永遠の初恋よ、
微睡みの中にいた。少し眠っていたのかもしれない。心地好い眠気が、私の胸に穏やかな温もりを広げていた。
急に、硬い床の感触がした。そうだ、ここは音楽室の床だ。楽器を包むための物とはいえ、敷き布団として薄い毛布はなんとも頼りない。自覚した途端、床の硬さも冷たさも増した気がした。
けれど、手には柔らかな感覚があった。
薄く開けていた瞼を上まで引き上げた。目の前に、彼女の顔があった。
彼女は瞼を下ろしていた。眠っている。規則正しく寝息を立てて、安らかな顔をしている。呼吸をする度に長い睫毛が揺れる。毛布の温もりからか頬がほんのりと赤い。常から童顔だとは思っていたが、寝顔は更に幼い。守りたくなる気持ちがなんとなく解った。
そっと、手を伸ばして頬に触れた。暖かい。人の温もり。彼女の温もり。私の中にそれが落ちて行く。
ふと、彼女が目を開けた。
「おはよう」
私が微笑んで言えば、彼女もまた愛らしい笑顔を見せる。
「あれ、寝ちゃってた?」
ちょっと恥ずかしそうに照れ笑う彼女。私は身体の内が満たされていくのを感じていた。
彼女が、頬にある私の掌に気が付いた。そちらに一度目を遣り、笑みを喜色に変えて擦り寄る。甘える猫の様だった。私は手を彼女の頭に移動して、優しく撫でた。彼女は嬉しそうに私を見た。
彼女が小さく私の名を呼ぶ。甘い響きを含んだ声にくらくらした。彼女に「その気」なんて少しも無い事は知っている。私は対象ではないと、対象になりえはしないと知っている。彼女は私とは違う。
そうじゃない。私が「他人」とは違うのだ。
私は、彼女に恋をしていた。
初恋は実らないとは聞いていた。けれどまさか、こんな残酷な形になると、誰が予想出来ただろう。
いや違う。「こんなこと」は世界に溢れている。私は、私のような人間は、少数派であっても、世界の何処にでも存在しうるのだから。
けれど、だからと言って私のこの想いが叶うことは決してない。
私は、彼女とは違うのだから。
彼女が私の腕の中で、額を私の胸にくっ付けた。そのまま押し当て、擦り付けるようにゆったりと左右に振る。首元に髪が当たって擽ったかった。
晒された耳に、愛の言葉を注ぎ入れることを想像した。ゼロ距離の優越の、その更に上を求めることを。
けれどそれは、永遠の幻想だ。
私はただ、こうして彼女の傍にいることを許してほしいだけだ。そうして触れることを受け入れてほしいだけだ。
だから私は、この初恋を永遠に胸に秘めておこうと思う。
いつか、二度目の恋の相手が、私と同じ人であったなら、その時は、彼女だけに打ち明けよう。
永遠の初恋よ、私は貴女を拒みはしない。共に生きよう。共に悩もう。いつの日か、貴女を抱き留める相手が現れるまで。