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34 中学二年・春休み 入院中の立村上総と見舞う本条先輩の図

34 中学二年・春休み 入院中の立村上総と見舞う本条先輩の図


「おーい、どうしたんだ、立村、手術成功したんだってな」

 相変わらず脳天気な声がする。麻酔から覚めてしばらく地獄の苦しみに耐えていた僕に対して、よくもまあ、言えるもんだ。ただの盲腸だったみたいだから、たいしたことないと周りには言われているけど、当人にとってはたまったものじゃないのだ。

 春休み中だったのは運がよかった。ほとんど誰にも気づかれずにすんだ。

 手術して間もないし、たぶん父さんも他の人には連絡していないだろう。母さんにはさすがに電話をかけたらしいけど、「別に死にそうなわけじゃないんでしょ!」ということで一度顔を出したっきりだ。まあ僕としたらそれの方が精神的に落ち着くけれどもだ。今のところ、父の居ない間頼みごとはみな看護婦さんにまかせっきりだった。経過は順調なので、二、三日で退院できるはずだ。できれば誰も見舞いにこないでほしかった。こんなパジャマ姿でひっくり返っている様を見たい奴なんて、ふつういないだろう。

 なのに、なぜか本条先輩だけはかぎつけてきた。誰が教えたんだろう。


 起き上がって本当だったら話をしたいところだが、タイミングよく緊急を要することを頼みたい。これは男子だからこそ、頼める利点である。もう先輩後輩気兼ねしていられない。

「本条先輩、いいですか」

 僕はそっと呼びかけた。いきなり紙袋からグラビア写真集の束を取り出し、

「ん? どうした立村。お前、たまってるだろ、写真集持ってきてやったぞ。早く抜けや、動けるだろ」

 別の意味で溜まっているというべきなんだろう。僕は首を振った。

「すみません、下の、あれを取ってもらえますか」

 僕は少し横にずれた格好でベットの下を指差した。

「あれって、尿瓶か?」

「そうです。できれば今すぐに」

「おいおい、お前、がまんしてたのかよ」

「今朝から……理由は、想像してください」

 もちろんナースコールを押せばすぐに看護婦さんが来てくれるのは分かっている。手術の時には素っ裸になってしまったんだから、いまさら恥ずかしがることもないだろうとは思う。だが、やはり僕にはまだ抵抗がある。尿瓶を取ってもらうくらいならいいけれど、大抵の看護婦さんはみな、親切に全部やってくれようとする。僕が自分ひとりでやると言い張っても、向こうの方で何も言わせずにしてくれる。仕事だから当然なんだろうけど、やはり緊張するものは緊張する。父がいれば代わりにやってもらえることもあるのだが、その辺も巧くいかない。限界に達する寸前だった僕にとって、やはり本条先輩は救いの神だ。

 ひょいと、透明な瓶を持ち上げて、僕の目の前にすとんと見せた。

「へえ、これでやってるのか。手が届かないのか」

「丁度、ぎりぎりのとこなんですけれど、あまりうごくと傷が痛むんです」

 僕はベットの中で騙し騙し、何度か寄ろうとした。

「まあな、ここの看護婦さん美人が多かったもんなあ」

「そんなんじゃないです!とにかく、早くください、あとそれと」

 もうひとつ、一呼吸置いて僕は伝えた。

「二分くらい、カーテンの奥で待っていてくれるともっと助かります」

 こんなところで男の放尿シーンなんて見たって本条先輩は嬉しくもないにきまっている。僕の知る限り、この人は完全なノーマルだと思うし、ふつうのあれやこれやは得意だろうが、嗜好などにあまり極端なずれはないような気がする。というか、そんなもん、見たってむかつくだけだろう。

「いいじゃねえか、早くやっちまえよ」

「本条先輩、そういう趣味だったんですか」

 これがもし女子だったら……清坂氏あたりだったら……理由をつけて最後までがまんすると思う。でも、もう僕は限界に近づいていた。一刻を争うってこういうことをいうのだろう。身体の一部が痺れている。生理的行為が一切できないって実に、地獄だと入院期間中思い知らされた。

「とにかく早く、貸してください。本条先輩、この歳でもう布団をびしょぬれになんかしたくないですよ、俺だって」

「まあな、おねしょはしたくないよなあ、立村」

 いきなり本条先輩はベットの端に腰を下ろした。

「看護婦さんに全部始末されるんだもんなあ。十四にもなってなあ、もらしはやりたかねえよなあ」

「何言ってるんですか、とにかく、下さい、早く」

「いいって、俺が代わりに面倒をみてやるよ。ほら、出せ」

「出せってなにをですか!」

 にやにやしながら本条先輩は僕の掛け布団をめくり、いきなり片手を押さえた。どこかっていうとまあ、その、こらえているところといったらいいんだろうか。ふつう切羽詰っても、中学に入るとよほどのことがない限り手を使って押さえたりしないだろう。僕だって学校ではしないだろう。そうせざるを得ないのがどういうことか、本条先輩はわからないわけないだろう。

「ほら、相当しんどそうだなあ、顔、真っ赤だぞ」

「あたりまえでしょう! 十二時間こらえてるんだから。本条先輩は経験ないんですか!」

「ないとはいわねえよ。俺、六年の時、もらしたもん」

 さらっと答える本条先輩。絶対それって、嘘だ。

「大きい方だけどな、だから、それほど目立たなかったけどなあ。バスの中で、やっちまった。腹を下してたからなおさらまずかったんだろうなあ。帰り道、みんなが寝てるときにな、おもいっきり」

 ──ああ、男の場合はそちらだとどうしようもないよな。

 いつぞやの宿泊研修時、僕が偉く神経質に「ペットボトルを用意しろ」とわめいたことについて疑問視していらしたようだが、今考えるとそれも納得だ。本条先輩は、もっと大きな問題(文字通り大きな)を見据えていたってわけだ。

「本条先輩、で、周りには気づかれなかったんですか。なかったでしょうね。そんなことをしでかしてたら、堂々としてられませんから」

「お前とは違うよ。とにかく、今、お前の気持ちがいかに大変かはよおくわかる。だから、ほら、意地張るなよ。まじで膀胱炎になっちまったらどうするんだよ」

 心配してくれるんだかなんだか。本当に心配してくれるんだったら、頼むから尿瓶だけ置いてカーテンの外に出てほしい。ひとりで用を足して、見苦しいものを隠してしまうから。

「本条先輩、ふざけないでください。今そこまで見抜いているんだったら、俺が今の一瞬にでもどうなりそうなわかるでしょう」

「だから、おとなしくしろよ」

 本条先輩が空いている手で無理やり僕の片手を取り去る。手早すぎる。抑えがなくなったとたん、強烈になだれうつものがある。精一杯こらえるのだが、非常に痛い。

「もうやめてください、本条先輩、お願いですから、はやく、もう」

「黙ってろ。ほら、俺に任せろ」

 あっという間に本条先輩の手は、尿瓶を必要とする場所に押し当てている。チャックもボタンもないパジャマを着せられているから、その辺はあっという間だ。誰もいなかったらさぞ極楽、と思えるのだろう。しかし、本条先輩の膝の上に置かれている尿瓶に、一気に放出なんてできるものか。それよりもすべてを見られている、それが情けない。恥ずかしくはないが、見せびらかしたいものでもない。断じて言うが僕は露出狂ではない。

「ほらほら、どうしたんだよ。はやく、しろって」

「できるわけないでしょう、先輩、貸してください」

「お前もずいぶん小さいなあ。しかも全部、毛そってやんの。まあ手術前だもんなあ。大きさが仕事と影響するわけじゃねえもんな。ほらほら、はやくじゃあっとやっちまえ」

「見つめられたら出るもんだって、出ませんよ」

 もう、出したくてならないのに、がまんの限界を超えて痛くてならないのに、それなのに、出ない。本条先輩がじっと、尿瓶の透けた中身を見つめているからだ。動いているのが分かる。こんなところでなぜ、元気なんだか。情けない。

「第一、汚いものを」

「俺が汚くないって言ってるんだから、大丈夫だってあれだけ言ってるだろ」

 大きくため息をつくと、本条先輩はゆっくりと身体を近づけた。もちろん片手の尿瓶はずらさないまま。もちろんここで僕があきらめて、思いっきり出してしまったら勢い良く黄色い水分がたまるところを見られるはめになる。まあそれはかまわないが、本条先輩の前で一部始終を見られるのはやはり抵抗がある。夏の評議委員宿泊研修時で、お互いの竿をしごきあった時だって僕はかなり、神経をすり減らしたのだ。それよりましといえばましだけど、でも、見られたくないものではある。

「ほらほらほら、いいか、立村。お前、感覚がなくなっちまってるだろ」

 次の瞬間、唇に硬い痛みが走った。

 ほおとあご、それと、唇の粘膜。

 唇の間を押し上げようとする、何かの物体。

「や、やめてください、本条先輩」

 言葉に出ない、覆われた。

 身体の中から力が抜けた。もう僕に抵抗する力は残っていない。押し返そうとしたとたん、濃い色の液体がしゅるしゅるとたまっていくのが見えた。本条先輩はしっかと、片手を抑えたままだった。

「ほおら、すっきりしただろ」

「──先輩、こういうの」

 生理的強烈な欲求から解放されたとたん、力がみなぎり僕は本条先輩を突き飛ばした。左腹がちくちく痛い。がまんしすぎたせいか、肝心要のあの部分もまだひりひりしている。

「変態、って言うんですよ」

「可愛い後輩が出すもの出せないで苦しんでいる時に、身をもって助けてやった先輩の恩も忘れてか。全くお前、ガキだなあ」

 高らかに笑い、最後にゆっくりと、

「まあ、次の水分および精力をこしらえるためにな、まずは果物を食え。お前林檎が好きだったよな。手を洗ってきてから向いてやるよ。待ってろ」

 信じがたいくらいたまっている黄金色の輝きを持ち上げてじっくり眺めた後、本条先輩はベットの下に置いた後、僕の頭を軽くかまして出て行った。

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