28 中学三年九月・南雲秋世のささやかな疑問
28 中学三年九月末・南雲秋世のささやかな疑問
そろそろ次期規律委員長としての指名をしなくてはならない時期にきている。服装違反毎度恒例の俺がよくも堅苦しい規律委員長なんぞ務められたものだと思うが、それも時代の流れだろう。とりたてて問題が起こったこともないし、委員会内はどこぞと違い全くもって平和だ。波風立たず、かといって活気がないわけでもない。あと半年任期が残っているけれども、俺なりになんとかなりそうな気がしている。先生のいるとこでは、衿のボタンをかけておいて少し膨らみ大きめにタイの結び目をこしらえておくとか、髪形はきちんと「天然パーマ届け」を出しておくことを新入生たちに伝えておくとか、「青潟大学附属中学ファッション通信」でできるだけおしゃれな制服の着こなしを伝えていくとか。規律委員長としてやることはすべてやったつもりだ。
ただ、やっぱり毎度のことながら胃が痛いのは、次期規律委員長指名というややこしい約束事だ。
評議委員長の立村が言うには、
「とっくの昔にそんなの終わってるよ」
だそうだ。
「去年の十二月段階で、俺は新井林に話をしたから。いつ俺が降りたとしても別に問題なく進むと思うんだ。向こうの方が頭いいからな。大丈夫だろう」
ずいぶん自信なさげなことを呟いている。立村の癖だし、俺はあまり気にしていなかった。でも去年の十二月段階? 本条先輩、まだ卒業してなかっただろう? ずいぶん手の早い……こういう時に言うことじゃねえかな……ことだ。俺としては非常にあきれる。そんなに面倒なことを教えなくちゃいけないほど、委員長って忙しいか?
俺もかなり早い段階で規律委員長の指名を頂いた。たぶんりっちゃんと同じくらいの時期だし、二年の六月に前委員長からお話を頂戴したわけだ。ただ、それは俺の一般的任期を加味したものであって決して能力を買われたわけではなかったはずだ。ここだけの話、かなり俺は男子として、やっかまれていたらしいしなあ……。「女たらし」のイメージは、男子先輩たちからかなりやあな目で見られていたものだった。本当の意味で「女好き」の本条さんが全校生徒からたたえられた評議委員長だったってのに、この差はいったいなんだろう。
とにかく、規律委員長としての「教育」らしきものは受けたけど、はっきり言ってあまり役立つものではなかった。一年の頃からどんどんファッションイラスト描かされるわ、取材に洋服店周りするわ、写真撮らされるわで俺なりに腕は磨いてたのもあった。先生たちとの付き合いも、少なくとも他の先輩たちよりはよかった。あまり言いたくないとこだが、俺ひとりで一年時から委員長やっていても、なんとかなったような気がする。
俺みたいな脳天気野郎でも大丈夫だったんだ。そんなあせって指名なんぞしなくてもいい。後期委員選出の段階で考えたっていいじゃん、俺はそう思っていた。
「南雲、お前ずいぶんとのんびりさんだこと」
本条さんの部屋に転がり込み、俺は手土産代わりのバナナをひたすら食いまくっていた。客が手土産を半分以上食うというのは失礼と言われたらそれまでだが、腹がすいてるんだしょうがない。育ち盛り、それは定めって奴だ。本条先輩もしばらくあきれているようだったが、俺に負けじと二本一気に皮をむいてぱくついた。
「まあ、規律と評議とは違うすよ。本条さんの時代とはもう違ってきちまってるんですよ」
一応、一年先輩だ。敬語を遣う。
「たかが一年だろうが。そうそう革命が起こってどうする」
「革命したがっている奴が評議委員長にいますよ。先輩のお気に入り」
「ああ、奴どうしてる」
「あれ、連絡とってないっすか」
今日も立村は評議委員の野郎仲間とつるみ、眉間にしわを寄せそうな顔で語り合っているのを俺は廊下で見た。せっかく本条さんのところに遊びにいくんだから、一番の弟分たるりっちゃん……あ、これは立村の俺用呼び名……も誘ってやりたかったんだけどな。まあ、評議委員会は今すったもんだの大騒ぎだし、あまり余計なこと言わないほういいのかもしれない。
けど、ちょっとばかり意外だった。だって、立村は俺よりはるかに、本条さん大好きで、何かあるとすぐ「本条さん、相談に乗ってもらえますか」と甘ったれていたのにだ。女子みたいな雰囲気ですぐ頼るくせがあったのに、めずらしい。男子同士で語り合うなんてことは、修学旅行のような特殊環境に置かれでもしない限りめったにないっていうのに、本条さんに対してのみ立村は、あまったれの小学生的態度を取っている。気持ちはわかるけどさ。
「俺に話しても、怒鳴られると思ってるんだろうなあ。ったくガキはしょうがねえよ」
「あれ、本条さんもずいぶん、楽しみにしてたみたいですねえ」
「んなわけねえだろが。俺だっていそがしいってな。一応これでも、演劇部地区大会に向けて猛練習の最中なんだ」
とかいいながら、本条さん、こんな時間にもう部屋に戻ってきてていいんだろうか。
「本条さん、つかぬことお伺いいたしますが、演劇部地区大会っていつ?」
「十月あたまだ」
「ってことは、ただいま猛練習の真っ最中とか」
「悪かったな。どうせ俺は大道具作り担当だ」
そうか。それですねてるのか。本条さんといえば、青大附中時代、評議委員会名物「ビデオ演劇」で主役を張った人だ。栄光のスターがいつのまにか裏方に回されてたらそりゃあ、すねたくもなるだろう。俺なりに配慮して、その話はこれで終りにした。
「あいつ、相変わらずボケかましてるんだろ」
「どうなんですかねえ。規律委員長の立場からすると、評議委員会相当厳しい状況に追い込まれてるようですしね。りっちゃんも胃が痛いんじゃないかと。胃薬とドリンク剤差し入れしてやりたくなりますわな」
さっきちらっと覗いた立村の表情を思い出した。授業中、ノートになにやらいろいろ書いてはすぐに黒く塗りつぶし、唇をかみ締めている様子だった。なにせ立村とは隣の席なので様子がよおくわかるのだ。
「けど、りっちゃんなりによくやってるなあって気はしますよ。ありゃ、普通の奴でも荷が重いでしょうよ。ほら、生徒会と評議委員会との権力交代をスムーズに進めるために、今、生徒会長と話し合いの真っ最中」
「あいつそれに命賭けてるもんなあ」
かなりご不満らしい。それはそうだろう。「評議委員会至上主義」を打ち立てて、わが身でもって表現したのが本条さん、この人なんだからな。それを愛弟子たる立村に否定されるようなものだもん、頭にほんとはきてるんだろう。それを言わないのが、本条さんの男前なとこなんだが。
「ただ、やっぱり生徒会としては、すぐに権力ほしいっしょ。男としたらそりゃ当然」
「まあなあ」
「りっちゃんとしては、次期評議委員長の新井林にもいい目見せてやりたいってことで、できるだけいい形でまとめたいんだけど、生徒会側が譲歩譲歩ってうるさいらしいんですね。生徒会ったら、今までは先生たちの御用機関でなんでも言うなりだったのもあって、ストレスたまってるんでしょう。本条さん、やっぱ溜まるってありますよねえ」
「お前も相当溜まってると見たが、どうだ?」
いきなり別方向に話を飛ばすのが、本条さんの悪い癖だった。俺は思わず手を股間にやってみた。
「人には迷惑かけやしませんよ。んなことでもって」
まだ、病院にいけずじまいなのは、内緒にしておいた。本条さんもそれ以上何も言わなかった。
俺が本条さんにさらっと説明したことは、ほんのさわりだ。
一応は規律委員長である俺だし、立村もたまに「なんなんだろうな」と愚痴をこぼしたりする。俺なりに話を聞くこともある。半分は性格的繊細さによる「自分で自分の荷物を増やしているだけ」に思えるんだけど、立村にとってはベルリンの壁に匹敵するようなもんだろう。とにかく聞いてほしいだけなんだってことはわかるんで、俺なりにふんふんと耳には入れておく。
「せめて最後まで任期は納めたいよな。けどさ、やっぱり俺じゃ無理かなって時もあるんだ。どうせだったら後期は新井林に委員長譲った方がいいのかなって思ったりもする」
「そりゃあ少し気が弱すぎるよ。りっちゃん、それ責任逃れって奴と違いますか」
「だってさ」
頭を抱えて、目をそらしたまま、うつむくように、
「俺には、上に立つことなんて向いてないって、みんなわかってるのにな。本当だったら天羽がやるべきことだったのに、俺みたいななんもできない奴が評議委員長になってしまったのが、間違いだったんじゃないかってさ」
よしよし、そう頭をなでなでしてやると思いっきりその手を払われた。ごめんごめん。立村はスキンシップを嫌がる性格だったってこと、忘れてた。見えないとこで俺は、百パーセント否定できない立村の言葉にどう答えようか、迷っていた。結局答えずに、
「りっちゃん、今日ひまなら卓球やりにいこっか」
奴が唯一、俺に勝利できるゲームに誘った。ストレス発散したいだろ、やっぱり勝ちたいだろ。それが男だろ、気持ちとしちゃあ。
「本条さん、俺、前から一度、きっちり聞きたいと思ってたんですがよろしいっすか」
「なんだ? お前もずいぶんかしこまった言い方するじゃねえか」
「実はですね、りっちゃんを評議委員長に指名した理由ってどのあたりなのかなって前から思ってたんですよ。ほら、俺も今、次期規律委員長を選ばねばいけねえ立場にありますし、人をじっくり見ねばならないわけだし、管理職の苦渋っていうんですか、それをただいま感じている真っ最中でさ」
「規律ならあっさり決まるだろ。今の二年でいっちゃん目立っている奴を選べばいいんだ」
「それはそうですよ。俺もその辺はちゃんと準備してますがな。けど、やっぱり基準ってもんがありますよねえ」
「基準かよ」
俺はもう一度、うつむいた立村の横顔を思い浮かべた。
「俺がもし、選ぶとしたらまず、リーダーとしてどんどんやっていける奴を選ぶと思うんですよ。信頼されることはもちろん大切ですけどね。本条さんみたいに、どんなに周りからブーイングの嵐でも俺はやるんだって感じでぶっちぎっていけるようなタイプで、あと、ある程度万人受けしそうな奴」
「万人受け?」
俺は力をこめて頷いた。
「これねえ、俺もすげえ迷うとこでもあるんですよ。頭のよさとか、企画力のすごさとか、そういう奴はたくさんいますしねえ、誰がいいとは一言では言えませんがな。けど、長になる以上は、規律特有の『教師の顔色伺い』が仕事なんだから、うまくコミュニケーションの取れる奴でねえとまずいかなと思うわけです。バトルやらかしたらどうすんですかって感じでしょうな」
「お前、違反カードの枚数はぎりぎりか?」
かろうじて。頷いた。
「またですねえ、規律の場合、鬱陶しいことを朝礼やら集会やら週番やらで言わねばならないわけなんですよ。これも定めといっちゃあそれまでですが、すげえむかつく三角めがねのお姉さんが言うのと、受けのいい可愛い子が言うのと、どちらがすうっと受け入れられますか? 俺はやっぱ、顔のいい子が」
「お前性格美人派じゃねえのか」
「いろいろあって、考え変わりました」
この当たりもさらっと流しておく。
「とにかく、生徒にも受けのいいタイプを上に置いといたほうが、あとあと楽ですな。評議とは違う要素かもしれませんが、俺なりの基準はそこんとこです」
「ずいぶん南雲、お前性格悪くなったよなあ」
「成長したと言ってやってくださいよ」
「で、立村とどう関係あるんだ?」
「とぼけないでくださいよ、本条さん」
最後の一本を向いて一口かじった後で、俺は尋ねた。
「りっちゃんが女子受けしないこと、計算に入ってなかったなんてことはねえでしょうねえ。俺がもし、りっちゃんの先輩だったとしたら即、長の対象からはずしますよ」
あの頭脳明晰野郎本条里希・元評議委員長たる者がなぜ、そんな読み間違いをしたのか。
現・規律委員長たる南雲秋世は、そこんところをしっかりと問いただしたい。
俺の見る限り、立村は人の上に立ってどうたらこうたらするタイプでは、決してない。
本人がため息ついているのを無理やりつっこむのは哀れなので何も言わないけど、本当だったらすぐに一般生徒に下ろしてやって、自由にしてやることが友情なんではないかとさえ思う。
あいつのいいとこはもちろん知っている。人一倍、感情の多岐に敏感なこととか、そっとして欲しい時には全く触れないでくれるとことか、いやなことでも無言ですぐやってくれるとことか、ほんと、友だちとしたら最高のマブダチだ。こんな性格のいい奴、そうそういない。けど、それは「友だち」としてであって、組織の「長」としてではない。
立村のやさしさは、下から見上げれば「優柔不断」でしかないし、他人への思いやりも見方を変えれば「勝手に人を決めつける性格」とも取れる。人のいいところを見つけやすいところは単純に「自分に自信のないところの裏返し」かもしれないし、とにかく上に立つならそれは欠点でしかない。
なによりも、今俺が言った通り、女子受けの悪さ、これはどうしようもない。
一応、あいつにも彼女がいるのは重々承知の上で、発言していると受け止めてほしい。
水菜さんも彰子さんも口をそろえて話していたけど、はっきり言って立村は女子にもてるタイプでは決してない。ルックスだって決して悪くないし、若干背は低いかもしれないけれどもクラスメートに対して丁寧な対応をするところとかは「少女漫画の相手役」ならまだしも生身の中学生には求められないとこばっかりだ。俺がこんな風におちゃらけたことしているのも、まじめで丁寧なことが必ずしも女子には受けない現実を知っているからだ。本条さんだってそのくらいよく理解しているだろうに。
「女子ったって、学年の半分は男子だろうが」
全く説得力のない言葉を本条さんは吐き出した。バナナの皮を脇に置いて、わざわざつぶすように丸めた。あとで掃除、大変だってのに。
「女子殺しの本条さんともあろうお方が、ずいぶんな言い方じゃあございませんか」
俺は大至急バナナを食い終わった後、ごみ箱へ捨てた。
「今の生徒会で実権握ってるのは、今の二年女子だし、評議委員会だって実のところ新井林を操ってるのは例の彼女だってこと、ご存知でしょうが」
「例の彼女ったら、あの中国娘くるくる巻きの子か?」
よくご存知だ。
「そうですよ。繰り返すのも失礼かなあってとこで言いませんでしたがね。りっちゃんのお気に入りの子がE組まわしにされて、新井林の彼女が評議に入ってきましたよねえ。その後ですよ、二年男子が張り切りだしたんは。新井林をはじめみな、あの佐賀さんって子がうまくおだてあげて、この前の水鳥中学交流会では気持ちよく議事進めのお手伝いをして、しっかりホステス役も勤め上げたって話ですよ。学校祭の時も、他の三年女子がわしがわしがって風に自分を売り込もうとしていたのに、佐賀さんひとりしっかり新井林たち二年男子を応援する方に回って、いつのまにかパワー剤に化けていたってことも聞いとります」
「まさか公衆便所か」
「んなわけねえでしょう。あのラブラブ新井林が許すわけありません。まあ裏ではいろいろあると聞いてますが、それは人それぞれなんも言うことありません。けどとにかくですよ。今の評議委員内で一番力があるのはご存知三A・天羽の旦那と、佐賀さんと言っても過言じゃないと俺は思います。対外的には一応立村委員長だとしても、一般生徒、特に他の女子たちはみなね。りっちゃんには可哀想だけど、これが今の現実なんですよ」
「天羽か、まああいつは順当に行けば、委員長やって当然の奴だしな」
三Aのおちゃらけ天羽は、表向きへらへらしていてお笑い担当タイプなんだけど、実は結構したたかで手回しが早い。立村の気付かないとこでさっさと準備を進めておいて、その後で手柄だけ「評議委員長へ」とまわす。本条さんの同期たちおよび先輩たちが、「絶対に天羽を次期委員長にしろ」と命令を下したにもかかわらず、「俺は立村を育てます。文句ありますか」と突っぱねたのは伝説になっているけれども、それは本条さんひとりの突っ走り、ワンマンプレイに過ぎなかったと俺は断言したい。
「とにかく、俺はずっと不思議だったんですよ。私情をはさまないことで有名な本条さんが、どうしてりっちゃんにだけは甘かったのかなって。もちろんりっちゃんはいい奴ですよ。だけど、本来だったら今の天羽と同じポジションにいるか、それとも」
ここまで言ったらやばいだろう。俺は言葉を飲み込んだ。
──委員会から外れて、静かに杉本さんの側で語り合っている方が、たぶんりっちゃんは楽だったんじゃないかな。
「つまり、俺が読み方間違えたと言いたいのかよ、お前の返事によっては殴るぞ」
「いいっすよ。殴られても。けど本条さんがそんなこと気付かないわけねえと俺は思ってますけどね」
今の立村はもう、ベルトの穴が三つくらい縮まっているんじゃないかと思うくらいげっそりしている。理科準備室の骸骨模型と並んでも区別つかないんじゃ……は大げさだけど。影で天羽や難波や更科たちが飛び回っているからまだ、粗を見せないですんでいるだけだ。もちろん立村の性格的やさしいところとか、人への思いやりとか、そういういいところは決してきらいじゃないけども、それを敵方にまでまわしていいもんかと俺は思う。いざとなったらとことん叩きのめさないとまずいんじゃないかとも思う。その点、どうしようもない連中を処理するのが天羽たち影の軍団たちの仕事だ。もしかして立村はそのことに気付いていないのか、それとも気付かない振りをしているのか、その辺はわからない。ただ、立村なら情けをかけてしまってなあなあになってしまいそうなところを、天羽たちがあっという間に片付けているからこそ、今の評議委員会が成り立ってるんではないかと思わなくもない。
「りっちゃん、今、かなりしんどそうですよ。女子からは呼び捨てにされてばかにされてるし、清坂さんにはがんがん怒鳴られてるし、なんか唯一心の安らぎはE組に出かけて杉本さんからかっている時くらいですねえ。俺の見た感じだと」
「あいつ、杉本にまだからまってるのか」
あきれた風に本条先輩は舌打ちした。
「そんながん細胞みたいに言わないでくだせえよ、本条さん。俺も、正直、りっちゃんの女子趣味ってどんなもんかなって思いますけどね。でも、ほんと、杉本さん捕まえて話し掛けてる時のりっちゃんって、安心しきってるって顔でにこにこしてますよ。不細工だとか無能だとかいろいろ罵られても、ちっともかっとなったりしないですしね。いつだったか『もう二度と先輩の顔なんて見たくありません、この世から消えてください』みたいなこと言われても、りっちゃんちっとも動ぜず、『じゃ、また明日くるからさ』これで終りですよ。次の日この世から消えないでまたE組詣でしていたとこみると、ありゃあ相当ですね」
「ったく、あの馬鹿、自分で自分の首しめてどうするんだ!」
本条さんの手から、バナナの皮がぐんにゃりとつぶされた。あーあ、どうする、掃除、知らないぞ。俺は見てないふりをした。
「南雲、いいか、頼んだぞ」
「なにをっすか」
「あの馬鹿に、いいかげん目を覚ませって言ってやってくれ」
「無理でしょう、今の状況じゃあ」
何慌ててるのかかなり目が釣り上がっている。身体をもぞもぞ掻き始めた。まだ夏の陰りが残っていて暑苦しいってか臭いってのに。
次に本条さんが口にしたのは、俺も信じ難い言葉だった。
「今あいつが杉本にのめり込んだら、もう普通の扱いしてもらえねえぞってな。なぐっちゃん、頼むよ、立村にいいかげん、普通の女子、教えてやってくれ」
「普通の女子?」
「誰でもいい、杉本以外の女子で、ロストチェリーボーイさせる以外、方法ねえかもしれん。いざとなったらそん時は、お前の得意技で、頼む」
「俺そっちの趣味ないっすよ」
食うか? と本条さんは、手付かずのカップラーメンをベッドの下から引っ張り出してきた。賞味期限、切れてないか? ありがたく受け取るしかなかった。
本条さんが気が付いていないわけはないと思っていた。
──りっちゃんが本当に好きなのは、杉本さんだけなんだ。
同年代の男子連中はみな、目が節穴なのかあまり気が付いていないみたいだけど、俺からしたらもうばればれだった。修学旅行中にたったひとり、土産を買った相手が杉本さんだったこと。すでに全校生徒からほぼ嫌われていて、卒業後は公立高校へ進学すること確定していて、E組送りにされていて、たぶんこれ以上杉本さんにかかわったら一緒に嫌われるのが目に見えていて。
それでも、立村の態度は変わらなかった。
あいつの性格のよさ、そう言えば簡単だろう。
でも、それならどうして「彼女」の清坂さんに対しては、そうしてやれない。
もっともしなくちゃと思ってできることでもないってさ、俺はわかってるけどね。
だからだろうか。
早い段階で本条さんは杉本さんを、青大附中評議委員会から出すように命令した。
あれは評議委員会を守るため、大迷惑な下級生を追っ払うため、そう俺は解釈していた。
でも違ったのか。やはり、あれは。
──りっちゃんを守るためか。
立村がもし、何も委員会にかかわることなく、一般生徒のままでいたとしたら、ためらうことなく杉本さんの元へ走っただろう。委員会で知り合わなくても、きっとE組行きが下された段階で……恐らく立村も、数学の学習障がい問題でまわされている可能性が高いだろうし……杉本さんと出会っていたはずだ。どんな形であっても、立村と杉本さんは出会っていたはずだ。そして、同じように隣り合って、彼女の罵詈暴言を笑顔で受け止めていたはずだ。清坂さんの隣で懸命に「彼女に対する彼氏」の像を真似してげっそりするりっちゃんではなかったはずだ。
たぶん、そうしたら俺も立村と友だちになる機会もなかっただろう。
俺が立村に近づくことができたのは、「評議委員」「次期評議委員長」と「規律委員」「次期規律委員長」の肩書が重なり合ったからだと思う。そうでなければ、きっと立村は俺に対して、不必要な劣等感とかんぐりでもって、遠ざかっていただろう。単なる鬱陶しい奴と俺も見切っていただろうし、卒業するまで口を利く機会もなかったかもしれない。その点を考えれば、俺は立村を評議委員長として指名してくれた本条さんに感謝しなくてはならないだろう。
だけど、今の立村はあまりにも、惨めな姿をさらしている。
陰で「本当の評議委員長は、天羽先輩よね」とささやかれている現実。
「清坂さんどうして、あんな頭の悪い馬鹿男を彼氏にしたんだろう」と聞こえよがしに言われている事実。
杉本さんと一緒に歩いているたびに「やっぱり馬鹿は馬鹿同士、仲良くしてればいいのにね。いいかげん九九覚えなさいよっていいたいよね」……言っとくけど、りっちゃん、九九は覚えてるよ、暗記力はクリアしているみたいだぞ……一年女子から言われているこの事実を、どう受け止めているんだろう。さすがにそこまで聞く気にはなれない。
もし立村が、普通の一般生徒だったら、「お互い役立たず同士、仲いいわね」と、同じクラスメート同士に噂されるだけですんだだろう。目だたないで、そっと中庭で話をしたりして、気付かぬように姿を消すこともできただろう。
立村が評議委員長という、全校生徒誰にも顔を覚えられる立場にさえ、立たなければ。
どこに隠れても「評議委員長」という肩書で馬鹿にされる扱いを受ける屈辱。
「わかりやした。弟分の面倒は俺が見るってことっすね」
俺は内心のざわめきを隠したままにぱっと答えた。
「いざとなったら、その当たりのレクチャーは任せてくださいな。ま、俺なりに、経験はつんでますしね。りっちゃんの教師としては最適なんではないかと。あ、ところで本条さん、最近ごぶさたなんですか? ねえねえどうなんですかあ?」
互い気付かずに、エロ話に持ち込めれば、あとはそれでいい。
俺が気が付いただけ、それ以上は波立たせる気など、今はない。




