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45 中学二年四月・本条里希の評議委員会最初の顔合わせ1


 

 評議委員会が終り、結城委員長の命により一年男子を残していた。

 これから奴らをひっつれて結城委員長宅に向かうためだった。

 もちろん顧問抜き。内密の集会だ。

 

 席をばらばらにして座る時、かならず俺の後ろ、もしくは隣りにくっついてくる奴がいる。気になってはいた。顔を見てにこにこするわけでもなければ、荷物持ちするでもない。入学して一ヶ月経つか経たないかの一年坊主だった。まだ小学生そのものって感じで、人の顔が怖いといいそうタイプだ。そいつが女子だったらまだ、いろいろ考えるところもあったろうが、なにせ相手は一年坊主評議委員だ。

 俺にはまだ、そっちの趣味はない。

「どうした、立村、なんか用か」

「いいえ、ありません」

 小さい声で答え、やはり俺の隣りに黙って座っている。

 俺がこいつと同じくらいのの頃は同じ学年の男子とベーゴマで賭けごとやったりしていたもんだった。だいたい入学して二ヶ月くらい経ってからだろうな。結城委員長と女子情報を交換するようになったのは。向こうの方から声を掛けられたのであって、俺からアクションは起こしていない。

 俺が結城先輩をおびき寄せるようなフェロモンを撒き散らしていたんだろうな。

 フェロモンはまだ漂っているらしく、俺の側にはまた一匹くっついてきている。

 立村上総、一年D組の評議委員だ。

 

 一年同期に話し掛けれられては、軽く交わしている様子だった。しゃべりたくないというわけではないのだろう。いつのまにか俺の隣りに陣取っている。同じクラスには清坂美里というなかなか男受けしそうなタイプの女子がいるのだが、全く眼中にないらしい。やはり話し掛けられると小さな声で「ありがとう」とか「悪かった」とか言うだけだ。

 ──ありゃあ、友だちいねえぞ。

 俺は、そのままにして本日夜の「結城委員長企画・一年男子評議固めの盃」についての予定を組み始めた。こいつらは明日の評議委員会を担って立つ存在、いやその前に、俺のパシリとしてしっかりと働いてもらわねばなんない。それゆえ「あにおとうと」の契りを交わす儀式だ。

 ──結城先輩、あんた、悪党だよなあ。

 ──単なるアイドルおっかけ野郎じゃないって。

 黒ぶちめがねをかけているのは生身の女子を遠ざけるためとしか思えない。あれじゃあ女寄ってこないだろ。結城先輩が愛を持って見つめるのは、アイドルグループ「日本少女宮」のポスターと写真集、あとは年に一回のコンサート舞台くらいじゃないだろうか。断言する。

「立村、これから来るだろう?」

「はい、行きます」

 やはり声は小さい。男の持ち物ちゃんとついてるのか、お前、と言いたくなる。

 唇をかみ締め、嘘をつかない、主張するまなざし。野郎としては俺も嫌いじゃない。いきなりへらへらと楽しげに媚びを売る女子たちよりは、ずっといい。

「じゃあ、一年連中とまとまってろ」

「はい」

 俺に命令されたのが効いたのか、立村は少し椅子をずらして、一年連中の方にずれた。来い来いと手招きする同期連中。仲間に入れてやらなきゃなあ、て感じの気遣いだろう。

 今年の一年はみな、お人よしというか、気迫のこもった奴がいないというか。こじんまりした連中ばかりに見える。

 誰とでも仲良くできる反面、勝負を賭けたいとぶつかってきそうな奴が、いない。

 ──俺が戦いすぎたんだろうなあ。やはり。


 青潟大学附属中学は田舎ながらも一応は「エリート中学」として名が知られているる。うちの親も俺がいかに小学校時代馬鹿やってたか知っているから、ここに押し込んでおけば真人間になるであろうと、勝手に想像したに違いない。実際、面白い奴は多いし、女子も可愛い。周りが一番心配していた成績の点もなんとかクリアしている。

 ここだけの話、カンニングの方法もいろいろ考えていたんだが、なくたってなんとかなるもんだ。世の中、甘い。


 担任が、現在評議委員会の顧問をしている駒方先生だったっていうのも、俺の場合プラスに働いたんだろう。いわゆる放任主義だ。よけいなことはなーんも言わない。こいつ何も考えてないんじゃないかといわんばかりの無関心ぶり。なんだが結構見ているところは見ていて、

「里希、お前も毎日、身体だけは大事にしろよ」

 三日間とある事情で寝不足にて学校に来た時のことだ。去年の十月くらいだったろうか。俺も遊びまくっていた頃だったし、いつ公立中学に送り返されても文句は言えなかっただろう。

 やることはやってるが「他人様に迷惑はかけていない」ことをわかってくれたらしい我が師に感謝だ。


 部活なんてうっとおしいもんなんか最初からやる気はなかった。学校よりもおんもでたむろいたかった。評議委員に選ばれたのも俺の顔が目立っただけだ。情熱かけらもなし。

 その俺がなぜか次期評議委員長の内定をいただき、青大附中の未来を担ってしまった。

 予期せぬ展開。笑えるもんだ。


「ほんさと、ちょっと来い」

「へえへえ、結城のだんな」

 俺のことを唯一、「ほんさと」と呼ぶのはこのお方、結城穂積ゆうきほずみ先輩もとい委員長さまだ。この一、鼻の先でうごめいている女子たちには関心皆無、ブラウン管の中であはんうふんしているお嬢様たちにのみ男の反応を示すという。男の楽しみを感じないとか。もったいない。

「今夜の『かための盃』用の酒なんだが、やっぱりビールを用意するか?」

「まだあいつら一年坊主ですし、アルコールの強いのはあとあとまずいんじゃないですかい」

「ごもっともだ」

 ふ、ふ、ふ。隠微な笑いを漏らす結城先輩。「坊ちゃん道楽」とクラスの連中からは軽蔑されていると噂は聞いている。まあ俺は、この人の性格が嫌いじゃない。

「俺の部屋には誰も来るなと家の奴には命令している。かための儀式は無事、終わるだろうな」

「たぶん結城先輩の部屋に入ったとたん、みな卒倒寸前になるでしょうなあ。想像すると楽しすぎますぜ」

「まだまだ、免疫がないだろうしな」

 四人、一年男子連中がひっそりとおしゃべりしている様子をそっとのぞいてみた。俺にひっついていた立村も、無事なじんでいる様子だ。他の三名も目立つところはないにせよ、あくのないしゃべりをしている。俺にとっては非常に使い勝手よさそうな手駒だ。

「さてほんさとよ」

「なんですかい、だんな」

「お前にしてはめずらしいなあ。女子の方には全く関心持たないとは」

「俺は基本としてですねえ、学内の女子には手を出さない主義なんですぜ。ふたりいたらもう、十分って奴ですか」

「生身の相手がふたり、確かにな」

 また、ふたりでひ、ひ、ひと歯の間から笑いを漏らした。ひとりはとある事業家の息子、もう一人は仕事の関係で両親が海外でうろうろしていると来た。たぶん、端から見たらふつうじゃないだろう。俺と結城先輩はふつうじゃないところで繋がれたんだろう。人間の関係ってそんなもんだ。

 今回「かための盃」を交わすのは、一年男子四人のみだ。女子たち相手には誤解を招くのを避けたい。レディーファーストだ。

 俺も外見は中学二年になったばかしのガキだ。先生たちの前ではその辺も演じるように心がけていた。

「この世の中は演技だな、ほんさと」

「まさに、その通り」

 仮面を使い分けてひたすら世の中をかいくぐっていくのが俺たちのつとめ。可愛がってくれる駒方先生には悪いが、俺たちは所詮、そういう奴なんだ。


 俺は結城委員長と打ち合わせて、教室を変えることにした。俺の本拠地ま二年A組に一年評議四人を引き連れていった。後ろから悠々と結城先輩がついてきた。

 この二年A組は一年からの持ち上がりだ。まとまりはよくもなければ悪くもない。一年時代はいざこざがないわけでもなかったが、すでに俺様の力で制圧済みだ。さすがに俺に逆らおうとする奴は男女ともにいない。ただ、

「本条に近づくと自動的に妊娠するかもしれないぞ」

と、クラスの女子たちに言い含めている奴がいる。

 ──俺にも選ぶ権利があるってんだ。

 

 四月の段階で、青大附中では委員会活動のいかなるかについて、一年生にレクチャーする慣わしとなっていた。青大附中の場合、「委員会」=「部活」というニュアンスが非常に強い。運動部文化部ともに活気がない、コンクールや中体連で試合に出ても一回戦で負けてお帰りだ。なあに、大抵やりたいことは委員会でそれぞれ賄えてしまうものだ。

 運動部関係はさすがに難しいが、文化部だったらもうお手の物。演劇関係だったら評議委員会にまかせとけ、美術関係だったら規律委員会、将来医者になりたいとか看護婦をめざすんだったらためらうことなく保健委員会へ。また音楽委員会、図書委員会などはもう言うに及ばず。文化部活力なしとため息つくよりも、もっと委員会の派手な活躍を見てほしいと俺は思う。

 そうだ、ここは隠れ演劇部、評議委員会なのさ。

 

 今のところ一年坊主たちは、青大附中の評議委員会を「学級委員の集まり」としか認識していないだろう。もしくは「生徒会長よりも権力をもち、先生たちからも一目置かれていて、ある意味治外法権」という場所だとも聞いているかもしれない。実際それは当たっている。結城委員長の隠れた技とコネにもよる。

 だが、あれは演技だ。

 評議委員は、演技ができないと、生きていけないのだ。知ってるか?


 一年連中四人は肩を寄せ合ってひそひそ話を続けている。本当だったら三年、二年の野郎全員が揃うところだったのだが、わびしい、奴らはみな塾があるということで姿を消してしまった。なにも黙ってりゃ附属高校に進学できるんだからほおっておきゃあいいのにと思うんだが、なかなかそうもいかないらしい。塾に行ってないのが俺と結城委員長くらいだっていうのも笑える。

 そんなうざいところこもってるんだったら、もっと社会勉強しに出かけた方がいいと俺は思う。結城委員長と意気投合した一点だ。


「お前ら、塾に行ってないのかよ」

 俺が一声かけると、四人とも頷いた。

「無理に行くことないって言われてますし」

「学校で十分です」

「お金ないんですよ、うちんとこ」

 それぞれ子どもなことを言っておる。最後に、

「家が遠いから……」

 ぼそっとつぶやいたのは立村だった。知っている。こいつのうちは品山だ。毎日朝七時出発という話も聞いたことがある。どこぞの国では朝六時にうちを出るのも珍しくないらしいが、青潟では同情に値する。

「ふうん、じゃあ毎日、うちと学校の往復か」

 大真面目にこくっと頷いた。目だけが俺の方を向いて、にこりともしない。

「まあ今日は大丈夫だ、立村。結城委員長のうちは、品山からそう遠くない、ですね」

「本日のところはな」

 意味ありげな笑いを、口元の筋肉で表現する結城先輩。この人の家庭は俺の理解範囲を大きく超えている。別にそれはいい。親の別宅を借り切ってこっそりパーティーやろうが全くかまわないらしい。いったいこの人の親は何考えてるんだろうか。そのおこぼれをもらえる俺としては、そんなぶっこわれたお父上に大共感するのだが。

「てなわけで本日はいつもの『宮殿』だ。覚悟しとけよ」

 四人とも不安そうに顔を見合わせている。そりゃそうだ。俺の調べた範囲内だと、結城委員長以上の財政豊かな家庭はない。みな、こつこつと月謝袋を持って通っている。そんな奴だ。

「ま、緊張すんなよ。青大附中の評議委員会はな、絶対に」

 さすがに一年たちのびびり方を心配したのか、結城委員長はひとりひとりに話し掛けながら、続けた。

「しごきはしないし、いじめもしない。ただ、やりたいことをやる方法をとことん叩き込むだけだってな」

 

 ──やりたいことをやる方法、か。

 ──結城さん、まさにあんた、身体でそれやってますよな。

 青潟一のエリート中学と人は言うが、大嘘だ。

 とにかく裏を知ること、利用すること、演じること。

 自分のやりたいことはとことんやってみる。

 一年一学期まで、俺は要領が悪すぎた。そんな俺を拾ってくれたのが結城委員長だった。青大附中の利用方法をとことん叩き込んでくれたのが、この人だ。

 ──そうだよ、一年ども。

 ──学校はな、いやいや通うもんじゃない。とことん裏まで利用するもんなんだ。知ってたか。




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青潟大学附属シリーズ・中学篇

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 ねずみが一匹、二匹、三匹。もう一匹がまた俺の隣りでちょこなんと座り込んでいた。

 自転車で二駅先の結城委員長宅まで一挙に移動した。俺が先頭を走り、後を着いて他の連中がきんぎょのふん状態で追いかけるかっことなる。結城先輩だけは、ちゃんとご自宅から車でお迎えがくるので先に行ってもらった。軽トラックだった。

「ようし、お前ら、よく来たな」

 すでに下ろしてもらい、車を追い返した結城先輩が、石ころだらけのさら地にかばんを投げ捨てた。なんかわからんがこの人はいきなり持っているものを高く投げるくせがある。たぶんアイドルのコンサート関係パフォーマンスだろう。くせを覚えておけば、まかり間違っても自分の貴重な写真集やら見られたらまずい秘密の書類とか、飲み物を渡さないで済むわけだ。この辺も一年坊主たちには把握してもらいたいもんだ。

「さあて、連れてきましたぜ、ほら、一匹、二匹、三匹、四匹」

「貴重なはつかねずみどもか」

「そうっすよ。結城のだんな。これから俺の……」

 言いかけたところでぎゅっと俺の口を封じた。手を回すな、息苦しい。

「いいかほんさと。あまり、おどすなよ」

「まるで俺が手篭めにするようないいかたですなあ」

「当たり前だ。今年の目標は、一年評議を四人ともお前の配下につけることだろ。最初が肝心だぞ。お前の代のように」

「どぶねずみ一匹捕獲してあとは逃げられたってことにならないようにですか。簡単ですってだんな。俺がそんなへま、しますかい」

「その言葉、信用するぞ、じゃあ入れ!」

 俺は四人がくっついて様子をうかがっているところに活を入れた。

「そこで猫ににらまれたねずみみたいな顔してるんじゃねえ! さあ、来い!」

 かなり大きめのプレハブ住宅が二棟、並んでいた。結城先輩の個人部屋だが、もちろん本宅なわけがない。奥に見える白く四角い建物が実際の居住地だ。中学入学してからは勉強に集中したいという結城先輩のわがままにより、現在手付かずの土地に臨時事務所用のプレハブを立てたというだけのことだ。勉強してるかどうかは知らない。はっきりしているのは、めったに人が来ないってことだ。解放区。

「あの、本当に入って」

 おずおずと顔を見合わせ、誰かに口をきらせようとし、結局例の立村が尋ねてきた。あたりまえだろうに。俺は軽く頭を撫でてやった。甘えた目をしていたからぶんなぐるのは勘弁してやる。

「あたりまえだろ。俺に二言はない。まず来い。おい、立村、お前どこに座る?」

 いきなり聞かれて戸惑っている。また四人で顔を合わせている。もじもじするなと言いたい。

「どうせ俺の後ろか隣りに来たいんだろう。わかってる。早く席を取ってしまえ」

 無言で視線を絡めた後、立村はすぐにドアを開けた。靴をきちんとそろえていた。真似して一年坊主たちも同じことをした。どうやら

「立村にあわせておけばなんとかなる」

と思ったらしい。


 俺が注目していたのは、部屋に入った瞬間の一年たちが、まずどこを見るかだった。

 ひとりは一瞬立ちすくみ、もうひとりは天井と床を交互に見上げては口をあけ、あとひとりは手で何度も壁を触ってはため息をつく。おいおいそれは、水着だぜ、と突っ込みたい。足もとには「日本少女宮」の過去グラビア写真がビニールシートの下にびたっとはりめぐらされているし、天井も同じ。壁側には巨大全員勢ぞろいポスターがやはり数十枚。数えたことはわからないが、画鋲ではなく両面テープでしっかりと、切れ目なく並んでいる。色あせたらすぐに張り替えだ。もちろん、おつきの人がやるのではない。結城委員長の手自らである。

「どうした、立村」

 こればっかり聞いているような気がする。黙って靴を脱いだはいいが、ずうっと俺の顔ばかり見ている。すぐに俺の隣りにはりついてくる。見えない両面テープでも俺持っているのかい、と思うくらいだ。部屋を見て驚きもしなかったところみると、こいつも相当の兵だ。

「どこに座ればいいですか」

「どうせ俺とツーショットしたいんだろ」

 なんか、「男だろ、自分で考えろ!」とどなっちまいたいとこだ。こいつが立村でなければ。ガキんちょは嫌いだ。立村の場合だとどこにいても「自分の座る場所は本条里希の隣り」といわんばかりの顔をしているので、俺も受け入れなくてはならないかと、思ったりする。 完全に俺の手の中に納まっている心地よさってものをあいつは持っている。飼い猫と一緒だ。

「それでは、失礼します」

 俺が勝手に結城先輩の座布団……もちろん「日本少女宮」のオリジナル写真がプリントされているもの……を引っ張り出し、一年連中に投げてよこしたのを、立村はひとりひとりに分けて与えていた。一個、足りないことにしようかといたずらな気持ちで尋ねた。

「お前人にやっちまったら、座る場所ないぞ」

「いいです。慣れてます」

 可哀想なんで、ちゃんともう一つやった。「日本少女宮」のメンバーは二十人。余裕なのだ。ちなみに結城先輩は、抱きまくらタイプの等身大クッションにまたがり、ほおっとため息をついている。この人も、これだけ金があるんだったら、生身の子の上にまたがった方がいいのに。いつも同情する。


「良く来てくれた、青大附中評議委員を担う若人よ」

 サービスがいいのが結城委員長。さっとひとりに一本ずつサイダーの缶を一年連中と俺に配っていった。めがねの汗をふき取り、タオルを首に巻いて、

「本日、君たちに遠路はるばる来ていただいたのにはわけがある。君たちは、青大附中評議委員会についてどのくらいのことを、知っているかな」

 神様のお言葉をつかさどるのが、司会の俺だ。隣りの立村に尋ねる。正座した足をびったり俺に押し付けている。でかい声して聞かなくてもいい。

「お前、どうして評議になった?」

 うつむいて、少し震えんばかりに唇をゆっくり開いた。目が俺の手元をじっと見詰めている。何見てるんだろう。何か飲みたいのか。

「クラスで、推薦されたから」

「そんだけ?」

「それだけです」

 よくあるパターンだが、俺からしたら意外でもある。

 立村は見た感じ目立ちたがりやという風ではない。一年連中のクラスをそれぞれ眺めてみたのだが、D組にはすでに二人、目立っている男子がいる。

 ひとりは俺の小学校時代の後輩で南雲って奴がいるんだが、こいつは見た目アイドル顔してるもんで女子関係の噂が実に絶えない。服装だって相当派手に気崩しているんだがなぜかこいつ、規律委員会に流れやがった。これはあとで奴を捕まえて聞いてみるしかないだろう。あと、もうひとり羽飛って奴がいるんだが、こいつはめっぽう元気野郎ときた。まだ部活を選んでいないらしく、今のところは帰宅部状態らしい。バスケ部で懸命にスカウトしているが反応なしともきいた。当然、女子の人気も南雲と羽飛のふたりが担っているらしい。流れでいけば、バスケ部に取られるかどうかわからん羽飛の方が推薦されるんじゃないかと、俺は見ていた。

「そっか。どうしてかわからないよなあ」

 軽く肩を叩いてやり、第二、第三のインタビューに移った。他の連中はまだ納得がいく理由だった。青大附中の評議委員はエリート一直線だからと勧められ、なんとなく立候補してみたら入ってしまい、あせっている奴。たまたま出席番号一番最初だからそう決まってしまった奴。じゃんけん。

 まあ、やる気の必要な評議委員会においてこの理由付けはまずいんでないかい、とは思う。俺もきっかけは似たようなもんだ。入学当時やたらつっかかってくる奴がいて俺を目の仇にしたので、、

「お前、童貞なのにこんなことしてたらいつ卒業できるかわからんよ」

 と一言返してやったら、いきなり推薦されてしまったって奴だ。

「ほら、緊張しているみたいだから、結城委員長、飲ませましょうよ、まずは」

「そうだな、ほんさと」

 四人とも手が震えている。部屋の激しい色使いとポーズ、およびみなさま南国で焼いた肌などなどを、さらけだしているこの部屋で。

 ──そりゃあ、落ち着かないわなあ。


 顔を見合わせあっている一年坊主たちの中で、ことあるごとに俺だけ見つめている立村。言われた通りにサイダーを口に運んでいた。正座したまま、そっと俺の方へすりよろうとしている。

「緊張してるのか」

 首を振った。結城委員長も妙な顔で立村の様子を伺っている。それでもいいかと思うのだが、誤解を生まないとも限らんぞ。

 ──俺はまだ、男には興味ないぞ。

「どうするほんさと、すっかり懐かれちまってるなあ」

 にやけながら俺に「日本少女宮・クッションボール」……全員のサインがプリントされている球形のクッション。サッカーボール……を投げつけてくる。あわてて立村が一歩、膝で後ずさりし一年連中に張り付いた。同期四人で顔を見合わせ、防御の視線を流した。

「よしよし、怖がるな、お前たち別にいいんだ。俺たちは決して、しごいたりいじめたりする気はない。その点は安心しろ。今回の集いはなあ、すなわち」

 結城先輩も予定より早く話を進めた方がいいと解釈したのだろう。

「本日は『かための盃』を交わすべく集まってもらったってわけだ。残念ながら今日は俺と本条だけだが、まあ他の連中とは合宿の時にまた話、すればいいだろう。お前たちは四人で、三年間、青大附中の評議委員として学校の中を泳ぎまわっていくわけだが、先輩後輩としての絆を深めて、同期の桜を咲かせるってことで」

 まどろっこしい。奴らは頷きながら目を真ん丸くして聞いている。意外なのは立村があいかわらず俺だけ見据えてることだけだ。

 話しているのは結城委員長なんだからそっちを見ろ。

 俺は軽く目を閉じてあごで結城先輩の等身大クッションにまたがった姿を指した。

 素直に次の瞬間から視線を逸らした様子だった。

「じゃあ、本条、頼んだ。これから『かための盃』だ」

「かしこまりやした」

 俺は結城先輩の部屋に常備されている冷蔵庫から、ビールを一缶取り出した。お猪口も人数分。ほんの一口だ。「青大附中評議委員会の不祥事」と新聞ざたにはしたくない。


 「かための盃」なる青大附中評議委員会の儀式は今年から始まった。

 一年一学期の五月に、結城先輩が俺をここに連れ込んで、まず一献、とばかりにビールを振る舞い、ぶかっこうにも酔いつぶれたくらいだ。未成年のくせにへべれけになっちまったなんて。学校に知れたら一発で退学だ。

 ちなみに一度や二度ではない。もちろん空き缶はこっそり夜中に捨てている。

 アイドルポスターに囲まれた部屋で「同期かための一献」を行った。当時は同期評議の連中とあれやこれやドンパチやらかしている頃だったし、結城先輩なりの気遣いだったのであろうと、俺も解釈はしている。まあちなみに奴らとは現在、「友情」なんてものも感じてしまっている。俺の得意分野である「女子との付き合い方」などのレクチャーもさせてもらっている。それもまあ、悪くない。ビール一杯で今まで口にできなかったこともぶちまけられる。つぶれた奴を介抱してげんなりしても、その後でいろいろ融通を図ってもらえたりする。なかなかいいじゃないか。

 今回もその延長上で行われる「かための盃」儀式。本当だったら塾に逃げやがった連中も交えて、結婚式の三々九度ばりにやりたかったところだ。奴らもその辺は了解済みで別の機会にと考えてくれている。すでに結城先輩と、第二次「かための盃」を予定している。


 でも、ここで小さくなっているねずみ四匹は、ブランデーボンボンか甘酒くらいしか飲んだことないんじゃないだろうか。「酒」という言葉を聞いただけで、二人が震え上がって缶を落としそうになった。立村ともう一人も、顔を見合わせてひそひそ話している。

「委員長、俺が思うにですな」

 簡単な台所がついているっていうのもすごい部屋だ。もちろんトイレ完備。四人には聞こえないよう、盃に少しずつビールを入れながら。

「いきなりビールっていうのもまずいんじゃないかと、俺は思いますな」

「お前、いっちゃん最初にに一本飲み干しただろう」

「もともと兄貴たちのおこぼれ頂戴してましたもんね。でも、こいつらの顔を見てると、俺のやってることって拷問みたいな気がしてなんないんですよ」

 結城委員長はふうん、とつぶやいて振リ返った。

「まあ下級生に飲酒させて補導されちまうのはいやだなあ。でもな、一滴も飲ませないって言うのもなんか違うぞ」

「一滴だけにしときますか」

 俺は四人の顔ぶれを眺めた後、おちょこに少しだけ黄色い液体をたらした。底に紺のぐるぐる巻きが見える。ビールが淡く揺れた。このまま一気飲みしたいんだが、やはりそれはまずいだろう。俺と結城委員長の分だけたっぷりビール原液を注ぎ込んだ。

「おいほんさと、こりゃあいくらなんでも少ないだろ」

「ごもっとも」

 まずいかもしれないが、量だけは必要だ。

 これはということで、ボトルに入った水をおちょこ中間くらいの位置まで注いだ。

 水で薄めたビールなんて飲めたもんじゃない。俺からしたらそっちの方が、拷問だ。

 

 全員をもう一度、結城委員長の前に座らせなおした。クッションをそれぞれ持って、水色のビキニで足をおっぴらいている「日本少女宮」のリーダーさんの立ち位置だった。立村が俺の側にくっついて離れないのは予測済みだったので、向かって左側に座らせた。D組評議なのだから順番としては問題ない。他の三人が同期連中と膝を抱えたのに対し、立村だけは俺の真似をして、ちょこなんと正座した。それに気づいてすぐ、全員座り直すところがやっぱり、一年坊主だ。


「では、これから、『かための盃』を取らす」

 ゆっくり、ひとりひとりにお猪口を手渡した。この辺は古式なんてもんはないがにのっとって、代表の俺が一年連中に渡していく。サイダーの空き缶を後ろに置いて、みな両手で受け取る。指先が震えている。立村も例外ではなかった。何度も底のぐるぐる巻きを覗きこんでいる。

「これから青大附中評議委員会で義兄弟の契りを結ぶ。今後どんな苦難が待ち受けていようとも、たとえどんなあくどい教師とぶつかり合おうとも、たとえどんな馬鹿後輩と当たろうとも」

 ──そこんところで俺を見るのはやめましょうや、結城さん。

 時代劇の見すぎか、それともやくざ映画にはまりすぎたのか。

「お互い助け合い、戦い、心を許していこうぞ。乾杯!」

 また顔を合わせてやがる。立村にだけ言った。

「乾杯って言えよ」

「はい、かん」 

 立村もちらっと「義兄弟」の仲間三人に小さくささやいた。頷く連中。どうやら立村が他の一年坊主にとってお手本になっているらしい。不思議なものだ。たいしたことしてないくせに。俺の顔ばかりうかがってるくせに。足下がつるつるすべるなか、

「一気に、飲もうか」

「うん」

「号令、頼む」 

 四人はすばやく正座しなおし、

「かんぱい」

 うつむいたまま、お猪口の端にかぶりついて飲み干した。勢い良すぎる。やっぱり水を混ぜておいて正解だった。あとのことを考えたら、当然だ。


 口にしたとたん、A、B組のふたりが思いっきり顔をしかめた。ビールを水で薄めた飲料水なんだ。たぶんこいつらは、いける口かもしれない。

「お前ら、飲んだことあるんだろ?」

 単刀直入に尋ねると、またまたABふたりで顔を見合わせる。はつかねずみだったらひげがぶつかり合う距離できょときょとしている。いきなり、C,D組の評議に視線を送り、「どう答える?」と相談する始末。俺の側に三人の目が固まった。一秒ずれて立村がこくんと頷くと、やっとA、Bもセットで首を下げた。要は「イエス」のサインだろう。

「まずかっただろ? 原酒でほしかったか?」

 結城先輩が太ももにはさみっぱなしのクッションを抱きかかえ、木馬の首にかじりつくように、

「ほしけりゃ、今度はビールでやるか?」

 返事を待たすにA、Bへ缶ビールを注いだ。

 ありがたく受け取る様子だが口をつけるのを迷っている。

「大丈夫だってな。俺たちもこれ以上今回は飲ませる気、ねえよ。酔いを覚ましてから家に帰るんだろ。自転車こげる程度にしとくって」

 俺だったらとことん飲み比べ、やるんだろうがそこまで相手に押し付ける気にはなれない。評議委員会が部活の要素を備えているのは確かだが、運動部に多く見られるような「先輩が後輩を威圧する」ことはしたくなかった。そんなことされてたら今頃俺は結城委員長をぶん殴って青大附中を退学だ。自分がされたことを相手にしてやるのが、青大附中評議委員会の伝統だ。

「立村、どうした?」

 C組の奴も一緒に盃と出したようすで、結城委員長は次いでやった。だが立村の方には俺がやれ、とばかりに無視して立った。気づいてない。ずっと俺の方ばかり見ているから。

「味しなかっただろ。少しだけ、やるか」

 俺の分のビールを、お猪口のぐるぐる巻きがにごらない程度に注いでやった。小さな声で、

「ありがとうございます」

 もう一度両手ですくうようになめ始めた。猫がミルクをなめなめしているみたいだった。大きな種を飲み下している横顔がしている。かなりしんどそうだ。苦いんだろう。中途半端な量だけに、味が染みてきついんだろう。たぶんこいつは、それほど酒がいけるほうではなさそうだ。

 ──あとはサイダーでもすすってろ。


 全員が二杯目の盃を交わしたあたりから、一年坊主たちも若干は打ち解けてきた様子だった。

 結城先輩のまたがっている「等身大クッション」に興味津々らしいA組評議が手を伸ばそうとしたり、B組評議が床のビニール下ポスターを覗き込んだり、C組評議がもう一杯ビールとサイダーを間違えて飲み干したり。まさに酒は魔法だ。結城委員長も、こよなく愛する「日本少女宮」について語り出したらもう、止まらない。ひたすら結成当時の苦労やら、コンサートツアーの追っかけした思い出やら、LPを引っ張り出してきていろいろイントロクイズさせたり。やりたい放題やっている。

「やらせてもらえない相手にここまで燃えるのもめずらしいよなあ」

 ぼんやりと座り込んでいた立村に話し掛けた。

 ぽつんと取り残された、というよりも輪の中へ入っていきたいと思っていないんだろか。

 

 俺も結城委員長の側に行きがてら、

「D組の奴は俺が面倒みますよ」

 とささやいておいた。結城委員長もその辺はすべてお見通しだったらしい。同じく小さな声で、曲に打ち消されそうな声で。

「俺の勘だと、あいつはお前の弟分になるぞ」

 さすが、匂いが違う。

 この人はよく見ているもんだ。俺をいきなりスカウトした時だってそうだ。評議委員会で一年同士……俺が一年の時だから去年だ……で、ささいなことからもみ合いになった時、

「本条はじゃあ俺がかばん持ちにするから、まずは一年連中三人で盛り上がれよ」

 「日本少女宮」ハンカチで汗を拭きながらお許しを頂いた。

 もちろん俺はその場で結城先輩の「コンサートパンフ」入りバックを持参の上、この部屋にきたというわけだ。貴重品満載のバックを他の奴らには、めったに触らせることがなかったと聞かされるのは後日のこと。

 たぶん今の俺と同じように、結城先輩は俺に対して繋がる「匂い」を嗅ぎ取ったのだろう。

 でなかったらバリバリの童貞君で、しかも生身の女子に関心のない結城先輩が、「小学校六年夏に初体験、現在はもう一人高校生の彼女持ち」の俺と好んで話をするとは思えない。


 もっとも立村も、俺のその辺に関する情報をどこまで持っているのだろうか。すけべ方面に好奇心むらむらなのか、俺の顔が気に入ったのか、もしかしたら同性にしか心惹かれないのか。わからん。

 もう一杯、手酌でビールを飲み干した後、俺は顔を覗き込んだ。

「こういうところ、初めてか?」

 うつむきつつも、こっくり、頷いた。

「酒飲んだもの、初めてか?」

 酔いが赤く出ていない、白い。唇を噛んだまま、俺に訴えかけるようなまなざしで、目を伏せた。

 ──こりゃあ、かなりまじでまずいぞ。こいつ。

「少し横になるか?」

「外に出ていいですか」

「トイレは向こう側だぞ」

 口をぬぐうような格好で立村は立ち上がった。幸い足にはきていない。しっかりと歩いていた。一年坊主たちが三人心配そうに見上げるものの、結城委員長の「元祖・日本少女宮のメンバー達」論を聞かなくてはならないとあってすぐに戻った。こいつらの顔はほの赤い。奴らのお猪口にはビールが絶え間なく注がれていた。

 

 俺は外に出て闇の中に目を凝らした。

 苦悶のうめき声がかすかに聞こえた。吐いているんだろう。トイレでは戻している声がまる聞こえだと思ったのか、自転車を置いてある場所の叢でうつぶしていた。

「立村、いるか?」

 そっと近づいてみると、涙のたまった眼がこっちを見た。口を草でぬぐって、無理やり立とうとしたがすぐ、突き上げるものでぶったおされしゃがみこんだ。

 ──本当に大丈夫かよ。こいつ。

 悪酔いったってここまでひどくはないだろう。もう吐くものもなくなった状態の立村が、うめいている。背中をさすってやった。

「もう、帰るか? 結城さんに頼んで、車呼んでもらうか?」

 そのくらいのことはあの人なら茶の子歳々だろう。

「大丈夫です。自転車あります」

「でもこのままげぼげぼやってたらたどり着くものも辿りつかねえぞ」

「品山、は、すぐ近くです」

 闇の落ちが早い。そりゃそうだ。ここは僻地だ。

「それに、今日はうちの親泊りでいないから、少しぐらい、酔ってても平気です」

「じゃあ、待ってろ、荷物持ってきてやるから」

 少し落ち着いて話ができる状態になってから、俺はもう一度怪しの館・結城委員長室に戻った。かばんたってまだ使って一ヶ月も経っていない。つややかな皮のものを探せばいい。


 既に、四人は合唱し始めている。なんのことはない、こいつらは大小問わず「日本少女宮」に関心ありありだってことだ。女子の前ではあまり誰々が好きだとか言えないだろうし、かといって内緒にするのもしんどい。新曲「巫女ちゃんになりたい!」をレコードにあわせてがなりたてるのは校内じゃあ、絶対できないだろう。

 ──立村はこれじゃあ、無理だな。

 結城委員長にまた、耳もとで事情を説明した。めがねの奥がちょっとだけ真面目に光った。

「酒弱そうだったもんなあ、あいつ」

「だから俺、送ってきますよ。下手に警察とかに補導されたらもっとまずい」

「そうだな。ほんさと。ここの連中はどうせあとで、車で送らせるつもりだったから心配するな。しっかし、お前さあ」

 さびの部分合唱している一年坊主を眺めつつ。

「今年の一年、まんざら捨てたもんじゃねえな。青大附中かくれ演劇部も安泰だ」

「御意」

「D組だけはほんさと、お前の管轄だ。悪いこと言わない、お前の弟にしてこいよ」

「じゃあ、あとはお任せしますぜ!」

 結城委員長はラックから、「ライブ・初コンサートツアー・日本少女宮」を引き抜き袋から黒いジャケットのレコードを取り出した。しばらくはそれをかけて盛り上がるだろう。自分と立村のかばんがどこにあるか探し、引っ張り出し、自転車置き場へ走った。



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