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27 中学三年夏休み・羽飛貴史のほくそ笑み

27 中学三年夏休み・羽飛貴史のほくそ笑み


 評議委員長殿は夏休み中忙しすぎてご機嫌斜め、ってこともあり、俺は金沢に付き合いがてら、美術館通いに没頭していた。もちろん金のかからない常設展しか観に行くわけがないが、いろいろとけちをつけながら金沢の熱い語りに付き合うのも悪くはなかった。

 今までは美里相手だったんだが、そうもいかねえだろうしな。評議委員長殿がああもぴりぴりしてちゃあな。いろいろと、お守りもせねばならんだろう。


「おい、羽飛、聞いてるのか」

 隣でスケッチブックを持ったまま、でかい野郎の裸前で立ち止まっている金沢。気が付いてないわけじゃあないんだが、なんか、居心地悪すぎるんじゃないのか、目の前に大切なとこがどかんと来るってのは、視線逸らしたくならないもんか。銅像だし動かないからってったって、やっぱやだろう。

「お前、いいかげんこっちに来い」

 不承不承に金沢は俺のいるわんこの銅像前まできた。すでに奴のスケッチブックには、2Bの鉛筆でクロッキー画がばりばり描かれているはずだった。いや早い。ほんと天才は早い。俺が鼻歌歌いながら一周している間に、もう完成させちまっている。このまま夏休みの宿題って出しても大丈夫に違いない。もっとも金沢からしたらまだ「習作」段階。完成させるにはさらに色づけが必要なんだそうだ。なるほどねえ。

 常設展にはあまり人がいない。ってか、ここの美術館、採算取れてるのか? 心配だ。

 青潟市立美術館とかいうけど、今のところ来ているのは俺たちとどっかのおばさん集団だけだ。しかもさっさと喫茶店の方に行っちまいやがった。青潟に芸術は存在するのかって言いたくなるだろうよ、なあ、金沢。

 しばらく金沢は自分の世界に没入状態。俺の出番は一切なし。


 一通り真夏の芸術を堪能した後で、俺たちは外に出た。食うものと言ったらやはり、コンビニかスーパーかどっかで、パンでも買うのが関の山だ。いつも小じゃれた喫茶店なんかに入ってられるかよ。美里相手でもあるまいし。

「けど、暑いよなあ、羽飛」

「スーパーまであと少しだ。我慢しろ」

「早く入ろうよ」

 芸術家はひ弱なんだろうか。よくわからん。こいつが真っ赤なトランクスをはいてるような隠れサイケな奴だってことは、修学旅行でよっくわかった。憧れの画家住職に会うためならと思いつめちまう奴だとも。おとなしそうに見えてひそかに金沢は爆竹を持って歩いてるんだってこと。立村を相手にしててもそれはよくわかっていたんだが、ふたりめともなると、なんとも言えねえわけだ。

 とうとうへばっちまった金沢は、街路樹の下にしゃがみこんだ。うんちんぐスタイルともいう。

「おいおい、なんだよ、なにめげてるんだよ」

「だって、もうだいぶ歩いたよ」

 しゃがみこんだ後すぐに立ち上がると、金沢は目ざとく自動販売機を発見するや否や、すぐに百円玉握り締めて走り出した。ただあれっと眺めてたら、世の中うまく出来てるもんだ、その自動販売機クジ付だったらしく、けたたましい電子音が鳴り響いた。あともう一本、って奴だ。金沢は振り返ると、当然のごとく、

「羽飛はコーラーだろ?」

 返事を聞く間もなく、ボタンを押した。

「ありがとよ」

 後で俺が払うから、とは言わなかった。こういう時はありがたーく、いただいちまうのが、俺の流儀だった。


 ふらつきながらもなんとかスーパー「リーズン」にたどり着き、俺たちはベーコンエッグパンとカツレツパン、それぞれを買って、いつもの階段踊り場椅子へと座り込んだ。金のない中学生にはこういうとこってありがたい休み場なんだな。目の前に銀色の灰皿がやにでいっぱいの状態でどんと置いてあった。

「お前さ、あの坊さんから手紙来たか?」

「うん、来たよ」

 食料と水分を補給して、なんとか生き返った顔の金沢。顔がだいぶ浅黒くなっている。運動してばりばりに焼けたんじゃねえことは、俺も重々よく知っている。たぶん、青潟の海を写生したり、どっかの植物園にもぐりこんで貧血起こす寸前まで色塗りしたりしてたんだきっと。

「修学旅行の後さ、お礼状と一緒にもう一作送ったんだ。返事くれるとは思わなかったけどさ」

「へえへえ、そいで」

「したら、いきなりさ」

 金沢は声を潜めた。

「いきなり電話がかかってきたんだよ」

「坊さんがか?」

「違う違う、住職の知り合いの、また知り合いの、先生が」

 俺にはわからない名前を金沢は告げた。素直に万歳できない相手なんだろうか。こわごわとしゃべっている。

「ふうん、スカウトかなんかか? この学校に来てくださいとかそういう感じか?」

「違う違う、大学の話」

「はあ?」


 だいたい金沢の話をまとめてみると、次のように話を持ってかれたらしい。

 金沢が突撃したお坊さん画家は、やはり忙しい人らしくて直接金沢に連絡をしたわけではないらしい。もちろん誉めてはいたようだし、それなりのアドバイス……芸術家同士の会話なんでその辺はわからん……を受けたらしいけどな。

 ただ、話が進んだのはもっと先だ。

 画家には画家の友だちがいて、それなりにネットワークが広がっているとかで、そのお坊画家は金沢のことを別の画家に紹介したらしい。この辺どういう風な話だったのかは全く謎だが、知ったことじゃねえ。で、その画家の先生にあたる人が、どっかの美大の教授とかでまたその絵が渡っていき……というわけらしい。

 実質的、大学へいらっしゃい、のお誘いじゃねえか?


「金沢、美大ってどんな風にいきゃあいいんだ? 青大附属の高校に進学する気、あんの」

「ある。俺、才能ないかもしれないから」

 気弱だ。相当この前、A組の片岡に負けたのが悔しかったんだべな。

「けど、才能があったら、やっぱし行きたい学校なのか」

 美術関連のレベルなんて俺にはとんとわからんが。金沢は首を振った。

「俺が好きな絵じゃないし、その先生。なんで俺の絵見て、それがいいって言ったんだろう」

「結構、アバンギャルドな絵を描くタイプの教授か?」

「アバンギャルドってなんだよ」

 口を尖らせた後、金沢はぼそっと一言呟いた。

「そりゃ、デッサンの勉強するつもりだけどさあ。俺、彫刻なんて考えてねえよ」

 一瞬、どでかい一物をぶら下げて仁王立ちしていた、常設展の銅像が浮かび上がった。

 男の裸なんて思い出したくもねえ!


 よくわからんことになっているらしい。

 つまりだ。金沢は美術と言えどもいわゆる「絵画」一本でやっていきたいのに、謎の教授は「彫刻」「塑造」このあたりに命かけてみたらどうなのか、と聞いたらしい。俺が思うに、どうかんがえたって金沢の画風は、

「とにかくきれいなんだが、それだけ」

 っぽい雰囲気だ。悪くはないんだが、俺好みじゃあない。ただそれだけなんだ。

 少なくとも、あの仁王立ち野郎とはイメージが違う。

 いや、人間以外のものをこしらえるのかもしれねえが、とにかくそんなダイナミックなのをこしらえるような奴には、俺には見えねえ。


 ──だからか。

 さっきずっと、金沢が裸の銅像をまじまじと眺めていたのは。

 

「で、お前どうすんの」

「だから、夏休みかけて、さっきのあれ、模作してみる」

 大まじめに金沢は答え、頷いた。

「あれって、まさか、あのどでかい……」

「だって、ああいうのを粘土でこしらえてみろって、手紙に書いてたし」

「金沢、まさかとは思うが、それ、夏休みの自由研究代わりに出そうなんて」

「時間かかるからあれ以外の、こしらえる余裕、たぶんないよ。だから」

 俺は両膝を抑え、ひたすら笑いこけていた。なんと、今まできれいな絵で売ってきた金沢がだ。芸風変えて大勝負ときた。これはもう、二学期早々、すごいことになるぞ。女子たちがあのどでかい銅像の……ま、もちろんミニチュアにするんだろうが……すっげえのを観たら、どういう反応しめすんだか。

「金沢、わかった。よーくわかった」

 おもむろに頷き、俺は金沢の黄色いTシャツ裾をぐいと引っ張った。

「これもなんかのご縁だ。お前、とことんあのすっぱだか野郎、そのまんま、写し取ってこい。俺が全面的にバックアップしてやるぞ。そう、昔でいうパトロンになってやる!」

「そんなに簡単じゃないよ……」

「いや、ここはお前の実力が勝負なんだぞ、いいか、金沢」

 もう一度俺は金沢に、拳固と親指をぐいと挙げてやった。

「三年D組において、金沢、お前は芸術革命の旗を掲げるってことなんだからな!」

 


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