53 中学二年夏休みデート前の南雲秋世と奈良岡彰子
52 夏休みデート前の南雲くんと彰子ちゃん
クラスの男子たちがエッチなことばかり考えていることは、彰子も大体想像がつく。それを責める気もない。女子同士だって、誰だれが先週生理始まったらしいとか、三年の先輩が初体験したらしいとか、情報を交換しあうのはいつものことなんだから。だから別に、南雲くんが水着のお姉さん写真を見て喜んでいるらしいと聞かされても平気だ。頼むから自分に、ああいう系統のビキニとか、かなり際どいものを着るように要求されなければそれでいい。
今日も母のコーディネートで完全に決まった、ペチコートつきのワンピース姿で彰子は南雲くんと待ち合わせることになった。色は生成りのやわらかい感じ。もちろん夏だから半そでだ。あまり二の腕を出すと、南雲くんをこき使っている意地悪令嬢と思われる。気をつけなくてはとも思う。
──頼むから一度くらい、ふつうの格好で出かけたいんだけどなあ。お母さん、あきよくんと会う時に限って、休診だもんなあ。
毎日会うのは彰子もしんどいので、週二回程度にしてもらっている。南雲くんの方は毎日でもという感じだろうが、こちらとしてもいろいろ予定があるのだからしかたない。
いつものように青潟駅で待ち合わせ、近くの公園でファーストフードのセットをごちそうしてもらう。これも彰子としては抵抗があるのだが、とある事件がきっかけで南雲くんは意地でも「おごる」という行為にこだわっている。理由は頷けないこともないのだが、同じ中学二年なのだからおこずかいの額だってそんなたいしたもんじゃないだろう。
「あきよくん、いいよ。たまには私がごちそうするから」
「いいよ。その代わりクッキー作ってきてほしいんだ。俺としては!」
同じく諸般の事情により、南雲くんはクッキーにこだわるのである。この暑いさなかにオーブンにへばりつくって言うのもたまったものじゃないが、毎回ご馳走してもらっている立場上言い返すこともできない。
ふたりでベンチに座り、コーラを飲みながら夏休みの予定やテレビ番組のこと、クラスメイトの噂話などに花を咲かせていた。「つきあい」を申し込まれる前から同じことしていたんだから、別に「彼氏彼女」にならなくても同じじゃないかと彰子は思うが、南雲くんにとっては雲低の差らしい。
同じく諸般の事情によりこの状況は変わらないだろう。いつもの口癖、「ま、いっか」ですべてを終わらせる。
クッキーにはほとんど手をつけず、南雲くんは自分のバックにしまいこんだ。なんでも夜中に食べるのだそうだ。カロリー高いのに。
「あの、彰子さん、思い切ったこと聞いていいっすか」
満足げにハンバーガーを平らげた後、いきなり、姿勢を正した。南雲くんがこいこいと、手で自分の隣りを指した。もっと密着しろってことだろうか。暑いのに。遠慮して、彰子は足一本程度の幅だけ縮めた。
「もっと、そばに寄ってほしいんだけど。聞きづらいことなんで。やっぱ、外では大きい声で言えねーし」
「知られたらまずいこと?」
いろいろあるのだろう。昔の彼女からまたいやがらせされたんでないかとか、クラスの女子たちからはやっかまれてないかとか。南雲くんは非常にその点、気を遣ってくれる。
「ってか、あの、なんていうか、こういうこと聞いたらいけないかなあって思ったりもして」
もじもじしている。めずらしい。
「いいよ。何言っても……うーん、そうだね。お前が嫌いだとか、死んでしまえとか、そういう人を傷つけることでなければ、何言ってもへいきだよ。どうしたの」
取っておきの笑顔で答えた。男子はたいしたことないのに、妙にもったいぶったり真剣に考えたりすることが多い。南雲くんも同じだろう。そういう時は、興味もってあげて、「私が味方よ、大丈夫!」とにっこり答えてあげれば大抵終りだ。母が父にいつもしていることだ。
「彰子さん、すなわち、いわゆる、あの、その」
「言っちゃって、いいよ」
「あの、毎月の生理日って、いつ?」
南雲くんはかなり真面目な顔である。
彰子も笑顔が思いっきりひきつりそうになった。かろうじてこらえつつ、一呼吸置いた。大丈夫、息を止めれば大丈夫。
「いきなり、どっきりものの質問ね、あきよくん、どうして?」
将来、お医者さんになることが夢の彰子にとって、「生理日」は決して、「きゃーやらしー」と言う言葉で片付けたくないことだった。
まあ、答えようと思えば答えられる。
──まさか、来週の水曜あたりなんて、言えないよ。やだな、なんか私の方が言葉詰まってる。
あまり気にしてないつもりだったけれど、真っ正面から聞かれると、どう答えていいものやら。これが水口くんあたりに「ねーさん、生理って痛いの?」と無邪気に聞かれるのだったら、軽くいなせるけれども、妙に南雲くんは真剣だ。生理日を知ることによって何がわかるのか、保健体育の教科書を広げて必死に勉強するべき何かがあるのだろうか。
「やっぱ、怒った? 怒ったよね。ごめん」
今度は南雲くんの方が不安そうに彰子の顔を覗き込んだ。そんなことないよと、すぐに打ち消さなくちゃ、と彰子は首をふった。もちろん今度は天然の笑顔で答えられた。
「ううん、平気だよ。私、保健委員としての義務だから、そういうのはいいんだけど、ただ、いきなりだったから、ちょっとびっくりしただけ。なかなか言えないよそういうのって。他の女子にそういうこと、いきなり聞いたらだめだよあきよくん。私だって、やはり答えづらいもんね」
しょんぼり、ジュースのストローをかみながら、南雲くんは水色のパーカーの裾紐をひっぱっていた。まずい、完全に、落ち込んでしまっている。生理日が何日周期かなんて答える気はまだないけれど、理由を聞かなくちゃって気持ちだけはたくさんある。
「何か、聞かなくちゃいけないことがあるの? あ、そっか。プールや海に行くこととかかな? あまりそういうのは気にしないでも大丈夫だよ。そういうのは、それぞれこちらが考えるからね」
元気つけてあげたかった。彰子はじっと様子を見守ることにした。背中からだらだら汗が流れてきたのは、たくさんジュースを飲んだからかもしれない。足下のペチコートがびっしょりだ。少しは足が細くなっていればいいな、と、サウナ感覚なことを考えた。
「この前、りっちゃんに言われたんだ」
南雲くんがジュースを全て飲み終えて、紙コップをつぶした後、ようやく口を切った。
「立村くん?」
南雲くんとクラスで最近一番仲良しの同級生だ。クラスの評議委員で、彰子の母曰く「古きよき時代の美少年俳優」に似ているのだそうだ。セピア色の古い映画に出てくるような王子さまなのだそうだ。彰子と母の男性好みは異なるということを再認識したにとどまる。クラスでは目立たないが、男子からの支持は100パーセントで、いろいろ二年D組で起こった事件を解決しているらしい。らしいというのは、彰子がすべて把握しているわけではなく、立村くんの彼女である清坂美里ちゃんが教えてくれるからである。嫌いではないが、恋人になりたいタイプの男子ではない。ちなみに南雲くんに対しても最初は立村くん程度の認識しかなかったのだが、今のところ彰子はそのことを隠さなくてはならないと決めている。傷つくだろう。きっと。
「彰子さんのこと、すっごく誉めてたんだ。あいつ、清坂さんと付き合ってるだろ。やはり夏休み会ったりするのかなあ、とか思ってさ、聞いてみたんだ。ダブルデートいかがっすかって」
──美里ちゃんとだったらいいけど、立村くん? うーん、会話が続かなさそう。
「そしたらさ、『奈良岡さんって、いつも誰にでも親切で、笑顔で、いい人だよね。きっと生理日がないんだろうなあ』と言い出してさ、俺も思わずびびったんだ」
──立村くん、が、あの顔で、あの口で?
「ねえねえ、立村くん、真顔でそんなこと言ってたの?」
これは突っ込まざるをえない。南雲くんもふたたび、真面目な顔して頷いた。
「うん。その後続けたよ。『もしあるようだったら、確認しておいた方がいいかもな。いろいろ問題があるみたいだからさ。俺はいつも相手の様子を観察して読み取るようにしているけれどさ』って。たぶん清坂さんには聞けないんだろうなあ、あいつもさ」
──そりゃそうよ。美里ちゃんに聞いたら、たぶん張り倒されるよ立村くん。もう、男子ってほんっと顔では判断つかないなあ。
想像すると思わず腹を抱えて転がりたくなる。南雲くんは彰子の笑い声を安心したように受け取ったらしく、ほっとしてさらに続けた。
「りっちゃんの母さんって、どうも猛烈に怖い人だったらしいんだ。らしいって、俺も会ったこと無いし、今一緒に住んでないからあくまでも推定でってこと。で、子どもの頃からあいつも、母さんの機嫌が周期的に悪くなることを察知していて、巧く立ち回らなくちゃいけないって思ってたらしいんだ」
──立村くんのお母さん、そんな恐ろしい人だったわけ? そりゃ、あの日はそれなりにいろいろおなか痛かったりするけどね。
クラスの子でも、多少生理日だからという理由で体育を休んだりする子はいる。あまり詳しいことは聞いたことないけれど、体調がよくないのは確かだと思う。
「ある日、りっちゃんのお母さんが大爆発をおこして、父さんの影に隠れてたことがあったんだって。十歳くらいの時だったって。そしたら、父さんが『女性には生理日ってものがあって、非常におっかない時があるんだ。そういう時はできるだけ逆らうんじゃない』という教えをいただいたんだって」
──立村くんのお父さん、そうとう、おびえてたのね。
さらに爆笑の渦に陥りそうなのを生真面目にこらえた。
「それ以来、りっちゃんにとって『生理日』とは、女性の機嫌が悪い日なんだっていう認識になっちゃったみたいなんだ。あいつの名誉のためにいうけど、りっちゃん、野郎同士で集まってもあまりエッチなこととか俺みたいに言わないよ。清坂さんのことも、ひかえめに誉めてるしさ。女子に対してもレディーファーストを徹底してるしさ。だから、決してやらしい意味で言ったわけじゃないみたいで、俺もふうんって思ったんだ」
そっと、南雲くんは声を低めて、もう一度真面目な顔をして尋ねてきた。
「彰子さん、もし、生理日ですっごく辛かったり、爆発したくなったりしたら、俺、いつでも力になるから。その点、覚えていてほしいんだ。俺は男だからそう言うの全然わかんないけど、でも、あれってすごくつらいんだろうなって思うから。りっちゃんが話してくれた時のおびえた様子、今でも俺、忘れられねえもん」
──立村くん、そうとう、恐ろしい思いをしつづけてきたのね。月に一回。そりゃあ、美里ちゃんにもそういうのがあるんでないかって想像する気持ちはわかるなあ。とにかく、怖かったのね。とにかく、機嫌とらなくちゃいけない日だという認識しかなかったのね。
──でもね、ああいうのは、女の子が自分である程度コントロールしないとまずいと思うんだけどなあ。うん、なんか特殊な例をすべてのことだって思うのは、私、よくないと思うよ。
南雲くんの顔を穴のあくほど見つめた後、彰子はもう一度、笑顔で答えることにした。
「私はね、あきよくん。その日でもその日でなくっても、変わんないようにするね。そうすれば気にしないですむでしょ。でも、もしあきよくんが、もしかしてって思ったらその時は言ってくれるといいよ」
「言うって?」
「『ちょっと、あの日なんじゃないか』とか。そうしたら私も、ちょっと性格悪くなっちゃってるなあって分かるから。やっぱり立村くんのお母さんみたく八つ当たりしまくるのは、私やだな。だから」
これ以上言うと照れてしまいそうだった。言葉がこもってしまった。やはり、男子相手に生理の話をするのは、恥ずかしい。慣れてない。
「彰子さん、じゃあ、もうひとつだけ」
南雲くんはいつものぱかっとした明るい表情を向け、付け加えた。
「じゃあ今度、俺が彰子さんの生理日聞く時は、将来のこと考えている時だって思ってほしいなあ。ってことで。それが合図で、あの、その……」
──将来のこと?
意味がわからず、彰子はふたたび南雲くんをまじまじと見つめた。なぜ南雲くんが耳まで赤くなってごみを捨てに走ったのかわからなかった。ペチコートを整え、彰子はいつもの呪文を唱えた。
──ま、いっか。あきよくん。




