5 中学三年七月 湊則子からの手紙
5 中学三年七月 湊則子からの手紙
狩野先生へ
狩野先生、お元気ですか。湊則子です。七月のせいかだんだん暑くなってきて、私はもうすっかりばてばてです。かの子さんもお元気でしょうか。去年の夏休み、最後の素敵な思い出が今でも胸に残っています。あの時は本当にありがとうございました。
私にとって青潟大学附属中学での生活は、狩野先生たちと一緒に過ごしたあの旅行だけでしたけれど、学校に三年間通ったよりもずっと、重みのあるときだったなって思います。今は公立の中学で、小学校時代から付き合いのある親友たちといっしょにすごしています。両親からも、せっかく入った学校なのだからと退学を反対されましたけれども、今でもまったく後悔していません。あの時、狩野先生が私のために一番いい道を選んでほしい、とおっしゃってくださったからこそ、私は自分の一番求めてみた道を選べたのだと思っています。本当は狩野先生も一緒に、公立中学で担任として入ってきてほしいと思っていましたけれども、そんなことは無理ですよね。私は先生がいたからこそ、青大附中のことを憎まずにすみました。かの子さんの作ってくれたふりふりの真っ白いエプロンは今でも、時々広げてみています。(着てません!もったいなくて!)
一年経って、本当の友だちに恵まれてからやっと、私もあの頃の自分がどうしてあんなにおびえていたのかをつかむことができました。そのことをどうしてもきちんと書いておきたくて、今日手紙を書かせていただきました。
私はもともと、本当に心を許すことのできる友達を選ぶくせがあるみたいです。広く浅くというよりも深く狭く、本当のことを語り合える友だちだけいればいい、それも二人か三人いれば十分という内向的な性格です。だから、本当は青大附中で仲良しの友だち(青木さんと富津さん)がいればそれでいいと思ってました。どうしても最初入学式で感じた、異様に明るすぎる空気が息苦しくて、すぐに学校を休んでしまいましたが、それでも最初の日に知り合った青木さんと富津さんとはうちが近かったことと同じ小学校だったこともあって、いまだに友だちでいます。正直なところ、彼女たちだけいればいいと思ってました。
なんで、西月さんがあんなにしつこく私にまとわりついてきたのか、どうしても理解できず、かといって青木さんと富津さんも学校に通っている以上文句を言えず、だんだん私は息が詰まりそうになってきました。毎日、それこそ本当に毎日です。ノートは富津さんが持ってきてくれるからいいのに、住所を調べてわざわざ遠くから通ってくるなんて。うちの両親は「いい友達ね」と言ってましたけど、私は退学するまであの人と話をしたことがまったくありません。あの人と顔を合わせるのもいやだったので、いつもきそうな時間帯には近所のスーパーへお使いにでかけたりしていました。
でもまさか、待ち伏せされるなんて思ってなかったんです。
いきなり、私の肩をたたいて、「湊さん、みんな待ってるよ、早く学校に来てみんなと仲良くしようね」とにっこり笑われた時の私は、どうすればよかったのでしょうか。手を振り払って逃げるのが精一杯でした。あの段階で、私はもう二度と青大附中に近寄るまいと心に決めました。今だから書くことのできることですが、それ以外の理由というのは、二番手、三番手にまわしていいものでした。私はただ、西月さんという人のいるクラスにいるのが耐えられなくなったんです。でも口にしたら個人攻撃になってしまうし、彼女は決して悪いことをしているわけではないし、クラス学級委員……評議委員のことですよね……としてはクラスメートを思いやる暖かい心の持ち主、と言われるんでしょうね。暖かい思いやりを受け取れない私の方が問題あるといわれるのでしょうね。わかってました。でもだめだったんです。息苦しくて、想像するだけでも窒息しそうでした。いつも小学校時代の友だちに手紙を書いて(電話では話せませんでした。両親が目を光らせていたので)助けてほしいと訴えてました。どうすればよかったのか、今でもわかりません。
なんでこんなことを書いたのかというと、その後富津さんたちが西月さんのその後どうなったかを教えてくれたからです。
彼女がどういうことになったのか、またかの子さんの妹さん(たしか近江さんですよね? 私は彼女と一度も話をしませんでしたけれど、富津さんたちから聞いたところによると私と話が合いそうだなって気がしました)が評議委員になったこと、いろいろ聞いて、私は正直、やっと彼女も私の気持ちを理解してくれるかもしれないと期待してしまいました。西月さんはきっと、私が学校で口を利けなくなりそうなくらい恐れていたことを、自分で感じているはずだと思います。どんなに追い詰められてもそれが善意である以上、受け手は当然のごとく感謝しなくちゃいけない。それに耐えられず私は逃げました。卑怯だったかもしれません。でも、もしあの場で残っていたら、私も西月さんを傷つけたという男子と同じようなことをきっとしたに違いないと思います。
すごく汚いことばかり書いてしまいました。ごめんなさい。今度、夏休み、ぜひ狩野先生とかの子さんにお会いしたいです。私も来年の受験に備えて(もちろん公立です! でも公立中学の悲しさで先生たちがまったく頼りになりません…)いろいろご相談に乗っていただければと虫のいいことばっかり考えてます。ほんとはかの子さんにまたひとつ、聞いてもらいたいこともあるのですが、それは狩野先生には内緒です。ごめんなさい。
では、また近くなったらお手紙出します。先生夏ばてしないでくださいね!
湊 則子