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17 中学三年六月下旬・立村上総の独白

17  中学三年六月下旬・立村上総の独白


 ──卓球がなくなるのかよ。


 B組評議・難波から情報を得たのは、先週、評議委員会が終わってからだった。

「うちのクラスの連中がさ、なんか話してたぞ。秋の球技大会の種目がな、減るんだとよ」

「減るってなんでだよ」

 僕は全然そんな話、聞いていない。体育委員の連中からも噂全く届いていない。

 なんで難波が知っているんだろう?

「別に、トップシークレット扱いしているわけじゃないよな」

「あくまでも噂だし、卓球がなくなろうが、部活動関連の奴以外にダメージがないからじゃないか?」

 難波は僕の顔を真正面から見据えると、どこぞの探偵さんみたいに髪の毛をぼりぼりとかいた。これって、ホームズの癖ではないはずだが。手元のシャープペンをそのまま、とんがった難波の口元に差してやった。パイプ代わりに、さて、「青大附中のシャーロック・ホームズ」様だ。

 

 ──じゃあ俺何に出ればいいんだよ。


 青大附中では毎年十月に、球技大会が行われる。うちの中学の特色通り、やたらとクラス一丸になって盛り上がる……盛り上がりたがる、ともいう……行事で、開始一週間前からは日々特訓が始まる。男子バレー、女子バレー、ソフトボール、卓球、クラス対抗リレー、バドミントン、テニス、結構種目はそろっている。学年別に一応は区切られていて、それぞれが出たい種目を選ぶことができるようになっている。

 とにかく集団競技からは逃げたい僕としては、得意分野でかつ、ひとりでいられる卓球を選ぶのがいつものことだった。子どもの頃から母に卓球の技を叩き込まれ、小学校に通っていた頃はしょっちゅう児童館の卓球場でひとり打ちして遊んでいた。もちろん自己流だし、もともと運動関連の集団に関係したくなかったので、部活動に入ることはなかった。今だって絶対にいやだ。何度も卓球部の川田に、

「立村、お前絶対卓球やれば、いい線いけるって。どうしてやらねえのさ」

 と誘われたけれども、丁重にお断りした。もっとも青大附中という学校が、部活動よりも委員活動の方を重視……あくまでも現在に限定して、だが……している部分も助けてくれたんだろうと思う。評議委員に入っててよかった。本当によかった。

 だからこそ、唯一卓球とかかわる時というのが、この「球技大会」だった。

 一年、二年と僕は最終セットを落として二位で終わっている。なんというのか、どうしても途中でうんざりしてくるというのか、それとも周囲の盛り上がりが息苦しくなってくるというのか。うまく言えないけれども、どうも慣れない。同じ集団でも評議委員会がらみの行事だったらそれほどでもないのだが。たとえば評議委員長として、壇上に立って挨拶をする時よりもはるかに心臓が苦しくなる。

 球はそれなりに見えているし、どの辺に打ち込めば勝負がつくか、というのもなんとなくだが見当がついている。でもあえてここで本気を出してどうするんだ、早く終わらせたいんじゃないのかみんな、とかいろいろな声が出てきて混乱してきて、結局、アウトかインかわからない球で勝負を預ける、そんな終り方がほとんどだった。

 決勝で二年連続当たった川田にも、どやされる。

「立村、お前どうして本気出してこねえんだ!」

「いや、出してないわけじゃなくて、強いのは川田だしさ」

「そーいう問題じゃねえだろ! この手抜き評議委員がっ!」

 別に手を抜いているわけではない。なんだか卓球のリズムに身体を動かすのが、突然いやになってきてしまう。それだけだった。こんな奴が部活に入ったって迷惑をかけるだけ、そういうものだ。


 いやしかしだ。

 どうする?

 本当に、どうしたらいい?


 難波からもらった情報を片手に、聞き込み調査を轟さんにお願いしたところ、やはり噂は本当のことだったと確認できた。しかも言い出した教師があの、菱本守氏ときている。あいつはいったい何考えてるんだろうか。僕の神経を逆なでするようなことを、嬉々としてやるのはやめてほしい。授業中にいきなり僕を当てて、

「お前、恋人の前でもっといいところ見せないでどうするんだ、ほら、逃げるなよ」

 ──逃げてなんかないのに。

「ああいう風に恋人宣言したんだったら、もっと男としてだなあ、堂々と立て」

 ──授業とプライベートを混ぜてすすめるのはやめろよな。

 ただでさえ相手は教師だ。生徒の僕は文句を言えない。

 なのに一体今度は何を考えてるんだろうか。

 いつどこで僕をはめようと思っているんだろうか?

 中学卒業まであと半年。なんとしても僕を「なつかせ」ようとたくらんでいるというわけか。悪かったな。僕は意地でも半年間、評議委員としての慇懃無礼な態度を崩す気なんてない。


「へえ、そうなんだ、卓球ないとすると、お前何やりたいわけ?」

 羽飛がちっとも同情を感じない表情でもって僕をからかう。いらいらするがしかたない。事実だからしょうがない。

「卓球以外だとあとは陸上か。砲丸投げくらいしかねえよなあ」

「でもあれはもう、指定席になってるだろ」

「まあなあ」

 羽飛の場合はいつもバスケと陸上競技、状況によっては男子バレーにしっかと参加している。とにかくあいつはスポーツ万能だから、ひとつやふたつ種目が減ったって痛くも痒くもないだろう。

「まあ、これを機会に立村、お前も集団競技に顔を出すしかねえんじゃねえの? お前だってそんなに運動神経鈍いわけじゃねえし、なんてったって卓球二位ときたらそれなりに、いい線行ってるんじゃねえの」

「……行ってないよ」

 一人で集中して球を叩いている時はすっきりしている。卓球の試合中は原則として、声を出す応援が禁止されている。実はそれが卓球という競技を選んだ理由のひとつでもあるのだが。どうしても「はとばー行けー突っ走れ!」……古川さん中心……とか、「立村、いいかげん本気だしな皮むきな!」……同じく古川さん……などと声援を送られると、気が抜ける。頼むから何も言わないでくれ、プレッシャーかけないでくれ、余計な音声入れるなよ、そう叫びたくなる。

「基本として、応援の声がかからない地味な競技って……」

「ねえよそんなもん」

あっさり切られた。

「だからなあ、立村、お前が要するにいっつもひとりになりたがるから、菱本さんだっていらいらして逃げ場無くしただけじゃねえのか? お前頼むからさ、大人になってくれよ」

 羽飛にそんなこと、言われたくはない。言い返したくてもあいつの足はすばしこく、とってもだがおっかっけられやしない。中腰で見送る僕に一言、

「もしバスケに入ることになったら、お前のこと、とことんしばくからな、覚悟しろよ!」

 ──バスケだけは絶対やめよう。

 心に誓った。


 席に戻り、隣の南雲にも同じ相談を持ちかけた。

「そっか、りっちゃん、それは災難だよなあ」

「行くところないよ、このままだとさ」

 規律委員長・南雲はしばらくノートにぐるぐると輪を書きつづけた。スペースに「球技大会」「種目」そう書き付けた後、

「りっちゃんそういえばさ、この前の百メートル走、タイム、クラスで何番くらいだった?」

 先週行われたばかりだ。覚えている。

「たぶん、五、六番くらいかな」

 南雲と羽飛より下だが、それほど落としていないはずだ。去年も、おととしも僕のタイムは六番くらいだったはずだ。このくらいの順位がちょうどいい。


「実はさ、これもまだ未確認情報なんだけどさ」

 南雲は声を潜めた。耳たぶを軽くいじりながら、

「球技大会の日程がさ、中体連の大きい大会と重なりそうなんだって」

「どの種目なんだろう」

「陸上関連だって言ってたよ」

 九月のことというと、少し遠い話でぴんとこない。

「俺が覚えているところによると、なんだけど」

 少し首をかしげるようにして、二人の名前を書いた。ふたりとも陸上部。

「タイムがたぶん、俺の記憶によると二番か三番かそのあたりを占めているはずなんだよね」

「それと、どう、関係ある……?」

 恐る恐る尋ねる。なんだか南雲の言葉には、静かに波打つものがある。

「つまりさ、もしあのふたりが球技大会を蹴って、大会を選んだとしたらなんだけど、自動的に繰り上がるわけなんだ。りっちゃんが仮に六番だとすると、上のふたりが抜ける」

「ごめん俺は数字に弱いんだ」

「りっちゃん、毎年、クラス別リレーの選手は、陸上部から選んでたよな?」

「ああ、そうだよな」

 何も考えないでもいいもんな。

「ふたりが抜けると、りっちゃんは自動的に、四番に入るよな」

「ああ、なぐちゃんと羽飛の下にな」

「ということは、どういうことか、わかる?」


 ──まさか!


「りっちゃん、自動的にクラス対抗リレーの選手に回されるんじゃねえかなって、思うんだけど、どう?」


 しばらく僕は立ち直れず、机の上に突っ伏していた。隣で南雲の声がまだ聞こえる。

「こういったら何だけど、リレーの練習って半端じゃなくきついよ。俺も正直言って、音を上げそうになったもんな。去年なんて最悪だったよ。羽飛と戦うのがえらく大変でさ。まありっちゃんがもし入ってくれるんだったらそれはそれでいいけど、菱本先生もほかの奴もリレーに対してはめちゃくちゃ力入ってるしさ。そのあたりは、覚悟したほうおいいよ。でも、どっちにしても走っている時は一人だし、バトンを渡すのが共同作業なだけだから、りっちゃんには向いてるかもなあ、ま、その時には一緒にがんばりましょうや、りっちゃん」


 ──帰ったら、関崎に電話してみよう。

 元陸上部の長距離走者にまずは、相談しよう。  


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