表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/62

20 中学二年初夏・風見百合子の所感

20  中学二年初夏・風見百合子の所感


 離れたクラスの話だし、私も噂しか聞いていなかったので当時はあまり考えたりしなかった。ただ、必修クラブの時間でいつもひとり編物をしている佐賀さんを見かけていたから、悪口を耳に入れたくないなと思っていた程度だった。

「佐賀さんってさ、新井林がかばってくれるからってさ、ぶりっこしてさ、すっごくむかつくよね。なにさ、可愛いふりして男子に受け狙ってさ、あの髪形」

 別に、耳の上にまあるくふたっつに固めただけじゃないの。可愛いと思うけど。

「それにさ、親友だった杉本さんをさあっさり縁切ろうとして、学校に入るなりいきなりより戻そうとしてるんだよ。最低だよね。新井林を選んだって、杉本さんが怒るのは当然だよね」

「そうそう、ほんっと、なんかわかんないけどむかつく」

 私は途中でいつも手を止めた。席を離れた。


 ──親友だった杉本さんを。


 この言葉にいつも立ち止まる。

 「親友」っていったいなんだろう?

 

 私はいつもD組の教室で、なんとなくつるんでいる友だちと話を合わせる学校生活にうんざりしていた。学校をサボりたいとか、行きたくないとか、そういう気持ちではなくて、ただ、面倒だった。

 友だちとは、じっくりと付き合っていきたい。だからできるだけ、付き合いを絞るようにしていた。小学校時代からの友だち三人が運良く青大附中に合格したこともあって、休み時間は彼女たちと行動を共にしていたのでそれほど苦ではない。ただ、三人とも別クラスだったこともあり、どうしても教室ではクラスメートと話すしかなくなる。

 性格が悪いとか、むかつくとか、そういうのではない。

 ただ、話すことが疲れるだけなのだ。もしテープレコーダーだったらすぐにストップボタンを押すだろう。一方的に他のクラスの子に関する悪口を聞かされて、いやな気持ちになるのはごめんだった。

 それも、顔だけは見知っている女子に対して。

 その子の顔を、悪口のイメージで重ねて見たくなかった。


「ねえ、風見さん、どう思う? 絶対、むかつくよねえ」

 席を離れた私にまた話し掛ける女子の一人。

 どう答えればいいものやら。

 しかたない、社交辞令を口にするか。


「たぶん、親友じゃなかったんじゃないの、最初から」

 意味不明な返答だったかもしれない。返事を待ってはいない。私は教室を出た。本当だったら「親友」と呼べる友達三人とつるみたかったけれども、他クラスの付き合いもあるだろう、できないできない。


 ──親友と勝手に思ってて、勝手に切られてヒステリー起こしているんじゃないのかな。


 噂なんて聞きたくないと思っている私ですら、B組の杉本さんに関する話は相当耳にしている。

 小学時代から親友だった佐賀さんに裏切られたことが原因で、クラスの女子たち全員に無視するよう命令しているとか。

 いじめが酷すぎてとうとうB組から追い出され、特別指導の必要なクラス「E組」に押し込められている。しかも本人は、自分の成績がよいからレベルの高い授業を受けていると勘違いしているとか。

 いつも真正面しか見ないで、抑揚のない変わったしゃべり方をする。

 精神科で診てもらいなさいと、とある先生から助言を受けている。

 オペラが好きとか言っていながら、自分がとてつもない音痴であることに気づいていないとか。

 などなど。

 

 私の頭の中で展開していくに。

 杉本さんという人は、最初から佐賀さんにとって「どうでもいい人」だったんじゃにだろうか。


 私の目に映る佐賀さんは、髪形のかわいらしい雰囲気もそうだけど、人に対する受け答えがいつもきちんとしている。礼儀正しい、というのとも違う。いつも人の目を見て、笑顔をやわらかく添えて、「どうもありがとう」と微笑む。しぐさひとつにしても、耳のところに片手を挙げるくせも、決してあざとくないのだ。お辞儀をする時も、必ず立ち止まって、こちらが退かない程度のやわらかい角度で頭を下げる。

 頭がいい人なのだという印象は持っていた。

 また、常識をきちんとわきまえた人なのだなとも。

 たぶん私たちの学年でそこまで、きちんとした態度を取ることのできる女子はそれほどいないのではないだろうか。

 だからそういう子は、いてもらうと困るのだ。

 自分もそうしろ、と言われるから。

 佐賀さんみたいにきちんとした動作が身についていないのに、するとばかっぽく見えるから。いじめまではいかないけれども、他の女子たちが佐賀さんについて悪口を言い合うのは、単なる嫉妬とねたみでしかない、そう私は見ている。


 本人に聞いたわけではないからわからないけれども。

 佐賀さんに杉本さんという人は、「どうでもいい人」だった。

 それなりの扱いをしたら、杉本さんがヒステリーを起こした。ただそれだけのことじゃないだろうか。私にとってのクラスメートが「どうでもいい人」であるように。


 今度の必修クラブの時間にでも、声かけて聞いてみようか。

 ──佐賀さん、本当は杉本さんのこと、最初から嫌いだったんでしょ?

 まあもちろん、こんな露骨な聞き方はしない。

 「どうでもいい人」扱いになってしまったら淋しいから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ