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35 立村和也と時辻沙名子のメリークリスマス

その35 立村和也と時辻沙名子のメリークリスマス


 沙名子に連絡して彼女の部屋に向かったのは朝の八時過ぎだった。僕の仕事がたまたま昼出勤でよいとのことだったので、できれば早い段階で話をしておきたかった。もっとも沙名子にしては別の目的もあったに違いない。元夫婦とはいえ、彼女なりに礼儀を求めてくるのだから。

「ね、忘れてない?」

「何を」

「今日はなんの日よ」

 つっとんげんな口調が、なぜか沙名子から出るとまったくいやみにならない。

 そう思うのは元旦那である僕だけなのだろうか。

「クリスマスイブは昨日だったし、用意してないよ」

「あらそう、じゃあこれから用意してくれるのね」

 かくして、僕は沙名子のリクエスト通り、駅前のホテルで朝食バイキングをしたためることとなった。もちろん、僕の「クリスマスプレゼント」としてである。


 沙名子は真っ赤なコートをさくっと脱ぎ、クローク係のホテルマンに渡した。クリスマスイブの夜を楽しみ、その後そそくさとチェックアウトせねばならない若いカップルたちがレストランにかなりたむろっていた。だいぶ眠そうな目をした女の子と、荷物をかかえつつもあたふたしながら荷物を抱えている男の子と。おそらく年齢は十代後半だろう。アルバイトしてしっかり彼女を楽しませる資金を蓄えてきたのか、それとも親のすねかじりなのかは定かではない。

「それにしてもここのフレンチトースト、おいしいわよね」

 たっぷり、フレンチトーストを山盛りにして、その上にメイプルシロップをたらりとかけた。この人は以前からそうなのだが健啖家で、とにかく美味しいものが好き。舌は確実。僕からしたら沙名子はパテェシエとか料理人とかそのあたりを目指した方がよかったのではないかと思うくらいだ。実際彼女のいた頃は、食事を外で取ることに喜びを一切感じなかったからだ。今は、というとなんとも言えないが。

「なんでもまる一日、シロップに食パンをつけておいて、それから焼くらしいね」

「そのくらい手間をかけなくてはだめなのよ。何事にしてもね」

 あっという間に沙名子は山盛りのフレンチトーストを平らげ、周回しているウエートレスに、

「珈琲二人分ね、マイルドブレンドで、黒砂糖で」

 一声かけた。もっと別の料理を取りにいけばいいのにと思うのだが、沙名子曰く、

「あそこのレストランはね、フレンチトーストが絶品だけどそれ以外の料理は中の上クラスなのよ。まあでも、フレンチトーストで十分元は取れているわよ」

 とのことだ。それでもフルーツサラダとスモークサーモンはテーブルの上に載っている。

「ところで、和也くん」

「なんでしょうか、沙名子さん」

 沙名子は珈琲が来るまでの間、メロンとオレンジをそれぞれ口に運びながら、今朝の最優先話題をさっそく振ってきた。もちろん、僕も異存はない。

「立村くん家のお坊ちゃまは相変わらずなのかしら」

「おそらく今ごろ、朝帰りだな」

「ったく、あの馬鹿!」

「いや、厳密にいうと、僕がご機嫌を損ねてしまっただけのことであって」

 僕は微笑しつつ、おとといの出来事について語ることにした。たいしたことではない。ただ、「立村くん家のおぼっちゃま」がお年頃だという報告に過ぎない。沙名子も黙って頷き、届いた珈琲の香りを楽しんだ後、

「ご報告、よろしく」

 口に運んだ。


「上総に彼女がいるのは聞いているだろう。この前菱本先生と話をした時も、ちらっと出ていたけれどね、ほら、清坂さんとかいった」

「承知承知。奇特なお嬢さんがいるものねえ」

 沙名子も頷きつつ、口元やわらかく「それで」と促してきた。

「おとといのことなんだが、たまたま仕事の手が空いて早めに戻ってきたところ、あいつがその彼女を我が家に招待して、なぜか居間のシャンデリアの下、懸命におもてなしをしていたんだ」

「連れ込んで?」

 沙名子は眉をひそめた。違う、違うと僕は指先を震わせて伝えた。

「中学生とはいえ、やはり男子たるもの、どうやって恋人を喜ばせるかというのを真剣に考えていたんだろうな。あいつもその点、意識はしていたようだな。いやほんと、料理も全部手作りでさ、おそらく前の日から仕込みとかしていたんだろうな。珈琲・紅茶、全部用意していたし、部屋も思いっきり掃除してたな。さすが沙名子さんよく仕込んだな、といわんばかりのセッティングだ。いやほんとあれには笑ったよ」

「出張ホストって感じ?」

「言いえて妙」

 僕は沙名子の指先にまだ透明のネイルが施されているのに気がついた。

 夫婦でいた頃にはただ何気なく見えたものが、一度離れたとたんに新鮮に映るのが不思議だった。

 僕は沙名子を、十年以上もの間、どこまで見つめてこれただろうか。

 

「でも本当に、それだけだったわけ?」

「ああ、それは大丈夫だった。ほんと、おままごとだな。上総が一生懸命彼女のご機嫌を取っている姿を陰で観察するのも面白いと思ったんだが、やはりこれは親の仕事だろうし」

「当たり前よ。年頃の子どもたちだもの、親なりの仕事はあるわよ」

 そうなのだ。僕はこぶりのステーキを皿に山盛りにしたまま、食いついていた。沙名子の好むフレンチトーストよりも、今の僕には肉の方が腹持ちよい。

「それで、上総の可愛い恋人さんは、ちゃんとお家に帰ったわけ?」

「ああ、あいつがしっかりバス停まで送っていった。プレゼントも渡していたみたいだけど、あれはなあ、どうだろうな。沙名子さんどう思う?」

「どんなもの?」

「ちりめんの袱紗。たぶん『おちうど』のおかみさんがうまく融通してくれたんだろうと思うんだがな」

 沙名子、思いっきり吹き出し笑いこけた。上総には悪いが、それも当然だろう。

「全く、あいつ何にも女の子のことわかってないってわけね。せっかくふたりきりのクリスマスをたくらんだにもかかわらず、クリスマスプレゼントが、袱紗? 喜ぶわけないじゃないの。いい、女の子にはね、花束が一番なのよ。和也くんもそのくらい、わかるでしょう?」

 ということは、これから僕は花束を用意して沙名子に渡さなくてはならないということか。

「鉢物だったら、だめかな」

 おそるおそるお伺いを立ててみた。

「女の子には向いてないけれど、女性にはOKよ」

 ああ、やはり僕たちは夫婦だったのだ。直感、しっかり伝わる。


「彼女のいる間は僕もある程度遠慮して様子を伺っていたんだけどな」

 僕は少し呼吸を整えた。やはり僕なりに「父親」の義務がある。

「やはり、この機会に男女交際に関して注意を促しておいたほうがいいと思ってさ」

「それは当然ね。男親が男の子にすべき教育よね」

「早い話、上総に少し説教したというわけなんだ。誰もいない部屋に、女の子を呼び入れるのは決して褒められたことではないとか、まあそのあたりだ」

「当然、性教育もね」

 沙名子は全く笑っていなかった。あれだけうまそうに飲んでいた珈琲もカップに半分以上残っている。

「男の子のことは男親が教えること、というのが沙名子さんの考えだったものな」

「そういうことよ。でも、上総にそれ通じたのかは疑問ね」

「おっしゃる通りだ。あいつ照れたのか恥ずかしいのかよくわからないが、すぐ部屋に篭城してしまった。しかたないんでこちらも朝、改めて話をしようとしたらすごい勢いでわめきちらし、友だちの家に逃げ込んでしまったと、そういうわけだ」

「友だち? あとでお礼の電話入れておかないとまずいわね」

「そこのところは沙名子さんの判断に任せる。ちゃんとそこの家からは連絡があったので心配はしていない。変に街をふらついているわけでもなさそうだし、一安心なんだが、しかしだな」

 息子ゆえに、名誉は守ってやろうと思う。

 男同士の、一種の盟約だ。

「まったくね、思い立ったら何しでかすかわからないのが、上総なのよほんっとに」

 沙名子は珈琲を飲み干し、おかわりを注文した。

「そこのところが、ほんと、私にそっくりよね。顔は目のパーツしか似てないけど、本質はほんっとに私の血引いてるわよ。詰めの甘いところが和也くん似だけどね」

 余計なお世話である。


 よく取材でここのレストランを使うのだが、確かに黒砂糖のみでいただくエスプレッソは極上のうまみがあり、なぜかよい記事を書き上げることができる。その験担ぎというわけでもないのだが、沙名子と会う時はいつもホテル内のレストランを利用することが多い。

「それにしてもねえ、やはり、一度、その清坂さんというお嬢さんのお宅にご挨拶しておいた方がいいかしらねえ」

 沙名子はため息を吐いた。

「子ども同士の付き合いだし、それはそれでいいんじゃないのか。むしろ上総の場合、男同士の友だちの方に声をかけたほうがいいとは思う」

「でもねえ、何かがあってからでは、遅いのよ。特に上総の場合はね」

 言いたいことははっきり言葉にしなくてもわかる。沙名子の心配もごもっともである。僕にも同じ年頃を通り抜けてきたゆえの経験が残っているし、今の上総がどういう精神状態で思春期を迎えているかは想像できなくもない。ただし、僕の経験をそのまま今の上総にスライドできるかというと、そうとは言い切れない。上総は僕と沙名子の共同制作で生まれたわけであり、沙名子要素の強い子どもでもある。僕がつかみ取れるのは上総が男として生まれたから、その性の共通点だけだろう。

「菱本先生ともこの前お会いして、いろいろ話をしたけれども。上総の性格はやはり、いろいろ軋轢を生んでいる様子」

「家庭訪問以外でか? 沙名子さん、確かその時は僕と一緒じゃ」

「いろいろコンタクトする方法はあるのよ。偶然、喫茶店でお茶を飲むとかね」

 何かひりひりするものを感じるのは気のせいだろう。僕は無視を決め込んだ。

「とにかく、上総って子は計画を細かく立ててそれを綿密に実行しようとするのよ。いろいろと準備して、自分のやりたいことを絶対にやり遂げるという強い意志はあるわけよ。それは認めるわ。確かにあいつ、青大附属に入学しようとした時の集中力は相当なものだったもの」

 沙名子が家庭教師張りに張り付いてしごいた成果と僕は思うのだが。

 小学校時代の上総の能力で、青大附属に入学できるとはまず思えなかった。

 自分の息子だけに、そのあたりの出来はあまりよくないのはしかたない。

「それがお勉強だけに出ればいいんだけど、どうも上総の場合、いろいろな問題行動にそれが顔を出してしまうようね。ほら、この前夏休み中、いきなりバスから飛び降りて一人で行動したとかいう話、あったでしょう。宿泊研修の時よ。あの時も菱本先生はかなり驚いていたし、みな上総が衝動的にやらかしたことだと思っているようだけど違うのよね。わかってもらうのは大変だけど、それもしかたないわ。だって親である私たちだってあいつのことは百パーセント理解できていないんだもの」

 どう答えればいいのだろう。沙名子はさらに続けた。

「ほら、覚えてる? 上総が修学旅行に行かなかった理由」

「ああ、あれは神経性の夜尿症だったんじゃないのか。もうすっかり直っているようだが」

 と、僕は沙名子から聞かされている。もっとも上総がそのことを知っているかどうかはわからない。六年生にもなっていきなり、布団に地図を描いてしまった状況ではあいつの性格上、まず無理だろうと判断したとのことだったが。当時十二歳とはいえ、やはりプライドはあるだろうからそのことはあえて何も言わないで置いた。

「違うのよ、まあ今だから言えることだけど、これからのこと考えると和也くんにも話しておいた方がよいわね。あれ、上総が自演自作の芝居よ、芝居」

「芝居?」

「そ、よくもまああそこまでねえと思ったわよ。ちょうど修学旅行二日前だったかしら。いきなり上総が真夜中、泣きながら私に打ち明けるわけよ。おねしょしちゃったから修学旅行行くのが怖いとかいって。みたらまさにそういう感じに大道具小道具全部セットアップされてるわけ。布団は水浸しだし。でもね、すぐに気付いたわよ。あれ全部、お茶よ。それも私がお客様用に用意してある玉露を使ったわけよ! ほんといい香りしてたわよ。部屋の中が新茶の香りっていったい何? もったいないったらありゃしない」

「ちょっと待て。上総が何をしたっていうんだ?」

 初めて聞いた話に、僕は少しとまどった。沙名子がまだ妻だった頃の話で、事後承諾のような形ではあった。当時、学校でいろいろストレスを溜めていたらしい上総が、修学旅行に行きたがっていないのは知っていた。でも授業の一環でもあるし無理にでも行ったほうがいいのではという結論で準備をさせていたはずだった。それがかなり上総には堪えたらしく、体の方に拒否反応……つまり夜尿症……がいきなり起こってしまったという。もちろん一過性のものであり、尾を引くことはなかったけれども、やはり万が一旅館の布団でやらかしてしまったら最後だし、これはしかたないと沙名子が判断し、休ませたはずだ。

 それが、狂言だったというのか?

「つまりね、上総は何を考えてたかっていうと、私たち親が納得する、修学旅行の休み方を計画してたってことよ。よくおねしょの有無を確認するけれども、それはそうよね、直ってない子、かなり多いと聞くもの。でも上総はそのあたりのしくじりはほとんどなかったし、妙だとは思ったわ。大量にお茶をシーツにかけて、ご丁寧にも下半身と上半身一部をぬらす演出して、最後には泣き真似までしてるんだものね。怒鳴るのが私の流儀だけど」

「本当に、よく押さえたな」

 沙名子は口よりも先に手が出るタイプの母親だ。上総はほとんど沙名子からスパルタ教育を受けたようなものだ。少しいじけたところがあるのも、それに影響されているのかもしれない。もっとも沙名子からすれば、僕の無関心さに問題があるのではないかとのことだが。無関心も何もない、男の子を教育する場合は、干渉し過ぎないことが大事なのだ。

「あいつが家で真面目に勉強している間に、学校に行って直接話をしたのが、結果としてよかったとは思うけども、私は。品山の子どもたちと上総が合わないのは承知していたけど、ここまでとは思わなかったし、これはやはり、青大附属にあいつを押し込むしかないと判断するきっかけになったもの」

 

 周りからは僕たちの離婚についていろいろと取りざたされている。本当のことを言えば僕も、沙名子がなぜ、籍を抜くことをあれだけ執拗に求めたのかつかみかねている。本人曰く、身軽に仕事一本に打ち込みたいとか、年頃の息子に張り付きすぎる母親にはなりたくないとか、全く説得力のない言葉を口にしていたけれども、おそらく半分は当たっていて半分は胸の中に納められているだろう。沙名子には沙名子なりの、教育方針があるのだ。

 そのひとつが、「思春期の男の子は母親よりも父親の手によって育てられるべし」。

 決して、そんなことはないと思うのだが。特に上総のように、やたらと手のかかる子どもならなおさらのこと。でも沙名子はそれを曲げようとしなかった。一ヶ月に数回は顔を出し、さらに一週間くらい泊まっていったりもするのだから、決して僕や上総のことを見捨てたわけではないだろう。あえていうなら、他の男と出会ったわけでもないだろう。なぜ、こういう方法を取りたがったのか。それが僕にはわからない。

 もちろん、十四才の息子ともなれば、それなりに男として目覚める部分もあるだろう。

 おとといの例の彼女とのひと時もそうだし、部屋の中にやはり隠されている……使う目的はわかりきっている……ものとかもある。ただ、上総は思っているよりもそのあたりの目覚めが遅いようなので、最低限のことだけ話しておけばよいかと思っていた。簡単に、「妊娠だけはさせるなよ」程度のことはあいつが中学一年の段階できちんと話をしておいたはずだ。しかし、どうだろう、今回のことを考えると、もっとつっこんだ話をしておいたほうがいいのではないかという気がしてならない。


「和也くん、上総にいわゆる性教育みたいなのはしているわけ?」

 いろいろ考えていると沙名子につっこまれた。珈琲が相当美味しいらしい。三杯目追加だ。料金に含まれているからあまり気にしないでよい。

「男だからね、そのあたりはそれなりに。たとえば避妊具の使い方とか、女性に対しての意識の仕方とか。レディーファーストの意識だね。あいつはやはりまだまだ子どもだから、あまり心配はいらないと思うんだが」

「いいえ、それはまずいと思うのよね。和也くん、やっぱり男子の場合、どうしても性欲がほとばしってしまう時期でしょう。上総も例外とは言えないわよ。いくら頭にそれなりの知識が入っていても、やりたいと思ったらやってしまうのが、上総なんだから、少し気を付けてもらわないととんでもないことになるわよ。たとえば妊娠させちゃうとか」

「それも僕なりに考えてるよ」

 だから……。

 僕は、沙名子の顔をじっと見つめ、ゆっくりと問うた。

「思春期の一番難しい時期を迎える息子のために、もう一度、戻ってくるという選択肢は、ないのかな」


「三年後には考えておくわ」

 きっぱりと断られるかと思ったが、そんなことはなかった。沙名子は僕に微笑んだ。妻の頃は見えなかった怜悧な微笑みがきらめいた。

「上総が青大附属を卒業して、きちんと大人としての意識を持つことができるようになり、独立するようになってからね。それまでは母親が少し、あの子から距離を置いておいたほうがいいと私、思うのよ。もちろん要はしっかり押さえるけれども。やはりあの子は父親の手で育てられるべき子だと思うから、私はやはり離れていたいのよ。でないと、とんでもないマザコンになるか、卑屈なだけで女子を見下すような嫌な男になるか」

「そうならないように、力を合わせていくというのも、いい選択肢だと思うんだが」

「そうね、考えておくけど、まだまだ先よ。和也くん、配偶者関連の税金を考えると、少なくとも六年間は間を空けておいたほうがいいと思うし、それに和也くんだって、別の人を好きにならないとも限らないじゃない? 上総の新しい母親になる人とか見つけるかも」

「それはないよ、絶対に」

 沙名子にはっきり、伝える言葉。まだ時間がかかりそうだが、長期戦で行くしかない。

「悪いけど、あの頑固で融通きかない上総のような息子を、喜んで受け入れる新しい母親なんているわけないよな。沙名子さんもそう思うだろ。何をしでかすかわからない息子なんだから、きっと火傷するよ。それならやはり、沙名子さん、君だけしか」

「ご馳走様! じゃあ、あとで花束よろしくね」

 僕が言いかけている言葉を振り切り、沙名子はそそくさと赤いコートを羽織った。

「じゃあ、遅くなったけどメリークリスマス! 詳しくはまた今度、珈琲でもよろしくね」


 最後にどうしても言えなかった。

 僕が欲しているのはもちろん、上総の母親としての沙名子であるけれども、それ以上に二十歳の頃から一緒に暮らしてきたかけがえのない女性だということを。

「メリークリスマス!」 

 ──三年も待つのはごめんだ。

 悪いが僕も、上総の父親なのだ。おそらく優柔不断だとかぼんやりしているとか、困ったところばかり僕の遺伝子から分け与えてしまっているようだ。だが、沙名子の言う通り、「やりたいと思ったら綿密に計画を立ててやり遂げてしまう」性格は僕の中にも若干あるはずだ。そして、何年か多く生きている僕の方が、おそらく上総よりもその術を上手に操ることができるはずだ。


 ──時辻沙名子をふたたび、立村沙名子に戻す計画。

 僕は残りの珈琲を黒砂糖で飲み干し、ゆっくりと手帳を開いた。

 計画を立てよう。まずはそれからだ。

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