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第5章 ヴァイキングの島

●これまでのお話

空飛ぶトラムに乗って、とあるプラットホームにたどり着いたエレンと猫。しかしこのホームには出口がなかった! 途方にくれたエレンの前に、ちびっこヴァイキングの船が現れる。彼らの島についたエレンは、はぐれた猫を探すのだがーー

 船乗りたちが戻ってきた波止場は活気に溢れていました。先ほどエレンが覗き見した船たちは、接岸を待って長い列を作り、一隻また一隻とその乗組員と積荷を降ろすと、手際よく桟橋に並べられていきます。エレンはその様があまりに手際がいいので見とれてしまいました。だって桟橋につながれていく船が、まるで枝についている葉っぱのようにきれいに整列していくのです。エレンはこの気持ちのいい仕事をずっと見ていたいと思ったほどでしたが、それは波も風も同じだったようで、彼らは自分たちの仕事を忘れて、すっかり凪いでしまっていました。



 エレンたちは大船団の一番後ろだったので、長い列の最後まで待ってようやく船をつなぐことができました。久しぶりのしっかりした地面に降り立つと、なんだかほっとします。心に余裕ができたのでエレンは白日のもと、改めてこの土地に住む人々を観察してみました。もじゃもじゃの髪の毛に高い背。そして角のついた兜と袋に入りきらないほどの宝物。やはりここは、最強の戦士ヴァイキングの国のようです。しかしエレンはヴァイキングたちをちっとも恐いとは思いませんでした。というのも、海ではあんなに屈強そうだった男たちが陸に上がるやいなや、奥さんや恋人たちにまったく頭が上がらないのです。恋人に贈り物をしているのにぺこぺこ謝る青年や、久しぶりに再会した奥さんにビンタを浴びせられる大男もいます。しかしみなどこか嬉しそうなので、エレンもそんな雰囲気を楽しみました。


「オレグ、ロロ!」

ふいによく通る女の人の声がして、ロロと同じ赤い髪の女の人が駆け寄ってきました。そしてその人は、ロロが手にしていた荷物を放り出す隙も与えず、ロロが浮くくらいきつく抱きしめました。それからみんなに聞こえるくらい大きな音でキスもしました。

「よく帰って来たね、坊や。危険な目には合わなかったかい」

「僕は勇敢な戦士だよ。へっちゃらさ!」

ロロは鼻をひくひく動かしながら、得意気に言いました。

「それは頼もしいこと。でも無茶はしなかったでしょうね。お母さん、心配で心配で」

「勇者どのは、僕がちゃんと見ているから安心してよ」

オレグがロロを後ろから小突いたので、元々ぶかぶかだった兜はロロの口まで目深に被さりました(エレンは兜のなかで反響するロロの「もう!」を聞きました)。

「あぁ、オレグ! 怪我はないの?」

「ただいま、母さん」

お母さんはロロにしたのと同じことをしようとしましたが、オレグはハグだけ受けて、あとは逃げました。と、ずれた兜を元に戻したロロが、たいそう憤慨して言いました。

「母さん! オレグがまた僕を押した!」

「まぁオレグ。大人になったと思ったのに、またそんな」

「ロロが軽く触っただけでずれる兜を被っているからいけないんだ。だいたいそれ、父さんのだろ」

「父さんが僕に兜をくれたから、オレグは悔しいんだ!」

「そんなことあるか! だいたい勇者気取り、やめろよな。夜に一人でトイレにも行けないくせに」

「別にオレグに一緒に来てくれなんて言ってないよ!」

「行きたくてもじもじしているから付き合ってやってるんだよ。隣でおねしょされたらたまんないから」

ロロがなけなしの反論を叫ぼうとしたとき、大きな手がひょいと抱き上げたので、ロロは口をあんぐり開けたまま振り返りました。それは見事なもじゃもじゃひげの男の人でした。


「よう、息子たち! 帰ってきて早々仲間割れか?」

「父さん」

オレグはばつが悪そうです。しかしロロは性懲りもなく、お兄さんのことを告げ口しました。

「父さん、オレグが僕を押したんだ」

「おいおい、俺は仲良くなってほしいから二人で海に行かせたんだ。まさか冒険から何も学ばなかったわけではなかろう? それとも二人で力を合わせないといけないような危険はなかったのかな?」

「クジラ島のことを聞いたら、父さんは腰を抜かすよ」

オレグが息んでこう言うと、ロロも負けじと付け加えました。

「ぼくなんか、オオダコをやっつけたんだ。嘘じゃないよ!」

するとひげもじゃ男は、腹の底から響く声で笑いました。

「息子たち! 冒険の話を聞くのは、お前たちが出発してからずっと待ちこがれていたことだ。しかしその前に新しい登場人物を紹介してくれないかね」

おじさんがエレンにウィンクをしたので、オレグは友達をほったらかしにしていたことにようやく気がつきました。そしてぽりぽり頭を掻くと、お父さんに紹介しました。

「こいつはエレン。平行諸島で俺たちの船に乗せてやったんだ。エレン、僕たちの父さんだよ」

「オレグとロロの父のエドヴァルドです」

エドヴァルドおじさんはエレンに握手を求めました。おじさんの手は肉厚で力強く、いままで握手したどの人よりも印象的です。しかしエレンの記憶には別のことの方が鮮烈に残ることになりました。なんとおじさんは片足の膝から下が棒だったのです。

「息子たちと友達になってくれてありがとう。君の冒険も聞かせてほしいんだが、おじさんは腹ぺこでね。みんな冒険は昼飯をとりながら聞かせてもらえないかな?」

エレンもオレグもロロも、この提案には大賛成でした。



 港からお城へ続くなだらかな丘陵地帯の途中に、オレグとロロの家はありました。原っぱには他にも家がありましたが、どれもほぼ二等辺三角形の大きな木の家で、好きなところにぽこぽこ建てられているので、どれが誰の家なのか見分けるのは至難の業です。唯一見分ける方法は、どの家の前にもある丸太椅子を数えること。木のテーブルのまわりに並べられた丸太椅子は、その家の家族の数だけあって、どの家に何人住んでいるのか一目で分かるのです。当然オレグたちの家には椅子が四つしかなかったので、昼食に際してエドヴァルド一家はお隣から椅子を一つ借りました。


 青空の下で食べる、おばさんのスープはとてもおいしく感じました。もちろんこれまで何も食べていなかったせいもありましたが、エレンはもし今までで一番おいしかったものを聞かれたら、お母さんには悪いですが、このスープだと言うかもしれないと思いました。なのでこのスープがにんじんでできていると聞いたときにはとても驚きました。エレンはにんじんが苦手だったのです。


 オレグたちの冒険の話は実に面白いものでした。海で起こった数々の冒険もさることながら、エレンはオレグたちが冒険に出たいきさつに深く心を揺さぶられました。ヴァイキングはお宝を求めて、年に数回みんなで海へ繰り出しますが、ある一定の分は王様に献上しなければなりません。王様に納める財宝の量は各家庭によって異なり、オレグたちの家はお父さんの足が不自由なので、税を納めなくてもいいらしいのですが、息子たちは家の名誉のために出稼ぎに行くことにしました。もちろんこれにはおじさんもおばさんも大反対して、最初は決して首を縦に振りませんでした。しかしオレグたちの気持ちを汲んだおじさんの仲間たちが、オレグたちのことはきちんと見守るからから行かせてやれ、と説得にきました。約束を重んじるヴァイキングとしては、こうなると行かせないわけにいきません。こういうわけでオレグとロロは海へ出ることになりました。

 しかし航海の間、大人たちは彼らを特別扱いしませんでした。あれをしろ、これはだめだというような一方的な指図はしないで、なににつけてもオレグたちに一任してくれたのだそうです。中でもエレンが気に入ったのは、宝の部屋に入ったときに、大人たちがまったく手加減しなかったというエピソードです。

 ヴァイキングたちの間では、海に出た以上は一人前と見なされ、誰が一番価値のある宝を手に入れるかという個人戦では、たとえ親兄弟でもライバルになります。ですからオレグたちが小さいからといって、先に部屋に入れてもらえたり、財宝を取っておいてもらえたりはしません。体格の差がうんとあるので、一番の大きな宝を持って帰るのはまず不可能でしたが、その分オレグたちには身軽さや小ささがありました。だから二人は大人たちが入れない小さな隠し部屋の中や、重い大人が入ったら崩れそうな床に置かれたお宝に的を絞って働きました。また自分たちの体重が軽い分、積み込める宝が多かったのも有利に働きました。中には財宝を集めすぎて、自分が乗る場所がないヴァイキングもいたのです。



「そうして帰る途中にエレンと出会ったってわけさ」

オレグはこう言って、にんじんスープを飲み干しました。

「平行諸島で、だったね。しかし君はどうしてあんな辺鄙な島にいたのかな」

おじさんがこう言ったので、エレンはどこから話していいものかしらと思いました。そもそもはレネと思われる猫を追ったことがきっかけでした。しかしその猫はヘンテコな二人組に狙われていて、偶然入ってきたトラムに逃げ込みました。するとそのトラムが空を飛んでプラットホーム―おじさんには平行諸島と言ったほうがよさそう―に着いたけれど、そこから出る手段がない。どうしたものか困っていたら、あなたの息子さんの船がやってきたんです、なんて信じてもらえるでしょうか。それにヴァイキングたちに、トラムだのプラットホームだのを説明するのは至難の業です。


「えっと。探しにきたんです・・・妹を」

エレンは自分で言ってみて、なんだかしっくりきませんでした。だってエレンが探しているのは妹のレネですが、実際に追ってきたのは猫です。エレンはいまやあの猫がレネだと思うようになっていましたが、さりとてあの猫を捕まえたら一件落着とはいえません。まっすぐな黄色い髪の女の子を見つけないと意味はないのです。

「妹さんを? それはさぞ心配ね」

おばさんは急に自分の子どもが心配になったのか、ふっくらした働き者の腕でロロの肩をしっかり抱きました。

「何か手がかりはあるの?」

お母さんの腕マフラーから首を伸ばしたロロが聞きました。

「特に当てがあるわけじゃないんだけど、ここへ来る船に乗っているのを見たんだ」

「この島は広いから歩いてまわったら大変だよ。何かいい方法はないかな、父さん」

オレグは父親に知恵を求めました。おじさんは腕組みをしてしばらく黙っていましたが、やがて頭をごつんとやってこう言いました。

「なんてことだ! みんな、今日は何日だ?」

「今日は・・・そうか! エレン、もうすぐ戴冠式があるんだ」

オレグが目を輝かせました。

「戴冠式? でもそれが僕の妹と何の関係があるの?」

「式には島中の連中がやってくる。君の妹を知っている人がいるかもしれん」

エドヴァルドおじさんが付け足しました。

「しかも今年はオレグとロロがカラスをやるんだ。みんなが寄ってくるはずさ」



 家の外にある熱いお風呂に三人で入りながら、エレンはぼんやりとこれからのことを考えていました。オレグとロロは緊張から解放されたのか、無邪気にお湯のかけっこをしていますが、エレンはというと少しセンチメンタルになっていました。実のところ、エレンは妹を探していると言ったことを少し後悔していました。妹を探しているのは嘘ではありません。しかしいまのところエレンが追っているのは猫なのです。エドヴァルド一家に協力してもらう以上、レネのことを伝えないといけません。けれどいまさら探しているのは人間の女の子ではなく、毛のふさふさした猫なんだと言ったらみんなはどう思うでしょう。エレンのことを平気で嘘をつく人間だと思うかもしれません。


 二人より一足先にお風呂を出て、貸してもらったオレグの服に着替えると、エレンはエドヴァルドおじさんのところへ向かいました。レネ探しを手伝ってもらう以上、本当のことを話した方がいいと考えたのです。しかしドアをノックしようとしたとき、おじさんの大きな溜息が聞こえてきました。

「このままでは契約は破綻するだろうな」

「そんな! 何百年もうまくやってきたのに。どうにかならないのかしら」

おばさんの声も深刻です。

「俺のときとは訳が違う。ドラゴンだってみすみす見逃したりしないさ」

ドラゴン! エレンはびっくりしました。本で読んことはありますが、まさかあんな恐ろしいものが実在するのでしょうか。でもおじさんははっきりとドラゴンと言いました。それに契約がどうとか。ドラゴンと何か契約があるのでしょうか。

「あなたはどうやってやり果せたの。すぐに失敗の烙印を押されても不思議はなかったのに」

「なあに、あいつの狡猾さを利用したのさ。あいつは頭が良すぎるから理屈に合わないことはできない。そこで俺は咄嗟にこう言ってやったのさ。なぁドラゴン・・・」

「―おい、エレン!」

ロロに背中を叩かれて、エレンは口から心臓が飛び出すかと思いました。

「どうしたの。そんなにびっくりした?」

黒い羽でできた衣装を身にまとったロロが不思議そうに言いました。

「ちょっとぼんやりしていたんだ。あぁそれがカラスの衣装だね。よく似合っている」

ロロと同じ衣装を着たオレグも心配そうに駆け寄ってきます。

「大丈夫か。顔色がよくないぞ。寝ていた方がいいんじゃないか」

すると、ドアが開いておばさんが顔をのぞかせました。

「まぁオレグもロロも似合っているわ! 練習にはエレンも一緒に行くの?」

「うーん。僕は一緒に行きたいんだけど・・・」

オレグはエレンの具合を母親に伝えようとしました。

「―二人が遅いから待ちくたびれていたんだ。早く案内してくれる、お城に」

おばさんに悟られないよう、エレンは二人を半ば強引に連れ出しました。

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