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40 小学六年秋・浜野京の頼まれごとと溜息と

40 小学六年秋・浜野京の頼まれごとと溜息と



 美子先生に相談されて俺も困っていた。

 だって、どうすりゃあいいんだ?

 だろ、だろ?

 ──上総くんを六年二組の仲間に入れてあげる方法を、クラスのみんなで考えてほしいんだよね。けいくん。

 だから俺だってこの問題、一年の頃から取り組んでるんだぞ。

 それで、いまだに、この状態なんだぞ。

 六年もだぞ!

 ──そうね、うん、京くんの言いたいことはわかってるよ。

 美子先生はやさしい声で、それでもしつこく頼み込んできた。

 ──京くんはほんと、一生懸命上総くんの面倒見てきたよね。一生懸命、仲間に入れてあげようとしていたよね。前からいろんな先生たちが、京くんのがんばる姿みて、偉いなあって褒めてたのよ。

 そりゃあ褒めるさ。俺だって自分を褒めたい。

 歴代の先生たちにみな土下座せんばかりに頼み込まれて、俺はあいつをサッカーやらドッジボールやら野球やら、いろいろな場面で引きずり込んで仲間に入れるようにしていた。もっともさっさと隙みて逃げ出されて大抵は苦労も水の泡だ。こんな奴、ふつうだったらさっさとシカトしてしまえばいい。けど、俺は投げ出さなかったぞ。うん、六年間、全くな。あいつは今じゃあ、俺の顔を見るたび凄い勢いで避けて通るようになっちまったから、声をかけるのも一苦労だがな。

 俺は全部、そのことを美子先生に話している。

 美子先生も、よっくそのことはわかっていると頷いてくれた。

 ──あのね、みんな知ってると思うけどね、上総くんね。

 お下げ髪をちょっとだけゆらして、美子先生は俺の知らなかったことを言った。

 ──もしかしたら、品川中学に行かないかもしれないのよ。みんなと違う学校に進学するかもしれないの。

 

 ほんとかよ。

 俺が目をぱちくりしちまったのを見て、美子先生はぐいと身を乗り出した。

 ピンクのジャージと白いTシャツとが真っ黒で、ちょっと汗臭かった。

 こういう時だったらつい、「先生、わきの下匂うぜ」とか言って絶句させてやるのがお約束なんだが、それもできなかった。

 ──京くんはクラスを一番まとめられる子だから言うけど、あのままだと上総くんは、みんなと友だちになれないまま、ひとりぼっちで卒業してしまうかもしれないの。それが先生はね、とっても心配なの。

 それは自業自得だろうが。そうつっこみたくなる俺って間違ってるだろうか?

 ──本当は、修学旅行や遠足とかでできるだけみんなと仲良くなってほしかったんだけど。

 できるかそんなの。あいつ修学旅行いきなり休んだだろ。遠足だって俺の知っている限り、禄に出たとこ見たことないぞ。話し掛けようったって休み時間必ずどっかに逃げてるし。図書館の貸し出しカウンターの下にこの前隠れてるのみて、追っかけるのも面倒くさくなっちまってそれからは無視だ。

 ──そうよね。そう、もっと上総くんが積極的になってくれないと、困るのよね。

 だろ? だろ? 俺の訴えって間違ってねえだろ?

 ──でもね、もう、時間がないのよ。

 美子先生は首を振った。

 ──もう、この学校で上総くんを救ってあげられるのは、京くんしかいないのよ。だからお願い。もう一度、上総くんをクラスの輪の中に入れてあげるようにしてほしいの。いい方法、あるよね、京くんなら。


 信頼してくれるのはありがたい。そりゃ、俺はずっと品山小学で知らぬものないサッカー部のエースストライカーだし、弱い者いじめなんぞ大嫌い。強きをくじき弱きをたすく、これぞ男の生きる路ってとこ。だから、そうしてきたはずなんだ。

 はずなんだが、だけどしかし。

 俺は美子先生のすがるような目に、しかたなく頷いた。

 じゃあ俺、どうすりゃいいんだよ。

「じゃ、俺、今から塾行くから、さいなら」


 そう言い残し、俺は教室を出た。

 ほんと、美子先生はなんもわかっちゃいないんだ。


 俺だってほんと、三年くらいの頃までは、毎日あいつの面倒見ようとしてきた。いつもひっこんで、黙って隅っこでいじけている奴を見たら、そりゃ、なんとかしなくちゃって思うだろう。俺のそんな姿勢が通じたのか、他の奴らも必死にあいつに声を掛けてたってわけだ。

「おい、立村お前、どうしてこんなとこで足がたがた震わせてるんだよ。気取ったシャツなんか着やがって、そんなの脱いで、さっさと来いよ」

 ボタンがどっさりくっついた襟付きのシャツなんか着て、膝丈のズボンなんかはいて、黙って仲間いれて欲しそうな顔して眺めていたら、何か言いたくなるのが人間ってもんよ。

 なのにだ、あいつ全然動こうとせず、かえって後ずさりする。しょうがないから俺たちがあいつの両腕とって、無理にでも混ぜようとする。よくあるのはドッチボールかたかたか鬼かのどっちかだ。とにかく必死こいてひっぱってきて、それから挨拶代わりにボールを何度かまわしてみる。逃げるんじゃなくて、受けとりゃいいんだ。なのにあいつ、必死に走りつづけるだけなもんだから、結局ケツとか腰とかに当たってしまい、ぺたっとへなへなしてしまい、最後に大声で泣き出すときた。結局、ボールをぶつけた奴が悪人になっちまう。何度か俺も弁護士になったけど、わあわあ泣き喚くあいつには結局勝てず、みなひっこんじまう、そういうわけだ。


 こんなめんどくさい奴、誰が面倒みたいと思う?

 俺だって、歴代の担任から「お願いだからなんとかして!」って頼まれでもしなければ、あいつなんて一切無視した。いじめるなんて男らしくないし、それ以上にみっともない。だから俺だってこまめに、

「なあ、立村またあそこでいじいじしてるから、なんか言ってこい」

って、仲間に指示を出してたわけなんだ。変な言い方したら、また泣かれるから、うまくやらねばなんないとは思ってた。けど、その場に立ったら、そんなに賢く立ち回ることなんて、できるわけ、ねえだろ?

 

 そうだ、こんなこともあった。

 確か、五年の頃だったか。

 男子と女子が教室を別々にして、「おとなになる旅」とかいうビデオを見させられたことがあった。いわゆる、「精通」だとか「生理」だとか、そういうエッチ話のビデオだ。ちんちんがでっかくなるしくみなんて、とっくの昔に知ってたけど意外にもクラスの中には知らない男子が結構いた。ひゃー、それは驚いた。ってことで、俺はクラス内の性教育講座をしねばなんねえなと、判断した。だってそうだろ? 修学旅行の時にその話できなかったら、俺、死ぬほどつまらんと思うぞ。

 で、暇があるとまずは適当に、

「お前、あいつのスカートめくってこい」

 指示を出す。女子がきゃーきゃーわめくのをなんとかまいて帰ってきたら、そいつに、

「ほら、女子パンツみたら、お前もこうなっただろ?」

 とズボンのチャックを下げさせて、お互いのものを見せ合う。大抵の場合、それはでっかくなっていることが多いんで、俺も他のギャラリーもみな、互いに見せあい、どれだけの差があるかを確認しあう。風呂場でやるのと同じだ。なんか俺たち仲間は、それやっててなんとなく、そういうエロ話がしやすくなり、共通の話が出来ると他の場面でもなんかいいな、って感じに付き合いが膨らんでいった。

 そういうもんだと思ってたんで、このチャンスに、と計画したのが間違いだった。


「立村、ちょっと来い」

 放課後、俺は他の連中に話をきっちりまわしておいて、あいつをしっかり囲った。あいつはいつも、すごい勢いで教室を飛び出していき、図書室かでなければ生徒玄関まで全速力で駆け抜けていくので、捕まえるのに骨が折れるのだ。だからチャイムが鳴ると同時に、あいつが座っている席に一番近い奴が、しっかと腕を取って押さえつけていた。女子たちもあいつには一切近づかないようにしていたので、それほど問題は起きない。

 ふたりに両脇からしっかり腕を押さえられ、あいつが俺の席に連れてこられた。

 女子たちがみな、いなくなろうとしたところで、俺はすばやく指示を出した。

 他の連中と一緒の、内容だ。

「女子のスカート、一発、めくってこい」

 みな、俺の命令は承知している。いやだと言う奴もいるがその場合は実行しなくても女子に近づけ、とだけ指示するのがコツだ。たいてい、それを想像するだけで、でかくなるべきとこがでかくなるので、まずはそれで完了。それからあとは、トイレに連れ込んでちらっと触るべきとこを触れば終わり。あいつは小柄なんで、きっと毛は生えてないと思うが。

 あいつは首を振った。肩を露骨に震わせた。ブレザーなんておぼっちゃまっぽい格好してて、膝下までくるズボンでまた中はシャツで、悪いがどこか勘違いしてるんでないかって気がする。俺もそれを感じずにはいられないが、そんなことはどうだっていい。

「おい、立村、他の奴らもみんなやってるんだぞ」

「そうだぞ、俺だって浜野にやれって言われて」

 犠牲者その一が、俺の名前を出してさらにすごんだ。悪いな、実は意外と実行率低いんだ。あまり無理すると、今度はこれが「いじめ」扱いになっちまって、かえって誤解を招くから、お互い軽い気持ちで、やりたかったらやってこい、って程度ののり。それをなんであいつは気づかないんだろう。一言でも、

「俺、いやだから」

 くらい言えば。それも泣かずに言えば。俺だって次の手が考えられるってわけだ。

「じゃあ、お前さ、女子のスカートめくるってここで想像してみろよ、あすこ、でっかくならねえか? 見せてみろ」

 そのくらい、軽く、言い放てるってわけだ。


 首を無言で振りながら、それでも逃げ出そうとするあいつに、腕抑えメンバーふたりはがっちり押さえていた。

「逃げるなよ、口利けよ」

 利こうとしない。いつのまにか最後の女子は教室からいなくなっていた。めくる相手がいないってわけだ。

「しゃあねえなあ、じゃあ、ほら、やっか」

 じたばたして、いつのまにかまたパターン通り、大きな目からぼろぼろ涙を流し出したあいつ。でも声を出そうとはしない。もし誰かがきたら、また面倒なことになるとでも思ってるんだろうか。別に俺たちはおまえのことをなぶろうとかいじめようとか、そんなつもりじゃないのにな。ただ一言、「そんなのやだよ」くらい言えば、「おや、そりゃどうしてだ? 女子のパンツに興味ねえのか? そんなんでお前いいのか? もしかしてお前女子より男子が好きか?」くらいアホネタかませるってのに。隙がなさすぎる。

 こうなったらさっさとすませてさっさと解放するしかない。大声で泣き叫ばれたら、また俺たちが悪者にされてしまう。どんなに仲間に入れてやりたくても、先生たちが溜息ついても、あいつはただ、隅っこ族のまんまだ。

「立村、お前、ちんちん出してみろよ」

 俺はさっさと結論を持っていった。

「お前、まだ、毛、生えてねえんだろ」

 しゃくりあげながら、それでも足をばたつかせているあいつに、俺はひょいと、その場所を触ってやったわけだった。まだ、ガキだったようで、そっちの反応はなかったようだった。


 ひとこと「なんだよ、くすぐってー、やめろよー、お前のもやるぞ」くらい言い返せば、お互い笑って盛り上がれるってのに、結局あいつは声を挙げて泣き出し、先生たちが駆け寄って来て、またまた俺たちはたっぷり先生たちにお説教を食らわされた。いったいどうすりゃいいんだろう? この結末いかに?


 さすがに六年になるとそんな面倒なことをするのも面白くないし、俺もいろいろあって塾に通うことになったので、あいつのことなんてどうでもよくなった。ただ、美子先生みたいに泣きつかれると、俺もひとつ、男として、クラスのために一肌脱がねばって気にもなる。修学旅行や遠足、体育祭であいつが仲間に入れてもらえず浮いている状況ってのは、やっぱり落ち着かないし、本音言っちまうと俺もなんかいやだ。どうせだったら最後は、クラス全員、最高のクラスでしたっ!とでも叫んで卒業したい。けどあいつがあのままだと……まあ最近は泣き虫でなくなったみたいだし、そろそろ俺の話も聞いてくれそうな気がしなくもないが……、最後まで俺たち六年二組はあいつに嫌われたままで終わってしまう。中学でもっかい声を掛け直すこともできるかもしれんが、クラスが違っちまったらそれもうまくいかんし、へたしたら俺たち小学校組が知らないとこで、あいつとことんいじめられてしまうかもしれない。ああいう泣き虫をいじめたがる奴って世の中に結構いるからなあ。そういう時に、もし小学校の友だちがバリバリ現役いい奴だったら、相談にだって乗ってやれるだろ?


 いいさいいさ、また明日考えりゃいい。俺はそれよか一世一代の大勝負が待っている。

 俺は肩掛け鞄を背負い直し、ダッシュで青潟駅まで向かった。

 同じ塾に通っている女子に、あさっての日曜、俺が出る予定のサッカーの試合に来いとつたえねばならない。俺の小学校最後の晴れ姿を見せ付けて試合中にしっかりゴールを決め、ホイッスルが鳴った後にあらためて。

 ──加奈子に好きだと一発、決めるんだ! 


 あの子にOKしてもらえたら、あの泣き虫立村のことも美子先生の六年二組仲良しクラス計画も、みんなうまく行くさ! 絶対に!

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