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季節はあっという間に過ぎ、冬を越え、初春。
「うーん。僕も人に教えられる程分かっている訳ではないんだけれど」
「お役人なんでしょ」
「面目ない」
「…もう、良い。それで?」
「そうだなぁ。イメージは丸、かな」
「まる」
「そう、サークルの丸。よく三角形とかで教材には載ってるかな。それはもう習ったんだよね?」
「習った。早口でよく分からなかったけど」
「あはは。それはきっとマモルが可愛く睨むから…」
「可愛くない!」
睨んでいたのは自覚があるので、マモルはそこには触れない。
「可愛いよ?」
「嘘だ!」
「マモルに嘘は言わないよ?」
「…………お二人とも」
「それこそ嘘!昨日だって嘘ついた!」
「き、昨日のことは結果的にそうなっちゃっただけだって…マモルも納得してくれたよね」
「違う!眠いのにずっと話しかけるからヤになっただけ!」
「え、そうだったの」
「そうだったのっ」
「お二人とも!これはどういうことですか!」
「……」
今日もぴしりと燕尾服を着こなしたセドリックが、レジナルド曰く“学習室”だという部屋の扉の部分に直立不動で立っている。
眉間には盛大な皺。
めったに声を荒げない彼ではあるが、ここ最近のマモルが起こす騒動にはほとほと困っているのである。
「まずフラウ様。昨日八人目の家庭教師が“もうここへは来ない”と言って辞めていきました。原因はなんですか?…まあどうせお隠れになったまま授業にはまともに出ず、出たと思ったら教師を無視していたのだとは思いますけれど!」
セドリックに見据えられ、マモルはとっくにレジナルドの陰に隠れている。くねくねと跳ね回っている黒髪がレジナルドの座っている背もたれの端から見えた。
「…それから。レジナルド様は軍法会議にご出席されている時間のはずでは?何故ここにいらっしゃるのです?」
レジナルドはそんなマモルのことを砂糖をまぶしたような笑顔で撫でている。セドリックはこういった場面を見るたびに、一歩間違えば犯罪者なのではないかと肝が冷えている。というか頼むからその一歩は越えないでくれ!と日々思っている。
「僕は叙勲を受けることには同意したけれど…部下の名誉のためにね。でも軍で役職を与えられることには承諾していない。だから会議には行かないと」
「まさか文書を!?」
「いや、兄上殿に伝えておいた」
「サイラス様にですか!なんてことを!」
「いや、一応まだ名目上は上役だから」
「またそれでサイラス様が倒られたらどうなさるおつもりですか!」
「兄上殿は体が弱いからな」
「貴方がそうしてるんですよっ」
「そろそろ煩いセドリック。マモルが驚いてる」
「…フラウ様も、もう3ヶ月は経つんですよ。いい加減私にも慣れてください」
「セドリック、僕の身内を誘惑するな」
「誘惑なんてした覚えがございませんが」
「マモルに何かを強制することは許してない。クビにするぞ?」
「理不尽ですね!」
「貴族は理不尽なものだと相場は決まっている!」
「言い切った!なんて暴君だ…訴えますよ!最近は使用人の地位も向上しているんですからね!」
「僕と戦うって?よし、受けてたとう」
「…-ふ」
「っ、マモル?」
「フラウ様?」
「あはは。…ヘンだ、二人とも」
「「…笑った……!」」
初めてレジナルドに会って笑ったのは、レジナルドの家に来てから3ヶ月目のことだった。
ちなみに、この時からレジナルドは元より、セドリックの言動も過保護極まりないものになっていったのである。