保ちたいなら、これ以上言うな」

 友情を選んだのだろう。美里は黙った。

「……別に、いいけどさ」



 美里が言い出そうとしたのがなんなのかは直ぐに見当ついた。昨日の午前中、立村にも聞かれたことだ。

 ──だから、俺は断ったって言っただろ。

 ──一度会っただけだってさ。

 会ったったって、近くのソフトクリーム屋でだべって、公園に連れて行ってって程度だ。記憶に残っているのは、死ぬほど暑かったってことくらいだ。女子っていうのはああいうのを楽しいと思うんだろうか。俺だったらあっさりと、どこかバッティングセンターかどこかに出かけて走り回っている方が楽なんだが。まあ、向こうは喜んでいたようだったし、それはいいのかなあとも思う。でも、これ以上どうする気もない。二学期が始まる前に、けりをつけようとは思っている。


「貴史、この前うちの父さんが撮ってくれた写真、出来たって。あとで他の人に送るの手伝ってよね」

「あ、そっか。うちも現像してねえや」

 二週間前、俺と美里と、あともう二家族で旅行した時の写真だ。うちの母さんと美里の母さんとは小学校の頃からの大親友で、毎年夏にはこんな感じでの旅行をやっている。姉ちゃんたちはいまいち盛り上がりに欠けるけれど、俺と美里とが空元気だして騒ぐので、毎年それなりに盛り上がっている。

「けどさ、よく私たちも行けるよなあって思わない?」

「なんでさ」

 スカートをもむような感じでつまみながら、美里はつぶやいた。

「ふつうだったら、同じクラスの男子と同じ旅行なんて行かないよねって。どうしてみんな、そんなこと気にするのかなあ」

「そんなのいつものことだろ。だってお前、立村も誘ったんだろ。結果は見え見えだけど」

 一応立村にも声をかけてみたのだ。奴のことだから集団行動は露骨に嫌がるだろうと思っていたけれども案の定、夏は熱を出しっぱなしらしいということで断られた。

「まあね、きてもらっても困ったかもしれないけど」

 最後の言葉は、途切れ途切れに聞こえないように気を遣っているらしい。美里を変える恋の魔術。怖いもんだ。俺を変えた鈴蘭優ちゃんの笑顔と似たようなもんだ。

「ほら、立村くんってあんまりうちの家族とか、貴史の家とかに行きたがらないじゃない。なんでかわかんないけど」

「俺はしょっちゅう行ってるぜ」

「それはいいんだけどさ、なんか、うちの親、立村くんのことが眼中にないって感じなのよ」

「だってお前、奴と付き合ってること言ってないんだろ?」

 図星だった。美里としてはえらく気を遣っているんだが、ばればれだ。

「気づいてるとは思うよ。私に言うもん。『品山の方は危険だからあまり近づくんじゃないよ』って。暗に、行くなってことだよね」

 ──気づいてるじゃねえか。

 


 うちにしろ美里の方にしろ、親はどっちも恋愛結婚してるから、その辺のつっこみはあまりうるさく言われない。というより、母親同士の夢かなんかで

「将来お互いの娘と息子を結婚させたい」

というあほらしい話があったらしい。両方の家で男は俺だけ。清坂三姉妹のうちどちらかを選べというのが暗黙の了解だが、いかんせん鈴蘭優ちゃんのプリティーな魅力にぞっこんな俺には、意味のないことだ。

 美里だって同じもんだろう。あえて俺の親友にあたる相手を彼氏にして見せ付けてるんだから。


ただ、美里の両親が立村に対してちょっとなあって感じを持っているのは知っている。何度か顔を合わせたことはあるだろうし、立村も礼儀に関しては神経質な奴だからぬかりはないはずだ。俺よりははるかに、お坊ちゃんだからなおさらだ。

 うちの親曰く、

「立村くんって、あの品山の子でしょ。きれいな子だけど、ちょっと話し掛けるのに考えてしまいそうな雰囲気ねえ」

 きれいな、という形容詞が笑える。

 野郎に使うもんじゃねえよと突っ込みたいところだ。

 美里の母さんも言ってたらしい。

「妙に礼儀正しすぎて、うちとはレベルが違う感じねえ。本当にいいところのお坊ちゃんって感じだし」

 さすがにお互いの親友(少なくとも美里は親にそういい含めているらしい)である立村上総を、目の前でこき下ろそうとは思っていないようだ。

「まあいいじゃねえか。どうせ奴のうちにふたりっきりでなんて、行ったことねえだろ?」

「あるわけないじゃない。あんなへき地。だって自転車で行くと天気が違うのよ。うちでは傘がいらなかったのに、学校につくとじゃあじゃあだったって立村くんよく嘆いてるもん」

 

 ──品山って、そんなに、へき地かよ。


 ねむくてふらっと親たちの部屋前を通った時、聞いた言葉。

 突然頭の中にががんと響いた。

 ずっと忘れてたのにだ。

 眠くて冷凍みかんを食べたくなって、親の部屋にたかりに行った時だった。

 ──聞いたら、まずい。

 とっさの判断できびす返して戻ってきた。冷凍みかんを食い損ねたのが惜しかったから忘れていた。美里の知らないところの、話だった。


 ──ほら、たあちゃんとうちの美里と仲のいい男の子いるじゃない?

 ──ああ、あの品山の男の子?


「美里、お前品山って、行ったことあったっけか」

「ないわよ。だって十年前に神隠しっていうか、小さい子がどんどん誘拐される事件があったじゃない。うちの親、あれが頭にこびりついていて、品山って言葉を出すとに拒否反応起こすみたいなのよ」

 かなり昔の話だ。俺も品山っていうと、やたら立派な家が立ち並んでいる金持ちの住宅地という印象しかない。昔は雨で川が氾濫して大騒ぎになり、住んでいる人もいろいろな理由で差別されているというのは聞いたことがある。立村もちらっと、そんなことを話したことがあった。もっとも、立村の部屋は俺の部屋の三倍近くはあって、ステレオやら本棚、洋服ダンスなどがずらっと並んでいる。豪勢な館だった。


 ──先生にも言われたんだけど、ちょっと変わった子らしいのよね。評議委員しているくらいだから、悪い子ではないらしいんだけど。

 ──本当はたあちゃんを評議委員にしたかったって、女子の間では噂だったみたい。女の子って正直よね。たあちゃん、かっこいいもん。

 ──子どもの友だちに注文つけるのもなんかと思うんだけど、やはりなにか違うわね。住む世界がねえ。

 ──美里がいうには家庭環境もあんまり、恵まれてないみたい。お父さんとふたりでですって。

 ──別に関係あるわけじゃないだろうとは思うんだけどねえ。もしあの品山の子が、目立つ不良だとかだったら、はっきりと付き合うのやめろって言えちゃうんだけどね。

 ──性格は、本当にいい子らしいからその辺が私もジレンマなのよ。ちょっとおませさんだからうちの美里も。たあちゃんみたいな王子さまがいるのにねえ。


 品山という地名、頭にこびりついた。

 美里はどこまで知っているんだろう。


10


 美里は相変わらず脳天気だ。実は自分が「ロミオとジュリエット」だってことに気付いてないわけだ。学校では公認カップルなんだし、菱本さんにも一応了解を取っているんだから、ばれるのもみえみえだろう。

「でもさあ、貴史も思わない? なんで立村くんって顔色やたら見たがるんだろうね」

「性格だろ、いまさら言ったってしゃーねえだろ」

「この前だってさ、貴史と私と三人で美術館行ったでしょ。立村くん、絵が好きじゃないんだったらそう言ってくれれば誘わないのにさ」

「おっと待った。美術館に行きたがるのはなにが目的か、確認しねえとな」

「んなことはっきりしてるでしょ。どうせ貴史が抽象画とかいうの? 怪しい絵ばかり見て騒いでいたから合わせてただけだよ。私もあんたの美的センス、付いていけない時あるもんね。鈴蘭優は可愛いと思うけど、やっぱりあんたロリコンだし」

「黙れったら黙れ! けっ、三歳年下、どこが悪いってんだ」

「べー、だ」

 まぶたの赤い粘膜を見せつけるように、美里はあかんべーをしやがった。まったく、立村もこういうところをきちんと見て美里の扱いを考えるべきだと俺は思う。奴のことだから、美里を女神様扱いしてるにちがいない。生まれ持ってのレディーファースト主義者だ。

「それでね、たまたま知り合いの子に会って話ししたんだけど、どうもその子も立村くんの顔、覚えてたらしいのね。一緒にいたんだから挨拶すればいいのに、いつのまにか消えてるの。気を利かせたつもりなんだろうけどね、むこうは。でも、こっちだって……」

「あたしのダーリンよ、って見せびらかし損ねて悔しがってるくせに」

「もう、そんなんじゃないってば!」

 美里の叩き方はまじで痛かった。

「ほら、立村起きるだろ」

「起きるなら起きちゃえばいいのよ。言いたいことみんな言えばいいのよ。私に言いたいことてんこもりなくせに、ずっと『俺が悪かった』の一点張りだもんね。もう、いいかげんにしてって言いたいよ、ほんとに!」

 俺だったら絶対起きただろう。隣りの部屋にも聞こえたかもしれない。美里のわめき声でちょっと耳が痛い。

 なのに、気配なし。

「こいつ、聞いてねえよ。寝てる」

「ほんと」

 起こしてしまいたかったのか。わからない。立村は微動だにせず、すうすうと寝息を立てていた。こいつはいびきをかかない奴だからいるのをつい忘れてしまう。

「寝てる振りしてるんだったら起きちゃってよ、もう」

 

 立村が美術関係を苦手としているのは知っている。もともと俺はガキの頃から美術館をテーマパーク代わりにしていたし、美里も似たようなもんだ。少なくとも立村が暇あるごとに挿絵なしの文庫本ばっかりめくっているのと同じように、俺はいろんな絵を見てしゃべるのが好きだ。

 一年最初の美術の時間だったと思う。

 かばんを写生するという授業で、みな、自分のかばんを机に置いてスケッチに燃えていた。俺はそんなの退屈だったんですぐに片付けて、超人気SFアニメ「砂のマレイ」の一場面を書き入れたりしていた。まあ、もちろん怒られた。

 立村はその時、真面目すぎるくらい真面目に写生していたんだが、いきなり定規を取り出して、かばんの柄やら、校章やら、金具やら、いろいろと線を引き始めた。俺の知る限り、写生の時に定規を使う奴っていうのは立村が初めてだ。ふうん、と思いながら眺めていた。

 たまたまむかつくことがあったのか、美術の先生が立村の絵をじろっとにらみ、いきなり定規を取り上げた。

「自分の思ったように写せばいいんだ!なんで定規なんてもんを使ってるんだ! ばかもの!」

 後日、この先生は青大附中をやめた。なんかわからんけれどももともと評判がよくなかったらしい。芸術的なセンスはぴか一だったけれども、やっぱり芸術家は変人が多いってことの証だったらしい。別の授業の時に、椅子を投げつけて怒鳴るかなんかして、騒ぎになったらしい。一回で縁が切れてほんとよかった。

 立村はその時のトラウマが残っているみたいだった。以来、定規は使わなくなったし、それなりにまともな絵を書いている。工作も器用にこしらえている。けど、美術の授業は基本として手抜きしているのが見え見えだ。

 ──いいじゃねえか、定規使ったって。

 俺だったらそういうんだけどなあ。

 言えないところが、美里と同じく、

「言いたいこと言えばいいのよ! もう、頭に来る!」

ってことだろうか。


11


 相当美里もストレスがたまっているんだろう。

 立村の性格を考えると、美里には思いっきり気を遣っている反面「彼女」らしい扱いは一切していないようすだ。なんてったって、一学期終業式後、何を考えたか一年B組女子の巨乳を触って放心状態でいた。

 厳密に言うと、「触らされた」という方が正しいかもしれない。あの直後、立村の記憶は半ば消えていたらしく、俺や美里に、

「こんなとこでBなんか経験しちまっていいのか? お前ほんっと、女子に迫られること多いよなあ。よりによって美里の前で」

「違うって。ね、杉本さんはあまりああいうこと、気にしないタイプの人だもんね。たぶん、握手のつもりだったんだと思うんだ、そうだよね」

「……ごめん、覚えてない」

 ──覚えてねえわけねえじゃねえか。アイドル歌手でもそういねえぞ。あの巨乳。

 神経に響くようなショックを受けたようで、立村は街に出た後も記憶喪失者状態でぼーっとアイスティーをすすっていた。正直、うらやましいと思わなくもない。ただし、できれば一般大衆のいるまん前ではなく、ふたりっきりの部屋とかなんとかで。相手はもちろん……。

「貴史、何すけべったらしいこと考えてるの。あんたがひとりでにやついているときったら、鈴蘭優のポスター見ている時くらいだもんね」

 さすがよくわかっていらっしゃる。幼なじみ十四年やっているわけじゃあない。

「お前だって、考えてねえってことねえだろ。どうせ立村とふたりっきりで、ああしたいとかこうしたいとか」

「ばかね。男子と違うのよ。その辺は。立村くんはふたりっきりになったって、私に変なことするようなことしないもん」

「お、断言しまくってるなあ」

「そういう度胸がないっていうの!」

 寝ている相手にここまで言っていいのか美里。付き合う前まではずーっと、「立村くんは一年の杉本さんが好きなんだよ。絶対そうなんだよ。どうしよう」とぐちぐちぐちぐち言いつづけてたっていうのにだ。相手にOKさせたとたん、態度を豹変させるってこのことだな。

「釣った魚にえさはやらない」状態だ。

 ま、立村が仮にふたりっきりで、美里に言い寄ってチューのひとつでも求めたとしても、あっさりとぶん殴られて終りだろう。断言するが、そういうことに奴が関心ないとは絶対にない。かなり際どい写真集を渡されていたところも見たことがある。ただ表面に出さないから美里は「そんな度胸なんてないのよ」と言い張っているが、もし俺がこの部屋にいなかったら。。

「立村だって男なんだからな、ふたりっきりで押し倒されたって」

「だからそういうのは絶対ないってば!」

「男は本気になったら、怖いぞー!」

「本気になってなんかないんだって。立村くん、一度だってそんなこと考えたことないに決まってるよ。どうせ」

 ──どうせ?

 美里の言いたいことと俺の考えていることがずれたような気がした。声を潜め、立村に聞き取れないようにささやいた。

「美里、なんかあったのか? こいつと」

「ないよ。なさすぎるよ」

 口を尖らせた。

「付き合ってるなんて周りがそう決めてるだけであって、ずーっと一年の頃と同じだよ。なのにさ、他の子からは公認カップルだとか、ダーリンだとかわけわかんないこと言われてるんだよ。ちゃんちゃらおかしいよね。彰子ちゃんなんて、南雲くんがいつもべったりくっついてきて、人前でも恥ずかしくなるようなことずうっと言われまくっているんだよ。あのカップルは隠してないからって言われればしょうがないけど。でも、さ」

「もう少し、なんかあったっていいじゃねえか、ってことかよ」

 確認するかのように、俺は続けた。

「言いたいこと、みんな言ってくれるだけでいいんだよ。貴史みたいに!」


12


 美里がなんで切れているのか、だいたい読めた。他の奴らだったら単に、立村ともっといちゃつきたいとか、俺を追っ払ってどっかでデートしたいとか、そういうことを想像するんだろう。俺ももし美里でなくて鈴蘭優ちゃんだったら話は別だったろう。

 ──美里と俺は、おんなじこと考えてるってわけかよ、ったく。

 俺は冷蔵庫から、もう一本オレンジジュースを取り出した。霜が付くくらい凍っている。実は冷凍庫の奥に押し込んでいたので立村には気づかれてない。

「ま、飲めよ。シャーベットだけどな」

 茶碗に注いでやった。最初はなかなか溶けなかったけれども、なんどか叩いているうちに流氷っぽいざくざく加減にこぼれてきた。

「貴史も言いたくなることなあい?」

「まあなあ」

 やはり女子にはいえない部分があるものだ。昨日の夜だって立村がいきなり、水口の部屋へ起こしに出かけた時、最初に思ったもんだった。どうして俺に何もいわねえでなんでもやっちまうのか。ただでさえ熱でぶっ倒れそうな時にだ。どうして、俺に一言、「羽飛、悪いけどノックするだけしてやってくれないかな」と相談してくれれば、俺のことだ。余裕でやりにいっただろう。水口だってねしょんべんが直っていないのは隠したかったようだけど、結局最後は素直に白状しちまっている。俺も大きい声ではいえないが、小学校四年まで直らなかったんだからおあいこだ。あればっかりは、「意志の力」だけじゃどうしようもないってことをよーく、経験済みだ。

 ──だからなんで俺にいわねえんだよ。

「あとさ、もうひとつ。立村くんが昨日の夜、私たちの部屋に入ろうとしていたってほんとのほんと?」

「現場見てねえよ。でもお前も言っただろ。こいつにそんな度胸ねえって」

「そうよね。一緒にこずえもいるんだもんね」

 立村には申しわけないが美里と乾杯してしまった。猛烈に受けた。

「かえってそれの方がネタとしては面白かったよなあ。古川がいったい何言い出すか見ものだぜ」

「こずえは立村くんのこと、完全に弟としか見てないよ。同級生をああも子供扱いするのはどうかって思うけどね」

 もっともだ。俺は腹をかかえつつ、でも立村には聞かれないようにひいひい声を上げた。立村が毎朝、

「古川さんにさ、どう言い返すか、が問題なんだよな。わかるか、羽飛」

 とぼやいているのをよおく、俺は知っている。そりゃいきなり、

「あんた童貞?」

 と聞かれたら絶句するだろう。俺ならば、

「優ちゃんに操をささげてまーす」

 の一言で切るだろうが。

 

13


 しばらく美里とは「砂のマレイ2」の今後について語り合っていた。時間が途切れないのはこういう時なんだろう。結構でかい声でしゃべりまくっていたのに、全く微動だにしない立村は、やっぱり天才だ。

「貴史、今何時?」

「十二時ちょいすぎ」

「そっかあ、そろそろ戻らないとまずいかあ」

 名残惜しげに美里はため息をついた。同室の古川も怪しんでいるだろう。別にやばいことをひとつもしたわけではないけれど、でも、見つかったらまた別の騒ぎになるだろう。

「誰か通ってるかなあ?」

「ほら、見てやるよ」

 自分に火の粉がかかることに関しては、心ならずもレディー・ファーストを心がける俺である。

 人通り、一切なし。

「じゃあ、あしたね。あの、また」

「言い残す言葉はねえのか?」

 じろっと、窓際の眠れる生命体を見つめる美里。

「もう、知らない」

 立村が聞いたら泣くだろう。えさをやることもないってこのことだ。美里はすたこらさっさと、背を向けて自販機近くの部屋にもぐりこんだ。盛り上がっているのかどうかわからんが、廊下は静かだった。隣りの菱本先生部屋も特に、目立った動きはなかった。俺は美里が使った茶碗を軽くゆすいでもとの場所に戻した。きれい好きだからじゃない。物的証拠が残ったらやばいだろう。「不純異性交遊」って後ろ指指されたら笑えないし、何よりも立村のジェラシーが怖い。幼なじみ同士とはいえ、俺と美里は一応男子と女子だ。彼氏たるもの、やっぱり自分でない男子と変な噂が立つのはむかつくだろう。

 美里が愚痴るのもわからなくはないし、俺もなんとかしてやりたいとは思う。思い切って俺と美里が組んで、立村に「自分の彼女」的意識を刺激するのもひとつの手だろう。お互い、呼吸は合っているんだから。でも、どうなんだろう。一応美里は立村にこなかけて付き合い始めたわけだ。立村も奴なりの考えでクラスに交際発表した。ただ、美里の言うとおり何もないとするならば。

 ──てっきり手ぐらいは握ったりなんかしたんじゃねえか、って思ってたんだけどなあ。

 ──奴がぼんくらなのか、美里が迫ってないのか、どっちかだな。

 決して立村が本能のままに襲い掛かるということは考えられない、ってとこが、みそだ。

 襲うなら美里だろう。将来チューやらぱこんぽこんやらなんかするんだったら、絶対美里がリードしなけりゃ終わらないと俺は思う。半端に押し倒したら百発殴られるに決まってる。

 ──でも、立村は本当に、美里に惚れてるんだろうなあ。

 ──だったら写真見て毎朝チューしててもおかしくないよなあ。


 俺はそっと窓から見下ろした。思わずすぐにカーテンを引いた。

 まずいものを見ちまったって感じだ。ちょうど斜め向こうあたりに、人影がふたっつ、うろついている。顔はわからない。野郎同士でいちゃつくってことはまずないだろう。うちのクラスで立村と美里以外にカップルったら、南雲と奈良岡くらいなもんだろう。

 ──知らねえぞ。菱本先生にばれちまっても。

 『美少女アイドル鈴蘭優と超美形男子中学生と、深夜の密会か?!』なんてことだったら、俺はためらうことなく優ちゃんを守るだろうが、知らん奴らにはいたって無関心だ。立村が起きていたらふたりで観察するって手もあったけど、残念、生命体は動かない。

 

 ふと、立村の寝顔を覗き込んだ。やらしい夢を見ているのか見てないのかわからんが、見事なほど静かだ。表情が動かない。

「な、立村、聞いてたら返事しろよ」

 声をかけた。

「お前、夜中に美里とふたりで歩きたいとか、思わなかったのかよ」

 当然、返事はない。俺はさらに続けた。

「お前さあ、チューしたいとか、二人っきりになりたいとか、思わないのかよ。俺抜きで」

 寝息だけだ。おきていても絶対こいつなら寝た振りするだろう。

「じゃあもし、俺が美里のことを取っちまったりしたら、どうするんだ? 九十九%ないとは思うけどな。もし美里が鈴蘭優ちゃんと同じ顔に整形してきて、性格も優ちゃんっぽく洗脳されてたら、俺も何するかわからねえぞ」

 一切変化なし。

「俺に言ってくれればなあ、いくらでもデートの計画立ててやるのにな。これでも夏休み、俺なりにプラン組んで、いろいろ女子を連れまわしたりしたんだぞ。天才的プランナーの羽飛貴史さまに相談かましてくれれば、いくらでも協力してやるのにな。全く貴重な人材資源を活用してねえぞ、立村」

 言っても無駄だとわかった。呼吸が乱れていない。全くもって、素通り。優ちゃんのポスターに語りかけるならまだしも、野郎相手にぬいぐるみしゃべりしてもあほと思われるだけだ。あきらめて、自分のベットにねっころがった。


 ──やっぱし、しばらくは、様子見ってとこか。ったく美里も立村も手がかかるぜ。しゃあねえなあ。俺もしばらくは、面倒見てやるしかないなあ。

 俺はカレンダーを探した。二学期始業式はあさってだ。

 ──けどあのふたりを強力瞬間接着剤的にくっつけるには、生半可な方法じゃ無理ってか。俺のパワーを存分に発揮してってことになると、とってもだけど別の方に力分散できねえよ。まずは立村のジェラシーを刺激するようなことを、計画してっと、それから美里に惚れている野郎の存在を噂させてっと。うわあ、想像してると楽しすぎるぜ。美里が別の奴を好きだってことで立村をじらして……結構受けるぜ。お互い、愛も深まってよろしいんじゃないっすか。

 

 あさっての始業式朝一番、することを決めた。

 ──あの子は鈴蘭優ちゃん以上に、真夜中ふたりっきりでうろうろしたい相手じゃない。明日の朝一番で、断ろう。

 まずは立村と美里、ふたりをいちゃつかせてからだ。

 ──待ってろよ、ふたりとも。

  ほっと、おなかの中から湿気が抜けていくような気がした。ばんざーいと両腕のばして、俺はX文字のまま目を閉じた。


 ──俺はしばらく、優ちゃん一筋で生きるのだ!  

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