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1-5

    ****

 空気は凛と冷え、暖炉の炎が柔らかく優しい、冬の夜。

 レジナルドとマモルは、学習室の暖炉脇に置かれたソファに並んで座っていた。

 室内はランプの小さな灯りと、暖炉の炎に照らされた暖かな光が部屋を包んでいる。

 マモルは暖炉の暖かさに完敗し、うとうとと微睡んでいて、その横で分厚い本と格闘しているレジナルドに寄りかかり、若干首が苦しそうだった。

「あれ、マモル?」

 てっきりマモルは寄りかかりつつ、とらと遊んでいると思っていたレジナルドは、重くなった左腕に首を傾げて少女を伺う。

「眠い?」

 驚かさないように、ゆったり小さめの声で呼びかけると、マモルはぐずるようにぐりぐりと頭をレジナルドにこすりつける。いつの間にやらとらもマモルの膝で丸くなって眠っていた。

「ねむ、く、な、ぃ…」

「うん、ほぼ寝てるね。こっちにおいで」

 目をこすって起き上がるように体を動かしたマモルを制し、レジナルドは眠気で暖かくなった小さな体を引き寄せ、マモルの頭を自身の膝へと誘導した。ころんと、あっという間に膝枕の状態となる。

「んむー」

「はいおやすみ」

 少しの間マモルは収まりの良い場所を探すように身じろいだが、やがて落ち着いたのか本格的に吐息が熟睡している時のそれになってゆく。

 一方マモルが横向きで寝転がった為、ぽろんと膝上からソファへと落とされることになったとらは、特に反応もなくその場で丸くなって寝続けている。

 マモルがレジナルドの養い子になって一年が経過していた。最初から甘かったレジナルドは甘さに磨きがかかり、それに応えるかのようにマモルはこの義父にべったりと引っ付くようになっていった。今では邸の人間には多少愛想も覚えたようだが、邸から一歩でも出ようものならレジナルドの傍から離れようとしない。

 客人が来てもまず自室から出てこないし、レジナルドが呼んで出てきたとしても彼の背後に隠れて挨拶すらまともに出来ない、というかしない。しかもそれを邸の主人であるレジナルドがたしなめることをしない為、改善の兆しはなかった。

 これではマモルの将来の為にも良くないのでは、とセドリックからも苦言があったが、レジナルドは言う。

「マモルはずっと自分以外の誰にも心を許さず、常に警戒し世界に恐怖してたった一人で生きてきたんだ。…やっと、ここが安全なのだと分かってもらえ始めたばかり。そんな子に社交なんてまだまだ必要ない」

 …そうして、マモルはレジナルドに庇護され、早一年。

 最初の頃は自分の部屋ですらどこかに隠れていないと眠れなかったマモルが、今ではレジナルドがいれば、どこでも眠れるようになっていた。

 レジナルドは左手でマモルの頭を優しく撫でつつ、読書の時間を穏やかに過ごす。恐らく今年からは今より王宮にいる時間が長くなるだろう。出来る限りのことはするが、こうしてマモルとゆっくり過ごす時間も少なくなってしまうかもしれない。

 この国始まって以来の異例な爵位を授かることも正式に決まり、良くも悪くもレジナルドの周りには人が増えていくことだろう。考えるだけで頭が痛い。

 -皆もしかして忘れているかもしれないと思う時があるが、レジナルドはまだ十八歳である。時々無理難題を押し付けている父ですら年齢をきちんと把握しているのか疑問だ。

 普通の貴族の息子ならば、まだどこかの騎士団や軍隊で見習か、良くても準騎士程度の年齢のはずなのだが。そんなに老け顔なのかと問いただしたくなる。

「…休みほしいなぁ」

 レジナルドは重いため息をつく。

 結局軍での役職を与えられることに逃げ回っていたら、騎士団への異動が決まり、副団長にさせられてしまった。団長は慣例により王族が就くので、現在子供のいない国王が兼任しており、書類の類の仕事は全てレジナルドへ回ってくる。優秀な補佐官がいるから今は何とかなっているものの、学ぶことは盛りだくさんで仕事は尽きることがない。

 さらには爵位を授かると同時に領地も与えられるから、今後仕事は増えるばかりだ。次の休みの目途も立っていないし。

「マモルとどこかに旅行に行きたかったのに」

「-…裏山で、馬乗りたい」

「マモル。…ごめん起こしちゃったかな」

 ついつい願望が口に出てしまって、マモルに聞かれてしまったらしい。

 下を見ると、うっすらと目を開けて欠伸をしているマモルがいた。

「ピクニックする。今度…」

「ん?」

「クッキー…、作れるようになった、から」

「あぁ、この前厨房でボヤになったやつ?」

「あれから上達したの」

 段々と目が覚めて来たのか、ぱちりと大きな目を開けてマモルはレジナルドの膝の上であおむけになる。蜂蜜色をした瞳が暖炉の火を反射して、宝石のようだ。やっと年相応に丸みを帯びてきた頬の血色も良く、ほかほかとちゃんと温まっているのが分かる。

 レジナルドはちっとも頭に入ってこない本をチェストに置き、マモルと正面から向き直った。自然と難しい表情となっていた顔も穏やかになっていくのが自分で分かる。

「そっか。楽しみだなぁ。きみは前回失敗したと言って食べさせてくれなかったし」

「レジーには成功したの食べてほしかったから」

「えー。僕はマモルが作ったのだったらなんでも良いのに」

 本当にそう思っている通りのことを言ったら、マモルはほんのり赤く染まった頬をふくらませる。たまに怒られるのだが、『なんでも良い』という言い方は嬉しくないそうだ。女の子は難しい。

「そうゆう言い方好きじゃない」

 案の定怒られてしまった。世の女性のことは興味ないので知らないが、マモルに限って言えば、一回拗ねられると何日間か避けられるので慌てて謝る。

「ごめんね。ええと、ピクニック、いつが良い?」

「ムー」

「あれ拗ねちゃった?頬がリスみたいだね」

 ぷくっと頬を膨らせたまま可愛く怒るマモルは愛らしくて、ついその膨らんだ頬を撫でてしまう。この動作も睨まれたが可愛いだけなので笑っていたら、徐々にマモルの頬が温かさ以外で赤く染まってきた。

 恐らくレジナルドの笑みが甘すぎた為だと思われる。若干(?)崩れている自覚はあった。

「つ、次」

「ん?次?」

「次のお休みの時で良い。クッキーはいつでも…焼くし」

 照れ隠しの為か目は泳いでいるが、言っている内容はレジナルドの多忙さを理解しての言葉だった。

「本当?ありがとうマモル。楽しみにしてるよ。御礼は何が良いかな?」

「………馬、乗れるように手伝ってくれたらそれで良い」

「一人で乗馬できるように、ってこと?」

「そう」

 うーん、とレジナルドは考え込んだ。それでは御礼にはなっていないし、なによりマモルに馬はまだ大きすぎるだろう。

「僕と一緒なら何か起こっても大丈夫だけど、一人で乗馬はちょっと危ないかな。ポニーは?」

「ヤ。馬」

「えー…。じゃあ僕と一緒にいるときしか乗馬しないって約束出来るなら教えてあげる」

「…」

「マモル?」

「うー。……分かった」

「よし。じゃあマモルも譲歩してくれたし、御礼はまた別に考えようね」

「良い。いらない」

「髪が伸びてきたから髪飾りが良いかな?」

「いらないから!」

「だってマモル。お小遣い渡しても使ってくれないじゃないか。選ぶのが面倒なら僕が買ってくるから」

「良いの。街に行っちゃうくらいだったら、レジーがここにいた方がずっとうれしい」

「………………マモル、それわざと?」

「?」

 マモルはきょとんと瞬きした。

 相当いじらしいことを言ったという自覚がないらしい。

「まあいいか。じゃあ次のお休みに、お弁当持って、マモルの焼いたクッキーも持ってピクニックに行こう」

「うん!」

 満面の笑みを浮かべて頷くと、マモルはご機嫌のまま再度レジナルドの膝枕で寝る体制になる。

 レジナルドはもう部屋に連れて行ってきちんと寝かせなければ、と思うものの、どうしても離れがたく、着ていた上着をしっかりとマモルへ掛けると、読書を再開するのだった。



 こうして季節は巡り。

 大国ルクメニスタ国に広大な領地を持つサウスセビリア領領主兼ルクメニスタ騎士団副団長である、レジナルド・セビリアと、彼の7歳年下の養女マモル・フラウ・セビリアが十八歳の誕生日を数日後に控えた日から、二人の関係は動き出す。

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