22 高校二年、夏休み、水菜直美のひとりごと
22 高校二年、夏休み、水菜直美のひとりごと
ひさびさにデートらしいデートができるかな。なんだかこの一年間は私らしくないお付き合いばっかりで、少々疲れ気味だった。ほんと、可愛いミニのスカートでフレンチスリーブのちょっとエッチっぽい感じのTシャツを選んで着てみた。うん、似合う。
デートのお相手とは、青潟から一駅離れたとこで待ち合わせすることになっていた。
いろいろと差し障りがあるんだって。
私も全く、異存はない。青潟駅から汽車に乗り込み私は時計を覗き込んだ。
大丈夫、待ち合わせ場所へはちょうど五分遅れて、到着だ。
けどなんで、いきなり私と会いたいなんて言い出したんだろう。
昔の彼氏、というほどには私もその子とは深い付き合いをしていなかったし。一応、中学時代になかなかかっこいいタイプの男の子がいたので一声かけてみたら、喜んでくっついてきた。ただそれだけといえばそれだけだった。あの頃から私は、男子と気さくに付き合うことが多かったし、ちょうど当時付き合っていた子と別れたばかりだったし、じゃあ次にいこっかって軽い乗りだった。
学年の規律委員ってことは、がんじがらめの校則大好き野郎……なわけがなく、おしゃれにうるさいタイプのかっこつけ野郎かもな、とは思っていた。実際見た目はどう考えても中学一年になんて見えなかったし。だけど話をしてみたら、意外と古風でまじめ。やることはきっちりやってるし、いかにも「いいとこのおぼっちゃん」って感じだった。読みを誤ったかなとは思ったけど、悪いわけじゃないんだからいいんじゃない。結局彼とは、私が青大附高へ進学するまで続いた。
でも、今思えばなんだけど、向こうもそれほど私のことを好きだったわけじゃないんだろうな。だって、卒業してから全然音沙汰なかったんだもの。私も高校に進学してからはバトン部の稽古とか、クラスの友だちとかといろいろ付き合いがあって忙しかったし、まだ中学にいる彼氏の相手なんてしてられないって事情もあったんだけどね。でも、少しでも気持ちが残っていたら、そりゃあ、電話の一本くらいくれるんじゃないのかな。
だってだって、一度は、部屋でいいとこまで行ったのにね。
──そっか、それなのかなあ。
私はちょっと汗ばんできた鼻の頭を油とり紙で拭き取った。
やっぱりあの頃の私は、あせっていたんだろうな、そう思う。
早く、誰よりも早く大人になりたかったから、ああいっただけなのかもしれない。
結局本当に経験してみて、ちっとも大人になんてなれなかったけどね。
駅に着いた。やっぱり彼が改札口で、にっこりと手を振っていた。
中学時代と全くその笑顔が変わっていないのは驚きだった。もちろん背もこの二年でだいぶ伸びたようだし、髪形もずいぶんあやつけてる。きっとドライヤーの使いすぎかもしれない。近づいてみると髪の毛の先が枝毛っぽくなっている。
「ちゃんとトリートメントしなきゃだめだよ、もう」
切符を渡して改札口を出ると、一気にもわっと熱がまとわりついてくる。彼の髪の毛を思いっきり整えてやりたくなる。つまんでひっぱってやった。
「最近、美容院行ってねえからなあ、いいとこないっすか、先輩」
「美容院でないとだめってとこが、君らしいとこよね」
細身のジーンズに黄緑のシャツを羽織り、白いスカーフを軽く結んでいる。顔立ちも当時から言われていた「パール・シティー」のIKUに似た雰囲気。最近はどんどん近づいているんじゃないかなって気がした。ほんと、並んで歩くと一目を引くみたい。駅を出てすれ違った中学生らしい子が、振り返ったもの。何かささやいてるみたいだった。
「青大附属の関係者はこの辺いないよなあ」
「たぶんね」
私の知り合いはたぶん、いない。彼の方はわからない。とにかく彼は、同じ学年の連中には気づかれたくないようなことをぼそっと話していた。あまり外歩くよりも、もっと気付かれにくい場所に身を潜めた方がよさそうだ。
二年先輩の意味もこめて、尋ねてみた。
「どこか行きたいとこ、ない?」
「適当に喫茶店でよくないですか」
ずいぶん大人になったこと。私と付き合ってた頃なんて、ほとんど駅前のソフトクリーム屋さんでまかなってたくせに。少年の成長はほんと、早い。
彼も私にすべて任せてくれたので、長居できそうな小さい喫茶店に入ることにした。
入ってみると、ほとんどお客さんがいないみたいで、正直、見本のオムレツも薄汚れていてまずそうだった。でもクーラーがしっかり効いているというだけでもよしとしようかな。
「ここでいい?」
「OKでーす」
かなりいいかげんな乗りで奥の席まで進んだ。彼は先に壁際へべたっと座り込み、私はメニューを開いて、ランチの内容をチェックした。ふむふむ、ナポリタンに珈琲か紅茶かオレンジジュース、それともハンバーグランチに同じく飲み物か。
「どれにする?」
「先輩の好きな方でいいですよ。同じで」
「じゃあ、ナポリタンに……オレンジジュースでいい?」
「はーい」
ずいぶん素直な彼。この辺、少し不安を感じなくもなかった。だって今まで付き合っていた人のほとんどは、私が決めるのを嫌がって「俺が決めてやるから」とリーダーシップを取ってくれていたから。その良し悪しは別として、ここまで私が面倒を見てあげる関係っていうのも無理があるんじゃないかって思った。
──やっぱり、付き合うって感じじゃ、ないんだろうなあ。
育ち盛りはおなかがすく。私もそうだけど彼はやっぱり子どもの尻尾丸出しだった。
一気にナポリタンに食らいつく。口の周りをトマトソースで真赤にしている。服につけないようにと、ハンカチをわざわざ首にかけているところがいかにも、よだれかけっぽくて幼い。
「ふー、うまかった」
満足そうに口を手の甲でぬぐう。ティッシュを一枚渡した。全く、なんだか息子を連れてやってきたお母さんじゃあないんだから。
「あ、ありがとうございます、先輩」
「こんな風に彼女にしてもらってるわけ?」
「まさか」
そこのとこだけぶっきらぼうに返されても困る。せっかく現在の彼女にばれないところでデートしましょってことで、わざわざ汽車使ってきたっていうのに。
「彼女とは最近どうなのかなあ?」
「一応、そこそこですよ」
噂によると、めちゃくちゃ惚れぬいている彼女らしいけども。
「向こうは、夏休み、夏期講習に行っちまったし」
「あれ、青大附中の子じゃないの」
「なんだけど、外の学校受験するから」
そうか、だからすねてるのか。なんだか笑えた。こういうのってあるんだよなあ、附属中学の定めっていうのかな。彼氏、彼女が外に行ってしまったら大抵終りになるのが、お約束。
「大丈夫よ、まさかねえ君のことを」
「いやそれはいいんですよ。どうせ俺、どうでもいいから」
またまたこうやってすねてる。私は後で届いたアイス珈琲のストローをくわえてじっと見つめた。彼も、じっと私の口元あたりを……たぶん……見据えていた。
「水菜先輩、今の彼氏とはうまくやってるの?」
「やってるって? どういうこと? 最後まで行ったかってこと?」
真夏の太陽の下では話すことができない返事をしてやった。
思った通り、お子さまな彼は口篭もるかな。
「いや、もしうまく行ってないんだったら、俺もそれなりに経験豊富だし、相談に乗ってあげますよ」
──こいつ、何考えてるわけ? いきなり?
前歯で思いっきりストローをかみ締めてしまったじゃないの。
「それも、ひとりやふたりじゃないし」
いったいこの子に何が起こったって言うんだろう?
言っとくけど、私は目の前の彼に対して、もう一度よりを戻そうとか、遊んじゃおうとか思っているわけではない。一年前の私だったらきっと、やけぼっくいに火がついたとか言ってすぐに飛びついているかもしれない。あの頃の私はとにかく、男は顔だとしか思ってなかったし、ベットでいちゃいちゃしちゃうことですべてうまくいくって信じていたからだった。
けど今は違う。
遊び専用の女子だと烙印を押されてしまったら最後、どんなに本気の男子を追いかけても無駄だってことを、私はこの一年で経験してしまっている。しょせん「させ子」のくせにと軽蔑される惨めさを、もう味わいたくはない。
だから今日だって、本当は迷ったんだから。
絶対に青大附高の同学年と顔を合わせないですむところを指定したかったのは、私なんだから。ここでまた、「水菜はやっぱり、誰でも寝る女なんだ」と決め付けるようなことはしてほしくない。もう、これ以上。
「相談に乗ってあげたいのは、私の方なんだけどな。一応、私の方が先輩なんだし。わかった? 南雲くん。女子の扱い方で悩める問題いろいろあるんじゃないの?」
「そうきましたか、どうも」
やはり、しゃべりたかったのは彼の方だったのだろう。彼はほっとした風にさらりとした笑顔でもって語りかけてきた。私も黙ってまずは尋ねることに徹した。私の今までしてきた経験が、彼にはきっと役立つ言葉として届くだろうし、そうでもしなければ私の「させ子」の過去は決して洗い流せないのだから。
7 今、喉から手が出るほどほしいものが手に入らないのは、自業自得の記憶を背負っているから。だからほしいなら、いくらでも持ってってって。
そうすれば私が過ごした、たくさんの男子とのひと時も、決して無駄にはならない。
思わせてほしいから。




